第2話 見た目は幼女でも女は女 違いのわかるハイエルフであるッ

「はいこれ25ナール。しかし嬢ちゃん今日もえらいねえ。こんな孝行娘がうちにもいたらいいのにな」

「はいはい、そんな事言ったら奥さん泣くよ。じゃあ1本オマケだ。これ喰って孝行してくれる子供でもこさえな」

「カーッ! こいつは一本取られた! んじゃまた来らァ」

「あい毎度♪」


 チャリンチャリンと気持ちいい音がして小銭がまた溜まる。

 いやーやっぱり人間は働いてこそだね!

 まあハイエルフだけども。


 あの後エルフの集落をこっそりと逃げ出した俺だが、このちんまい美幼女の肉体のハイスペックさは本物な様で、裸足に巨大な鞄を背負った姿のまま樹海の中を疾走して俺はまんまと失踪した。

 方向もクソも分からんからどうしたもんかと思ったのだが、闇雲に走り回っていたら森の中だってのにかなりデカい川にぶち当たった。

 しめたと思ったね。


 川は下流に向かって流れる。

 そしてエルフなんざいるって事はここらの文明とかは大した事はなさそうだ。

 それから導き出される答えはひとつ。

 延々と下流に向かえばいつか人里があるんじゃないかって事だ。


 川の周囲には肥沃な大地が拡がり畑にはいいってのをどこかで聞いた記憶がある。

 それに人間が生活するなら水場の傍の方が都合がいいだろう。

 なんでどんだけ走ろうが然して疲れぬこのボディなら行けるだろ、そう考えた。

 それに見つからなくてもだ、川はやがて海に繋がる。

 なら今度は海岸沿いをどっちかにいけば、結局はどこか集落が見つかると思うのだ。


 そしたらビンゴ。ハイエルフって運補正でもあるんかね?

 何と一昼夜走った先に街があった。

 というか目論見通り、海に出たのだ。

 その河口の両側に人がいっぱい住んでいた。


 港町って言うのかな。木造の船がいっぱい港に泊まっている。

 俺が走ってきた丘側から海に向かってなだらかに傾斜しているこの街は、潮風に負けない様にと工夫されているんだろうが、石とか煉瓦の建物が多く、何ともカラフルな景色だ。

 

 俺は嬉しくなって丸太の壁の際にあった門に向かった。

 凄い人数の人────獣っぽい人とかも並んでいたが、とにかくここで入国審査的な検問があるようだ。

 獣っぽい人はあれだな。アニメとかに出てくるほぼ人間で耳や尻尾だけがついてるって言う生物の構造学的に矛盾したアレじゃなく、直立歩行する獣って感じのガチ獣人だった。

 とは言え服を着てるからちょっと毛深いワイルドな人らって感じだな。


 まあそこに並んではみた。

 せっかくの異世界だからさ、幼女になったとはいえ、色んな異文化を味わってみたいからな。

 それにここまでの道中の中で、俺は自分の能力をある程度把握できたから尚更、少々の事が起こってもどうにかなるだろうって算段が付いたから気持ちに余裕もあった。


 というのもだ。

 森を抜けてからここまでの距離は結構あったんだが、いくらハイスペックボディでも、流石に気疲れがした。

 馬鹿みたいに走り続けてなんやねん的な?

 なんで土が踏み固められた程度の街道? っぽい道のわきにあったいい感じの切り株に腰かけ、少し休憩したりしたんだ。


 何というか東京にいたら味わえない程に空気は美味いし、景色の中に電線とかの人工物が一切ない自然とか俺には珍しくもあるし。

 まあアホなマネで死んじまったけど、ならもう割り切ってというか、開き直って生きようと決めたしな。

 こんな経験普通はできんだろうし。


 でまあ日向ぼっこしつつぼんやりしていたら、汚ねえボロボロの服のオッサン連中に囲まれた。

 ご丁寧に鉄格子のハマった馬車もセットで。

 俺はピーンと来たね。

 これは異世界ファンタジーラノベとかでは定番の、序盤に遭遇する人さらいとか盗賊的なアレなんじゃあないかなと。


 これまたビンゴ。

 こんなとこでエルフのガキが見つかるとか俺たちゃツいてるぜみたいにオッサンらはゲヘヘと笑いながら俺を取り囲んだ。

 まあ人さらいで確定だな。そしてここには奴隷制度っぽいのがあると。


 と言っても奴隷制度が非人道的だ! なんて青臭い事は言わんけどな。

 地球にも古代から余裕であったしな奴隷。

 けどこれって現代地球みたいに便利さが飽和してなきゃ当然だろう。

 だって犯罪者とかどう管理するん?


 いちいち全員殺すのもアレだし、なら奴隷として管理して縛ってしまえば、足りない労働力の穴埋めが出来る。

 奴隷である以上、社会的には底辺だし、入れ墨とかで周囲に解る様にすれば隠れようも無い。

 刑務所なんてのはそこに金が割ける余裕が無いと作れんでしょ普通。

 まあいいや。 


 話しを戻すと、別に俺に一切の焦りは無かったね。

 だって森を抜けるまでに北海道のヒグマが可愛くなるような大きさの獣に遭遇したもの。

 ギャー言うて襲ってくるから感覚のままにササッと躱し、クマ野郎の体毛を掴んで顔まで駆け上って鉄拳制裁である。

 ハイエルフ舐めんな。小さな拳でクマ公の頭はパーンよ。


 クマだけじゃない。やたら好戦的なツノの生えたウサギや、角から電撃を撃ってくる牡鹿なんかも倒したわ。

 どうせならオークやゴブリン出てこいや。

 お前ら異世界だろうが。

 まあそんなんで自分の身体能力のアホさ加減を知ったのだ。


 ああ、そういや変態巫女の家からパクった荷物の中に凄いのがあった。

 60センチくらいの長さの棍棒で、素材は銀色に輝く金属製。

 こいつが驚くほどに軽いし手になじむんだ。

 あれだ。小学校の遠足とかで山に行った時に、良い感じの棒を拾って杖にしたじゃん。

 あんな感じで実にいい。とても馴染む。

 獣とのバトルの後半はそれでブン殴ってワンパンが多かったな。


 それとこの背負っている鞄だ。

 リュックサックっぽい丸っこい背負い鞄よ。

 これあれだよ。ゲームで言うインベントリ的なあれだわ。

 クマ公を筆頭に、ここまでの戦利品全部入ってるもの。

 山肌に剥き出しになってた岩塩も大量に拾ってきたが、それも全部入ってる。

 やっぱこう魔法的なアイテムなんだろな。

 まあでも俺にエロい事しようとしたんだからこれは当然の慰謝料だぜ。

 

 そして囲んでいるオッサン連中は俺を攫う気マンマンだったからさ。

 全員クマ公と同じ結末にしてやった。まあ描写は避ける。グロいし。

 そんで彼らの首から上の無い身体をまさぐりまさぐりして調べた所、よく分からん刻印の入った金銀銅なコインがかなり見つかった。

 多分これはこの辺で流通している貨幣なんだろうさ。

 まあこれも戦利品やね。

 なんか全員ドックタグみたいのをつけてたから、これが明るみに出て面倒なことになっても嫌だから、正当防衛の証拠品にと全部回収して鞄に突っ込んである。


 そう言えば檻の馬車には犬っぽい獣人間が男女混合で捕まってたから、鉄格子もろとも棍棒ってかメイス? でブッ叩いて壊して外に出してやった。

 何とかって言う村を連中は襲撃して捕まったってさ。

 ありがとうありがとう言うてたけど長くなると面倒だから、回収したコインを少し分けてやって後はどこでも好きな所に行きなと言って別れた。

 馬付き馬車あるしいけるだろ。その後の事まではしりまへん。どうでもいいです。


 話しを戻す。

 街への入場の列に30分くらい並んだくらいで漸く俺の番になった。

 門番は人間のオッサンで、きちんと髭も剃ってあって清潔感がある。

 まさに公僕! って感じよな。

 

 そこでちょっとトラブルになった。

 お嬢さん、お父さんかお母さんは? みたいな。

 まあいないって言うしか無いわな。

 ああそうか、今の俺ってば耳が長いだけの幼女だもんな。

 そら怪しいわ。すっかりこの身体にも馴染んだから忘れてたわ。


 まあハイスペックボディだからつっても新陳代謝は普通にあるからさ。

 水飲んだりすれば当然催すわね。しっことかうんことか。

 だからまあ森でササっと済ませるんだけど、そこでああ俺は女になっちまったのかと自覚した訳。


 セックスの経験はあるから女の身体の構造なんか知っている。

 でもそれはセックスする為に弄るから知ってるだけで、自分がその身になった時の参考にはならんわな。

 だか最初に小便した時に困った。

 取り合えずそん時の俺の姿って、白いワンピース的な服だけで、パンツもブラも無いのよ。

 まあこのつるぺたボディにそんなものいらんからな。

 

 だからまあとりあえず裾を汚さない様にもって、胸の辺りまでたくし上げてさ。

 下半身丸出しでまずは立ちションに挑戦したわ。

 あれだね。描写は避けるけど、その穴の部分って魅惑のお肉に挟まれてる訳だ。

 なんで男の様に竿を持って方向を決定するってのが出来ないのだ。

 まあショットガンの様に飛び散る。


 結果、俺は「うわああああああっ」とか慌てちまって、思わず咥えていたワンピースの裾を放してしまった。

 最悪ですよ。ワンピースの裾の周辺がびちょびちょよ。おしっこで。

 なんでそれ以降は女としての排尿排便のコツを必死で覚えたわな。

 まあ紙なんか無いから拭いたりしない。

 川を見つけた後はザブンと入ってゴシゴシと洗ったけどな。

 なんで戦闘と生活での女ボディでの営み方は学習済みなんだな。


 で、自分の今の状態を改めて自覚した訳だが、親のいないちびっこは怪しいと思われたのか、門の中にある詰所にエスコートされた。

 出身はどこ? 何か犯罪に巻き込まれていない? とか。

 なんで俺は素直に言った。

 俺はエルフの成人だぞ。ものっそい長生きだぞって。


 それで取りあえずはどうにかなった。

 まあここらの人にはエルフは見た目通りの年齢じゃないってのは普通ってのが常識らしいのが幸いした。

 ただそうだとしても子供にしか見えないから、ここらの街道じゃ盗賊がよく出るから危ないとか始まった訳。

 というかこっちはとっくに遭遇してるんだよなぁ……。


 なんで一般論として聞くけどと前置きして探りを入れた。

 もし盗賊に襲われて、返り討ちにして、あまつさえ勢い余って殺しちゃったりしたらどうなる訳? ってね。

 そしたら盗賊に慈悲なし。殺して首でも持って来れば幾ばくかの報奨金すら出るってさ。


 そうなれば話は早い。

 鞄の中から例のドッグタグを取り出し門番さんに見せた。

 こいつら攫いに来たから全員殺した。これがその証だ。

 ついでに既に捕まっていた獣っぽい人らも逃がしたぞって。

 まあ幼女だろうが旅してても問題ないって見せたかったからな。


 門番さんすげえなお嬢ちゃんって目を丸くして驚いていた。

 そのドッグタグみたいな首飾りはこの街、ルールって名前の貿易都市らしいが、ここにもある冒険者ギルドの組合証だってんだ。

 そして他の門番がギルドに伝令に行って担当者を呼んでもらってそのタグを調べて貰ったら、どうやら護衛依頼を受けた後に護衛対象である商人を殺して荷物と金を奪って逃走した札付きだっていう。

 当然指名手配されていた様で、俺が持ってきたタグが全員の分って解ってお礼を言われた。


 12人いたんだが、1人につき20ゴルドの報奨金だってさ。

 ゴルドってのが金貨の単位で、1ゴルドで宿に数日泊まれるって言うから、日本円で1万から2万円くらいの価値なのかな?

 その下の単位がナールにヌール。まあ小銭だわな。

 だからまあ240ゴルドとそこそこの金を貰った訳だが、でもなぁ……。

 人が1人死んでこの値段だからさ、高いんだか安いんだかわからんわな。

 まあ異世界だしこれが普通なんだろうな。


 で、一応は俺の出自ははっきりしないものの、危険人物ではなさそうと言う雲行きになった。

 エルフの掟で故郷の事は言えないし、氏族の名前も禁忌だから言えないってウソで通したし。

 なんかそれっぽいだろう?

 でもまあ、見た目は幼女だもんで、本人がどうであれ、街の人はガキとしか思わない。

 まあ当然だわな。いちいち首を傾げる往来の人を捕まえて、エルフだから高齢なんですとか説明してられるかって話だしさ。

 なので余計な混乱を招くのは街としても困るってなった。

 せめて誰か後見人でもいれば……みたいな。


 だから俺はギルドの事務方の人に聞いたんだ。

 戦力はあるし年齢も行ってるけど見た目幼女なんだが冒険者になれますかって。

 そしたらオーケーだってさ。

 ついでにギルドの恥部を抹殺してくれたから、この街に限ってではあるけど貴方の身分を保証しますってさ。

 まあ12人からの盗賊を皆殺しに出来る戦力を囲いたいって下心はあるんだろうけどな。


 こっちはそうだな……面倒事が増えたら別の街にトンズラすればいい。

 別に強い目的があってここに来た訳じゃあないしな。たまたま最初に見つけたのがココってだけで。

 なのでお願いしたわ。よろしく頼んますって。

 それで冒険者として登録し、晴れて俺はこの貿易都市ルールに当面はお世話になる事にきめた。


 いやね? 別に死んだら転生しただの、異世界だのエルフだのってのはこの際どうでもいいんだ。

 貰いモノの人外パワーを得た所で、中身はただの小市民なんだから俺は。

 その現代日本人の軟弱な精神では、スナフキンみたいな風来坊生活はできんのよ。

 最低限ベッドで眠る事が出来る環境が欲しい。

 後は単純にひとが恋しい。

 恋愛って意味じゃ無く、周囲に人がいない状態での生活が落ち着かんのだ。

 

 ここに来るまでの間、それなりにヒャッハー! と楽しんではいたけれど、それは単純に子供が新しいオモチャを貰った感覚なんだよな。

 メイスを振り回せばデカい獣が死ぬって非日常をゲーム感覚で愉しんでいただけ。

 こんなものずーっとはできんのよ実際。

 だからまあ、エルフだのって事情はこの際どこかにほっぽって、人里に暫く住みたかった。


 その日は街の西側にある港付近の冒険者ギルドでベッドを借りた。

 職員の仮眠部屋だってさ。

 モンスター大発生とか起きる事がごくたまにあって、そんな時は職員全員デスマーチだからこういう部屋があるってさ。

 なんだよモンスター大発生って。怖いわ。


 で、翌日になって正式な登録をして、晴れて組合員になった俺だ。

 ブロンズ級冒険者クローディアの誕生である。

 冒険者の階級はブロンズ、シルバー、ゴールドって言う序列で、当然ゴールドが最上。


 ギルドに来る依頼は基本失敗は許されない。まあ失敗する組織に大事な財産守ってとか言えんから当然だわな。

 なので階級が上がるのはゲームみたいに依頼を何回成功したからとかは無くて、仕事っぷりをギルドは常に吟味し、その力量を認めた時にギルド側から昇級の打診が来るシステムだってさ。

 意外としっかりしててびっくりだ。


 と言っても冒険者としての依頼は一切受けてない。

 だって依頼を探そうと掲示板とか係員にいい依頼が無いかとかやってたら、いかにも冒険者風な連中もそこにいて、お前みたいなガキに護衛も討伐も出来るかよって笑われたのだ。


 いやエルフは優秀ってのは通説としてあるみたいだけどね。

 俺の耳は尖ってて綺麗な銀髪だしエルフなのは皆も分かる。

 ただちびっこすぎるからね、まあ舐められるか。


 このハイエルフって情報は公開していいのかいまいちわからん。

 だから今は言わないでおこうって決めた。

 面倒な事になっても嫌だし。人さらいとか。

 だからそれ以上俺に反論する材料が無い訳さ。


 依頼専門の係員さんも、あなたエルフなのに魔法とかも使えないんだって言われたし。

 なるほど魔法ね、悪いけどゲーム的なステータスだの鑑定だのみたいな便利な物こっちは無いんだ。

 単純に肉弾戦はめっぽう強いくらいしか知らんのよ正直。

 その内野良エルフを見つけたら捕まえて、ハイエルフの威光で魔法について情報を得たいとは思うけどさ。


 だからと言ってゲラゲラ笑われるのも何だかムカつく。

 結果、俺は鞄から例のメイスを取り出した。

 使い始めた当初は銀色に輝いていたが、今は獣や人間の血が固まってどす黒くなってるけど。

 それをブンブン振り回して「じゃあお前ら一列に並べ。俺が弱いかどうか教えてやる。頭が吹っ飛んでも文句言うなよ」ってタンカを切ったんだ。

 まあ本気でシャドーボクシングをすると変態巫女の部屋がえらい事になったからね。

 メイスをシャッシャッってやると一番前に居たニーチャンが仰向けに吹っ飛んだ。


 そしたらギルドの係員が総出で俺を羽交い絞めにして「申し訳ありませんでした。ほら貴方たちも謝ってっ! 早くっっ!」みたいな感じになってさ。

 何かこう、そのうちお通夜みたいなふいんき(←なぜか変換できない)になった。

 居た堪れない空気の中、俺はその場に居づらくなって、今日はこの辺で勘弁してやる! とか捨て台詞を吐いてギルドから逃げ出したのである。


 なので気まずいからほとぼりが冷めるまで行かない事にした。

 俺はまだ社会経験も乏しいクソガキなんだ、すまんな。

 人間関係が悪くなるとすぐ会社を辞める系の現代っ子ですわぁ……。

 いや止めないけどさ。でも結構メンタルは弱いんだよ!


 んで逃げ出した訳だが……って異世界来てから俺、逃げ出してばっかだなオイ。

 まあいい。

 逃げたはいいが、手持ちの金の続く限り宿屋生活ってのも辛い。

 ならなんで異世界を愉しむなんて決めたんだって話しだし。

 引き篭っていてもつまらん。


 だから生活資金を稼ぐための仕事を何かしなきゃなあと思ったんだ。

 とは言えだ、エルフだろうがただの幼女だろうがどっちでもいいが、いきなり仕事なんか見つかる訳がねえ。

 東京でもそうだろ。最低限住所って言う身元があって、身分証明がないとバイトすら出来ねえ。

 後ろ暗い仕事ならあるかもだけど、そんなアコギなマネはいつまでも出来る筈もないし。

 なので途方に暮れてしまった。人間、後先考えず行動してはいけませんってな。


 そんな風にぼんやりとしながら街の中を歩いていたら、いつのまにか港に来ていた。

 潮風が気持いい夕暮れ時で、良い景色だった。

 その辺にあったタルに腰かけ、漁から戻って繋がれている船を眺めていた。

 並んでいる船はみんな小さくて帆かけのやつだが、竜骨のある西洋の船みたいだ。

 そうやって絶賛現実逃避中の俺のエルフイヤーに悲鳴が聞こえた。


 か細い子供の様な声で、声になってない程の叫び声に思える。

 俺が声の方向を見てみると、そこは暗がりの倉庫っぽい建物が連なる港の外れだった。

 なるほど、結構な数の人影が見えるわ。例の人さらいっぽい、いかにもカタギじゃない風の大人が何かを取り囲んでいる。

 もうね、時間的には短いけどエルフになってからここまで色々とありすぎてさ、有体に言えばストレスが溜まってたんだろうね。

 だから俺はまたも後先考えずにそっちに向かって猛ダッシュさ。


「死に晒せやーーーーーーーーっ!」


 そう叫ぶとともに、全力疾走をした俺は、こっちに背中を見せている大男の背中に飛び蹴りをかました。

 ストライクッ! って感じよな。

 吹っ飛んだ男がその向こうにいた何人かを巻き込んだのだ。

 まあメイスはグロい光景になりそうだから、後は立っている男衆をちぎっては投げ、ちぎっては投げと蹴散らしたのさ。


 そしたら囲みの真ん中にいたのは、どう見ても死にかかっている身なりのいい紳士と、それに向かってお父様お父様と号泣しながら縋りつく俺と変わらん程度の容姿(あくまでも年の頃って意味で)の幼女の姿だった。

 まあVIPがこの辺を歩く訳ないだろう。

 ここまでに見たルールの街並みを見ると、移動は徒歩や馬で、街中に現代インフラの香りがするものは一切無い。

 異国風ではあるが、日本で言えば江戸時代みたいな生活なんだろ。

 となれば貴族とか領主みたいなのもいるんじゃなかろうか。


 そんな時代背景なら、尚更お偉いさんが護衛もつけずに庶民のいる場所に出歩くわけはないだろ。

 常識的に考えて。

 ならこの状況は多分だが、この親子、攫われてきたんじゃね?

 でもま、状況は詰んでるっぽいな。

 紳士は虫の息だし。ってかもう意識ないし既に。死ぬだろこれ。


「お前、どうしたの? 他に家族とか知り合いとかいないのか?」


 俺は幼女の背中を優しく叩きこっちに向かせそう言った。

 今度は俺が衛兵に言われたまんま、そっくりそのまま泣きじゃくる彼女に。

 そしたらやっぱ貴族のお子様だった。

 俺が一先ず悪党どもを沈めた事で落ち着いたのか、あるいは他人に無様に泣いている姿を見られるのを嫌ったのか、彼女はたどたどしい口調だが、それでも気丈に答えてくれた。


 ベアトリス、というのが彼女の名前らしい。

 予想通り倒れ伏しているのは彼女の父親。

 彼女の父親であるケインさんはこの街を含んだこの大陸全土を領土とするシュヴァルツ王国の騎士らしい。

 既に母親は流行病で死んでおり、父娘2人家族に家には使用人が数人と言う家族構成。

 

 騎士爵という一代限りの貴族の位を持つ王族を護る近衛騎士だったらしい。

 けど王族同士の派閥争いに巻き込まれ、その結果、普段は城に詰めているケインさんの目を掻い潜り、賊がベアトリスのいる自宅を襲撃し、彼女はまんまと攫われた。

 んで、返してほしくばルールの港に一人で来いって流れだとさ。

 相手は元々ケインさんを殺すつもりだったんだろう。

 聞けば本来なら騎士団を束ねていてもおかしくない名声と実力を持っているってベアトリスは言うし。


 ケインさんはその王族とは幼少のみぎりからの付き合いで、竹馬の友でもある王子の盾になる道を選んだらしい。

 だからまあ、きっとだけどさ、ワイロもきかない堅物だから邪魔だって思われたんだろうな。

 そうなるとだ。問題は目の前の幼女ことベアトリスだ。

 彼女曰く、親類とかいないって言うし。

 親父が騎士爵なら、彼が死んでしまえば彼女はもうただの平民だわな。

 襲撃の際に使用人は皆殺しになったって言うし。

 ならとりあえず俺に出来る事って言えば────


「まあ、災難だったなお前。でもよく頑張ったな。お前の父さんはお前を生かす為に盾になったんだ。立派なもんじゃないか。俺がこの後の面倒はどうにかしてやるから、別れが済んだらどこかの教会できちんと葬ってもらおう」

「あ、ありがとう、ござ、ご、ございま────うわああああああああああああんっ」

「よしよし泣け泣け」


 幼女を慰め好きなだけ泣かせてやった。

 虚勢を張ろうとしたが、もりもりと涙が溢れてきて結界しちまった。

 後は俺にセミみたいに縋りついてワンワンないてやがる。

 

 そうしてひとしきり泣いた後、彼女はありがとうございました見知らぬお方と綺麗な姿勢で頭を下げた。

 やべえな。流石ご令嬢、育ちが違うって感じだ。

 こっちはシリアスな空気が居心地が悪くてきな臭い顔をしてただけだから恥ずかしいわ。


 その後は転がっている暴漢たちの四肢の骨をメイスで念入りに砕いた。

 すぐ逃げられたら困るし、仕返しをしに来ても面倒だからな。

 特に上等な身なりのボスっぽい奴は、そいつがもってたナイフで両耳をそぎ落としておいた。

 いやーハイエルフになったせいか、この手の荒事に躊躇を抱かなくて困る。

 多分、俺のガワの人の名残りなのかな? 知らんけど。


 なんで殺さなかったかだけど、盗賊みたいにギルドに言えないだろこれ。

 ベアトリスが言う様にこれが王宮の謀略事だったとしたら、正直にこいつらを衛兵に突きだしたとしても、表ざたになって困るVIPが出てくるよなきっと。

 そうなると俺はいいんだけど、今後身寄りのない孤児になるベアトリスが可哀想だろ。

 さっくり殺されるならまだしも、捕まって慰み者にでもされたら目も当てられない。

 だから心を折るくらいでとどめて、後はトンズラかますのが正解だと思ったのだ。


 そして俺は既に息を引き取ってしまったケインさんを背負うと、ベアトリスを連れて街に向かった。

 鞄は前に背負って背中を開けてな。

 まあ身長が小さいからずるずるケインさんの足を引きずる事になってしまったのが忍びないが。

 そして奇異の目線で視てくる往来の人を無視し、その辺の人を捕まえ教会の場所を聞いた。

 教会は街の北側エリアにあるスラム街の入り口にあるとさ。


 教会についたら神父がいたから貴族の謀略とかは無しにして、彼女の父親が暴漢に襲われ死んだから弔ってほしいと伝えた。

 神父は人のいい男で、それはそれは大変でございましたなと顔をくしゃくしゃにした。

 後はベアトリスに話は任せ、その後ケインさんは教会の裏手で荼毘に付された。

 西洋風文化なのに火葬なのは、死体がアンデット化したら困るからこれが常識らしい。

 遺骨は一部を布でくるんでベアトリスが遺品として持ち、残りは共同墓地に葬った。

 相場がよく分からんからとりあえず金貨を20枚ほど布施て。


 多分多すぎたんだろ。神父は何度も多すぎるって返そうとしてきた。

 なんなのこの神父。ガチで聖人かよ。結構いい年だけどくっそイケメンだし。

 宗教家ってあれなんじゃね? 恐縮ですって言いながらきっちり懐に納めるもんじゃないの?

 あれ? 俺の偏見ってだけか? まあいいや。


 さてその後の話だ。

 

「クローディア様、命をお救い頂きまことにありがとうございました……父は亡くなりましたが、名誉は護られたでしょう。弔いの費用までご用意くださって……。けれども今のわたくしにはクローディア様に報いる手段はありません。ですので、ぜひわたくしめを奴隷商にお売りなさいまし」


 彼女はそう言ったのだ。

 どこかの私立小学校みたいな制服姿の彼女は、どうみても幼い。

 多分実年齢は小学校高学年になるかならないかだ。

 なのにこの台詞である。流石は腐っても貴族令嬢や。


 ただ問題は奴隷として売れである。

 言葉こそ気丈なもんだが、彼女の中では色々と折れてんだろうなぁ……。

 騎士爵の家柄だとて、平民よりは間違いなく上等な生活をしていたはずだ。

 それを明日からお前は身寄りがなく一人で生きて行きなさいなってのが彼女の状況だ。

 その聡明な頭で思ったんだろ、どう足掻いても無理って。

 なら令嬢としての尊厳を見せつつも、仕方なく奴隷に売られるって手段を持って堕ちてしまおうってとこか。

 

 見れば随分と可愛い顔をしているじゃない。

 綺麗な赤毛はさらさらで、少し勝気そうな釣り目が彼女の名前に似あっている。

 きっと将来は相当な美人さんになるだろうよ。

 まあこっちは何時まで経っても幼女だけどな!

 その眉はだんだんと下がり、八の字になっている。

 唇はわなわなと震えているし。


 なんだろうなー異世界って世知辛過ぎませんかね?

 そう思ったらもうダメだった。

 ハイエルフの幼女として彼女を放置して消える事は無理だと思った。

 何を言ってるか分からないが俺にもよく分からん。

 とにかくそう思ったって事。

 だから俺は彼女を無視し、困った様子でこっちを見ている神父に聞いた。


「神父様、この街に孤児院なんてありますか?」

「いえ、ありませんなハイエルフ様。私も領主さまに陳情をしてはいるのですが、何分このスラムの様子を見て貰えれば状況は分かりやすいかと……」

「んん? 神父様、俺がハイエルフってわかるの?」

「はい、いいえ、その、こちらを見て貰えればと」


 いきなりハイエルフばれてるじゃん。

 って慌てる俺に神父様は苦笑いをしつつ、その長い金色の総髪の片側を掻き上げた。

 そこには見慣れた尖った耳。なるほど、神父様もエルフかよ。

 ってこんだけナイスミドル風な見た目って事は数百年は生きてる系かな?

 聞けば纏っている精霊の姿でハイエルフってのがわかるらしい。

 普通のエルフについている精霊とは格が違うのが、俺の周囲にうじゃうじゃいるみたい。

 あれだな、背後霊みたいな感じか。ってかそのハイエルフである俺には見えないんだけど?


 まあ結論から言えば、教会の余っている部屋を俺達に貸して貰う事になった。

 俺と言えばハイエルフの身分を隠して旅をしているから情報は伏せといてと頼んで。

 それに結構年齢がいってるエルフなら俺に欲情とかせんだろ。それもポイントが高い。


 で、寝る場所が確保できたなら、ベアトリスは俺が育てると宣言した。

 何だよ奴隷とか。異世界だし奴隷とかいても否定はしないし、奴隷制が駄目だなんて思わんよ。

 ただ自分で関わってそれは嫌だってだけで。


 教会は神父様、いやもうサイードと呼べって言うからサイードが孤児院をしたいと自分で増築したから結構な部屋数がある。

 若い時は冒険者をやってたらしく、金回りは当時は良かったらしい。

 で、精霊教会(大陸で多くの信者がいる宗教団体らしい)で聖職者になった後、このルールが彼の教区となったという。

 そして冒険者で稼いだ私財を投じて孤児院のガワだけは作ったけど、運営していく資金は無い訳で、なので領主に訴え続けてはいたが未だそれは実現されずってのが状況らしい。


 そこで俺はピンときた。

 俺が金を出してやるって程お人よしではないが、手助けはすると申し出た。

 具体的にはその内ハイエルフの威光でスポンサーでも見つけられないかな的な希望的観測なのだが。

 後はこの教会の用心棒的な役割もする。だからベアトリスをおいて欲しいってな。


 サイードは二つ返事で了承してくれた。

 ハイエルフ様がいてくれるだけで名誉だってさ。

 あと俺にムラムラしないってさ。良かったわマジで。

 あの変態巫女との経緯とか言っちゃったんだわ。

 まあ仕方ないとは言え災難でしたな、でも私がもう少し若かったら危なかったかもなんて笑った。


 そんな風に自分の意志とは関係なく、自分の行く末を決められたベアトリスはぽかんとした表情で立ち尽くしていた。

 だから言ってやったんだ。


「ガキが難しいこと考えなくていい。メシくらいは不自由させないから、俺に面倒をみられろ」


 こうして俺の根城と、図らずも扶養義務のある家族が出来たというお話。

 状況を漸く理解したベアトリスは、今度は嬉しそうに、安堵した様に俺にしがみつき、セミみたいに泣いたのだ。

 俺の中の人もまだちゃんとした大人だとは言い難いが、リアルガキなベアトリスはもっと甘えても良いって思うんだ。

 俺、ハイエルフだし。


 で、その後であるが、日々の糧を得る方法として俺は露店をやる事にした。

 冒頭の様にね。

 商業ギルドってとこに神父様であるサイードの紹介状を持って出向き、露店をやる鑑札を買った。

 この区画のこの場所なら出店自由。月の売り上げの1割を上納、2割を税として役場にって感じ。

 

 港町って事で漁業が盛んなんだが、別に地球みたいに座の様な漁業権は無い様だ。

 漁業組合に行って、やはり鑑札を購入すると漁をした物を市場で売れるってさ。

 まあ1割の上納2割の税金はここも一緒だけど。


 で、漁協の偉い人に聞いたんだ。

 高級魚はどんなやつだとかさ。

 後は需要はあるけど漁が困難で水揚げの少ないのはどれとかな。

 そして人の良い漁協のオッサンに図鑑を見せて貰った。


 サザエみたいなでも大きさがサザエどころじゃない巨大な貝とか、どうみてもカツオな魚がそうらしい。

 ならもう勝ったも同然だ。

 翌日から俺は行動を開始した。

 俺はもっていた金の殆どをサイードに渡し、俺らのこまごまとした生活費に使ってくれと言った。

 要はベアトリスの服や下着とか身の回りの物を揃えてくれって事。

 ああ、俺もいつまでもぱんつはいてないは困るから俺のも適当にってな。

 で、俺がいない間、きちんとベアトリスに飯を食わせてくれ、余剰は教会の維持費にしてってね。


 そして港に向かい、日中に漁に出ない船を探した。

 漁協で聞いたが漁師だからと言って毎日必ず漁に出る訳じゃないらしい。

 なので見つけた船の持ち主に交渉し、沖まで俺を乗せて欲しいと頼んだ。

 船を動かす経費を聞いて、それプラス手間賃を払うからってさ。

 そしたらオッケーしてくれた船があった。


 そんで沖に行き、図鑑で覚えた貝と魚を捕まえまくったって訳だ。

 別に釣り竿も網もいらんわ。

 このハイスペックなハイエルフボディで素潜りアンド手づかみよ。

 目を白黒させるニーチャンを尻目に、躊躇なくワンピースを脱ぎ去り全裸になるとそのままドボーンよ。


 おいニーチャン、俺にエロい事したら殺すからな、俺は既に盗賊を何人も殺してる凄腕だぞと事前に言い含めてあるからその辺の心配もないし。

 まあこいつがペド野郎だったら宣言通りバラせば済む事だ。

 沖に沈めりゃ事故で済むだろ。


 まああれだな。海の中にいるわいるわ魚が。

 現代地球みたいに乱獲しないしできないから物理的に、とにかく魚影が濃い。

 俺は海底まで潜ってニーチャンに借してもらったデカいタルがいっぱいになるまでサザエっぽい貝であるツボシェルを拾い、ハイエルフ泳法で弾丸みたいに海中を泳いで高級魚であるツーナを100本ほどゲットした。


 それの半分ほどを漁協に売り、自分の分をインベントリ鞄にしまった。

 ニーチャンには5ゴルドの手間賃をやったら小躍りしてたわ。

 嬢ちゃんを毎日載せた方が儲かるって。

 まあたまに来るからまた載せてよって頼むと首を縦にブンブンふってたわ。

 マネーイズパワーは異世界でも真理らしい。


 そんでツーナとか言うどうみてもカツオをいい感じに柵切りにしてさ、炭で炙っていわゆるカツオのタタキを作ったんだ。

 稲わらは無理でも麦わらくらい手に入れば本格的なの出来るんだろうが、残念ながら今は初夏らしく見つからない。

 なんで鍛冶屋で作って貰った手押し車式のグリルで炭焼きにしたわ。

 後は大量に確保してある岩塩を砕いたやつを振ってな。


 鉄網も作ったからツボシェルで壺焼きにしてな。

 まあこれが売れる売れる。

 竹っぽい素材を見つけたからそれを串にして塩タタキを売ったらアホみたいに売れるんだ。

 1本につき5ナール。800円前後って所か。

 これガチで高級魚らしく、これでも安いって思うらしい。

 ちなみにツボシェルも高級だがかさばるから1日限定20個で1個30ナール。

 でも完売しちゃう。この前どこぞの貴族っぽい紳士が馬車越しに買っていった程だ。


 なので例のニーチャンをチャーターして漁に行く。

 その魚が無くなるまで屋台を出すってのが最近の俺のサイクルになった。

 これでかなり稼げるからさ、別に冒険者なんかしなくてもいいだろこれ。

 と言いながらも気が付けばルールに来て半年くらいは過ぎた。


 屋台の常連もかなりできたし、ベアトリスは結局シスターとしてサイードの手伝いをしている。

 お父さんが眠る傍で静かに暮らすってさ。いいじゃんそう言うの。

 なので俺は彼女が大人になるまではのんびりここで見守ろうと思うのだ。

 

 ちびっこエルフの名物屋台、それが俺のこの街で獲得した地位だ。

 今では俺を見かけると街の連中は笑顔で声を掛けてくれる。

 異世界生活もまあ、それほど悪か無いな、それが俺の今の感想だ。

 

 この穏やかな日常を、もし脅かすバカがいたとしたらその限りではないが。

 さって、今日も完売したし、ベアトリスに甘味でも買って帰るか。

 こんな見た目だが、あいつが可愛くて仕方がないんだ。

 

 そう、今の俺はバブみのあるロリハイエルフなのである。

 

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