第3話 人が頼るのではなく頼られてしまうのがハイエルフ

「……んぅ……もう朝かぁ……」


 教会の奥にあるこじんまりとした宿舎の一室。

 2階の南に面した大きな窓のある8畳くらいのワンルームが俺の私室。

 とは言え調度品は街の職人に作らせた大きなベッドとちんまりとした箪笥しかないけれど。

 残念ながらカーテンが無いのでこうして朝の日差しで自然と目が覚めてしまう。


 屋台で結構儲けてるから金が無い訳じゃない。

 けど単純に、この世界だと布って高いんだよな。

 大量生産が出来る環境じゃないから当たり前なんだろうけど。

 なので窓にカーテンなんて思想は無くて、板って言うか、開放か開閉かの2択しかない窓が普通なのだ。


 まあいい。んでハイスペックボディの俺だから、実は然して睡眠はいらない。

 夜になってもあまり眠たくならないし、数日起きていてもそれほど疲れないからなあ。

 ただ眠るって行為の怠惰さが、今の俺には非常に癒しなのできちんと毎日眠るようにしている。お布団気持ちいいし。


 その為の快適グッズがこのベッドと布団一式なのだ。

 この世界にはまだスプリングと言う概念が無いので、名うての職人に作らせたとは言え、実際は木組のベッド台でしかない。

 ベッドの四隅にある支柱とかの彫刻とかが凄いけどな。


 だもんでモンスターの素材で作られる高級布団にさらに注文を付け、何重にもする事で現代のベッドに近いくらいのふかふかを再現できた。

 同じ素材でクッションもいっぱい作ったしね。

 海外ドラマとかでセレブが寝てるベッドみたいなイメージだね。


 そこにこの輝く様なロリボディを沈ませ、ムフーンなんてご満悦しながら毎晩寝ている。

 ここはもう俺だけの理想郷なのである。

 まあ、うん、その辺はたしかに満足はしてるんだ。

 しているんだけどなぁ……でも、これはちょっとなぁ……。


「ううん……えへへ…………」


 ベアトリスである。

 俺より少しだけ身長の高いこいつは、俺をまるで抱き枕の様にしてくる。

 ちなみに俺もベアトリスも全裸である。

 いやー普段着は揃えたからあの白いワンピースは寝間着にしたんだ。

 なので寝る前は着ているはずだが、朝になると無くなってるんだ。

 んで俺のまな板に顔をスリスリしながらこいつはアホ面で寝てる訳。


 こいつはサイード付けのシスターとなったのだが、何故か毎晩俺と寝たがる。

 というか父親が死んで散々悲しんだ後、あっさりとそれを割り切った。

 助けてくれた俺に感謝をし、受けた恩を世に奉仕することで返すってさ。


 ハイエルフであるこのクローディアとしても思わず感涙にむせぶレベルでキュンとしたわ。

 主に健気すぎるぜこの幼女的な感じで。

 これならばお節介を焼いた甲斐もあるってもんだ。

 

 だがしかしである。

 元気になったベアトリスが俺を呼ぶ時、何故かお姉さまと呼ぶようになった。

 クロお姉さまである。

 この時点で薄々おかしいと感付いてはいたが、いやいや、この子はまだ心の傷が癒えていないのだ、そうに決まっていると俺はスルーをした。

 どうやらこれが失敗だったようだ。


 その後俺は漁や屋台で金稼ぎをしながら土地勘のないルールの街を探検し、少しずつこの街に馴染んだ訳だが。

 そうすると必然的に外出が多くなる。

 まあそもそも異世界を堪能したいって目的がある訳だし?

 今は教会とベアトリスがいるから旅こそしないが、異文化を知りたいってのは当たり前だよなぁ?


 だが夜遅く教会に帰り、サイードにお土産なんかを渡していると、柱の陰からベアトリスがじーっと視ている訳。

 もの言いたげな表情でさ。

 サイードも「シスターベアトリス、行儀が悪いぞ」なんて言うんだけど聞きやしない。


 んでこっちにやってくると俺をガッチリとホールドして部屋に連れ込まれる。

 部屋ってのは俺の部屋だからね。

 ベアトリスの私室もあるんだけど、こいつ着替え以外はこの部屋にいるんだ。

 そしてクロお姉さまは酷いです! 放っておかれて寂しいです! とか始まる。

 何かこう……なんだろ、依存度の高い専業主婦に絡まれている仕事人間の亭主的な構図?

 俺も何故か妙な罪悪感に包まれ、おおごめんごめんとか言っちゃう。


 そしたらお詫びに今日は一緒に寝てくださいねとか頬を赤らめて言う訳。

 ただその瞳の奥にある色は何というか……うーん……有無を言わさない凄みがあってなし崩しにそうなっちゃう。

 結果、現在まで毎日一緒に寝てるんだよなぁ……。


 こんなに可愛らしいハイエルフ様に悪い虫なんかついたら────ふふっ、ベアトリスは絶対に許さないのです……とかブツブツ言っているのを前に聞いて俺は聞こえなかったフリをしてるのさ。

 

 あるぇ? こんなネガティブ方向でアグレッシブな娘だったっけ?

 俺はほら、ハイエルフのおばば様としてバブみのある母ポジションを確立したと思ってたのに……。

 まあでも今はいいか。きっと彼女もいずれ大人になるのだ。

 俺は今後もほぼ変化しないロリババアだからな、羨ましくもある。

 それまではまあ、好きにさせとくか。


「ぬふぅ……そこダメですぅおねえさまぁ……」


 好きにさせといて……いいのかなぁ……。

 あどけない寝顔のベアトリスの頬をつつくと危険な寝言を吐きやがった。

 なんだろう、無性に冷や汗が止まらない俺である。

 爽やかな朝のはずが、爛れ切って澱んだ朝に感じるぜ……。



 ◆◆



「おはようございますクローディア様」

「おはよサイード。様とか柄じゃねえって」

「ははは、まあそれはお慣れになっていただくしか。それよりもベアトリスはいつもの通りで?」

「そゆこと。年頃的には甘えたい盛りなんだろうし暫くは放っておけばいいさ」


 惰眠を貪る幼女を放置し宿舎のダイニングに降りると、待ち構えていた様にサイードが朝食の準備をしていた。

 カソックにエプロンと中々にシュールな姿で。

 とは言えナイスミドルエルフとて白が多い金髪の総髪がダンディな感じで似あっているが。

 燕尾服でも着てたらデキる執事って感じじゃないかねえ。


 俺があくびを堪えながらテーブルにつくと、直ぐに淹れたてのブラックコーヒー、木製のプレートの上には焼きたてのバゲットと目玉焼きにカリカリのベーコンが載った物が並ぶ。

 俺らが教会に転がりこんだって構図の筈なんだが、種族の序列的になのか、サイードはどれだけ言っても俺を下に置かない態度を貫くのだ。


 いくらハイエルフボディになれ、最近では口調こそ男のままだが、女の身体にも馴染んだ俺でも、実際の中身は20代半ばの若造なわけで、本来のクローディアが経験してきた5千年の重みなんか無いのにな。

 一応、俺は元々地球と言う星で生きていた一般人の男で、気が付けばこうなってたって告白したんだ。

 教会だけに? 懺悔的な? 

 ぶっちゃけ心苦しいってか、そんな大層なもんじゃあないんだと言いたかった。


 けれどもダメでしたわぁ……。

 エルフの常識って超自然的なオカルト現象も、結局のところ精霊力ぅ……ですかね……でつじつまが合っちゃうみたいな所がある。

 実際半透明の精霊にはそれぞれ属性があって、それと契約すれば、物理法則を真っ向から否定した現象が起こる訳だし。

 だいたいハイエルフはこの大陸以外にも数人いるらしく、それぞれがクローディア程じゃないにしても、ミレニアム単位で生きているって言う。


 だからまあ常識だのなんだので納得して貰えないんだな。

 エルフ的に、その転生憑依にすら、自然界の大いなる意志が導いた結果だって結論になる。

 なんでもう諦めた。面倒臭い。彼らがそれで満足してるんだしさ。

 上位者として振舞う事は一生ないが、そう言うもんだと思う事にしたのだ。


 そう考えるとサイードは体の良い執事みたいなもんで、俺が教会に金をいれ、それでサイードが維持し、余分な時間で俺の世話を焼くって言う役割分担になっている。

 実際漁と屋台の売り上げは税金を払っても、月単位で500ゴルド程の利益が出ている。


 そらそうだ。経費なんて屋台で使う炭と調味料、後は串を職人に頼む費用くらいだもの。

 漁は俺の素潜りだから網だのなんだのいらねえし。船主に払う手間賃も5ゴルドだし、それも毎日じゃあない。

 例のカバンが便利過ぎて困るわ。


 だからまあ、俺とサイード、そしてベアトリスが日々喰っていく分や、それぞれの小遣いを差っ引いてもだよ?

 いずれサイードが孤児院を開院する資金はどんどん溜まっているって訳だ。

 ある程度その見込みが見えて来たなら、後は継続して運営する為にスポンサー探しでもすればいい。


 実際開院するのはいつでも出来なくはないんだ現状。

 でもこういうのは有力者……ここだと領主さまって言うんかね? そう言う偉い人のお墨付きをもらわないと面倒な事になるらしいのだ。

 なのでタイミングは今じゃないって感じだ。


 まあ俺の浅知恵ではあるが、1つばかし名案もある。

 ここがスラム街の傍にあり、スラム街が無法地帯でありつつも、敷地自体は広いってのがヒントになった。

 と言っても今すぐではないが、ハイエルフの力技で実現してみせよう。

 焦る必要はないのさ。


 そんな感じで世話になった人らに恩返しが出来たなら、いよいよ俺はこの街を出ていくつもりだ。

 なあに寿命は気にしなくてもいいのだ。

 乗りかかった船であるし、キリのいい所までは付き合う。

 その義理さえ果たせば、のんびり旅に出よう。

 まあベアトリスが成人するまではいようとは思うけれど。


「クローディア様、本日は商売の方で?」

「いや、久しぶりにギルドにでも顔だしてみようかなって思ってる。屋台用の魚が足りないんだが今日は風が強いから船は出せないだろうし」


 さっきから窓を揺らす音がうるさい。

 窓から見える空は曇ってこそいないが、白い雲が凄い速さで流れている。

 こうなると外海は時化ているだろう。

 船が出せなくても俺が泳いで行く事も出来るが、大物を捕まえる度に丘に戻るのは面倒だ。


「珍しいですな。何か目的でも?」

「実際ギルドでまともな依頼を受けた事が無いからな。でも俺がここに転がり込んで半年以上だろう? ギルドに登録した時に聞いたんだが、1年間依頼を受けないと自動的に除名になるらしい。なんでそろそろ軽い依頼でも請け負うかなぁってさ」

「ははあ、それはそれは。ここから北に向かった森にはダンジョンがありますから、腕に覚えがある者はダンジョンでの素材回収の依頼を受けることが多いと言います」

「ダンジョン……ねぇ……」


 カップに残っていたコーヒーを飲み乾す。

 異世界でもコーヒーがあったのは嬉しいな。

 食材なんかもネーミングが若干違うけどほとんど同じものがあるし。

 

 さて依頼を受けたいのは本当だ。

 それが俺の今の身分証明だからなぁ。

 あのタグにはギルドの所属している支部が記載されている。

 なのでタグさえあれば住人扱いされるのだ。

 だから失効すると面倒だし、早めに更新かけとかないとと思ったのだ。


 しかしダンジョンか。これもまた異世界定番のアレだよな。

 でも正直興味がない。

 まあ別にそんな穴倉に潜らなくても、森に行けばヤベーのとは戦えるし。

 

 ダンジョンってのはサイード曰く、入り口こそ自然の洞窟だが、そこから先は地下だと言うのに地上の様なフロアが拡がっていたりするらしい。

 時折門番みたいなボスがいたりして、倒さないと先に進めないとかなんとか。

 まるでゲームのまんまだな。


 ダンジョンの中には地上では見かけない様なモンスターがわんさか出る様だ。

 それらを倒せば、時折アイテムを落とす。

 これが物によっては高額で取引されているらしく、それが欲しい誰かがギルドに依頼を出す訳だ。


 ギルドでは〇〇を何個収集してくださいって感じで。

 ただこっちは地上で充分稼げているしなぁ。

 焦って一攫千金を求める理由もないし。

 それに潜る時は中の広さの関係で、数日は拘束されるっていうしな。


「俺はダンジョンには行かないよ。それよりも周辺の地理を覚えたいから街の外での討伐とかポーションの材料集めとかそう言うのをするよ。気分転換の散歩代わりにもなるし」


 そう言うとサイードは貴方らしいですなと笑った。

 まあ傍若無人で気まぐれなハイエルフって感じでホントごめんよ。

 自分でもそう思うけどさ。こんな上司いたらウザいんじゃなかろうか。

 まあ、いい。ハイエルフだし。

 

 そして俺はベアトリスが起きてくる前に教会を出たのだ。

 やー……面倒臭いし。

 バブみのあるハイエルフを目指す俺としては、現在の関係はよろしくないのだ。

 べ、別に、に、逃げるんじゃ無いんだからね!


 ◇◇


「あっ、バーサーカーが来たぞ」

「は?」


 おっと思わず殺気が漏れちまったぜ。

 俺が久しぶりにギルドに入ると、掲示板にたむろしていた冒険者たちがざわざわとしている。

 ちらちらとこっちを見ながら。何だよ感じ悪いな。

 ってか何? バーサーカーって俺の事かよ。

 俺は首を傾げながら依頼を受けるカウンターに腰かけた。

 眼鏡を掛けた人間の女がそこにいる。


「なあ、なんで俺の事怖がってんのよ連中は。登録の時以外ここに来てないんだが……」

「あ、あの、えーと……何といいますかぁそのぉ……」

「んだよ。アンタここの職員だろうが。はっきり物を言いなさいや」

「ひ、ヒィッ……」


 何ビビってんのよこれ。

 と、思ったが、完全に委縮する職員を睨んでいると、震えた小声で事情を教えてくれた。

 登録の際にメイスをぶん回して暴れた後に俺は帰ったが、その後周囲にいた冒険者の中にエルフもいたらしい。

 んでそいつがあの人は恐れ多くもハイエルフ様であると一席ぶった様だ。

 

 なんでもハイエルフがキレると周囲一帯が更地になるとか、一国の軍相手に無双するレベルだとか。

 だからあれをキレさせたらヤベーからと腫れ物に触る様な感じらしい。

 おいおいおい、盛りすぎだろう!?

 何だよ更地になるとか物騒すぎィ!?

 いや他のハイエルフは知らんけど、俺は精霊も見えない腕っぷしだけのポンコツやぞ。

 

「あーもう面倒臭いから依頼を受けさせてくれ。居心地悪いからさぁ……な? 期限切れたら面倒なんでしょう?」

「ヒイィィィ、殺さないで!?」

「殺すかよ……いいから依頼! きちんと自分の仕事をしてくれませんかねえ?」

「あわわわ……い、依頼ですね!? キラーオークの群れの討伐ですか?! はっ、そんな物じゃ物足りないですぅ!? わ、分りました、ど、ドドド、ドラゴンです…………か?」

「なんで俺を物騒な方に持ってくわけ? しかも探り探り言うなや……ちげーよ。定番っつーかテンプレっつーか、薬草摘みとかそう言う手ごろなの無いのか? この辺の地理が分からんから覚える為にそう言うのやりたいんだが……」


 結局ビビりまくりの受付嬢の態度は変わらず、それでも急かすと薬草摘みの依頼自体は確認できた。

 というか常設であるらしく、薬草を摘んだらそれを街の薬師の店に直接持ち込めってさ。

 薬草の状態にも善し悪しがあって、それをクライアントである薬師が判断。

 程度によって適正価格で買い取ってくれるとさ。

 その金額はギルドの手数料が差っ引かれた物だってさ。

 あーならいちいちギルドに顔出す必要無いのか。


 そうして居心地の悪い時間を過ごした俺は、二度とこんな場所来るかと内心で吐き捨てて外に出たのだ。いや依頼達成したら戻らないとダメか……。気が重いぜ。

 まああれだな。向き不向きってのがあるのだ。

 わざわざこっちの事情を浸透させる努力も面倒臭い。

 こっちは身分証明が無くなるのさえ阻止すればいいのだし。

 

 俺は地球時代はラノベみたいなのは読んでたし、ファンタジー系の小説やゲームなんかも嗜んでいた。

 確かにそう言うのってワクワクするんだけどさ。

 でもこうして自分で現地に来てみるとだ、そこにキラキラしたモンは無いって分かったのだ。

 単純に自分に協調性が無いだけもあるんだろうけど。


 でも生活には金がかかるのは地球も異世界も一緒だ。

 まして未成年が無条件に実家に甘えられる環境がここには無い。

 ベアトリスみたいに人様に迷惑を掛けずに生きていたガキが、ある日突然身内を殺され親なし子になってる訳だし。

 地球のどこかじゃあるのかもしれないが、日本じゃあり得ないよなこういうのって。


 なので文明的な物が地球に比べると発展途上なここは、基本的には生きる為に面倒な事が多い。

 俺はきっと言ってしまえばお気楽チート野郎なんだろう。

 幼女のボディなのは仕方ないにせよ、基本力技でどうにかなってしまうからな。

 じゃあこれを誰かに誇示したいかって言えばそんな事はない。

 

 それこそ受付嬢が言うようにドラゴンみたいなのを討伐してもいいんだろ。

 だがその結果どうなるか。

 こっちの気持ちも知らずに無責任に褒めたたえる他人が増えるだろう。

 権力者がその手に納めようと近づいてもくるだろう。

 ここは封建社会だからなあ。貴族になれってのもあるかもしれない。


 ハイエルフが実際どれだけヤベー存在かは知らんが、軍を相手に無双出来るなら、それが自分の国に向いたらと考えるだろうな国とかえらい人は。

 なら取り込むか排除するかの二択だろう。

 でもハイエルフが評判通りの存在なら、排除の結果大被害を被るなら、間違いなくえらい人は懐柔を選ぶだろうね。

 いずれにしても目立てば目立つ程に俺は窮屈になっていくんじゃなかろうか。


 そう言う理由で注目されたくないんだよな。

 かと言って必要以上に周囲に気づかって、窮屈極まりない生活も嫌だし。

 だから特に喧伝はせず普通に生きて、その上で面倒なのが近寄って来たなら、はっきりと嫌悪感を丸出しにする。


 こっちが納得できない理屈を振りかざすなら、それ以上に傍若無人に振舞い、ややこしくなったら逃げだす。

 まあそう言う方針で行こうじゃないか。

 あと変態巫女のいた集落には絶対に戻らないのも加えるか。


 天気のいい午前中だってのに、そんな鬱な事を考えながら大門に向かう大通りを歩く。

 今では屋台の嬢ちゃんとして認知されたせいで誰かしらが俺に声を掛けてくるのをあしらいつつ。

 まあ、マイペースでいきまっしょい。

 そう思う俺である。さあ森に向かうぞ。



 ◆◆


「こんなもんかねぇ……」


 街から半日ほど歩いた場所にある森。まあ俺の移動速度だとその三分の一くらいだが。

 そこで薬草摘みをしていたらいつの間にか夕方になっていた。

 やっぱエルフだからかな?

 森歩きが無意識に楽しいのだ。


 ギルドで見せて貰った図鑑で薬草の形は覚えている。

 名前が青薬草と緑薬草、それに赤薬草ってのがあって、それぞれ需要がある。

 青が魔力を帯びた物で、ポーションにすると消耗した魔力を回復するらしい。

 緑がゲーム的に言えば体力の回復になり、赤が傷薬になるようだ。


 葉の形は鋭角なシダ植物に似ていて、根の部分が球根みたいに大きく丸い。

 色が違うだけでどれも同じような姿だったので解りやすい。

 これらの葉っぱと球根は、それぞれ薬効が違うらしく、受付嬢曰く、球根まで綺麗に採取すると薬師が喜ぶってさ。


 でだ、俺にはインベントリめいた鞄があり、こいつは入れた時の状態のまま取り出せるという特徴がある。

 つまり中で劣化がしないのだ。

 だから森で薬草を見つけると、山芋掘りみたいに慎重に採取して、鞄に突っ込む。

 それが妙に面白くて、結局こんな時間まで掛ってしまった。


 昼食や飲み物なんかはサイードが用意してくれていたので時折休憩は挟んでいたが。

 とは言えそろそろ帰らないと日が暮れちまう。

 帰りは猛ダッシュして帰るか。

 出来れば真っ暗になる前に街に戻って、薬師の店を探したい。


 受付嬢曰く、商業区の中に薬師街的な場所があるから、いくつかの店を回って条件の良い店を探すのが定石だとさ。

 店によって求めている素材が違ったりするから、値段もマチマチだっていうしな。

 まあ劣化しないのだから別に今日じゃ無くてもいいのだろうけれど。

 でもせっかくだから見てみたい。

 ポーションの現物は見た事無いし。


「――――ん? 悲鳴か?」


 夕まずめの森の中、休憩している俺の耳に何かが聞こえた。

 というかベアトリスの時の一緒じゃないか。

 俺のハイエルフイヤーにはまたも女の悲鳴が聞こえる。

 なんだろ、万能すぎるのも面倒なもんだな。


「おい、お前ら何をしている? 寄ってたかって女を囲むとか終わってるぞ」


 声の方に走ると、3人の男が女一人を囲んで見下ろしている。

 女は高校生程度の年齢か? とは言え急所だけを隠しただけの革鎧姿だから冒険者だろうか?

 囲んでる男連中もそんな感じに見える。


「は? 関係ないだろこのチビ。うちのパーティの問題だから口を出すな」

「つかガキの癖に可愛い顔してね? こいつもひん剥いて楽しもうぜ」

「マジかよケビン、こんなクソガキにおっ立つとか特殊な性癖をお持ちで?」


 俺の問い掛けに男たちはちらりとこちらを見たが、俺の小ささに気が付くと下卑た笑いを浮かべた。

 年の頃は20代ってとこか? 剣を持ったのが二人と杖を持ったのが一人。

 まあこの見てくれじゃ舐められるか。まあ関係ないが。

 俺はそいつらを無視し、女に向かって話しかける。

 怯えた表情で尻をつき、後ずさる彼女に。


「なあ女、一応聞くがこの男どもじゃなく、お前が悪者ってこたぁないよな? 助けようとは思うが実はお前が性悪女でこいつらの金を巻き上げたのが原因とかだったら笑えんし」

「ち、違いますっ! この人達のパーティに荷物持ちで臨時参加しただけですっ! そしたらノロマで役立たずだからせめて身体で喜ばせろっていきなり――――

「ああ、もういい。理解した。おい小僧ども、死んだら許してくれ。弱すぎる相手への加減は自信がない」

「はぁ?! 何言ってんだガキ――――

「おいおい先にてめぇから――――


 俺の挑発めいた言動にいきり立つ男連中。

 それに構わずに俺は動いた。

 サイードに仕立てて貰った黒い戦闘用のチュニックに、下半身用に細身のパンツも履いている。

 どれほど暴れようが俺というハイエルフの魅惑のゾーンを御開帳する心配はない。


「――――っ!?」

「ぐぅっえぇっ……」


 やる事は単純だ。

 小柄な身長を生かし、一足跳びに目の前にいる大きい奴の懐に飛び込む。

 奴の目には瞬間移動にも思えただろう。実際はそうじゃないにしても。

 そして股間を容赦なく掌底で突き上げた。鈍い音と柔らかい物が潰れる感触が伝わる。

 すると男の目がぐるりと白目を剥き、こいつは悲鳴をあげる間もなく吐瀉物をまき散らし気絶。


 そしてその様子を見て固まった他の連中を作業の様に伸していく。

 笑顔で別の男の足を刈り、仰向けに倒れた所でその腹を加減して踏みつける。

 反対に立つ男には革鎧の腰の部分に足を引っかけ顔まで駆け上がり、そのまま鼻に向かって膝蹴りを叩きこんだ。

 俺が残心しつつ地面に降り立った時、三人はそれぞれのたうち回っていた。


 そもそも漫画やアニメみたいに、いちいち喧嘩の口上をする必要なんかないのだ。

 なんだテメエ!? やんのかコラみたいな。

 こっちは卑怯と言われても気にもならん。

 ならさっさとケリを付けた方が精神衛生上いいと思う。

 こいつらとの会話に得る物は何一つないのだし。


「ほら終わったぞ」

「あ、あのっ、ありがとうごじゃいますっお嬢さん」

「誰がお嬢さんか。俺はお前より年上ってかババアだぞ。エルフを見た目で判断すると、ここで寝てる連中みたいになるから気を付けろよ?」

「ひゃ、ひゃい!! ごめんなさいっ」


 後ずさっていた女に終わった事を告げ、イケメンスマイルで声を掛けた。

 いや、落ち着いてみればこの娘、鎧の下は町娘みたいな白いワンピースなんだけど、とんでもなく巨乳なんだよな。

 これまでの俺の異世界での出会いはとにかく貧乳だらけだもんなぁ……。

 貴重なおっぱいには優しくもなる。当然だろ。

 というか慌て過ぎだろ。おっぱいがバルンバルン揺れとるわ。


「落ち着けバカたれ。お前さぁ、なんで荷物持ちなんかしてる訳?」


 ビビってる割にどこかふわふわした印象に見える女に思わずそう聞いてみた。

 そしたら何だか気まずそうな顔で俯いてしまったな。


「いや、その、うちは貧乏なので生活費を稼ぐために冒険者になったのですが、初歩だと言われたハードラビットですら倒せなくてですね……たはは。なのでサポートで稼ごうと思ったんですが……まぁ、見ての通りでして……」

「ああ、どんくさそうだもんなお前」

「そんなぁ……」

「まあいいけどさ、お前が弱いってんなら尚更、男の集団のパーティに女一人で参加するなよ。お前、見た目だけは良いんだからさ、おっぱいもデカいし」

「えっ!? おっぱっ……ええ……」

「ああ、いい。面倒臭いからそう言うリアクションはいらねえ。つまりは、起こるべくして起こったんだよ今回の事は。端からお前が気を付けてればこうなってないだろ? 不用心すぎるわ。まあ俺ももう帰るからお前もさっさと帰りな」


 うーむ、説教臭くなってしまった。

 まあでも言ってる事は間違ってないだろ。

 ふわりとした長い赤毛が似あう美人さんだし、おっぱいでかいし。

 大きな瞳の垂れ目が何かこう男受けしそうだしなぁ。

 それが人里離れた場所にほいほいついてきたら、そらお前、ヤっちまえ的な世界観だろここ。

 何かこうまともな法律的なのが無いっぽいしココ。


 とりあえずアワアワと取り乱す彼女の手を引いて立たせると、俺は街に向かって歩き出した。

 もたもたしてたらマジで暗くなっちまう。

 俺は薬草の売り先を見つけねばならんのだ。


 今後、サイードの孤児院に協力していく中で、子供らの健康の為にはポーションがいるだろうし。

 なんでコネを付けておけば良いんじゃないかと言う思惑もありつつ。

 願わくば懇意になって、ポーションの作り方とか習ってみたいものだ。

 さーそんな訳でさっさと行きたいんだけど……。


「どーして俺が抱き上げられているのか、これが分からない」

「お、置いてかないでくださいっ」

「あーそう言う……」


 うん、1つ言いたいのは、俺はぬいぐるみじゃあないんだ。

 軽いからって簡単に持ちあげるなよなぁ……。

 ってか豊満なバストが背中に押し付けられて最高ではあるのだけど。

 おっぱいがブルブル震えているのを感じる。

 あー……まぁついさっきレイプされそうになったんだし怖いのは当然か。


「はぁ……街までは付き合ってやる。その対価としてそのまま俺を運んでいってくれ。俺は疲れたんだ」

「────は、はいっ!」

「そしてナイスおっぱい」

「おっぱ!? ええ……」

「いいからはよ行け」

「なんかおじさんみたいなエルフさんだぁ……」

「おっぱいに貴賤なし。そこに男も女も無いんだよ。さあほらほら、行った行った」


 そうして厄介事をまたも拾った俺は、カンガルー状態で街へと帰ったのだ。

 ゆれゆれおっぱいと共に。


「あと名前はシーナですっ。お前って言わないでくださいねっ」

「りょーかい。じゃ俺もエルフさんじゃなく、クロちゃんって呼ぶんやで」

「はいっクロちゃん!」

「そうそう」


 そして最近の俺はあざとさすらも身に着けたのである。

 クロちゃんとか可愛さ全フリやん。

 もはやハイエルフとして完璧過ぎるだろこれ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る