こいつらいったい、なにをいっているんだ

 われわれが洞窟の前で待っていると、とつぜん黒い霞のようなものがあらわれ、その中からドリュラトが顕現した。

 きょろきょろと周りを見渡したドリュラトは、いらついた様子で叫んだ。

 <我になにをした。なぜ我はここに戻ってきているのだ。なぜ山をおりられない>

 <私の力であなたがモンブルマ山から外に出られなようにしたのです。私の許可がなければ、山から外にでることはできません>

 ドリュラトは牙をむき出し、威嚇するようにいった。

 <ならばお前を食い殺してやる。ほかの猿と違ってお前は弱そうだし、お前さえいなくなれば山を出ていくことができるはずだ>

 首を上下させながら、いまにもこちらに襲い掛かりそうな竜の姿をみたテシカンとウゼが武器を構える。

 <本当に私を殺せば、あなたは山の外に出られるとおもっているのですか>

 ドリュラトの動きが止まる。これはチャンスだとみて、さらにたたみかけた。

 <私が死ねば、永遠にあなたはこの山を出ることができなくなります。贈物ギフトとはそういうものなのです>

 贈物ギフトが、そういうものなのかどうかは、実際よくわからない。

 しかし、そのはったりは、ドリュラトにいますぐ私を食い殺すのを思いとどめる程度の効果はあったようだ。

 <お前が死ぬと永遠にこの山に閉じ込められるなら、どちらにしろ我はここから離れられないのではないか。我と異なり、猿がすぐに死ぬことくらいは知っておるぞ>

 たしかにそのとおりだ。人は死ぬ。ならば、どちらにしろ贈物ギフトの効果は解除されないことになる。

 <人が寿命を全うするとき、神はその贈物ギフトの力を取り上げるといわれています。それに、私があなたをこの山から外に出てよいと、許可することがあるかもしれませんよ>

 嘘っぱちだが、ドリュラトが信じるかどうかの問題だった。

 <猿の寿命はいかほどか>

 ドリュラトの唐突な質問に、思わず考えこんでしまう。竜の基準で考えれば、人の寿命は短い。私はあと何年生きることができるのだろうか。仙人でもないかぎり、100歳まで生きるものはいない。私の村で、最長老のニヤ婆さんが74、いや75だったように思う。そう考えると、長くてもあと30年くらいだろうか。この1年と少しは、それまでの人生と比べて何十倍も濃密な時間を過ごした気がするが、人である以上終わりは必ず来る。ひょっとして、願えば贈物ギフトで永遠の命を手に入れることもできるかもしれない。しかし支払ペイ不死者アンデッドになることであれば、それは生きているといえるのだろうか。

 <なにを考えておるのだ>

 ドリュラトにより、思索の糸は断ち切られた。

 <あっ、もうしわけありませんでした。私の寿命は長くてもあと30年くらいのものでしょうか>

 <30年とはどれくらいだ>

 どれくらいといわれても、どう説明すればいいのだろう。年という概念が竜にはないのかもしれない。少し考えてから答える。

 <暑い夏を30回、寒い冬を30回繰り返すと、人のいう30年になります>

 ドリュラトは首を傾げて考えていた。もっと寿命が長いというべきであったか、逆に短いというべきであったか。判断を誤った可能性に背筋に冷たいものが走る。

 <たったそれだけか。だが、お前がどこか別のところで、つまらん理由で死んだ場合はどうなる>

 ドリュラトはバカではない。だが、その心配はおそらく無用であると思う。

 <私の贈物ギフトには、必ず代償が必要です。あなたがモンブルマ山から出ることができないというは、私もこの山から出られないはずです>

 私が本当に、このモンブルマを出られないかどうかはわからないが、支払ペイとしては最も可能性が高いはずだ。

 魔竜を滅ぼすという願いに対する支払ペイは、私か、大切な人の死が相当であろう。

 ならば、誰かを山から逃がさないという願いをすれば、自分もそこから逃げられないというのが相応の支払ペイだと思われる。

 もちろんヴィーネ神がなにを要求するかは、文字通り神のみぞ知ることがらなので、実際のところはわからない。

 しかし、相手がこの説明で納得できるのであれば、特に問題はなかった。

 ドリュラトは、しばらく考えてからいった。

 <お前を食い殺すのは容易なことだが、お前のいう神の力は恐ろしい。ならば、たかだか30回の夏、30回の冬くらい待ってやろう。我の永遠の命と比べると、猿の命のなんとはかないことか。もし、お前がたばかったとわかれば、生まれたことを後悔するような目にあわせてやるぞ>

 とりあえず第一関門は突破した。

 時間はかかるだろうが、このドリュラトに人間というものを教え込み、共存できるようにしなければ。

 <もう一つ、さきほどの約束を守れよ>

 <約束?>

 唐突なドリュラトのことばに、心当たりがない私は思わず普通にきき返してしまった。

 <お前が腹いっぱいになるまで、我に虫を食わせてくれるんだろう? 約束は守れよ>

 たしかに、なんでも好きなものを食べさせるという約束をしたような気もする。

 <ああ、そのことでしたか。わかりました。おなか一杯食べられるように用意しますが、虫以外でもかまわないのでしょうか>

 <虫しか食べるものがなかったのであって、もっとうまいものがあるなら、それでもかまわんよ>

 虫を大量に集めるほうが、肉などを用意するより格段に手間がかかることはまちがいない。虫が好きなわけでなければ、人間の料理を食べてもらうのもかまわないだろう。

 <それでは契約成立ですね>

 私のことばに、竜は首を横にふりながらいった。

 <契約? 呪いのまちがいじゃないか。お前が我にたちの悪い呪いをかけたのだ>

 そういいながらドリュラトは、洞窟の中に戻っていった。

 魔竜が洞窟に戻っていく姿を見て、4人はどうするべきか考えあぐねているようだったので、苦笑いしながら、私は4人にここを立ち去るように身振り手振りで伝えた。

 全員で途中で休憩した湧き水の場所まで戻り、緊張からの解放にホッとして一息つく。

 それぞれが手を洗い、清水でのどを潤すと、みなは車座になって私の報告を待ちわびていた。

 木の枝を手にして、私は地面に文字を書き連ねていく。紙にペンで文字を書くのは苦手だが、地面に文字を書いても下手だとわかりにくいので気に入っていた。


「魔竜の名はドリュラト。雌。贈物ギフトでは滅ぼせない。私の贈物ギフトの力でモンブルマ山から出られなくした。代償に私もこの山から出られない。私がいなくなると逃げ出す。暴れないよう取引した。魔竜の食事を用意すること。私もこの山に住む。魔竜には知性がある。可能なら人間と敵対しないよう説得する」

 ビッデが私の書いた文字を読みあげると、なぜか鼻をすする音がきこえた。

 目を真っ赤にしたテシカンが、いまにも泣きそうに嗚咽をもらしている。

「オッサン、いやロワさん。あなたこそ真の勇者だ。ここに魔竜を封じるために、自分の人生を捨てるなんて、俺にはとても真似できない。ちょっとばっかし剣の腕前に自信があるくらいで、あんたをバカにしていた俺を許してくれ」

「ロワさん、私も考え違いをしていました。我が槍に誓って、あなたこそ真の英雄です」

「オッサンがただものでないことは、俺にははじめからわかっていたぜ。さすがだな」

「かくもヴィーネ神は偉大なり!」

 

 こいつらいったい、なにいってるんだ?



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