日の出

 その後、ビッデとテシカンは神殿への報告のため、山をおりていく。

 ウゼとクデンヤは私の警護を兼ねて残り、この場所で野営することになった。

 ことばを話せないということは、意外と悪くない。

 ウゼもあまり話好きではなかったので、焚火を囲んでもクデンヤが一人でしゃべっていた。

 鍋すらもってきていなかったので、乾パンをかじり、湧き水を飲んで夕食とする。

 昼間はまだまだ暑いが、夜になると一気に気温が下がる。

 寝袋などを用意してこなかったので、3人はできるだけ焚火の近くに眠ることになった。

 暗くなる前にクデンヤが、野営地のまわりを歩いてまわり、地面に木の枝を突き刺していく。

「この枝になにかが触れると大きな爆発音がするから、音がしたら起きるんだぞ。特に俺とオッサンは前衛で戦うのは無理だから、ウゼは真っ先に飛び起きてくれよ」

 うなずいたウゼは、焚火の横で体を丸めて眠りにつく。クデンヤはローブを脱ぎ、体にまとっていた。私も何もない地面に体を横たえた。


 どれくらい時間がたったのかはわからないが、ポン、という大きな音に目がさめる。

 あわてて飛び起きてまわりを見渡す。

 ウゼはすでに槍を手に取っていた。

 クデンヤはまだ寝ぼけているようで、体を起こしてキョロキョロしている。

 止まっていた虫の音が、また合唱をはじめた。

 立ち上がったクデンヤは、湧き水の方に進み、地面からなにかの塊を拾い上げ、焚火の近くに放り投げた。

「かわいそうなことをしたな。結界に触れてしまったんだろう」

 地面を見ると、なにかの小動物であったであろうモノの断片が転がっていた。

 5人で旅をしているときは、ビッデが獣除け結界を張って、交代で寝ずの番をしていたのでクデンヤのこのような魔術ははじめてみたが、さすが天才魔術師とよばれるだけのことはある。

 すっかり目がさめた私たちは、寒さに震えながら消えそうになっている焚火に枯れ枝をくべた。

 徐々に白んでいく海と空の境界線から、ニュッと日がのぼった。

「おー、日の出だ。殺しちゃった動物には悪かったけど、こんな日の出が拝めるなら、早起きしたかいもあったってもんだな、ウゼ。オッサンも」

「美しいですね」

 無口なウゼも同意した。

 この日の出を毎日みることができれば、どれほど素晴らしいことだろう。

 そして、今の私にはそれができるはずだ。

 贈物ギフトはもう必要ない。

 これからはゆっくり暮らそうスローライフ


 昼頃になると、テシカンが山に戻ってきた。ビッデは神殿へ報告と、今後の処理を相談にいったそうだ。

 テシカンは神とインクとペンを持ってきて、くわしい経緯を書くようにいった。

 報告書より前に、私はまずドリュラトのために食料を調達するように頼んだ。

 虫を集めるわけにはいかないだろうから、まずは果物や野菜だ。

 肉のほうが好みである可能性もあるが、普段から肉を食べていると、空腹時に人を襲うことになるかもしれない。信頼を得るため、大至急持ってくるように依頼する。

 クデンヤは食料を調達するために、急いでメールの町に戻っていった。

 長い文章を書くには台が必要なので、テシカンに頼んで、立ち木を一本切り倒し簡単な台を作ってもらう。テシカンの剣が、木の表面をバターのように削り取る様は、まさに英雄にふさわしい腕前であった。

 木の切り株に腰掛け、台の上に紙とインク、ペンを置いて書きはじめる。

 ただの農夫であった私は、偉い人に失礼にならないような文章を書く自信がないうえ、金釘流の文字しか書けないのだが、ことばが話せないのだからしかたない。一文字一文字、できるだけ丁寧に紙をインクで汚していった。


 顛末てんまつの報告。

 魔竜の名はドリュラト。雌。

 邪悪な存在ではないが、攻撃を受けると体が大きくなり、不死のためいずれ世界を滅ぼすかもしれない。

 体の急激な巨大化に対応できていない。

 攻撃しなければ、他の竜とかわらず、成長するまで数百年はかかる。

 贈物ギフトで竜と話せるようになり、現在は私が人間と共存することを説得中。

 食料への不満があり、安定的な食糧供給がなければ逃げる可能性あり。

 現在は贈物ギフトにより、モンブルマ山より離れることはできない。

 逃げようとすると、すみかの洞穴に戻される。

 この力は、わたくしロワに由来しており、私もモンブルマ山より離れることができない。

 ゆえに、私もモンブルマ山に住む必要がある。

 魔竜との交流を絶やさないため、できれば山の中腹にある湧き水がでる場所に家を建ててほしい。

 また、食料を少なめに与えて成長を妨害することも試す予定。

 そこに住み込み、魔竜と暮らしながら、人間へ害を与えないように交渉する。

 最低でも十年以上はかかるだろうが、残りの人生をすべて費やしてでも、私は人類の平和を守りたい。

 ロワ。


 これくらいでいいかな。

 自分の書いた文章を読みかえす。

 自分がここでゆっくり暮らすスローライフために、この場所に家を建てさせようとしていることはバレないだろうか。

 本当はシェスティンをよびよせたいことや、生活費を支給してもらえるよう交渉したいが、はじめから要求が多いと疑われてしまわないだろうか。

 農民は無知で、純朴でだまされやすいと考える人もいるが、現実はちがう。

 毎日大地との戦いを続けている農民は、手ごわい交渉相手であり、自分の身は自分で守る知恵があるのだ。

 シェスティンのことや生活費のことは書類で要求するより、ビッデに相談する方がよさそうだ。

 それより、シェスはここに来てくれるだろうか。

 もし、こんな山中で一生を暮らすことなんてできないと思うなら、鉱山の復活でお客さんが増えるであろう赤銅亭をシェスに譲ってもかまわない。

 そういいながらも、贈物ギフトの力でシェスが私を好きになったのであれば、絶対にここに来るであろうと考えてもいた。本当にひどい人間だ。

 それに、あのドリュラトが突然考えをかえて、私を食い殺そうとしたらどうしよう。

 ひょっとすると、はねかえりものがドリュラトを退治しようと山に忍びこむかもしれない。

 山への立ち入りは禁止してもらわなければ。

 柵で山の周囲を囲んでもらってもいい。

 もし、それに、ひょっとして――考えておかなければいけないことは、山ほどある。

 しかし、確実なこともひとつある。

 私の旅はここで終わり。

 農家の次男で、40になるオッサンとしてはうまくやりましたよね、母さん。

 確かめてはいませんが、私が風呂で死から免れたとき、支払ペイわれた命があったはず。

 あのとき、自分の命と同じくらい大切なものは、あなたの命しかありませんでした。

 バカな息子のために、あなたはその命を失ったのではありませんか。


「ロワさん、少し早いですが食事ができましたよ」

 ウゼの声で、我にかえった。

 慣れない文字を書くのに集中していたので気がつかなかったが、すでに日が傾きはじめていた。

 <ありがとうございます。もう書きあがったので、そちらにいきますね>

 といいたかったが、口からはピーピーという音しかしなかった。


 もう冒険はこりごりだ。


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