真の英雄

 剣に砥石を当てながら、テシカンが目をあわせずにいう。

 「久しぶりだな、オッサン。情けないが、俺たちの力ではあの魔竜を倒せなかった。前に偉そうな口をきいたことはあやまる。俺に腹を立てるのはいいが、世界を守るために一緒に戦ってくれ」

 そういって、こちらの目を正面から見据えて深く頭を下げた。

 「私もお詫びします。ロワさん、気に障ることをいったのであればあやまります」

 ウゼも同じように頭を下げる。

 嫌味の一つでもいってやろうかとも思ったが、ぐっとこらえた。

 ここでテシカンやウゼとケンカをしてもしかたない。

 これから魔竜との戦いになるという時に、仲間割れを起こすつもりはなかった。

 「気にしていませんよ。二人とも頭をあげてください。一緒に戦う仲間でしょう」

 二人はホッとしたような表情で顔を見合わせ、笑顔になった。

 「オッサン、なんか強くなったんじゃないか。前とは雰囲気が全然違うぞ。なんというか、大人になったというか―――」

 「クデンヤさん、ロワさんははじめから大人でしたよ。あなたたちと比べればね」

 ビッデは笑いながらいった。

 「話はかわりますが、ロワさん。あなたの贈物ギフトの力はわかったのですか」

 全員がこちらに視線を向ける。

 「ある程度はわかりました。私が強くなにかを願えば、その願いは現実になるようなのです」

 「それってヤバくないか。なんでも願いが叶うなんて、魔竜どころの騒ぎじゃないじゃんか」

 クデンヤの声に、皆がうなずく。

 「もちろん、願いに対しては支払ペイが必要になります。そして、願いが大きくなればなるほど、支払ペイも大きくなるようです」

 驚きの表情だったビッデの表情が曇った。次にクデンヤ、ウゼ、最後にテシカンも。

 口には出さないが、4人とも、魔竜を倒すことへの代償を理解したからだ。

 「それより、魔竜っていうのはどういう能力を持っていたんですか。教えてください。あと、できたら水が欲しいんですが」

 そのあと、4人はわかっている限りの情報を私に教えてくれた。


 魔竜には細切れにしても元に戻る再生能力があること。

 攻撃を受けると、そのたびに体が大きくなること。

 初めての討伐の翌日以降、魔竜はメールの村を襲ってくるようなことはなかったこと。

 すでに、神殿からの指示で、メールの住民は必要に応じて町を放棄する命令も下されていること。

 他にも対応策が検討されているが、現状では成功するかどうかは不明であること。


 今わかっているのは、これくらいらしい。

 私の体調のことを考え、明日は休養日として明後日に再度討伐に出発することも決まった。

 クデンヤが、今のところ魔竜が襲ってこないのだから、討伐はもう少し待ってもいいのではないかといってくれたが、山中でさらに巨大化している可能性も考えられるので却下された。

 打ち合わせはこれで終了した。

 明日はゆっくり過ごし、明後日は魔竜と戦わなければならない。

 今日は解散して、それぞれの部屋に戻る。新参者の私には、なぜか町長の部屋が割り振られた。町長はどうするのだろうかと考えたが、数日のことなので問題ないのだろう。

 揺れない地面で、今日はゆっくり眠れる。そう考えただけで、瞼が重くなってきた。

 部屋を出ようとしたとき、テシカンが後ろから両手で私の肩を強くつかんで、まわりにきこえないように低い声でいった。

 「あんたのことを足手まといなんていったことを、俺はすごく後悔している。戦いの中で、結果的に命を失うことは仕方ないし、覚悟もしている。しかし、世界を救うために、自分の命を捨てる勇気はそれより尊い。あんたこそ真の英雄だ」

 鼻声でそれだけいうと、両肩をポンポンと強く叩き、右手で顔をおおって追い抜くように部屋から出ていった。


 え、なんで私が死ぬことになってるの。


 目がさめると、すでに日が暮れかかっていた。

 水を飲み、枕もとに置かれていた冷たい塩辛いスープを流し込み、また水を飲んだ。

 油断すると、また瞼が閉じそうだった。

 結局、今日は眠って過ごすことになりそうだ。

 トイレで用を足し、ベッドに戻る。

 他の4人は今頃なにをしているのだろうか。

 そんなことより自分のことを考えなければ。

 魔竜は死なない。

 どういう理屈かはわからないが、ひき肉のようになっても元に戻るらしい。

 私の贈物ギフトの力なら、魔竜の死を願えば魔竜は死ぬだろうが、支払ギフトは私の命になる可能性が高い。

 ダメだ。

 シェスに必ず生きて帰ると約束した。

 自分は死なず、魔竜を倒す方法を考えなければ。

 いや、そもそも魔竜というのは、どうしても倒さなければならないの存在なのだろうか。


 「ロワさん、起きてください。今日こそあの竜を、われわれで成敗しにいきましょう」

 ビッデが部屋に入ってきた気配で瞼をひらく。

 結局、いろいろと考えるうちに目がさえて眠ることができなかったのだ。

 「おはようございます」

 私はあいさつとともに、飛び起きる。

 予想外の反応にビッデは驚いたようだったが、すぐに笑顔になり、食事にしましょうといって部屋をでていった。

 眠れなかったのがバレかな。恥ずかしいな。などとどうでもいいことを考えながら、朝食の用意された食堂へむかう。

 食卓には、すでに4人がそろっており、私が来るのを待っていたようだった。

 私が椅子に座ると、ビッデが音頭を取る。

 「それでは、今日の糧を与えてくださった、ヴィーネ様に祈りを捧げましょう」

 みな、思い思いの形でヴィーネ神へ黙とうをささげる。

 テシカンは目を閉じて軽く頭を下げ、ウゼは手を組んで深くこうべを垂れていた。

 クデンヤは一瞬だけ手をあわせ、私を見てニヤリと笑った。

 私も笑顔を返し、目を閉じて手をあわせて祈る。


 慈悲深きヴィーネ様、なぜ私のような普通のオッサンが世界を救わなければならないのでしょうか。もっと適任な人がいるんじゃないですか。できるかぎりのことはやってみますが、うまくいかなくても私の責任ではないことはわかってください。私が失敗したからといって、シェスにばちを当てるなんてこともやめてください。シェスにはなんの―――。

 「オホン」

 ビッデの咳払いで、私の祈り愚痴いのりはさえぎられる。

 「それではいただきましょう」

 脂たっぷりの腸詰、煮込んだ豆、それに卵の目玉焼き。

 馬車での強行軍により、まだ胃が本調子ではなかったが、大好物の卵とあっては見逃せない。

 卵は高級品であり、なかなか食べられないものなので、焼き立てのパンといっしょにペロリとたいらげてしまった。

 もう少し食べたいところだったが、このあと魔竜と戦うことを思うと、あまり満腹になるのもよくないと考えて食事の量は抑えておく。

 「それでは、今日の戦いでヴィーネ様の加護があることを祈って、乾杯しましょう」

 高級そうな銀のカップが運び込まれ、5人に渡された。

 「我らにヴィーネ様の加護があらんことを!」

 ビッデのかけ声で、全員が銀のカップを高くさし上げた。

 果実酒を水で割り、蜜を混ぜた甘い飲み物は、それだけで力がわきあがるような気がした。

 朝食会が終わり、それぞれ自分に割り振られた部屋に戻り、出発の最後の準備をする。

 他の4人と違い、私は特別な道具を用意しなかった。

 以前は身を守るために大楯を持たされていたが、今回はそれも持っていかないことにした。

 魔竜は火をふくわけでもないようだし、突進されれば大楯程度では身を守れない。

 さあ、世界を救うためにでかけよう。


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