襲撃

「起きてください、テシカン」


 ウゼの声で目をさます。

 すでに鱗鎧スケイルアーマーを身につけ、手には槍を持ち、投槍を背負っていた。その表情から、なにか良くないことがおこっているのがわかった。


「どうしたんだ。なにがおきた」


「昨日の魔竜が攻めてきました。いまクデンヤとビッデさんがむかっています」


 あの魔竜がこの町に。空を飛んできたのか。それとも魔術で転移できるのか。

 手早く胸甲、手甲、脛当を身につける。


「先にいってますよ。魔竜は町の西側です」


 わかったと答えると、ウゼは部屋を出ていった。

 兜をかぶり、剣を手に取ると、町の西側にむかう。

 しかし、火も煙も見えずどこに魔竜がいるのかまったくわからない。

 しばらくウロウロしていると、人々の叫びと、覚えのある声がきこえたのでそちらへ急ぐ。


「攻撃してはいけません。攻撃しても竜は死にません。傷を与えると大きくなっていきます」


 声のする方にむかい、酒屋と書かれた建物の角を曲がると、ビッデが人々に指示を与えているのが見えた。


「ビッデ、どうなってる」


「少し前に竜がこの町に入り込んだので、漁師たちが銛で追い払おうとした。それでこの始末だ」

 ビッデの視線の先には、最後に見たときより二回りほど大きくなった魔竜がいた。

 体には無数の銛が刺さり、竜が動くたびにブラブラと揺れている。


「クデンヤとウゼはどうした」


「この竜に人々が近づかないように、向こうにまわってもらっています」


 魔竜の瞳には、知性と憎しみがあった。

 魔竜と目があう。

 向きをかえた魔竜は、こちらへ―――。


「遅いな」


 思わずつぶやいてしまう。

 ドタドタと進む魔竜の歩みは、大人の早足くらいの速度なのだ。

 突進してくる魔竜を、余裕をもってかわす。

 その直後、大きな音とともに、ガラガラとなにかが崩れる音がした。

 突進をかわされた魔竜が、一軒の家に頭からぶつかって、その壁を破壊したのだ。

 頭を強く打った魔竜は、そのまま横倒しに倒れてピクピクと痙攣をはじめた。

 ビッデに視線を送ると、ビッデもこちらをみて肩をすくめたが、すぐに険しい表情になった。


「テシカンさん、みましたか」


 俺はうなずいて、顔をしかめた。

 こいつ自分から壁にぶつかって倒れたのに、それでも体が大きくなるのか?


 存分に暴れた魔竜は、しばらくするとモンブルマ山の方角へもどっていくようだ。

 見えるか見えないか、ギリギリの距離をあけて魔竜の後を追う。

 足跡を追うことは容易だが、待ち伏せされてはかなわないので、魔竜の動きを確認しながらの追跡だ。

 歩幅が大きくなったからか、移動速度が上がっているようで、こちらは早足で進まないと見失いそうになる。胸甲の重さをズシリと感じ、どこかで脱いでいこうかと真剣に考えた。

 俺も焼きが回ったもんだ。

 軍隊にいるころは、完全武装で3刻のあいだ走り続けて息が切れることもなかったのに。

 ウゼかクデンヤに頼めばよかったと後悔しながら、竜がモンブルマ山の頂に近い洞窟に戻るのを確認して、帰路につく。

 あの魔竜は、なにがしたかったんだろう。

 きいたかぎりでは、逃げようとしたときに倒れてケガをした年寄り以外に、人の被害はなかったらしい。

 今まで一度も町を襲ったことなどなかった魔竜が、突然メールを襲った。

 考えられるのは、俺たちへの復讐。

 竜は知能が高い生物だといわれているが、あれだけ焼いたり、突いたり、切り刻んだりしたのだから、怒っているに違いない。また襲ってくれば、どうすればいいのだろうか。

 難しいことはビッデに考えてもらえばいい。

 晩飯のことを考えながら、テシカンは町へと急いだ。


 破壊をまぬかれた家で、ビッデが懸命に手紙を書いていた。

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 刺激しないように十分な距離をとり、監視を続けていると、2刻ほどで竜はモンブルマ山のほうへ去っていきました。

 いくつかの民家を破壊し、満足したのでしょう。

 問題はその大きさです。

 来た時には大きな牛くらいでしたが、帰るときには小さな小屋くらいの大きさになっていました。

 外的な刺激で巨大化するというのであれば、寿命がないといわれる竜は、いずれ世界を覆いつくすに違いありません。

 現状での対処方法として、有効な可能性がある方法は3つ。

 クデンヤ氏の提案する酸による攻撃。酸のみが特別な効果を持つ可能性は低いと思われますが、魔物には酸に特別な反応を示すものもいるので、無視するわけにはいきません。

 生物である以上、寿命がなくともやまいで死ぬ可能性はあると思われます。竜に有効な疫病により、死に至らしめることができるかもしれません。

 最後の、そしてもっとも可能性が高い対処方法は、ロワ氏を見つけ出し、その支払ペイという贈物ギフトを発動させることでしょう。一年間の旅の中で、ロワ氏の戦闘にたいする適正、魔術に対する適正が見られなかったことは事実です。しかし、この竜に対しては武力も魔術も効果がありません。支払ペイについては、長らくその効果が不明でありましたが、その名称からなんらかの代償を支払ペイうことで、なにかを実現するものであるという推定がなされていました。ロワ氏の贈物ギフトは、この竜の不死性を消し去るために使用されるものであると考えられます。ああ、ヴィーネ神のなんと偉大なことか。

 当面、竜に対しては絶対に攻撃しないという勅令をいただき、必要ならばメールの町を放棄することを提案いたします。

 そのうえで、酸の魔術を使う人物、竜を殺す疫病、ロワ氏の捜索について、大至急対応を願います。

神の僕 ビッデ・ビシネリ

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 報告書の2枚目を書き上げ、ビッデは一息つく。

 香草茶はすっかり冷たくなっていたが、喉を潤すには十分だった。

 報告書を4つに折り、麻ひもでしばってから、あかりの油皿でろうをとかす。

 麻ひもの結び目の上にとかした蠟をたらし、すばやく指輪を押しつけた。

 町長をよび、今すぐに最優先でこの報告書を神殿に届けるよう依頼する。

 ビッデは考えた。明日もまた、竜がこの町を襲撃するのであれば、独断ででも町の放棄を実行しなければならないだろう。

 だが、町長は従うだろうか。

 なんらかの補償を約束できればいいのだが、現状では難しい。

 いまは、ヴィーネ神にそのようなことが起きないよう、祈りを捧げることしかできなかった。

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