魔竜
これで
持ってきていた5本の槍には、どのような魔物も消し去る神官による神聖な力、小山を吹き飛ばすような炎、突き刺さると相手を泡のようにはじけさせる水、雷の力で牛を何頭も丸焼けにする力がこめられていた。
残りは触れたものを一瞬で朽ちさせる負の力の槍。魔竜というくらいだから、負の力の効果は弱いと思い、使わないでおいたのだ。
メールの町の近くにあるモンブルマ山に竜がでるという噂など、眉唾ものだと思っていた。
はじめ、クデンヤが竜を見つけたと転げるように我々をよびにきた時、そのあわてようにどんな大物がいるのかと緊張したことを覚えている。
しかし、クデンヤに竜の居場所へ導かれ、せいぜい子牛くらいの黒い竜を見つけたときには3人で苦笑したものだ。
それが半刻ほど前のこととだとは、とても思えない。
クデンヤには、この竜がなにか特別な力を持っていることがわかっていたのか。
いつものように、私とテシカンが前衛となり、クデンヤが魔術で後ろから攻撃をおこなう。
竜に突き立てる槍に手ごたえはあったし、クデンヤの剣は竜の皮膚を切り裂いていた。
自分たちのが攻撃が当たるたび、竜は悲鳴のような低いうなり声をあげていたし、傷口からは血のようなものが噴き出しているのがみる。
ところが、その傷は瞬きするまにふさがるのだ。
クデンヤのいつもより長い詠唱が終わるのと同時に、私とテシカンは後ろに飛びのく。魔術の巻き添えをくらわないためだ。
この旅ではじめてみる魔術だった。
竜を中心に魔法陣が浮かび上がり、そこに大きな火柱があがった。
肉の焦げる臭いがあたりを漂い、あれほどの炎の前にはどのようなものであれ、生き延びることなどできないと思われた。
「
クデンヤが話すのをやめて、さきほどまで竜のいた場所を指さす。
消し炭になった肉塊が動きはじめる。
その時、こいつこそが世界を滅ぼす魔竜であると確信した。
竜は殺されない限り永遠に生きるという。
ならば不死の竜は、いつの日か世界を滅ぼす力を持つのではないか。
背中から聖なる力が
神が与えたもうた
2つに分かれた肉塊はすぐに1つになり、みるみる竜のかたちに戻っていく。
完全な竜の姿にもどる前に、テシカンが目にも止まらない速度で肉塊に剣をふるう。
一呼吸のあいだに3度切りつける連撃だ。
肉塊はまた四散するが、みるみるうちにまた小さな塊になり、小さな塊は大きな塊へと変わる。
そのあと1刻ほど、我々は切り刻み、貫き、焼き払い、浄化した。
そのたびに、竜であったものは飛び散り、粉々になり、黒焦げになった。
しかし、私たちには肉塊が竜に戻ろうとすることを止めることはできない。
4人ともヘトヘトになり、ただ肉塊が竜に戻る姿を眺めていた。
「おい、なんかあいつデカくなってないか」
テシカンが指摘するまでもなく、もともとは子牛くらいの大きさだった竜は、いまでは成牛を二回りくらい大きくした体躯になっている。
「ここは撤退します。私たちの力ではこの竜を倒すことはできません」
ビッデはそう宣言すると、くるりと向きを変えて逃げ出しはじめた。
誰もビッデを卑怯者とは思わない。
他の3人も、まったく同じ気持ちだったから。
メールは海に面し、背後をモンブルマ山に囲まれた漁業の町である。
めったに人が訪れることもないので宿屋はなく、4人は町長の家に逗留していた。
「倒せなかったといえば倒せなかったが、火をふくわけでもなく、魔術を使うわけこともない。しかもあの大きさなら放置しておいてもいいんじゃないか」
テシカンのいうことはもっともだ。
「竜は殺されない限り、永遠に生きるといいますよ。いまは弱くとも、いずれあの魔竜は世界を滅ぼす存在になりうるでしょう。私の5つの投槍でも、あの竜を滅ぼすことはできなかった。簡単にあの竜を消し去ることはできないと思います」
「俺の
「私の力が不足していた可能性も否定できません。しかし、邪悪なる存在なら
「つまり、あの魔竜は邪悪なる存在ではないということか。だったら俺の連撃をうけて切り刻まれても死ななかった理由はなんだ」
「私が思うに、あの竜は邪悪なものから生み出されたのではなく、自然に生まれたものだと思われます。ヴィーネ様の神託も、正確には<世界を滅ぼす竜があらわれる>というものでしたからね。よく考えてみると、魔竜という呼び方は、我ら神官が他の竜と区別するために使いはじめた名前であったようです」
「いまさらそんなこといわれてもさぁ」
クデンヤは頭をポリポリ掻きながらつぶやいたが、テシカンとウゼは黙ったままだった。
「今回の遭遇で、我々がえた情報をまとめてみたいと思います。間違っているところや、正確でないことがあれば指摘してください。そして、どのような対策があるかを考えてみたいと思います。いいですか」
みなが黙ってうなずく。
「あの竜に対する魔術、武器攻撃は有効である。しかし、それを上回る再生能力がある。細切れにしても肉片どうしが寄り集まって再生する」
特に誰からも異論はない。
「火、水、浄化、負の力は特別な効果を持たない」
「あと、雷もだな」
ウゼが補足する。
「正確な数値はわからないが、再生するときに大きくなる。これくらいでしょうか。なにか付け加えることがあればお願いします」
「じつは―――」
クデンヤが口をひらいた。
「あんたたちにはわからないかもしれないが、俺はあの魔竜を一目見たときから信じられない量の魔力を感じたんだ。魔術師っていうのは、ある程度戦う相手の魔力の量を感じ、強いか弱いかを判断することができる。おそらくあの魔竜は、すべてが魔力でできているんではないかと思う」
たしかに、あのときのクデンヤのあわてようは滑稽でさえあったが、魔力を感じての行動なら納得がいく。
「ほかにはなにか、気がついたことはありませんか」
沈黙が回答であった。
「それでは、どうすればあの竜を倒すことができると思いますか」
「酸はどうだ。溶かしてしまえば再生しないんじゃないか。たしか酸の魔術が使える知り合いがいるから、俺が使えるものなら伝授してもらうことができるかもしれない」
クデンヤのもつ
テシカンが口をひらく。
「俺はやはり放っておくことをすすめる。モンブルマ山への立ち入りを禁止し、魔竜も通れないような柵で周囲を覆えば、あと数十年は大丈夫だろう。その間に対策を考える」
「そういえば、竜って空を飛べるものもいるんじゃないですか」
ウゼのことばに、全員が魔竜に空を飛ぶような羽があったかを思い出そうとするが、自信をもって羽の有無を断言できるものはいなかった。
「わかりました。今回の顛末を書面にしたため、神殿に指示を仰ぐことにします」
その日の話し合いはこのように終わったが、翌日、まさかあのようなことがおきるとは誰も想像だにしていなかった。
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