毒婦

 せっかく雇うのなら、妙齢の女性のほうがありがたい。

 一緒に仕事をして、そのうちに心が通い合い――といった、下心がなかったといえばウソになる。

 もちろん最低限度の仕事ができなければ問題外だが、同じ仕事ができるなら女性を雇いたい気持ちはあった。


「ちょっと待ってくださいね、今すぐにいきますから」


 大きな声で叫んでから、表のほうへむかう。


「お待たせしました」


 美人だ。

 それ以外の言葉が思い浮かばなかった。

 年齢はそれほど若くないようだが、ひなにはまれなという言葉がぴったりくるような美人だった。

 ほんのしばらくではあるが、女性に見とれてしまう。


「なにか付いていますか?」


 女性のことばに、我にかえった。


「表の張り紙をみたということは、ここで働いてもらえるということですか」


 緊張で、どうしても声がうわずってしまう。

 農家の次男は嫁などとれず、かといって婿にもらってもらえるほど器量があるわけではなかった私は、一生女性とは無縁であると思っていた。

いっしょに旅をした仲間たちは、それなりにモテていたようだが、荷物持ちのように思われていた私は誰からも相手にされなかったのだ。


「働かせてもらいたいのは、私ですが」


 女性はコロコロと鈴のように笑った。


「そ、そうですね。雇う前に少しだけテストをしてもよろしいですか」


「はい、どんなことをすれば?」


 どぎまぎしながら、女性を奥の食堂につれていく。


「私はロワといいます。あなたのお名前をうかがってもいいですか」


「シェスティンといいます。親しい人はシェスと呼びます」


 名前までも可愛らしい。

 すぐにでも雇うことを決めたかったが、ベンユ爺さんのことばを思い出す。台所からイモをひとつ手に取り、テーブルの上でそのままになっていた皿とナイフをシェスティンさんの方へすべらす。皿の上のイモとむかれた皮をみて、すぐにテストの内容を理解したように思えた。


「簡単なことかもしれませんが、イモの皮をナイフでむいてくれませんか」


「自分のナイフじゃないから、うまくできるかな」


 そういいながら、笑顔でなめらかにイモの皮をむいていく。先ほどの男の子とは違い、むいた皮も薄く、食材が無駄になっていない。


「こんなものでどうでしょうか」


 私よりも数段上の腕前のようだった。

 雇います、ということばが口をついて出そうになるが、ぐっと飲みこむ。


「合格です。雇うかどうかは、明日お返事しますので、明日まで待ってもらってもいいですか。どちらにお住まいでしょう」


「代官所の近くにすんでいます。では、明日近くに寄ったときに、お返事をききに来てもいいですか」


 みな、家にこられるのは困るらしい。はいと返事をしておく。


「それでは失礼します」


 シェスティンさんが出ていくと、あわてて表の張り紙をはがしにいく。

 こころの中では、すっかりシェスティンさんを雇うつもりになっていたが、あまりにも美人すぎることに少し違和感もあった。ベンユ爺さんが鉱泉に入りにくるのを待ちながら、食事の準備をすることにした。

 かまどに火をおこし、水をはった鍋をのせる。

 お湯が沸くまえに、半分ほどになった太い腸詰をナイフで薄く切り、ひとくち大に切ったイモといっしょに鍋にいれる。古くなったネギの腐った部分を取り除き、のこりをぶつ切りにしてこれも鍋にいれた。あとは時間が料理をつくってくれる。

 イモの皮を捨て、テーブルを拭いておく。

 料理ができるまですることもないので、棚から本をとりだす。

 旅のあいだいつも読んでいた、『騎士物語』という子どもむけの絵が多い本だ。内容は、フォパンウェンという若き騎士が竜を倒すというわかりやすいものだが、この本ではじめて読書の楽しさというものを知った。

 本を読むうちに、スープの良い香りがただよってきたので、皿によそい。籠に入ったパンを台所からテーブルの上に置き、食べようと思ったところでベンユ爺さんが入ってきた。


「食事中だったか、すまんな」


「いや、勝手に食べますから気にしないでください。ところで」


「なんだ」


「今日ふたりも仕事をしたいという人がたずねてきたんですよ。一人はパンジくんていう10くらいの子どもで――」


「その子は知らんな」


「もう一人はシェスティンさんていう女の人で――」


「あー、ダメだダメだ。あれはいかん、毒婦だ」


 ベンユ爺さんは信じられないことをいった。


「毒婦ってどういうことなんですか」


 驚いて、思わず大声を出してしまう。


「うーん、なんといっていいのかわからんが、とにかくあの女は男を不幸にするんだ」


「不幸にするというのは?」


 ベンユ爺さんは、いうべきかいわざるべきか一瞬迷ったようだったが、すぐに続けた。


「あれの旦那が立て続けに三人死んどる」


 もちろん、あれだけの美人だし、それほど若くはない年齢なのだから、結婚していたことがあることは理解できる。シェスティンさんが結婚していたとは、まったく考えもしなかったが。


「はじめに結婚した相手は、たしかフータという大工だったかな。男のほうも器量よしで、美男美女のお似合いの夫婦じゃったな。しかし、旦那のほうが1年もたたないうちに体を悪くして、病でコロッと死んだ」


 もちろん、人にはあまり知られたくない過去があるし、そういう私も魔竜退治から逃げ出したのだ。


「後家さんになったあの女は、たしか代官所のなんとかという40すぎのオッサンと再婚したんだが、その相手も半年たたないうちに川で溺れ死んだらしい」


 事故死なら、運が悪かっただけかもしれない。


「そのあと、たしかベメという鉱夫と再婚したはずだが、その男も結婚して半年くらいで落盤で死んだ」


「鉱山はもともと危険なんですから、事故が起きても不思議ではないんじゃないですか」


「まあそうかもしれんが、立て続けに三人の男が死んだことは間違いない。このへんのものは、あの女を旦那殺しってよんどるよ」


「それはひどすぎませんか!」


 また大きな声をだしてしまう。ベンユ爺さんは悪気があっていったのではないだろうが、旦那殺しとはあまりにもひどいいいようだ。それに――。


「おまえ、一目惚れしたんじゃないのか」


 ベンユ爺さんがニタリと笑った。

 私はそんなことはないと、首を振る。


「まあ、あれだけの器量よしだから、一目惚れするのはわからんでもない。ただ、ワシはせっかく宿屋を譲った男が、不幸になってもらいたくないだけだ」


「ベンユさん、そういうことじゃなくて」


 否定すればするほど顔が赤くなってしまい、ベンユ爺さんのニタニタ笑いがますます激しくなる。


「まあ、店の手伝いをさせるだけなら問題ないかもしれんな。そもそも宿屋の食堂に、飯だけ食いにくる人間がどれほどいるかもわからん」


 もともとひと月ほど、宿に泊まらない人にも食堂を開放してみるということだったから、深く考えずに雇ってもいいのではないだろうかと、自分を納得させた。


「そうですね、とりあえず、しばらく食堂だけを開いてどれくらいお客さんがくるか試すだけですから、あまり心配しなくてもいいですよね」


「そうだな、ワシは風呂に入ってくるわ」


 そういって、手ぬぐいを肩にかけて爺さんは鉱泉の入口へ入っていった。

 シェスティンさんにどんな過去があろうと、仕事の上でのつきあいだから問題はない。

 料理の下ごしらえ程度はお願いできるし、むさ苦しい男が料理を運ぶよりはお客さんも満足してくれるはずだ。

 大きな町では、飯屋で料理を運ぶのはみんな女性だったし、きれいな女性店員は看板娘などといわれて、その看板娘目当てに男の客があつまる店もあった。シェスティンさん目当てにお客さんが殺到しても困るが、はじめのうちは、まず人を集めないと話にならない。

 真剣に、食堂で出す料理のメニューを考えなければ。

 ベンユ爺さんに知恵を借りてもいいかもしれないし、シェスティンさんに教えてもらうのも一つの手だ。

 いろいろなことを考えながら、退屈な毎日から抜け出すことへの期待に胸を躍らせていた。

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