第4話 弟子入り
突然言われたその事にクロナは困惑した。
無論、クロナは紛れもなく普通の人間である。
いや、この世界において魔法を使えないような存在を「普通」と定義つけていいのかはクロナ自身にも分からないが、種族的にいえば彼女は間違いなく普通の人間と同じである。
「あの、それは一体どういう意味ですか?」
クロナは訊いた。
もしかしたら魔力を持たず魔法を使えないことを暗に人ではないと揶揄されているのかもしれない。
マリアほどの魔法使いならば人目で魔力の有無を識別することもできる。
なのでクロナの魔力を見極めた上で彼女は、そう揶揄したのかもしれない。
だが、マリアの言葉の真意はそこにはないことを直ぐにクロナは知った。
「ああ、ごめんなさい。言い方が悪かったわね。貴女は本当に…生きているの?」
クロナは首を傾げる。
「あの、生きてますけど……それが何ですか?」
おずおずと答えるクロナに、ふむとマリアは考える。
「……おかしいわね。生きているのにどうして魔力がないのかしら」
「……ごめんなさい。マリア、様が先程から何を言っているのか分からないんですけど」
「そうね。なら説明しましょうか」
マリアはクロナの胸元に突き付けた指先をすっと丹田まで下げる。
「っ」
その指先が触れるか触れないかのくすぐったい感触にぴくんとクロナの体が揺れる。
「魔力というのは人間の
「……その、それって私には心がないということですか?」
マリアは首をゆっくり横に振る。
「いいえ、心がないというよりは足りないの」
「足りないだけなら問題はないんじゃないですか? 心が完璧な人間なんていないでしょ」
「あなたの場合はそういう足りないともまた違うのよ。貴女の場合は心が機能する部品である部分そのものが足りないから今そうして感情を有することが不思議なの」
「……」
クロナは今まで深く自分について考えたことがなかった。
ただ漠然と自分は人よりも劣っていると、それだけを理解し、その境遇を嘆くことはあっても、その原因にまで考えを巡らせたことはなかった。
確かに、とクロナは思い、
「あの、それなら私は……魔力を持たない私は一体どうすれば……」
それから目の前の偉大な存在に縋った。
自身で抱えるにはあまりにも大きすぎる問題である。
「そうね。私に一つ提案があるわ」
マリアは言い、「提案?」とクロナは聞き返す。
「ええ、提案よ。貴女にとって悪い話ではないと思うわ」
マリアの右の銀の瞳を煌めかせて、静かに言う。
「貴女、私の弟子になりなさい」
と。
最初それは聞き間違えかと思った。
目の前の偉大な存在が、世界最強とまで言われるあの亡国の魔女が、あのマリア=オールドウィッチが、自分のような人類最弱の存在を弟子になれと勧誘をしている。
そのあまりにも夢のような言葉に、クロナは絶句し、息を飲み、
「……なんで?」
そして、その理由が気になった。
「どうして私を弟子に? 私は魔力を持たない無能者なんですよ。それなのに……どうして」
そう真っ当な自己評価を言葉にすると、マリアは「それよ」と答えた。
「私が貴女を弟子にする理由の一つがまさにそれなの。魔力を介することのできないようなあなたがどれだけ育つか、私はそれが興味深い」
「興味ってそんな理由で?」
「私のように長く生きているとそれが最も大切なことなの」
マリアの見た目はせいぜい二十歳前後であり、とても長生きしているようには見えないが、マリアはクロナが生まれる遥か昔から存在している魔法使いである。
年齢もその見た目よりも遥かに上である。
「まあ後はあの
そう言いながらマリアは、
「だから私の弟子になりなさい」
手を差し出した。
それはまるで地獄に垂らされた蜘蛛の糸だ。
クロナは歓喜に震え、唇を揺らしながらもその手を掴んだ。
その姿を見てマリアは口角を緩める。
(選んだわね)
本当のところマリアは、クロナの魔力の有無などには興味はない。
宿も別に不要。
それらは全てただの建前だ。
理由を問われたから咄嗟に理由を取り繕っただけで、それらの理由がクロナを弟子に迎え入れるための決定打になったわけではない。
ただ、マリアは先程あの横断歩道のところでボロボロだった彼女に助けられた時に何となくクロナのことが気になった。理由はそれだけだ。
勿論、あの横断歩道を赤信号で渡ったところでマリアには特に害はなかっただろう。
魔道式自動車に激突しても無傷だし、そもそも追突するようなヘマはしない。
だが、クロナは別だ。一歩間違えたらクロナは危なかったかもしれないし、そもそもボロボロの状態だったにも関わらずマリアを助けようとしたクロナの行動が不思議で、マリアは気になったのである。
だからマリアは彼女を弟子に誘うことにした。
言ってみればただの気まぐれのようなものである。
「これからよろしくお願いします、マリア様」
「ええ、よろしく」
二人は握手を交わす。
これがマリアとクロナ、この二人の師弟関係の始まりだった。
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