第3話 マリア
亡国の魔女と呼ばれるマリア=オールドウィッチは史上最強の存在として人々の記憶に存在している。
だが、彼女のことで分かることはその名と物騒な通り名だけ。
それ以外のものは全て秘匿とされ、一般の者は誰もがその詳細についてを知ることはできなかった。
そして、それは貴族である彼女も例外ではなく、知っているのはその名前と通り名だけ。
そんな存在が今目の前にいる。
黒猫の姿で。そして、その黒猫の姿が今まさに一つの変化を迎えていることをクロナは目の前にしている。
今までの黒猫の姿を、まるで蛹から蝶が生まれるかのように脱ぎ捨てて、マリアは人の姿としてクロナの目の前に顕現した。
「……」
マリア=オールドウィッチはとても美しい女性であった。
それは神秘という概念を体現するかのようなもはやこの世のものとは思えないほどの美貌。
そのあまりの美しさにクロナは見蕩れ、ごくりと喉を鳴らす。
と、そんな彼女の視線に気が付いたマリアは、その透き通った白銀の髪を靡かせながらその前に立った。
「さてと」
マリアはその金と銀のオッドアイでクロナを見てから直ぐに敵へと視線を戻す。
「……ノアール。良くもこの私に手間をかけさせてくれましたね」
にこにこと笑顔は崩さず、それでいてその声質はノアール同様に淡々としてどこか冷たさを感じさせる。
「ちっ、仕方ないカ。出来ればキサマとはやりあいたくはなかったんだがナ」
その言葉にマリアはくすりと笑う。
「おかしなことを言いますね。私と戦うのが怖くて今まで逃げ回ってた腰抜けの言葉とは思えませんが」
「っ……黙れ」
痛い所をつかれたのか骸骨仮面の存在ーーノアールは言葉に詰まり、マリアを睨み付ける。
それは獰猛な獅子すらも尻尾を巻いて逃げ出すであろうほどに恐ろしい睥睨ではあり、その威圧に平凡な人であるクロナは怯えを見せる。
が、マリアはその睥睨を軽く受け流し、
「まあいいでしょう。そろそろ始めましょうか、ノアール」
ゆらりとマリアは両の手を広げる。
「ただ、烙印者とはいえあなたも私と同じ元『魔王』格。なんですからせめて落胆はさせないでください」
そうマリアが言い終えた。その直後、戦闘は始まった。が、それはクロナにとっては戦闘だという認識すらもできない高レベルの次元。
クロナの体感ではもはや何が起きているのかも分からない。
大気が歪み、何かが起き、それは衝撃波となり室内全域を駆け抜ける。
その衝撃波をまともに受ければ、恐らく自衛する為の術を持たないクロナの体程度、軽々と叩き潰すことだろう。
だけど、そんな衝撃波吹き荒れる戦場の渦中にいるにも関わらず、クロナの身に何の影響もないのは、
「貴様、それは余裕のつもりカ」
マリアが戦場を掌握していることにあった。
音速を超える超速で移動しながらもノアールは忌々しげに吠える。と、それに対応しながらもマリアは応える。
「当然でしょう。あなた如きならあの子を守りながらでも十分に過ぎる」
駆け抜けるノアールの眼前にマリアの美脚が迫る。
「!!?」
ノアールは咄嗟に回避、そのまま拳を振り上げる。ぶおんと音速による衝撃波を四方八方に放ち、マリアの顎を狙い撃つーー、が、
「……」
マリアは舞うように身を翻し、その拳を受けるように避けた。
「チッ……!」
ノアールは舌打ちをして、一歩身を引きながらもその手の中にぼわっと黒い炎を上らせた。
それは魔法。
ノアールの有する固有魔法『髑髏の焔』である。
その黒い炎を目の端に捉えた瞬間、マリアも即座に魔法を展開する。
「わっ!」
それはクロナの身を守護する為の魔法である。
クロナの周りに光の粒子が溢れて、外界からの衝撃の全てを遮断する。
「……これは…」
クロナにとっては何が起きているのかも分からない状況での突然の魔法。
自分に害があるのかも分からない。だが、不思議と光の粒子を纏っていると気分が穏やかになっていき、また先程までの全身の痛みも引いていく。
それも魔法の効果なのだろう。
「……凄い」
クロナはお腹の青アザを確かめてみると、まるで光の粒子に洗い流されるかのようにすっと青アザは消えていく。
守護の魔法をクロナに施した後、マリアは次に黒い焔を迎え撃つ為に身構える。が、その刹那の間隙にノアールはにやりと笑う。
「くきき、マリア、早々にあの小娘を見捨てて俺を殺すことだけに力を使っていればよかったのにナ」
ノアールは髑髏の焔を一気に放つ。地面に向けて。
「! させない」
ノアールの企図を即座に看破し、マリアは動く。
「いいや、もう遅い」
地面に放たれた黒炎は一気に燃え上がり、まるで繭のようにノアールの体を包み込み、そのまま炭化するように消えた。
「っ!」
転移の魔法である。
ノアールは転移の魔法を使い、この場から逃走した。
「……また逃げられてしまいましたか」
マリアは溜息をつく。
「ほんと逃げ足だけは早いですね」
いつもこれだとマリアは苦笑する。
マリアはノアールを追ってからここまできたが、その度に僅かな隙を突かれて逃げられる。
その繰り返しだ。
マリアは肩を竦め、直ぐに気を取り直してクロナの方に振り向いた。
「まあ、この子を守れたことだけでも今回は良しとしましょう」
マリアはクロナに近づき、パンと手を叩く。と、クロナの身を取り巻く光の粒子が弾けて消えた。
「怪我はない?」
いきなり話しかけられたクロナは、びくんと跳ねて反射的に答える。
「えっと、あの、はい、大丈夫です」
「そう、よかった。それよりあなた、随分とボロボロだったみたいだけれど何かあったの?」
マリアは小首を傾げて訊く。
「あー、えっと……その……」
クロナは言い淀む。
「言いたくないのならばそれでいいのだけど、一つだけ訊いていい?」
「……なんですか?」
マリアはクロナの胸元に人差し指を突き付け、
「貴女は本当に人間かしら」
そう言った。
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