2-2.日常2

「きゃー!!!」

 雨音はテレビを見ながら飛び跳ねていた。いつのまにやら手にはチアリーダーが使うようなポンポンを持っている。

「あきれた」

「ごめんねー。また別のイケメンにはまったらしくって」

黄色い雨音の声にため息をつきながら食後の片づけをしていた未広に声がかかる。未広が振り返ると、雨音の兄であるとおるが首にタオルを掛けながらすまなそうに台所に入ってくるところだった。未広は慌てて少し俯く。

「いえ、別に。家事、嫌いじゃないし」


 通は今年で22歳になる大学生だ。水座波家の跡継ぎとして決まっているから就活はしなくていいのだが、卒論が面倒だとこの前言っていた。そんな彼を未広は、少し、いやかなりかっこいいと思っている。


「いやいや、もうどっちがお姉さんか分からないよ」

困ったものだよね、と笑って未広が洗った食器を流してくれる。未広は今年の春中学3年生になった。雨音は高校2年生だ。二つ年上の従姉は新しくはまったアイドルに黄色い悲鳴を上げながら飛び跳ね、未広はこうして家事をしている。


「どうやったら雨音も未広みたいに修行してくれるかなー」

うーんといいながら手際よく食器を食洗機に立てかけていく。

「あとは俺がやるから未広はお風呂入ってきなよ。雨音はまだテレビから離れないだろうし」

「じゃあ、お願い」


未広は通の言葉に甘えて風呂に入ることにする。ちらとリビングに目をやると、雨音はまだぴょんぴょんと飛び跳ねていた。それにため息をついて、自室から着替えを入手するべく廊下に出る。結いの道が出来て以来裏の統治者として君臨しているだけあって、水座波家の家は屋敷と言っていい大きさだった。そしてその分どこもかしこも古い。ぎしぎしとところどころ廊下の板を鳴らしながら未広は歩く。未広に与えられているのも、雨音と同じ畳張りの八畳間だ。そこに机やら箪笥やら洋式のデザインのものを突っ込んでいる。箪笥から着替えを取りだすと、未広は脱衣所に向かった。脱衣所も、浴室も一般家庭のものと比べれば馬鹿のようにデカい。ちょっとした銭湯として使えそうだ。その分冬は寒いのだが。


浴室に入ろうと扉に手を掛けると、隣にある鏡に自身の体が写った。従妹とは言え、雨音のそれと比べれば自分はより細身であり、色気に欠けるものとよく知っていた。短い髪に手を伸ばす。雨音と比べられるから髪だって伸ばせない。

『どうして従妹なのに、未広ちゃんは雨音ちゃんみたいに可愛くないの?』

そう言われたことは一度や二度ではないし、幼い時は男子のからかいの常とう句だった。中学生にもなれば女子からはそんなことは言われなくなる。しかし、どことなく空気がそう問うてくるときはある。


『どうしてかわいくないの?』


「余計なお世話よ」

そう呟いてがらりと扉を開けた。身体を流して湯船につかる。実際のところ系統が違うだけで、未広だって美少女と称していい。ただ、顔のつくりが少々きつめのため万人受けしないのだ。それに対して雨音は甘い顔のつくりをしていた。少し下がった目じりに涙母黒。少し癖のある髪は、本人は嫌がっているがより彼女の印象を柔らかくする。あの黒目がちな大きな瞳で見つめられたら男どころか女もそうそう頼みごとを断れないことを未広は知っている。もっとはっきり言うと、それで何度も掃除当番をさぼっていることを知っている。一時期、大人の男に貢がせてたとかで大騒ぎになったこともあったが、本人は今も悪びれている様子はない。


『あっちもこっちもいい気分になるんだからいいじゃない』

『だって、下手に断ると乱暴されそうなんだもの』


とかなんとか御託を並べていた気がする。少し店を見て回って、ちょっと自分のお小遣いでは買えないものを買ってもらってありがとうと笑顔で別れる。下手にさらわれるよりいいじゃないかと彼女は言っていた。

「あの要領の良さは誰に似たのよ」

むっとした顔で親戚の顔を思い浮かべるが思い当たる節はない。そしていつもと同じ結論にたどり着く。

「みんな雨音を甘やかし過ぎなのよ」

ぶくぶくと半分顔を沈めて息を吐く。

 

 亡くなった祖母が言うには、自分たちの代で黒い鬼との戦いは幕を開けるとのことだった。先代であり、予知に長けた優秀な霊能力者だった。彼女が無くなり便宜上長男である雨音と通の父親孝信が当主についているが、もう数年すれば正式に通に譲られるだろう。そもそも、祖母より早くに亡くなってしまった通と雨音の母親の方が、水座波の血が流れていないにもかかわらずよほど優秀な霊能力者だった。

(だから、さっさと死んじゃったんだけど)


それを見た未広の母親は、下の弟二人を連れて出て行ってしまった。当然だと未広は思っている。未広も一緒に結いの道を出ようと諭されたが、水座波の者として修業を始め、頭角がすでに表れていたころだったため父と残った。


「みんな、緊張感無さすぎ」

通久が黒い鬼との戦いに備えて封印したのは5色の鬼だ。赤、黄、緑、青、白を一体ずつ。鬼を使役するにはそれなりの条件をクリアする必要がある。単純に考えて優秀な術者が5人必要なのだ。

「通さんに、私に・・・」

お父さんたちは使えるかしら。と眉根を寄せる。

「雨音は鼻からやる気ないし」

頭痛でもするのか眉間に指を当てる。有力候補はまだ二人。あとの三人はどうするのか、誰も何も考えていないのだろうか。


「本当に?」

一度通に尋ねた時は、大丈夫だよと笑顔を返されたけれど、父親たちは顔をひきつらせたのを覚えている。

「通さんには考えがあるってこと?」

その名の通り、通久の生まれ変わりとされる力を持つ通のことだ、何か策はあるのかもしれない。

「でも、赤鬼には誰が付くのかくらいはっきりさせておいた方が良いんじゃないの?」

赤鬼は、人を愛していながら恨んで死んでいった悲しい魂。恨みつらみを重ねて、その性格は凶暴だと聞いている。だからこそ、黒い鬼と渡り合えるだけの力を得ることが出来るのだろうが。

「みんな、甘いのよ」

未広はそう爪を噛んだ。

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