2-1.日常1

「またこんなところでサボって!!」

 ゆらゆらと心地よい微睡に身をゆだねていた雨音あまねは、自分を咎める声に目を開いた。視界を埋め尽くすのは従妹の未広みひろの顔だ。雨音はけだるげに体を起こした。肩に付くくらいの癖のある柔らかい髪が揺れる。


「だって、修行なんてやったって意味ないよ」

雨音はまた目を閉じながらそんなことを言う。

(ここはいつも風が気持ちいい)

清い風に身を任せても、未広の説教からは逃れられはしない。


「そんなの分からないじゃない!雨音にだって水座波みずざわの血が流れてるんだから!」

「だからって、絶対才能があるとは限らないし・・・・」

「それでもやらないよりましです」


本当にこの従妹は口やかましい。お前は私の母親か!と突っ込みたくなるのを雨音は飲み込む。


「・・・・修行って、あんたまた滝に打たれてるの?」

修行している未広の姿を想像して、雨音は眉根を寄せた。春とはいえ、まだ寒い。それに対し、未広は当然だとむしろ不思議そうな顔をした。

「だって、基本じゃない」

「やだよ、痛いし冷たいし寒いし」

「だから身が引き締まるんじゃない」

「身が引き締まったって霊力は上がらないよ~」

もう~と雨音は首を横に振る。この従妹はまじめすぎるのだ。才能があるのは認めるし、それを努力で伸ばしていることも素晴らしいと思うが、これではいつか痛い目を見るのではないかと心配になる。世の中良い人間ばかりではないのだから。そんな心配をされているとは知らない未広は腰に両手を当てる。


「もう~じゃないの!いつ通久みちひさ様の封印が解けるか分からないんだから!」


高天野通久こうてんやみちひさ。遠い雨音と未広のご先祖様だ。簡単に言うと、超ど級のめちゃすご霊能力者であった彼は、この地に「結いの道」と名を付けて町を開いた。地脈が集まる不思議な力にあふれている土地らしい。それゆえか、霊感というものを持っていると称する人間がこの街には多い。


「いつ黒い鬼との戦いが始まるか分からないんだよ!」

びしっと指を突き付けられる。雨音は頭をかいた。この話は耳にたこというやつだ。

「そうだけどさー。未広はまじめ過ぎだよー」


 生ける時から人を恨み、人を呪いながら死んでいった魂は黒い鬼となる。黒い鬼は黒い鬼同士喰らいあい、たった一人の黒い鬼として君臨する。その一人が決まれば、世界を滅ぼすために暴れまわるというのがこの街にある言い伝えである。その時に備え、この街に5色の鬼を通久は封じたのだと言われている。


「いやー便利な言い伝えだよね。観光資源万歳」

「だからまじめにやって!」

「真面目だって!こんな田舎、観光客にお金落としてもらわないとやってけないよ」

(お兄ちゃんだってそう言ってたし!)


大学の経済学部に籍を置く兄の言葉を思い出し、心の中で強く頷く。しかし、未広がしたい話ではない。

「そうかもだけど!話が違うの!」

もう知らない!と未広は雨音に背を向けて歩いて行ってしまった。また滝にでも打たれに行ったのだろう。


(本当まじめだな~)

感心感心とその背を見送る。ちらと見やれば、細い背からはこぼれんばかりの霊力が見え隠れする。そのオーラは青色。

―水座波の一族には青い鬼の血が流れていると言われている。通久と、青い鬼の間に生まれた一族なのだと、言われている。そんな水座波家はこの結いの道の裏の治世者である。


「はあ」

雨音はため息をついて自分の手の平を見やる。そして握ったり開いたりを繰り返す。

「なんで、私にはなんの力もないんだろう」

水座波の一族は、全国でも有名な霊能力を持つ家だ。特に浄化と結界術に優れる。その中で、雨音にそれらしい力はなかった。

「ちょっとくらいなら見れるし、ちょっとくらいならお祓いもできるけど」

そのレベルは「水座波」ではないのだ。

「めんどくさいご先祖様だよなー」

ああーめんどい。と雨音はまたごろりと草原に横になった。


『赤鬼様と会ったら、優しくしてあげてね』

「未広に言えばよかったんだよ。おばあちゃん」

そう呟いて、雨音は目を閉じた。


『水座波家と結いの道を頼んだよ』

それが祖母の最後の言葉だった。祖母は一人ひとりの目を力強く布団に横たわりながら見つめたが、最後の一人だったためか初めから計算外だったのか雨音だけ彼女と視線が合わなかった。それは、ずっと雨音の心に引っかかっていた。

(私だけ、出来損ないだから?)

それとも

『赤鬼様をよろしくね』

(あっちが私に言い残したいことだったの?)

まさかと目を閉じながら口端を持ち上げる。きっと、自分の気にし過ぎというやつなのだ。そう結論付けて、雨音ははっと目を見開いた。

「MMの録画設定忘れてた!」

今追いかけているアイドルが出る番組予約を忘れていたことを思い出し、雨音は家に向かって駆け出した。

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