第17話 ブランシェットの諭し

「やれやれ、男たちは性急でいけないね。どうしてもまずはあの場にいた3人から事情を説明すると言うからやらせてみたが。マーヤ様を泣かせてどうするつもりだい?」


 諸人立ち入り禁止のこの部屋、かまわずブランシェットは蹴破って入ってきた。


「ブランシェット。総督様の御前ですよ。それにまだ立ち入りが許されていないでしょう?」

「総督様ってのは、ああそこのガレアッツォ坊やかい?」


 ガレアッツォは一瞬眉を吊り上げたが、すぐに叶わないなと困った表情になった。


「ブランシェット…私も今は立場がある。人前で坊や扱いは止してくれ」


 ブランシェットはイルモーロ付きの側仕えであり、継いでグイネヴィア付きの側仕えになった。イルモーロの弟ではあっても、庶子のガレアッツォは、イルモーロとは年が離れていることもあって、ファーレンベジア伯家に婿養子として引き取られるまでは立場が弱かった。

 いたずらっ子だったこともあり、イルモーロの目が届かないところで、ガレアッツォを軽く見る者たちからきつくあたられることもあったのだが、そのたびにガレアッツォを庇って助け船を出してやったのがブランシェットだった。


「ならば立派な総督になるんだね。まだ年端もいかない子供から親を引き離して、見ず知らずの男3人で囲むなんてのは立派な総督のやることじゃないよ」


 イルモーロならば、マーヤを生かすと決めたならば、その精神的なケアにまで配慮して、何らかの防御を施したうえでレニングス兄妹を控えさせていただろう。初手でしくじれば後からやり直すのが大変になるのだから。

 もっとも、イルモーロであれば後顧の憂いを断つため、マーヤを亡き者にするという判断をしかねないことは、ブランシェットは無視したのだが。


「私はマーヤ様の筆頭側近だよ。マーヤ様の側にいるのに、マーヤ様以外の誰の許しが必要だと言うんだい? さあ、あんたたちは出ておいき。ここからは私の仕事だよ!」


 とにもかくにも、ブランシェットは男たちを追い出し、さて、とベッドの傍らの椅子に座った。


「さてと。だいたいの事情は聞いたね?」


 ブランシェットのその言葉に、マーヤはこくんと頷いた。


「まずは自己紹介と行こうか。私はブランシェット。マーヤ様の側仕えで側近筆頭になる。おばあちゃんなんでこの話し方は許しておくれ。婆芝居も意外と便利なんでね、この口ぶりがすっかり癖になっちまった。まあ、ラケルも似たような話し方だったから、そんなもんだと思って欲しいね」

「ラケルと…会ったの?」

「ああ、マーヤ・ラーリーの葬儀に平民の振りをして参列してきたよ。エリーと言う娘が気の毒なほど泣き狂っていたよ」

「エリーが…」

「それでだ。マタイとラケルから手紙を預かってきた。まずはこれを読んでから、心を落ち着かせておくれ」

「二人の手紙!? ああ! マタイとラケルの字だわ…」


 一心不乱にマーヤは読む。読み終わって一段落するまで、ブランシェットはじっと待っていた。

 マーヤが読み終わってからでも、マーヤから口を開くのを待っていた。


「…あの…マタイとラケルにきちんと事情を話してくれてありがとうございます。それと手紙を引き継いでくれて」


 マーヤが頭を下げた。

 親と子を切り離すのだ。どれだけ言葉を尽くして説明されてもそう簡単に納得できるはずがない。まして相手が平民だからと事情も知らせずに子を取り上げれば、どれほどの苦痛を与えるか。マーヤが泣いていたのは自分が悲しいからだけではない。マタイとラケルが悲しみでのたうち回っているのではないかと心配だからだ。


「いいのさ、マーヤ様。それと私のことはブランシェットと呼び捨てで呼んでおくれ。敬語も駄目だね。私はまあ行ってみればあなた様の召使なんだから。

 それで、さすがにあのボンクラ3人組も説明するにはしただろう、どうしてこうしなければならないのか、事情は理解しているね?」

「はい」

「フェルカムはね、あなた様が優秀だとは言っても平民の中でのことだから割り引いて聞いておかなければならないと考えているみたいだけど、私はそうは思わない。実際にマタイとラケルから細かく聞いて、レニングス家の蔵書も見せて貰ったからね。あなた様はこれから、リヒトホーフェン伯家で教育を受けることになるけど、座学はたぶん、もう今のままでも十分なはずだ。舐めてかかって構わないよ」

「舐めて…」

「あなた様がしなければならないのは、運命を受け入れてひたすら落ち着くことさ。あなた様が、総督の子である事実は変えられない。貴族は貴族社会でしか生きられない。その覚悟を持つこと」

「…はい」

「はい、じゃなくて、そこは、分かったわ、くらいの方がいいね。あなた様は高貴な身分なんだからそのことにも慣れて行かないと」

「…分かったわ」


 マーヤの返事に、ブランシェットはにっこりと笑った。


「側近のうち武官の長にはゼックハルトがつくだろうね、おそらく。フェルカムとゼックハルトは、イルモーロ様の股肱だ。そして私はグイネヴィア様の股肱だ。この3人のことは信用しても構わない。王国を敵に回しても、あなた様に仕えるだろう」

「よろしくお願いします…よろしく頼むわ」

「いつか状況が整えば、必ずマタイとラケルとも会えるようにするさ」

「本当に!?」

「ああ、あなた様が望むならば私はなんだってするさ」


 フェルカムが、もしかしたらグイネヴィアが妊娠していたのではないかと事情聴取をした元側仕えと言うのは、ブランシェットのことだった。

 ブランシェットは確かに、当時、その可能性を考慮していた。それまでにも何度か想像妊娠の騒動があったので、決めつけはしなかったが、あの時、もっと真剣にその可能性を考慮して動いていれば、マーヤのことももっと早くに保護できたかも知れないとブランシェットには自分を責める気持ちがある。


 今度こそは失敗しない。

 ブランシェットも覚悟を決めて、優しくマーヤを見つめるのだった。

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