第18話 騎士の誓い
マーヤの存在は、スーペルビア城内でも秘匿され、フェルカムとブランシェットのみが接触を許されていた。目覚めてから三日間、マーヤは体力の回復のため室内で過ごしていたが、この部屋はメゾネットタイプでやたら広い。
「これがいいわ、ブランシェット」
何着か広げられた衣服の中から、マーヤは、深い青のワンピースを選んだ。装飾が少なく動きやすそうだ。
「私もこれがいいと思っていたんだよ、マーヤ様。マーヤ様の清楚さが引き立つからね。まあ、でも好みは人それぞれだからね。よほど似合わないならばともかく、好きな物を着るのが一番さ」
では似たような服を選ぼうかね、とブランシェットは何着か選びにかかる。
スーペルビア総督家の歴史の中では何百人も女子がいたわけで、破棄された衣服や私物として持っていかれた物を除いてもそれぞれの年齢に合わせたドレスが膨大なストックとして保管されている。
もちろん落ち着けば、マーヤの衣服も新調されるだろうが、とりあえず今はそのストックの中から必要な枚数を選び出した。
同じくアクセサリーも好きな物を好きなだけ持っていっていいと言われている。
久しぶりのショッピングみたいで、マーヤはここしばらくの苦悩をしばし忘れて、選ぶのにはしゃいだ。
「マーヤ様は趣味がいいさね」
「もう、何をやっても褒めるのは止めて。私だって増長するのよ?」
「いいや、本当の本音だよ。ファッションって言うのは引き算なんだよ。娘っ子たちはどうしてもそれが分からなくて飾り立てようとするが、アクセサリーだけが目立って自分がくすんでしまうことほどみっともないことはないからね。いや、飾りの多いアクセサリーもマーヤ様が身に付ければそれはそれで華やかだから幾つかは持っていこうね。それにしても黒いオニキスのイアリングを選ぶなんて、なかなか渋いじゃないか」
マーヤにしてみれば、見られることに関してはプロなのだ。伊達に芸能人としての前世がある身ではない。子供の時から一億二千万人に見られ続けてきたマーヤ=北条真綾の経験は、伝説の側仕えを唸らせるだけの熟練となっていた。
ブランシェットのこまごまとした配慮もあって、マーヤとブランシェットの距離も一気に近づいている。
「薄化粧をしてみるかい?」
「いいの?」
「しなくても綺麗だが、少し男たちを震え上がらせてみようじゃないか」
いたずら気にブランシェットは笑った。
続きの間には、フェルカムとゼックハルトが控えていた。
薄化粧をしたマーヤを見て、二人は思わずみとれてしまった。
「公式には初のお目見えだよ。総督子でいらっしゃる。あんたたち、挨拶も済ませていないのに誰の許しを得て突っ立っているんだい?」
ブランシェットの厳しい叱責が飛んだ。
慌てて両名は膝まづく。
「上級貴族、文官のフェルカムです。マーヤ様付きの筆頭文官に異動になりました。誠心誠意お仕えします、お見知りおきを」
「中級貴族、武官のゼックハルトです。同じくマーヤ様付きの筆頭武官になりました。マーヤ様これを」
ゼックハルトは腰の剣を抜き、刃の方を持ち、柄の方をマーヤに差し出した。
これはなに? と不思議そうに、マーヤはブランシェットを見る。
「…あんた、いいのかい?」
「望むところです」
ゼックハルトは答える。
「マーヤ様、その剣を取り敢えず受け取りなさい」
「重いわ…」
マーヤはその剣を握った。
「これは騎士の誓いの儀。魔力の拘束を受ける本物の縛りだよ。これを捧げた騎士は、捧げた主人の命令には絶対に逆らえなくなる。どちらかが死ぬまでね」
「そんな…私なんかに」
「私は受け取っていた方がいいと思うよ。この騎士の誓いをすれば、総督様相手ですら、マーヤ様が殺せと命じればゼックハルトは切りかかるだろう。私たち3人はもとより、命を賭けて仕えるつもりだ。だが、先のことは分からないさね。その時に、ゼックハルトは絶対に裏切らないと言う保証があれば、私やフェルカムも動きやすくなるのさ」
「騎士の誓いは武官の特権、文官も出来るならば私もマーヤ様に誓いを捧げるのですが」
悔しそうにフェルカムが言う。
「マーヤ様、私はかつて一人の方に騎士の誓いを捧げました。なればこそ、生きてスーペルビアの新しい総督を支えよとのご命令にも逆らえなかった。その方は亡くなり、私の誓いも消えましたが、私はずっと生きる意味を見失ったようにして生きてきました。今かつてのあるじのお子にこそ、我が誓いを捧げたいのです。もう一度生きるために」
その言葉に、マーヤは真剣に向き合った。
「ゼックハルト」
「はっ」
「私は父を知りません。あなたには申し訳ないけど、父の遺臣と聞いても、どこか他人事です。父の娘として生きるつもりはありません。あなたは、父の娘である私にではなく、ただのマーヤに仕える覚悟はありますか?」
「心から望みます」
マーヤの聡明な物言いに、感動と感激がゼックハルトの全身を駆け抜ける。仕える主はこの人しかいないとますます確信した。
「あのドラゴンの戦いで、あなたは総督様のみならず、一介の平民であるマタイをも守りながら戦っていましたね? あなたに感謝します。マタイのためにも、その騎士の高貴な振舞に寄って名誉を守られた父のためにも。あなたの人生をまるごと引き受けることはただの娘に過ぎない私には想像もつかない重荷ですが、あなたがそれを望むのであれば感謝の印として、受けましょう」
マーヤは剣の切っ先をゼックハルトの肩に置いた。
これでいいのか?と目でブランシェットに確認すると、ブランシェットは頷く。
こうしてゼックハルトは、マーヤの護衛騎士と言うだけでなく、マーヤの騎士となった。
「他の側近はまだ選定中さ。リヒトホーフェン伯家も人を出したいだろうし。まあ、私ら3人は外せないが、他の者たちは気に入らないなら、断ってもいいからね」
ブランシェットはマーヤにそう言った。
今現在、マーヤの側近はこの3名のみだが、この3名がいずれも、誰もが側近として喉から手が出るほど欲しがる人材であり、それもそのはずで、この3人は前総督夫妻、つまりスーペルビアの最高権力者の夫妻に仕えていた選び抜かれた者たちであり、その縁でマーヤに仕えるのである。
つまり、マーヤの側近団は既に総督、総督妃相当の布陣だと言うことである。
トランプの大富豪で言えば、2を4枚とジョーカーを揃えたようなもので、この点だけでもマーヤは嫉妬に晒される可能性がある。
ゼックハルトなどはマーヤに付けるには明らかに過重戦力であり、フェルカムは事情が事情だからしょうがない、ブランシェットはそもそも既に隠居していたのだからマーヤに付けても人的損失は発生しないと言うことで、容認した総督ガレアッツォも、ゼックハルトについてはなかなか了承しなかった。
親衛隊長に抜けられても彼も困るのだ。
そうは言ってもゼックハルトは本来ならば、イルモーロと共に戦死していた人物である。そうではなくても、イルモーロに殉死するのを押し留めていたのは、ただ、イルモーロがガレアッツォを支えろと命じたからであり、イルモーロの子が現れたならばそちらに付きたいと言うのも無理からぬことだった。
結局は当人の強い要望で押し切った形になった。
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