第7話 Love is matter

 北条真綾+マーヤ・ラーリーで、24歳。しかし結局、子供時代しか過ごしていないのだから、色恋沙汰にはまったく不慣れである。

 前世で家庭教師を務めてくれた佐川紹子も、耳年増な女性で、実経験は皆無であるにも関わらず、誰が素敵だとか、あの男は要注意だとか、そう言う話を一方的にしていた。

 

「テリーって、不良っぽくて素敵じゃない? あんな男の子がいいわ」


 『キャンディ♥キャンディ』の話をしている時、佐川紹子が言った。


「いやあ、私はああいうのはちょっと、面倒くさい。俺に同情しろよってのは子供っぽいと思う。アンソニーの方がずっと大人だわ。まだ子供だけど」


 北条真綾はそう言った。

 そこから話が『風と共に去りぬ』の話になった。北条真綾を可愛がってくれた芸能界の先輩の女優が、舞台でスカーレット・オハラを演じたので、北条真綾は『風と共に去りぬ』を読んだことがあった。

 佐川紹子はもちろん同作品は大好物であった。


「ねえ、真綾ちゃんだったら、レットとアシュレイのどっちが好み?」

「どっちも嫌。レット・バトラーって女性の話をちゃんと聞かない男でしょう? 戦争が終わって、スカーレットが生活の苦労をしている時は放っておいて、にやにやしているのは嫌だわ。アシュレイはそもそも生活力が無いし。働けよ、って思っちゃう。私はフランク・ケネディみたいな人がいいわ」

「フランク・ケネディ? あの地味な男? スカーレットの2番目の夫よね?」

「そうそう。だってスカーレットが一番経済的に苦労している時に、助けてくれる男性よ?」

「真綾ちゃんって ― お金が好きよねえ」

「だってお金がないと生きられないし。あの、お金持ちじゃなきゃ嫌だって言うのとは違うのよ? でも、女が着飾っていても、食べるものは食べなきゃいけないし、洋服におカネがかかるし、水道光熱費だって支払わないといけないんだから。そう言うことも含めてちゃんと考えてくれる人じゃないとね。紹子さんも男は顔だけで選んじゃ駄目よ?」


 そんなことを話していたのを、マーヤは思い出していた。

 ひねりだしても、男女交際について見聞きしたことなんて、その程度のものだ。


 改めて、ジョッシュのことを考えてみる。


(そんなことを思ってはいけない)


 そうは思うものの、正直、迷惑だと言う感想が出て来る。

 エリーの想い人だ。ジョッシュの申し出を受けるにしても断るにしても、ぐちゃぐちゃになりそうな予感がある。エリーに気兼ねをして断ったところで、もう告白はされてしまったので、エリーとしても無かったことには出来ないだろう。

 それに考えてみれば、初めて自分に真摯に告白してくれた相手であり、エリーとのことはこっちの都合だ。こっちの都合のせいで、邪険に思うのも、酷いだろう。

 

 北条真綾は子役ながらアイドル的な人気もあったので、アイドルとしてもちろん好きだと言ってくれる人はいたが、そんなのは仕事のうちであり、北条真綾個人としてはどうこう言うことも無かった。

 具体的な、北条真綾の周囲にいた男の子たちと言えば、同じ子役たちと言うことになるのだが、彼らはライヴァルだった。男と女で性が違ってもライヴァルなのだ。

 TBSが正月大作として『源氏物語』を映像化した時に、ある仲良くしていた男の子の子役が、光源氏の子供時代の役に決まりそうだと言っていて真綾に嬉しそうに話していたのだが、蓋を開ければ、話題性優先のために、北条真綾が男装して演じることに決まった。

 それ以後、その男の子は口も聞いてくれなくなった。

 子役と言うのは、その家庭によって違いもあるが、当時の場合はだいたいが一家の大黒柱であり、父親も母親もどっぷりとその子の芸能活動を支えている場合が多い。

 綺麗ごとだけではやっていけない世界なのだ。

 子役同士の友情なんて存在しない。まして色恋など。


(はーっ。結婚するならするで、子供が出来そうにもないってことは、ジョッシュにも、マタイにもラケルにも言っておかないといけないのよね。エリーはジョッシュに告白したのかしら…。たぶん、明日には乗り込んでくるかも知れない…)


 婚約や結婚なんてとうぶん先の話だと思い、諸々のことを先延ばしにしていたが、決着を付けなければならないことがすぐそこまで来ている。


 前世の日本での男女交際とは違って、この世界では男女が付き合う=即婚約と言うことになって、先のことは分からないけど取り敢えずお試しで付き合って見ますかう軽いのりで対処することも出来ない。


 ここに佐川紹子がいれば相談できるのに、とマーヤはそう思ったがすぐに頭を振った。


(あの人がいてもいいアドヴァイスを貰えるとはとても思えないわ。あの人を無意識に頼るだなんて、よっぽど追い詰められているわ、私)


 もし、これが日本のことだったら。

 付き合うにしても断るにしてもよほど気軽だろう。双方ともに「結婚」と言う社会的な契約を意識していない、背負っていないからだ。

 ジョッシュと交際すれば、結果的にはエリーを裏切ることにはなるが、エリーのためにジョッシュとは付き合わないと言うのも、ジョッシュに対して不誠実である。一方に対して誠実であろうとして、他方に対して不誠実であることが正当化されるとも思えない。

 ジョッシュは、単に、マーヤのことがちょっといいな、モーションかけよう、と思ったのではなく、自分の家や相手の家、自分の人生を掛けて、告白をしてくれたのだ。それだけのことをしてくれた人に、真っ正直に向き合わないと言う選択肢は、少なくともマーヤには無かった。


 だが ― 。

 それだけに重い。


 ジョッシュのことを好きかどうかで言えば、今までまったく意識もしていなかったのも事実ではあるが、告白されたことでかなり重い存在になったのも事実だ。

 好意を示されたのだから、自分も好意を抱くのも自然だ。

 マーヤが養女である、そしてレニングス家の跡取りであると言うこちらの条件を組んだうえで、譲歩してくれている。

 他に好きな人がいるならばともかく、いないのだから、結婚をまずは条件だけで見ようとしていたマーヤが、ジョッシュを好ましい相手だと見るのも無理からぬことではある。


 エリーには誠心誠意、誠実に説明するしかないだろう。

 エリーが受け入れてくれるかどうかはともかく。

 しかし結論を出す前に、まずは、子供がおそらくは出来ないことをジョッシュにも、マタイとラケルにも告げなければならない。


 マタイとラケルとは元から血がつながっていないのだから、彼らは気にしないかも知れないが、ジョッシュはまた違うだろう。

 ジョッシュには弟妹がいるから、甥姪を可愛がる、甥姪を養子にとるという選択肢もあるにはあるが、彼が夢見ている家庭生活には、当然、いずれ生まれてくるだろう子供の姿があるはずだ。


 事情を明かしたら明かしたで、ではなぜ子供が出来ないのか、その事情も説明しなければならなくなるかも知れない。

 それは、血統的にはマーヤが貴族だから ― 。


 貴族と言うのは国家にとっては魔力供給者であり、国有財産なのだ。

 その存在を隠匿することは貴族にも許されていない。まして平民であればなおのこと。


 貴族を隠匿し、私物化していた ― その一点のせいで、マタイとラケルが処罰される可能性もある。

 マタイとラケルにはともかく、ジョッシュにまで軽々しく打ち明けられることではない。


 どうしたものか。

 かんがえあぐねる間にも、夜は更けていった。

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