第6話 ジョッシュの告白
「なんでマタイが?」
言い方がつい非難がましくなる。
今度、総督が少ない供回りと共に、魔域に入るらしい。ご苦労なことだとは思うが、マーヤには関係がない話である。「ふうん、そう?」で済ませるべきなのだが、マタイが随行するとなれば、そうも言ってられない。
「ねえ、マーヤ、言っておくれよ。兄さんは兵士長だったとは言っても、退役して何年にもなるんだ。給金だって貰ってないし、事務仕事は他にやる人が足りないって言うんで歩合でやってたけど、そんなの、貰えるおカネなんて無いも同然だからね。平民で老人の兄さんが付いていくってのもおかしな話じゃないか」
「そうさの、儂だって貴族様に混じってのこのこ魔域には行きたくないが…あの辺の道に一番詳しいのが儂だからどうしようもあるまいよ。前の戦争の時に、領軍も痛手を被って、兵の数が足りんのだよ。この辺の魔域を巡回する兵もおらんので、しょうがないから儂がやっておった」
「だからそんなの止めなさいって言ってた…」
と言いかけて、ラケルははっとなった。やる義務もない巡回をマタイがやっていたから、捨てられていた赤ん坊のマーヤを発見できたのだ。となれば、ラケルもただマタイを責めることは出来ない。
「どのみち、総督様のご意向には逆らえんのだ。まあ、別に危ない場所でもない。人数が少ないとはいえ、何と言っても総督様の親衛隊も随行なされるのだから、魔物に襲われることも万に一つもあるまいよ。それにこれをこなせば結構な額の褒美も貰える。マーヤの結婚資金も出来る」
「結婚資金は別途にきちんと貯めてあるんだからあんたは余計なことを考えないでいいんだよ。それにマーヤは嫁に行くんじゃない。婿取りをするんだから、持参金だって要らないよ」
「やっぱり私、お婿さんをとるの?」
「それが出来るならそれが一番いいじゃないかえ。何も姑小姑のいる家に嫁いで苦労するこたあないわね。レニングス家の身代はあんたが継ぐんだから、誰に気兼ねする必要がある?」
「相手は誰かいい人がいるのかしら。エリーは私たちもそろそろ婚約とかそう言うことを考えないといけないっていうのだけど」
「リード夫人に任せてあるんだけどね、あの人はどうもロリアンを押し付けたがっている感じでね、どうしたものか」
それを聞いていたマタイが口をはさむ。
「ロリアンだって悪い子ではないさね」
自分も木偶の坊扱いされてきたマタイだから、ロリアンのように周囲から軽視されがちな子供がいれば庇ってしまう。
「そりゃあそうだろうけども、物事には釣り合いってのがあるさね」
ラケルは目を細めてマーヤを見ながら、言う。マーヤは日ごとに美しくなる。大商人の奥方になっても通用するだろう。誰にも有無を言わせない美しさと、大店ですら経営できる賢さを兼ね備えている。
「ロリアンは優しい子よ。私 ― 威張って、マタイとラケルのことを蔑ろにするような旦那様は嫌だわ」
「確かにロリアンならそういうことはないかも知れないけどね…あんたはいいのかい? あのロリアンで?」
「別にロリアンがどうこうって…考えたことも無いわ」
「じゃあ、まあ考えてみることだね。リード家とのつながりが出来るのは悪い話では無いし。ロリアンを引き取ればあちらはもうそれは感謝感謝だろうさ」
うーん、とマーヤは唸った。
マーヤとしては、今の家族が一番大事であって、その家族の形を壊したくない。マタイもラケルも内弁慶だから、「俺に着いて来い」タイプの婿が来れば、その婿に言いたいことも言えず、我慢してしまうだろう。
マーヤはそれだけは絶対に避けたい。であるならば、ロリアンは悪い選択肢ではないが。どうも現実の話としては考えられない。
「あの…私…」
自分は多分貴族の血筋かも知れない。となればロリアンであれ誰であれ、平民と結婚しても子は生まれない可能性が高い。それを言わなければと思いながらも言えずにいるのを見て、ラケルは、12歳なのに結婚がどうしたと言う話になってマーヤが戸惑っているのだと思った。
「そんなに急ぐ必要は無いさね。べつに15、6歳まで結婚しないでもいいのだし。ゆっくり考えればいいさね」
さて、じゃあ、そろそろ寝るさね、とラケルはランプの灯を消した。
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赤ピーマン、黄ピーマン、緑ピーマン、紫ピーマン。どれだけピーマンがあるんだと突っ込みながら、家庭菜園で朝から一仕事をするマーヤである。
レニングス家は地主だから、ちょっと農作物を持って来なさいよと小作に言えば、野菜や穀物は売るほど手に入れられるのだが、そんな風に言いなさいとマタイとラケルに言えば、マタイとラケルは勘弁してくれと身を震わせるだろう。
マーヤももちろんそんな威猛々しいことは言いたくないので、3人家族で食べる分くらいは自製しているのである。野菜を自分で作り始めて6年目くらいだが、最初は失敗も多かったのだが、最近は、こういう野菜を作りたいと思えばほとんどその通りのものを収穫できるようになっている。
ただし、家庭菜園ではどうと言うこともないが、ここ数年、スーペルビア属州全体で農産物の収量が落ちてきている。おそらくはスーペルビア属州にとどまる話ではないだろう。
戦争の結果、貴族が減少して、奉納される魔力が減少しているのだ。今のところ、結界が揺らぐほどではないが、そのことが土地の生産性に影響している。
マーヤは、収量の減少が、注がれる魔力の減少と関係していると聞いて、自分の菜園では、注意深く、こっそりと、蛇口から水を一滴二滴したたらせるようにほんのわずかにではあるが、自分の魔力を直接、土に注いでいた。
その結果、豊作が続いている。
「おはよう、マーヤ・ラーリー」
「あら、おはよう、ジョッシュ・トリヴァー。あなたがこの辺を歩くなんて珍しいわね。お散歩?」
「あ、ああ、まあ」
「ちょうどいいから、少しお野菜を持って行ってよ。出来がいいのよ、私が作ったお野菜。籠に入れるわね。籠はまた今度、ついでの時にでも持ってきてくれたらいいわ」
ジョッシュは、エリーが好きな少年である。エリーはおそらく今日、告白すると言っていたから、二人は結婚するかもしれない。そうとなれば、マーヤもジョッシュには愛想よくしておく必要がある。ジョッシュに煙たがられれば、エリーの嫁ぎ先に遊びに行くこともままならなくなるのだから。
「あ、いや、実は君に話があって」
君? そう呼ばれてマーヤはびっくりした。ジョッシュは、マーヤに限らず女子はおしなべて、おまえ呼ばわりしていたし、マーヤについては、髪の色から、「黒いの」呼ばわりすることもあった。
ちなみにマーヤの風貌は髪の色は黒で、瞳の色は深い青である。ブルネットの髪は、スーペルビアでは比較的珍しい。
「どうしたのよ、ジョッシュ。なにかあったの?」
「実は ― うちの話なんだけどさ、そろそろ俺の嫁取りでもするかと言う話になって」
エリーのことだろうか、とマーヤは推測する。エリーがもう告白して、その件で何かジョッシュ側にも相談したいことがあるのかも知れないと。
「そうなのね」
「ああ。隣の郷の地主の娘を貰うよう話をつけてきたと親父が言って」
「え? エリーは?」
「エリー? エリーが何か関係があるのか?」
「い、いえ、そうじゃないけど」
エリーはまだ何も言っていないようだ。
「俺はその話は止めてくれって親父に言った。好きな人がいるからと」
「…」
「そしたら親父は、別に好きな人がいてその人が俺と結婚してくれるって言うならそれでもいいが、もたもたするな、相手の承諾をとってこいと。俺、下に弟たちがいるからさ、俺の身の振り方が決まらないと下のも決められないから」
「その話をどうして私に」
「俺が好きなのは君なんだ、マーヤ・ラーリー。ずっと好きだった。俺と結婚して欲しい」
眩暈がした。頭がぐるぐるする。
マーヤの胸の内に広がるのは困惑。
「…そんなこと…私考えたこともなくて…」
「俺バカだからさ、君のこと好きだったけど、優しい態度もとれなくて。でも、今言わないと一生後悔するって思った」
「ジョッシュ、あなたはトリヴァー家の跡取りでしょ。私はレニングス家に婿を取らないといけないのだから、私たちがどうこうなるのは…」
「俺、婿に入ってもいいよ。マタイとラケルにもちゃんと仕える。威張ったりしない。トリヴァー家は弟が継げばいい。弟の身の振り方も決まるから、俺が婿入りすることに親父も反対しないと思う」
マーヤは何か言わなければならないとは思ったのだが、何も言えなかった。
前世では12歳で死んで、今も12歳。考えてみれば他人から愛の告白を受けたことはないマーヤである。
いつか、『キャンディ♥キャンディ』のアンソニーみたいな素敵な男の子と恋をしたいと恋に恋をしたこともあったが、それだけに取り憑かれるほどの恋愛体質でもない。
ジョッシュが私を…。でもエリーのことは。
口を開こうとするのを、ジョッシュが制した。
「俺、本気だよ、マーヤ。だから…ちゃんと考えて欲しい」
「ジョッシュ…」
「ごめん。いきなり、俺、勝手なことを言っている。でも、俺、本当にずっと君のこと。最初に会った時、こんなに綺麗な子がいるのかってびっくりした。そして君が優しい子だって知って、好きな気持ちがどんどん抑えられなくなって…マタイとラケルにも話して、ちゃんと考えて欲しい。結婚できるなら、俺が出来ることはなんでもする」
そう言って、ジョッシュは踵を返した。1週間後に返事を貰いに来る、とだけ言い残して。
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