第81話 そこには……

 そして、早速ネットで調べて回って見積もりを出し、今日の撮影に至る、というわけだった。


「そういえば、明日の日曜、試合だろ?」

 俺はソファの背に凭れたまま、滉太こうたに尋ねる。


「試合ですけど。別に僕は出ませんから」

 滉太は組んだ脚の上に頬杖を突き、つまらなそうに室内を眺めている。


 カメラマンの説明によると、この室内で写真を撮ったあと、外に出て洋館前で撮り、それからリムジンでも撮るらしい。その撮った写真でアルバムを作り、値段は枚数によって変動するそうだ。


「三年最後の試合だから、顧問の間野先生も選手交代でお前を出してくれるかもしれないぞ」

 俺がそう声をかけると、滉太は小さく肩を竦めるだけで何も言わない。


 滉太は。

 二年の二学期から、バスケット部に入部した。


 何か部活を始めろ、と俺は勧め、剣道は良いぞ、と言ったのだが、バスケット部に入ってしまった。


 特にバスケットがしたいわけでない、と入部してすぐに気づいた。

 一番部費が安く、用具もとりあえずは『体育館シューズ』で済ませられ、できるだけ土日は試合や練習がある部活、ということでバスケットに決めたようだ。


 休日に、俺と奏良そらちゃんが出来るだけ二人きりになれるように、と滉太なりに気を遣ったらしい。


 それなのに。

 別にルールを知っているわけでもなく、滉太がスタメンでもないのに、二人で公式試合だけではなく、練習試合まで観に行って応援するものだから、滉太に呆れられた。


「奏良さんとまた来る気でしょ」

 ちらりと一瞥してそう言うから、俺は笑って答えた。


「当然だろ。なんのために、一眼レフとタブレット、撮影機器を買ったと思うんだ」


「僕がいないうちに、どこかに遊びに行けばいいのに。もっとこう、二人だけでなんかしてないと、そのうち、奏良さんに逃げられますよ」

 滉太が上から目線でそう言うものだから、俺は鼻で嗤う。


「お前が気づいてないところで、二人だけでいろいろしてるんだから、問題ないんだよ。奏良ちゃんを満足させてるから、大丈夫」

 そう言うと、面くらったように目を見開き、それから多少頬を赤らめて顔を背ける。


「やらしいな。お前何考えてんの?」

 そうからかうと、無言で横腹をグーで殴られた。


「痛いなっ」

魁人かいとさんが、変なことを言うからでしょっ」

 足を解き、滉太は俺に体ごと向き合う。


「だいたいね……」

「ちょっと待て、お前上着に、汚れがついてる」


 俺は滉太の言葉を遮り、立ち上がった。滉太は不思議そうに俺を見上げるが、口をへの字に曲げて手を伸ばす。


「今から写真撮るんだから、万全で撮ろうぜ。ちょっと貸せ」

「え?」


 戸惑う滉太から、俺はタキシードの上着を奪い、部屋の隅に移動する。「係の人を呼びましょうか」と背後から声が聞こえたが、俺は首を横に振った。


「すぐ取れるから」


 そう言って滉太に背を向けたまま、俺は少女趣味な窓に近づいた。カーテンの側で、俺は滉太が着ていたタキシードの肩口を見る。


 そこには。

 小さな。

 そして白い手形が付いていた。

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