第57話 俺が気配を感じたのは……

「え?」

 思わず尋ね返すと、香川さんは顎を上げるようにして俺を見る。


行橋ゆきはし先生は、きっと正面の押入れから気配を感じたんでしょう? 優奈ゆなちゃんの」

 俺は頷く。そんな俺を見て、香川さんは首を横に振った。


「私は後ろでした。真後ろの。私達が入って来た、擦りガラスの出入り口から気配を感じたんです。それで私、振り返って……」


 彼女の言葉に俺はつりこまれるように、前のめりになる。

 香川さんもひきつけられるように俺に顔を近づけた。


「いたんです。子どもが。優奈ちゃんぐらいの」


 彼女の言葉に、俺は唖然とする。


「だって……。あの家の子どもは、田部と、優奈ちゃんだけで……」

「でも」


 彼女は激しく首を横に振る。


「いたんです。私の背後に、ピンクのワンピースを着た女の子が」


 言われて気付く。

 そうだ。

 俺はあの時。


 あの横引き扉の向こうに、なにか感じたんじゃなかったか。


 濃密な化学香料の匂いにむせながら。

 俺は確かに、気配を感じた。


「あの家」

 香川さんの大きな瞳が俺を見据える。


「あの家。まだ、いるんじゃないですか?」


「……何が?」

 尋ねる俺の目の前で、香川さんの口唇が動く。


「こどもが」

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