第56話 あの時、変だな、って俺も感じて……

「だとしたら、変なんですよね」

 香川さんはふと、そう言い、男物の腕時計がはまった手で、自分の首を撫でた。


「何が、ですか?」

 俺はどら焼きを完全に食し、お茶を飲む。香川さんの感じる疑問点が判らず、首をひねった。


「あの、ぶらんこ。変だと思いません?」

「ぶらんこ?」


 俺は眉根を寄せておうむ返しに尋ねる。香川さんは頷いた。


「庭にあったでしょう? 南天の後ろに」

 言われて、俺は「ああ」と声を漏らした。


「あの、魔法少女の絵が描いてあったやつですか」

「そうです。……変じゃないですか?」


「なにが? 優奈ゆなちゃんのじゃないんですか?」


 実際、あの家には幼児用のキーボードや、アニマルファミリーの人形もあったではないか。優奈ちゃんは隠されるように生活していたが、おもちゃは買い与えていたのだろう。


「優奈ちゃんがあの家に越してきたのは、今年の春です」

 香川さんの説明に、俺は頷く。時系列的にみて、そうだろう。


「あの魔法少女。シリーズ化されてて、そのシリーズごとに主人公というか、キャラクターが替わるんですよ」

「そうですね。夏になるとそのキャラクターで映画化しますよね」


 実際アニメはみたことがないが、その映画のCMなら何度も見たことがある。へぇ、今年はこんなキャラクターか、とか、二人組がいつの間にか、五人組になっている、と驚くこともある。


「あのブランコのキャラクター、少なくとも5年以上も前の物です」

 香川さんの言葉に、俺は目を瞬かせた。


「……そんな、古いんですか」

 香川さんは頷き、手帳に目を落とした。メモってきたのだろう。手帳に視線を走らせ、キャラクターの名前と、放映された年を俺に教えてくれる。


「それに幼児用のキーボードはともかく、あのアニマルファミリーのグレイですが……」


「ああ、あの犬」

「猫です。あれも、5年以上前です。アニマルファミリーも、年ごとに新しいものが出ますので……」


 俺は香川さんを見つめる。


 香川さんは。

 何が、

 言いたいのだろう。


「つまりですね」


 香川さんは俺の意図をくみ取ったのか、ごくりと唾を飲みこみ、それからテーブルの上のコップに手を伸ばす。一口飲むと、俺を真っ直ぐ見て言った。


「あのグレイも、ぶらんこも。優奈ちゃんの為に用意されたものじゃない、ってことなんです」

「……前の住民のものでしょう」


 俺は香川さんに笑いかけた。


「優奈ちゃんのものじゃなければ、前住んでいた住民が使っていたものでしょう」

「そうです。そうなんですけど」


 香川さんは相変わらず首元を撫でながら、口元を引き絞る。


「あの……」

 言おうかどうしようか散々迷った、という顔をした後、香川さんは俺を上目づかいに見る。


「田部君のあの家で、二人で二階に上がったじゃないですか」

「ええ。幼児用のキーボードが鳴ってて……」


 そこで思わず口を閉じる。

 香川さんが抱きついてきたことがフラッシュバックしたからだ。


「その。あの時は、失礼しました」

 香川さんも同じことを思い出したらしい。耳まで真っ赤になってうつむいた。


能勢のせさんから聞いたんですが、あの時、優奈ちゃん。二階の押し入れにいたそうです」


「押し入れ……。ああ、どうりで」

 薄く開いた押し入れから感じた気配。あれは、優奈ちゃんか。


「あの時、変だな、って俺も感じて」


を感じたのは、でした」

 俺の言葉を喰い気味に香川さんは言う。

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