第2話 弁当

 しかしながら、一回助けてもらったものの、その恩は返さないといけない。そう思って私は弁当を作っていた。

 余談だが、私は食事を作るほうだ。だって自分の弁当もきちんと作っているのだから。そのために朝五時半から起きて三人分の弁当を作っている。……なぜそうなのかについては、あまり語りたくないので、ここでは割愛することにしよう。誰が聞いているか、解らないからね。

 あいにく、金谷くんは屋上でご飯を食べる。ほんとうはあんまりしてはいけない行為らしいけれど、先生も見て見ぬふりなので、まあ、別にそれくらいはいいかな、って思っている。私だってたまに屋上でご飯を食べる時もあるし。あそこ、風が気持ちいいのよね。

 そして、屋上へ向かう階段を昇っていく。

 一応誰にも見られていないことを確認する。……よし、誰もいないようだ。

 屋上に上がると、一人で金谷くんは柵にもたれかかっていた。

 ヘッドフォンをつけて、何か音楽を聴いているのか、小刻みに首を揺らしている。ヘッドフォンはスマートフォンに接続されているらしい。そして食べているものはカロリーメイト。

 それを見て私は溜息を吐いた。むしろ、よくそれだけのカロリー摂取であれほどの不良を相手にしたものだと思う。しかも余裕で勝っていたし。どういうことだろう? 朝と夜にため込むタイプなのかな?

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 漸く金谷くんは私に気づいてくれたようで、ヘッドフォンを外して私のほうを見てくれた。


「……どうしたの?」

「弁当を持ってきたの。この前の、お礼に」


 簡潔に述べて、私は彼の隣に座る。座ったのち、少しだけ距離を置いて、そこに弁当を置いた。

 弁当は二つある。一つは私の、そしてもう一つは金谷くんのものだ。

 金谷くんは弁当の箱をじっと見つめていたけれど、直ぐにそれを手に持った。


「いいの?」

「ええ、それは私のお礼だから。じゃんじゃん食べちゃって! 見た感じだと、カロリーメイトしか食べていないように見えるけれど?」

「……ああ、あんまり食べるものが無いから。普段は購買のパンを買うのだけれど、ほら、今日社会の授業がちょっと長かったでしょう? だから、」

「ああ、いつも食べているパンが売っていなかった、ってことね。あるある。あそこの購買、需要と供給がまったく成り立っていないからね。全然売れないパンをいっぱい置いている割には売れ筋のパンって全然補充しないからね。一度、文句言ったことあるもん。このフライドポテトカスタードチョコレートパンじゃなくて、焼きそばパンをもっとおいてくれ、って」

「……まあ、そういうわけで何も置いていなかったらカロリーメイトだけにするということだよ。これは仕方ないことなのだけれどね」

「全然仕方ないことじゃないわよ。……まあ、あなたがそう言うのなら仕方ないことだけど。取り敢えず、弁当、食べてよ。口に合うか解らないけれど……」


 私の言葉を聞いて、金谷くんは漸くスマートフォンを地面に置いて、弁当の蓋を開けた。

 中に入っているのは、半分がおかず、半分が白飯といういたってスタンダードな構成の弁当だった。おかずは卵焼き、ウインナー、中にマヨネーズの入った肉団子、付け合わせのスパゲッティという、これまたスタンダードなラインナップ。だけれど、こういうものが一番いいものだと思う。ベスト、ともいう。しかしながら、私は金谷くんの好みをまったく知らないから、こういうスタンダードなものにしたわけだけれど。


「どう、かなあ?」


 金谷くんは両手を合わせ、いただきます、と小さく言って、箸を手に取り、卵焼きを口に入れた。

 何度か咀嚼して、飲み込む。

 金谷くんは頷いて、


「うん、美味しい」

「ほんとう? ああ、口に合ったようで良かった。お礼なのに、口に合わないものを食べさせるのもそれはそれで悪いことだし」

「別にいいよ。大体なんでも食べられるし」

「あなたはいいかもしれないけれど、私はダメなの」


 金谷くんの口に合ったことを確認して、私も弁当を食べ始める。屋上に行った時間と話していた時間を考慮すれば、普段より少々早いペースで食べていかねばならない。だから、会話も程々に。

 なので、昼休み中、有益な会話をしたといえば、それだけのことしか無かった。

 あとは特筆すべき事項など皆無。弁当を食べ終えて、金谷くんが洗って返すとだけ言ってそれを持って行って、私は屋上に取り残された。ただ、それだけのことだった。

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