金谷くんは白線の真ん中を歩く

巫夏希

1月編

第1話 金谷くんとわたし

「……、な、なんでお前、そんなにひょろひょろの体なのに、強いんだよ……⁉︎まさか、武術でもやっているのか⁉」

「いや、そんなことはどうだっていい! 今は、撤退すべきだ! まさかこんなやつが居たなんて……」


 そう言って不良たちは撤退していった。正確に言えば、私よりも、別の人間に恐怖を抱いていたのだろうけれど。

 金谷くん。

 私の友達、なわけはなくて、ただのクラスメイト。

 ただ、ふつうよりも変わった行動ばかりとっているので、毛嫌いされている、ちょっと風変わりなクラスメイト。

 ただそれだけだと思っていたし、それ以上はなにもないと思っていた。

 その時までは。


「……大丈夫?」


 わたしは金谷くんにそう言われて、我に返った。


「う、うん。大丈夫だよ。……ありがとう……」


 金谷くんはそれを聞いただけで、目を瞑ると踵を返した。

 不良たちと戦う前に地面に置いていた、学生鞄を拾うと、底面についた埃を手で払った。

 わたしはそれをただ、じっと眺めるだけだった。


「……あ、そうだ。これからこの道は歩かないほうがいいよ。きっと、報復を図るだろうから、あの頭の悪い不良たちは」

 それだけを言って、すたすたと歩いていく金谷くん。

 わたしの返事を、それこそ待つことなんて無いままに。



 ◇◇◇



「金谷くん?」


 クラスの私の机に座っている、私の友達。飯山優奈は小さく首を傾げて、私の言葉に答えた。


「そう。金谷くんって、どんな人だっけ?」

「どんな人、って……。あなただってよく知っているじゃない。あの根暗な性格。今だって、誰とも話そうとしない。そんな特異な人間、それが金谷明って人間でしょう?」


 高校二年になって、ほとんどのクラスメイトは名前も顔も一致しているはずだった。

 けれど、金谷明。

 彼だけは、優奈に言われるまで誰が誰なのか解らなかった。仕方ないことだったのかもしれない。けれど、それは、一年の時まで。二年になっても、名前と顔が一致しないなんて、はっきり言ってダメなことだった。


「まあ、別にあいつについて知る必要もないと思うけれどね」

「なんで?」

「なんかオタクっぽいじゃーん、アハハ」


 そう言って優奈は自分の席へと戻っていった。優奈の席は黒板の真ん前。それでも眠れるというのだから、度胸は凄いと思う。

 それはそれとして。

 優奈に言われた、彼の第一印象。

 オタク。根暗。無口。

 ……まあ、最後は私がよけいに付与しただけのこと。だから、間違っているかもしれない。

 でも、昨日のことは、その印象をすべて裏返したことだった。

 まさかあんなに武術に強いなんて、思いもしなかった。

 けれど、それを学校で話すことなんてできなかった。

 だって、私と彼は――過ごす関係が違う。私は私で環境を構築しているし、彼も彼で環境を構築している。……まあ、それは、独りぼっちの環境にしかすぎないのだけれど。

 まあ、所詮、一回だけの出会いに過ぎない。

 結局そういう一面もあるんだね、ということに過ぎない。

 そう、私は思って、授業の準備を始めた。

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