7月18日(水) 晴れ 2
そのあとも少しさくらさんのお手伝いをして、パンを三つ買った。帰るとき、さくらさんが外まで出てきて見送ってくれた。
「気をつけてね」
「……さくらさんも」
さくらさんは私に向かって親指を立てて、にっと笑う。私も小さく笑って、歩き出した。
蒸し暑い風が、制服のスカートを揺らす。真っ白なブラウスの下で、汗がじんわりとにじむ。
神様――普段めったに祈ることなんてないのに。他にすがるものがわからない。
神様、お願いします。さくらさんの病気を治してください。
心の中でつぶやきながら、空を見る。名前も知らない鳥が一羽、すうっと私の視界を横切っていく。
「芽衣!」
後ろから声がした。私は驚いて振り返る。坂道の上から走ってくるのは、音羽くんだった。
「……どうしたの?」
「ああ、うん。やっぱり送るよ」
私が帰るとき、知らんぷりしていたくせに。
「さくらさんに、頼まれたとか?」
「ちげーよ。俺が送りたいって思ったの!」
ふてくされたように横を向いた音羽くんを見る。
『もし私がいなくなったら……あの子はこの世で、ひとりぼっちになってしまうの』
音羽くんはまだ知らない。さくらさんの病気をまだ知らない。
胸が苦しくなる。だけど私にはどうすることもできない。
「なんかあった?」
音羽くんの声が聞こえた。
「え?」
「なんか元気ないから」
私は口元をゆるませて、首を横に振る。
「なんにもないよ?」
「ならいいけど」
私のことなんか、心配してる場合じゃないのに。
「もうすぐ……夏休みだな」
「ああ、うん。そうだね」
ちらりと横を向くと、音羽くんが空を見上げるようにして言った。
「どっか行く?」
「え?」
「どっか行かない? ふたりで」
音羽くんの視線が私に移った。途端に頬が熱を持つ。心臓がどきどきいって、ヘンな汗が出てくる。
「それって……どういう」
「どういうって……しいて言えばデートってやつ?」
「えっ、あ、私と?」
「他に誰がいるんだよ」
音羽くんが怒ったように言った。そういえばこの前言いかけた言葉……あれも気になるけど。
「来週の水曜日。迎えに来る」
私の返事を聞かないうちに、音羽くんが立ち止まって言った。私の家は、もうすぐそこだった。
「迎えに来るから」
「あ、うん」
「わかった?」
「わかった」
強引に約束させて、音羽くんは満足そうに笑った。そして背中を向けると、そのまま走り出した。私はその場に突っ立ったまま、走り去る背中を見送る。
来週の水曜日……会えるのかな。
嬉しさと同じくらい、不安が混じり合う。
さくらさんの病気を知ったら、音羽くんはもう私に、笑いかけてくれないかもしれない。
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