第1話 天使からの贈り物

「またかよ……」


 彼は、今の自分の周りの光景を見て、そう呟いた。

 真っ白で何もなく、暑い、寒いとも感じられない不思議な空間。彼は今、そんな場所にいる。否、何もないわけではない。彼の目の前に、とある美少女が立っていることだけは例外だ。


「またかよとは、随分丁寧なご挨拶ですね、八代さん」


 目の前の美少女が、皮肉染みた口調で彼、八代陽介やしろようすけにそう話しかけてきた。

 

「あんたの顔を見るのもこれで三度目だしな。飽きるに決まってるだろ」

「さすがにその発言は失礼ではないですか?仮にも私は皆が崇める天使ですよ」

「はいはい、分かった分かった。で、それよりもだ」


 彼は、落ち着いた口調で


「どうせまた、俺に転生しろとか言うんだろ?」


 そう天使に尋ねた。


「ええ、その通りです。貴方には、もう一度別の異世界へと転生してもらいます」


 そう、彼にとって、『死』を迎えるのは、今回が初めてのことではないのだ。彼は、今回を含め、もうすでに三回その命を落とした。


 一度目は、現実世界『地球』で、交通事故によって。

 二度目は、異世界『スペル』で、ドラゴンに踏みつぶされて。

 そして今回、異世界『ナナリア』で、ゴブリンという雑魚モンスターによって殺された。


「まったく……貴方は何をやってるんですか。まさか、ゴブリンという雑魚の中の雑魚のモンスターにやられるなんて」


 天使が、溜め息をつきながらそう文句を言う。


「うるせえよ、あんなにいるなんて思ってなかったんだ。一匹なら余裕で勝てたんだよ」

「言い訳は結構。というより、ちゃんとパーティを組めば、あの程度の数のゴブリン簡単に討伐できたはずですよ。なのに貴方ときたら、自分の力に過信して……」

「ぐ……」


 まさにその通りなので、陽介は何も言い返せない。


「まあ、死んでしまったものはしょうがないので、また貴方を転生させてあげますよ」

「……なあ、転生って絶対しないといけないものなのか?」


 一度目の死の時は陽介も、ファンタジー異世界に行けると聞いてワクワクドキドキで胸がいっぱいだった。

 しかし、こんなに何度も死んでしまうと、さすがの陽介も自信を失う。もういっそのこと、あの世に召されてもいいなどと考え始めたのだ。


「はい、転生は絶対行使が基本ですので。しかし……貴方の場合は例外です」


 天使は少し困った表情をしながら言った。


「三度目の転生者は、貴方が初めてなんです。今までの人は、大抵一度目の転生でその世界の魔王討伐に成功してたのに……貴方の様に転生初日に先走って死ぬ人は、いませんでしたよ」

「悪かったな、役に立てなくて……」


 転生者に与えられた使命。それは、その世界での魔王討伐。

 天使の役割は、各世界の平和と秩序を守ること。しかし、どの世界でも大抵、魔王と名乗る不届き物が、世界の平和を乱しているらしい。地球の様に、魔王のいない平和な世界のほうが珍しいのだそうだ。

 天使だけで、それらの全ての世界を管理するのは不可能。つまり、人手が足りないとのことだ。そこで、陽介のような不慮の事故で死んでしまった若者を転生させ、天使の代わりに魔王を討伐し、各世界の平和を守らせようとの魂胆だ。


「ですから、もし次に貴方が再び死んだ場合、転生させてあげられる保証はありません」

「え……そうなのか」


 てっきり永遠にこの転生を繰り返させられるのではないかと思っていた陽介は、少し安堵した。もう、この天使たちの仕事に付き合わされなくて済むのだから。

 そもそも、陽介の方から転生させてくれなどと頼んでない。この天使が、勝手に自分たちの尻ぬぐいをさせてるだけなのだ。


「つまり、次の転生があなたにとってのラストチャンスです。しかし、このまま転生しても、貴方はどうせまた調子に乗って、転生初日で死ぬような行為をしかねません。そこで……」


 天使はそう言うと、自身の両手をこちらに差し出すような形で広げてきた。

 その直後、その手の平から何かが出現した。右手は、物が一杯に詰まった巾着のような袋で、左手はクリスタルの様な見た目をした、青色の結晶型ペンダント。


「これら二つを、貴方に差し上げます」

「……なんだ、これ」


 陽介は、天使の左手にあった結晶ペンダントをひょいと手に取った。

 見た感じ、『綺麗』ではあるが、何か特別な雰囲気を醸し出しているとかそういうわけではない。ただのペンダントだ。


「それは、『神秘結晶』といい、それを着けた者の身体能力、魔力を飛躍的に向上させます」

「おお!それはすごいな」


 そんなの、チートもいいところだ。それさえあれば、魔王攻略なんて楽勝に決まっている。


「じゃあ、その袋は……」

「これは、これからあなたが行く異世界の貨幣が詰まった袋です」


 天使が袋の口を開ける。

 すると、そこから溢れんばかりの金貨が数えきれないほど入っているのが見えた。


「おいこれ……いくら入ってるんだ」

「おそらく、家が数軒建つほどの価値はあるはずですよ」

「家が数軒⁉」


 家が数軒建つということは、日本円にしたら数千万……いや、もしかしたら億単位の金があるかもしれないということなる。

 

「この二つ、全部俺が貰っていいのか?」 

「ええ、どうぞご自由に持って行ってください」


 天使がそう言い、金貨の袋を陽介に渡す。


「さすがの貴方も、これでもう無駄死にせずに済むでしょう」

「ああ、そうだな……」


 ついさっきまでの陽介なら、もし異世界へと転生してもその『二度の異世界での死』が尾を引いて、魔王討伐はおろか生きていくことさえままならなかっただろう。

 しかし、この二つがあれば、陽介は無敵……夢だった『異世界無双』も可能となる。


「ははは!やってやるよ、魔王討伐でもなんでもな」

「その意気です、八代さん」


 さっきまでの態度と一変。陽介は、自信に満ちた声でそう叫んだ。

「では、貴方にはさっそく異世界へと転生してもらいます。準備はいいですか?」

「前置きとかいいから、さっさと連れてけ」

「……貴方、さっきは『転生って絶対にしなくちゃいけないのか』とか言ってたくせに」

「う、うるさい!さっきはさっき、今は今だ。ほら、早く」

「はいはい、わかりましたよ。では……あなたのご武運を祈ってます」


 天使が嘆息しながらそう言うと、指をパチンと鳴らす。

 それと同時に、陽介の意識はそこで完全に途切れた。


              


 誰が想像できたであろうか。

 まさかこの二つのアイテムが、彼を破滅の道へと導くことになるなんて。



 

 

 

 




    


 


 


 


 

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もういいよ異世界……三度目の異世界転生物語 にゃんこ。 @04300655

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