コンセプトについて 「感情」から書く脚本術のまとめ

真田五季

第1話

≪コンセプトについて≫ 



 ・そもそもコンセプトって何? 必要ないんじゃないの?


 →コンセプトとは、『その作品にしかない魅力』。作品の中核となるものをさしている。コンセプトを必要としないということは、「作品のウリを捨てる」ということだ。つまり、良いコンセプトを設定できれば、あなたの作品は見違えるほど良くなると言い換えることだってできる。


 しかし、確かにコンセプトを考えるのは面倒だ。コンセプトを考え始める執筆者がまず真っ先に思うのは、「うるせぇな。じゃあどんなコンセプトがいいってんだよ」というものだろう。それをいまから、できるだけかいつまんで考えてみよう。考え方さえわかれば、それは難しいことではない。あなたにも簡単に良いコンセプトが思いつける。


1.独創性


 ・じゃあ、良いコンセプトってなんなの?


 →それは、『理解しやすいもの。腑に落ち、それが一行にまとまっていても理解ができて、わくわくできるもの。頭のなかに映像が浮かぶもの』

  端的に言えば、『見覚えがあって、かつ独創的であり、必ず対立を予感させるもの』

これは一見すると矛盾するように思える一文だが、そうでもない。事例を見ていこう。


 事例(1)……映画、『スピード』

 コンセプト:「時速50マイル(80キロ)以下にスピードを落とすと起爆する爆弾が市内バスに仕掛けられた。しかも、帰宅ラッシュがすぐに始まる」

 

解説

 このコンセプトは、強調した部分以外で言うのなら通常よく見られるものだ。しかし、「帰宅ラッシュがすぐに始まる」という一点が、コンセプトの緊張感を高める。このコンセプトを読んだ者の頭には、「帰宅ラッシュ、過酷な状況を打開する運転手。そしてバス内の混乱、他車両との対立」が想起されるはず。これが良いコンセプト。俗に言う、ハイコンセプトと呼ばれるもの。





 事例(2)……映画、『バックトゥザ・フューチャー』

 コンセプト:「誤って過去に送り込まれた少年は、現在の自分が消滅しないために両親を出あわせ、恋に落ちるよう仕向けなければならない」

 

解説

 これも上記と同様で、前半部分はよくある話。しかし後半部分に新規性がある。「出会わせなければいけない」以上、何らかの妨害が文章から予感されるので、主人公が奔走しなければいけない状況とわかる。


 その他、例えば最近テレビで放映された『ファインディング・ドリー』は、「健忘症である」点が捻りになっている。「家族を探す」という没個性的なコンセプトを、彼女の特徴である「忘れっぽい」点がより複雑で魅力的なものに変えている。


・どうして「見覚え」がなければ駄目なの? 独創的なものが良いものではないの?


 →独創的なコンセプト、いままでに見たことのない魅力があるのはもちろん素晴らしいことだ。しかし、読者はその新しい世界観について行くことができるだろうか?

 あなたの考える「まったく新しい独創的な」アイデアは、新しすぎるがゆえに読者を置いていく。「自分の置かれている状況とはまったく別の世界で何かが起こっている」。これでは読者を満足させられない。

 したがって、「どこか読者にとって身近な」部分がコンセプトには必要になる。それをアンカーにして、彼らを物語の世界へ没入させることができれば、あなたの独創的な世界をより効果的に、彼らへ届けることが叶うだろう。


 →まとめると、「読者は目新しいものを求めている」これは間違いない。しかし、それはあくまで読者が身近に感じられる出来事や、共感可能な感情によって語られるのがいい、ということ。

「自分の物語のどこに独創性があるのか」を自問し、それを身近な出来事や感情を使って表現できるのかどうかを考えよう。


2.感情


 ・じゃあ、身近な感情って何なの?

 →実例を見てみよう。


 事例(1)……映画、『フィッシャー・キング』

 コンセプト:「自分の発言が引き金になって、あるサイコパスの凶行を引き起こしてしまったDJが、罪を償おうとする」

 

 事例(2)……映画、『エリン・ブロコビッチ』

 コンセプト:「低賃金労働者のシングルマザーが、エリート弁護士を出し抜いて、集団訴訟で巨額の和解金を勝ち取る」


 前者は罪を償うという、人のなかにある罪悪感、贖罪の意識を、後者は自分より優位の人物を出し抜く、弱者が強者に勝利する爽快感を主要な感情にしている。コンセプトのなかの主要な感情を明確にできれば、より効果的に物語を届けることができる。


→(追記)この感情に関しては、想定読者の方にも大きな関係を持っている。たとえば事例2はどう見てもブルーカラーの人物を対象としている。彼らの心根にある、「金持ちに痛い目を見せてやりたい」という感情が巧みに操作されていることが、コンセプトの一文を見てもわかるだろう。この感情をうまく設定できれば、想定読者を明確にすることも可能だ。


 では逆に、どんなコンセプトが悪いのかを考えてみよう。


・悪い例

 コンセプト:「会社員の青年は日常生活に嫌気がさし、魔法の国へ旅立つ」

 

→このコンセプトを見てみよう。独創的かどうかは別として、一見すると悪くないように思える。日常的な部分や感情があり、そして非日常的な世界も明文されている。会社員は遅かれ早かれ日常生活に嫌気がさすものだし、彼らは「幻想的な世界へ行きたい!」という感情を抱えているだろう。それだけ考えれば、とても素晴らしいコンセプトに思える。

 しかしこれは、よくある悪い例だ。


 ・じゃあ、何が悪いの?


 →端的に言ってしまえば、「緊張感がない」のだ。もっとわかりやすく言えば、「対立が存在しない」

 ここで最初のページに戻ってほしい。理想的なコンセプトの定義に、「必ず対立を予感させるもの」と書かれているのがわかるだろう。これが、コンセプトを考えるときに気を付けなければいけない点だ。


3.対立


 ・どうして対立が必要なの?


 →先ほどの悪いコンセプトを例に挙げてみよう。「会社員の青年は日常生活に嫌気がさし、魔法の国へ旅立つ」これを見て、「面白そう!」という人はいるかもしれない。ただし、物語をよく読み、感覚の肥えた読者なら冷然と言い放つだろう。「へぇ。それで?」


 対立がないコンセプトの駄目な点はこれだ。興味を惹かない。ドラマチックではない。

 主人公は異世界へ行くだろう。そして、それでおしまいだ。

 共感はできるかもしれない。だが、映画館でこれを見せられた時のことを想像してほしい。あなたが1500円払って映画のチケットを買い、そして物語が始まる。

 主人公は会社生活が嫌になった青年だ。あなたは彼の境遇に共感できる。確かに働くことは大変だ。そして主人公は魔法の世界へ行く。彼は魔法の世界で面白おかしく暮らし、その様子が一時間半続いて、ハッピーエンド。幕が下りる。


 どうだろうか? 想像すればするほど、つまらない内容に思えて仕方がない。たとえ共感できるとはいえ、ただ主人公が幸せに時間を潰すだけの平坦な物語を追うことには、苦痛を感じるのがほとんどであるはずだ(残念なことに実際の小説やアニメでこういう事態が起きているが、ここでは割愛)。


 このつまらなさ、どうしようもない退屈さを解消してくれるのが、「対立」だ。


 ・じゃあ、対立って何?


 →あなたが大好きな小説でも映画でも、アニメでも漫画でもいい。いくつか思い浮かべてほしい。そのなかのほとんどは、「主人公の目的を阻む何か」が存在しているはずだ。

 最も有名な漫画、『ワンピース』を例に出してみよう。知っての通り、主人公の目的は、「海賊王になること」だ。

 想像してほしい。もし『ワンピース』の主人公が、なんの障害もなく、各地を回遊して、どこかで偶然ワンピースを発見し、海賊王になったなら?


 つまり、こういうことだ。あの漫画には「海賊王になる」という主人公の目的を阻む、「ほかの海賊」あるいは「海軍」が存在しており、彼らと対立を深め、争い、目的を達成しようと主人公がもがくからこそ面白いのだ。ドラマは必ずと言っていいほど、対立的な場面で生まれる。両者が争い、そしてお互いを妨害し合う駆け引きが物語を生むのだ。その対立のなかで主人公が苦しむからこそ、目的を達成する爽快感を、読者が共有することができる。


 では、先ほどのコンセプトを改善してみよう。


コンセプト:「会社員の青年は日常生活に嫌気がさし、妻と子供の妨害を振り切って、魔法の国へ旅立とうとする」


 どうだろう。先ほどよりもコンセプトにハリが生まれたようには感じないだろうか。

 これを物語にするなら、喜劇に分類されるだろう。主人公は魔法の世界へ行きたいが、妻は言う。「子供はどうするの? 私の生活費は? 家のローンも残っているのに」

 夫は彼女の言葉を無視し、魔法の世界へ行こうとする。行けるのはひとりだけだ。家族を連れてはいけない。そもそも、彼は家族にうんざりしていた。自分の収入を食いつぶす妻と子供に、未練などない!

 だが、当然妻子はそれを許すはずもない。なんとか彼が魔法の世界へ行くのを阻止する。ここに、対立が生まれる。

 妻子は主人公が魔法の世界へ行くのを阻止し、主人公はどうしても魔法の世界へ行きたい。お互い譲れない。争う。もしこの争いを通して、家族が絆を再確認できるのなら、それだけで良質な物語として成り立つ。完璧ではないか!

 だが、残念ながらこれでは不完全だ。


 もうすこし穿って考えてみよう。なるほど確かに、先ほどのコンセプトには対立が含まれている。家族の争いを考えると、すこしワクワクしてくる。

 だが、性格の悪い(僕のような)人間は、こう考えてしまう。

「僕が主人公だったら諦めるけどなぁ」

 そう。このコンセプトには、「代償」が設定されていない。


4.代償


 ・代償って?


 →つまり、「目的の達成を強制する条件」のことだ。

 先ほどの例を考えてみよう。主人公は魔法の世界へ行きたい。だが、行かなければいけない理由があるわけではない。

 もし行けなくても、いままでと同じ生活が続くだけだ。それは確かに嫌ではあるが、嫌というだけでしかない。それに比べれば家族側は、「夫がいなくなれば家計が持たない」「破滅する」という代償がある。つまり、彼らは是が非でも夫を止めなければいけないのだ。なぜなら、自分の身が危険にさらされるから。

 それに比べると夫の方は動機が弱い。これでは妻子側が勝つに決まっている。覚悟が違うのだから。

 これでもし主人公が勝ち、妻子が敗北すれば、読者は後味の悪さに悩まされるだろう。彼らが明確な代償を持っているのに対し、夫は自身の享楽のみを追求して魔法世界へ移動してしまうのだから(もちろん、後味の悪さを応用することも可能だ。しかしコンセプトの技法とはジャンルが違うので、解説は割愛)。


 ここでさきほど例に挙げた、『スピード』と『バックトゥザ・フューチャー』のコンセプトを、もう一度おさらいしてみよう。


『スピード』:「時速50マイル(80キロ)以下にスピードを落とすと起爆する爆弾が市内バスに仕掛けられた。しかも、帰宅ラッシュがすぐに始まる」

『バックトゥザ・フューチャー』:「誤って過去に送り込まれた少年は、現在の自分が消滅しないために両親を出あわせ、恋に落ちるよう仕向けなければならない」


 先ほどとは異なる場所に強調線を引いた。これが代償の部分だ。言うまでもないが、前者の爆弾が爆発すれば、乗員乗客が死ぬ。後者は目的が達成されなければ自分という存在が消滅してしまう。

 だからこそ、何が何でも目的を達成しなければならない。代償がなければ、極端に言ってしまえば、主人公は諦めがついてしまう。それでは物語が成り立たない。追い詰められれば途中で破綻する。


 この、「何が何でも」が非常に重要なのだ。対立する相手と主人公がどちらもこの代償を背負い、譲り合うわけにはいかない。譲ってしまえばどちらも自分の身が危うい。あるいは、自分の最も大事なものが失われる。だからこそ対立はドラマチックになり、緊張感は膨れ、読者は息を呑んでページをめくる。それはつまり、より良い物語になる、ということだ。


 では以上の点を鑑みて、コンセプトを改良しよう。

コンセプト:「会社員の青年は魔法の国へ行くための、唯一残された鍵を手に入れる。彼はそれを使って現実から逃げようとするが、妻子は彼を止めるため、鍵の破壊をもくろむ」


 少々冗長になってしまったが、どうだろう。このコンセプトを見ただけで、物語の映像が浮かんではこないだろうか。それだけではなく、主人公の性格まで想像ができるはずだ。

 主人公は魔法の国へ行くための鍵を手に入れる。だがそれは一つしかない。つまり、一度破壊されてしまえば、もう魔法の世界へ行くことは金輪際できない。

 妻子はそれを重々に承知している。彼らは自らの生活のため、鍵の破壊を画策する。

 主人公はそれを察して、鍵を隠し、逃げ、妻子を振り切ろうとするわけだ。ここで「鍵を諦める」という選択肢はない。なぜなら、「世界にはそれ一本しか存在しない」からだ。一度諦めてしまうと、もう生涯魔法の世界へ行くことはできない。これが最終最後のチャンスなのだ!

 そして最終的には、主人公は選択を迫られる。現実の家族か、魔法の幸福か?

 このとき家族を選ぶ際にも、鍵の唯一性、つまり代償が演出に鮮やかさを加えてくれる。彼は唯一の機会を捨ててまで家族と向き合うことを選択したのだ。それが主人公の成長となって、読者の満足感を誘うだろう。


まとめ:どうしてコンセプトは必要なの?


 ・つまり?

 →簡潔にまとめると、「良いコンセプト」とはこういうものだ。

 

 1:独創性がある。

 2:読者の共感できる感情、状況によって独創性(ウリ)を伝えることができる。

 3:対立が予感できる。

 4:代償が明確にされている。


 この四点だけ理解していれば、コンセプトを考えるのは容易い。

 コンセプトは独立するものではない。一度これに沿って作ってみると、物語を描くうえで非常に重要な指針になることがわかる。つまり、「良いコンセプトを設定すると話が非常に描きやすい」のだ。そのために、多くの脚本家や小説家が、コンセプトを考え、プロットを練っている。言ってしまえば、あなたが本文を書くとき、楽ができ、かつ、いいものが書ける。そのための指針が、コンセプトというものだ。


だから決して、コンセプトのためのコンセプトを作ってはいけない。物語のためにコンセプトを考えるのである。それを理解してほしい。そして、自分の感情を刺激するものをコンセプトにしよう。自分が面白い、ワクワクできると思えるものだ。それが物語を描く原動力になるし、物語の熱量をあげる。自分が語りたいと思う話のなかに、正直で嘘のない、しかも興味を煽る何かを見つけ、それを話の主軸にしよう。


最初からすべてを組み込むのは難しいかもしれない。もしそうなら、2と3だけでも必ずコンセプトへ組み込んでほしい。とくに3が一番大事だ。これがないと、物語が曖昧で、締りのないものになってしまう。


また、慣れてきたらジャンルごとにどのような感情を使って独創性を伝えるのかを考えてみよう。

 例を挙げると、


勇気:アクション・アドベンチャー・歴史劇・英雄的なSF

恐怖:ホラー・ダークSF

好奇心:探偵もの・スリラー

笑い:コメディ

恋愛・誰かを求める気持ち:ロマンス・メロドラマ


などである。これがすべて、というわけではないので、自分でもっと考えてみるのがいいだろう。


最後に、コンセプトを考える具体的な方法を列挙する。


1:物語のウリを探す

 →自分の考える話のなかで、「おっ!」と思える部分を探そう。そしてそれをコンセプトの形にしてみる。

2:登場人物が経験する最悪の出来事

 →主人公がする仕事や行動のなかで、起こりうる最悪の出来事が何なのか考えてみよう。その状況がコンセプトにつながるかもしれない。『SAW』が好例。

3:対照的な登場人物

 →いわゆる凸凹コンビ。彼らの言動は対立する。それを同じ場所、同じ行動をせざるを得ないような状況を作ってみよう。性格が真逆のふたりが恋に落ちなければいけない。など。

4:対照的な登場人物と環境

 →主人公の性格と正反対の場所に迷い込むような話。コメディアンが戦地に。プロボクサーが病院に、等々。『カッコーの巣の上で』などが好例。いわゆる「陸の上の河童」。

5:アイデアをもうひとつ足す

 →ありきたりなアイデアに、まったく無関係と思われるものを足してみよう。通常の警察映画に収監された凶悪犯を足して生まれたのが、『羊たちの沈黙』。

6:常套的な要素を変えてみる

 →すでに公開中の作品を選び出し、たとえばそのジャンルを変えてみよう。あるいは性別、年齢、舞台でもいい。換骨奪胎と呼ばれる手法。


7:ありきたりなアイデアを逆転させる

 →勇者が魔王を倒すのではなく、魔王が勇者に挑んだら? つまり、そういうこと。

8:極端にしてみる

 →『スーパーマン』をはじめとした、「究極の○○」という要素。何かを究極まで引き上げてみよう。あるいは、最悪にするか。

9:時間的制約を強調する

 →アクション映画によく用いられる手法。「十時間以内に○○しなければいけない」

10:舞台を強調する(普段見られない舞台を見せる)

 →バラエティTVなどで使われる手法。『ファインディング・ニモ』のように、普段見られない海の底など、そういった部分にスポットを当てる。

11:コンセプトそのものをジレンマに変える

 →「双子のどちらかを選ばなければいけない」いわゆるトロッコ問題をはじめとする、様々に困難な問題、選択をコンセプトにするのもあり。俗に言う、『ソフィーの選択』。

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コンセプトについて 「感情」から書く脚本術のまとめ 真田五季 @sanadaituki

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