第百二話 アルター評議会

 道なりの高層ビル街を抜けた先に。

 地上四十階を越えるウルテリア=アルター国家中央行政塔がそびえ立つ。


 中心一本と左右二本の五叉路からなるロータリーが重なった円形の立体交差が塔の一階二階を占め、多くの乗用車リムジンが停車していた。そのあたりまで街から物珍しそうに多くの野次馬が集まる中をサイレンを響かせながらモノローラが巡回している。

 空を見上げる市民の反応は様々で、ある者は怯え別の者は歓声を上げていた。低空を真っ直ぐに飛んでくる巨大な蛇の基底盤が美しい緑光を放ち、黒々とした機体は200リームでもあるのだろうか、武装した空飛ぶ列車の如くにビルの谷間をこちらに向かってくる。

 塔には地上とは別に、二十階フロアの評議会議事堂に直接繋がる大階段へと登る、飛行機体が直接横付けするための停泊所ポートがあった。塔の中程に設えられたそれは空中の玄関だ。


 将軍の不機嫌な通信が蛇の管制室に響き渡る。

『見えるか? 停泊所ポートに寄せてこちらの人員を降車させろ。今回は特別に行政塔への接続を許可する。例外中の例外だ。下手な動きはするなよ』

「わかった。感謝する将軍」

『うるせえ。後で会いに行くからな』

 口の悪い将軍に虎が苦笑する。ミネアの横からレベッカが、モニタに映る扁平に突き出た広場を指差して言う。

「あれだ」「わかった」


 下に群がる市民たちから、一層のどよめきが上がる。ウォーダーがゆっくりと、行政塔を右に抜けて巻き付くように旋回して上昇し始めたからだ。陽を浴びた漆黒の蛇が木を登るが如く一周回っていく。

『停泊場にタラップを接続。距離50、40。姿勢制御スラスタ調整』

『了解。姿勢制御スラスタ調整』

 ミネアとダニーのやり取りとともに蛇が減速し、中空二十階で浮遊する。わずかに横移動する機体がやがて停止した。


 首都の空に蛇が浮く。


 周辺空域より三つの砲撃艦が距離を詰め、行政塔の方に艦首を向けるのがモニタにも映る。虎が管制室の面々を振り返って。

「行こうか副議長。導師さまもな。ミネア、あとを頼む。降りるのは俺とロイ、ノーマの三人だけでいい」

「気をつけて艦長」「ああ」

 通路へ向かう虎の背にミネアが声を掛けた。ここは首都の真ん中だ。いつものごり押しで通るような場所ではないのだ。



 格納庫のタラップから停泊所ポートの広場を見れば、軍服に外套を羽織った兵士が左右それぞれ十名ずつほど並んでいる。トール副議長に付き従うドーベルマンのレベッカと同じ軍服だ。ただ全てが人間で獣はいない。虎の横から小声で飛竜が言う。

親衛隊ルースヴェルデですな」

 わずかに頷く虎が兵隊の外套に視線をやる。彼らは当然武装しているだろう、あのマントの下には魔導銃ブラスターが仕舞われているに違いない。だが問題はそこではなく。


——左のこめかみをこつこつと指で叩きながら。

抗魔導線砲アンチ=マーガトロンは、まだ小型化ができていないらしいです。個人では携行できません、せいぜい小さくしてもモノローラに据付ける魔導砲ビーキャノンくらいまでです」——


 アキラは、そう言っていた。ケリーとノーマ曰くクリスタニアの発射台は見たこともないような巨大な六連の施設だったらしい。

 ただ、もちろん保証はない。首都も研究を進めているだろう、あの時がそうだったからといって今もそうとは限らない。この場にこうやって立っているのも、賭けなのだ。厄介な魔導だぜ、と虎が思う。


 迎え入れる親衛隊に副議長が軽く手を上げた。一糸乱れず両側の兵士が敬礼する。誘導線の引かれた床の先に巨大な階段が見える。アルター評議会議事堂へと直接続く大階段である。だが。その手前に差し掛かった時。

「ここから先はご遠慮願います」

「うん?」

「ちょっと。あなたたち!」

 副議長、レベッカ、導師の三人を先にやり、蛇の面々との間に二人の親衛隊員が左右から割って入ったのだ。場が緊張する。かすかに身構えたノーマの金髪が揺れた。巨大な玄関のどこからか、音声が発せられる。

『ご苦労であった蛇の諸君。副議長の身柄は確かに受け取った。そこより先に君らが進む必要はない、我々アルター国は無限機動ウォーダーの速やかな国外退去を求める』


 その音声と同時に。玄関を覆う巨大な外壁に沿ってぶううんっ。と微かな起動音が走った。これは障壁門だ。ほどなく魔導の障壁が降ろされるのだろう。顔を上げた虎がやや大声で。

「こっちには。まだ言いたいことがあるんだがな。」

『必要ない。首都の評議会で発言するというのなら、国際法規にのっとって正式な手続きを取りたまえ』


「ちょっと待って。彼らは来客よ。私が許可するから通しなさい」

『認められませんな副議長。個別の会合は別の場所で行ってもらいたい。立法の場に外来者を予定もなしに通せるわけがないでしょう。——繰り返す。蛇の諸君。速やかにウルテリア=アルター国家中央行政塔より退去したまえ』

「……応じなければどうすんだ?」

『無論。強制的に排除する』


 その言葉と同時に。周囲の親衛隊が外套の端から一斉に。がしゃあっと魔導銃ブラスターの銃身を伸ばした。うーんと虎が顎の毛をつまむ。参った。相手の言うことに一応、筋は通っているのだ。ちょっと後ろに首を傾げて飛竜にささやいた。

「暴れるか?」「馬鹿言わないでください……うん?」

 ロイが気づく。彼らを囲んだ二十名ほどの親衛隊のうち五、六名ほどが。銃身を伸ばしていないのだ。なぜか数人うつむいてこちらを見ようとしない。視線を合わせようとしない。訝しむロイの前で虎の腕輪から。


『後方より駆動音トーン砲撃艦リボルバーからの輸送艇キャリアです』


 ダニーの連絡とほぼ同時に、潮風の吹く停泊所に西から小型の輸送艇キャリアが飛んできた。ワンボックスほどの機体が着陸するかしないかの合間にウイングドアがひとつ開いて。

「会いにきたぞ虎の艦長!」

 でかいがなり声とともに外套を風に巻き上げて降り立ったのはファイルダー将軍だ。後から慌てて降りてくる護衛の兵士を待たずにつかつかと大股で歩み寄るその体躯は獣たちに遜色がない。が。

「貴様いったいあの低空飛行は! 何の真似!……だ……と」


 声がしぼんだ。歩みの勢いが減って。立ち止まって。

「……ロイさん?」

「ヴェルナーか? 偉くなったな。副師団長のお前がなぜ大将に?」


 その一言に。銃を構えていた兵士たちがぎょっとする。逆に構えていなかった幾人かは上目遣いで様子を伺っている、どうやら飛竜のことを知っていたのだろうか。完全に勢いが削がれた将軍が呟くように。

「本当に蛇に乗っていたんですか。どうして……って、ひょっとして」

「こんな場所で言わせるな。突然の除隊で辺境大隊ごと放逐されたからだろうが。イース艦長に助けてもらってからは、私は無限機動ウォーダーの乗組員クルーだ。——質問に答えていないなヴェルナー。准将のお前がなぜ大将をやっている?」


 いつもの飛竜節に、横で虎は黙って見ている。言いにくそうに将軍が返答した。

「前の将軍が亡くなられてから、みな退役されまして」

「上の連中が? 一人残らず?」「はい」

「それは退役ではなくて、軍そのものが一度解体されたのではないのか?」

「ええ……まあ」

「それで貴様は将軍の格を貰って政治家の使いっ走りをしているのか?」

「そ、そんなことはありませんッ」

「だったら軍規を守れヴェルナー=ファイルダー! 護衛とはどこまでが〝護衛〟だッ!」


 姿勢を正したファイルダーが大声で返答した。

「依頼者がその任を解くまでが〝護衛〟です!」


 将軍の返事に。ちらと飛竜が虎を見て。虎が階段手前の副議長に視線をやる。目が合った副議長がどこともなく声を張り上げた。

「そうね。言い方が悪かったわ。彼らは来客ではなく私が依頼した〝護衛〟です。その任を私はまだ解いたつもりはありません。おわかり?」


 副議長の宣言に、今度は将軍が周囲の親衛隊を軽く手で払った。全員がややためらって。しかしすぐ。魔導銃の筒ががしゃりと消えて全員が一歩下がって。構えなかった数人はほっとした様子で飛竜の顔を伺っている。


 だが。

『軍規など立法の府で通るものか。獣を通すわけにはいかん!』

 音声とともに周辺の起動音が大きくなり、階段を覆う玄関全体の入口壁が輝き始めたのだ。「おいッ!」と叫ぶ将軍も首都の三人も。周りの兵士さえ狼狽えて上を見上げる。軽く牙を見せた虎が面倒そうに左手でうなじを掻きながら、その手首の腕輪に小声で。

「——アキラ聞こえるか?」





 くねくねと山手の住宅街を道なりに走るバイクから、ずっと見える都市部の遠景と遠くの海に時折視線をやりながらアキラが答えた。風に銀髪がはためく。都市中央の高い建造物に蛇が停まっているのが、走りながらも確認できる。


「はい。どうしました?」

 運転中は首にかかったヘッドセットは便利だ。こんな風の中でもはっきり聞こえるのは骨に直接響いてくるのだろうか。後ろのリリィも長い髪の束を首に巻き込んで、アキラの右肩にぺたっと頭をくっつける。今は人間の姿だ、いつもの長い耳が消えているのだ。

『中央塔の停泊所ポート正面に障壁門がある。わかるか?』


=地上二十階の正面だな。通常障壁で10万ジュール程度だ=


「10万ジュールの壁ですよ」

『故障に見せかけられるか?』

「やってみます」

 運転しながらそう答えたアキラが、しかし何もしない。聞いていたリリィが不思議そうに押し付けた首をひねった。

「通信終わりましたよリリィさん」

「何もしないの?」「もうやってますって」


=障壁発生塊の核が壁内に六ヶ所だな。一つだけでいいだろう。制御系に侵入しよう=


 発達した魔導都市であればこそアキラの持つ特性には脆い。皮肉なことなのだろうか。





 門の右上から甲高い警報のような異常音がした。思わず全員が見上げて。だんだんと。それまで低音を響かせ光り輝いていた大階段の上部周辺が、また元通りの色に戻っていくのだ。最も目を見開いているのは誰あろう将軍ファイルダーで。

「故障?……嘘だろ? あっちゃならねえ」

「軍の弱体化など諸刃の剣だ。しっかり整備するんだな」


 立ち尽くす将軍に飛竜が一言残す。蛇の三人が歩き出す。階段前の副議長も呆然と壁を見上げている。どうでもいいように虎が話を振った。

「お前って、そんな偉かったのか?」

「偉くはありませんな、後輩に厳しいだけです」

 ロイは軽く口の端を歪めたのだ。



 評議会議事堂内が騒然とする。

 魔導門が落ちない。講堂を取り巻く扉のあちこちから親衛隊の面々が飛び出し一斉に大階段から続く正面入口を取り囲む。議員たちが次々に叫び声をあげる。

「ど、どうなっているのだッ!」

「蛇が来るぞ!」「追い払え貴様らッ!」

 何人かが立ち上がる。身構える兵士たちに罵声が飛ぶ。が。


「静粛にしたまえ諸君ッ。」


 むしろ講堂の入口側に席を構えながら椅子に寄りかかり百数十名の議員たち全員に通るような太い響きで声を張ったのは老議員ディンガー=フォートワーズだ。ほぼ議事堂の反対側に、これまた平然と座るディボ=バルフォントと、その横で議員席から立ってこちら側を伺うダニエル=バルフォントの親子を遠目に見据えて。


「今さら狼狽えて何になる。言っておっただろうが。彼らは来客でありトール副議長の護衛なのだ。みな席につきたまえ。議長。場を収めたらどうだ」

「……静粛に。全員着席を求める」

 フォートワーズの進言に従って議長が声をあげた。まだ幾らかのざわめきを残しつつも、拳を振り上げていた議員たちが席に着く。ふんとディンガーが鼻を鳴らす。もちろん彼も虚勢で声を発したのではない。


 ちらと。扉周辺の親衛隊を見る。

 残念だが、あんな連中の兵装など蛇にはものの役にも立たない。彼らは獣で、戦士で、魔導師だ。蛇と渡り合うなら最低、同じ魔導師でなければ戦にもならないであろう、と。


 事実、トール副議長がウルファンドの視察を言い出した時にターガ魔導会に打診したのが彼なのだ。出立前にディンガーはシャクヤ導師と軽く会合を持っていた。彼曰く「何かあれば刺し違えますわい、もっともそのような心配はないと、寺院のご老人は仰ってましたがのお」とのことだった。

 おそらくラーマ寺院の長老ブラウダのことだ。今は亡くなったバウンディ将軍も、虎の艦長を買っていた。サンタナケリアを代表する二大人たいじんに覚えが高く、聞けば若き頃には辺境カーン伯とも旅を共にしたというイース=ゴルドバン艦長は。この講堂の上等な椅子に今は震えて座るヒヨッコどもなど足元にも寄りつけぬはずの傑物なのだ。


 だからこそ関心がある。その虎が何をしにきたのか、と。ことは抗魔導線砲アンチ=マーガトロンに関わっているに違いないのだ。障壁が故障しなければ締め出しに異を唱えるつもりであったディンガーが少し笑う。と。


 ざあッ! と。

 入口周辺の兵士たちが一斉に身構えた。

 来たのだ。議事堂の全員が注視する。


 切れ込みの入ったダークブラウンの壁から漏れる間接照明でぼおっと薄明かりが広がる講堂入口の向こうから。複数の人影が現れた。またしてもどよめく議事堂を見下ろすように副議長、レベッカ軍曹、シャクヤ導師の後ろを、虎と飛竜と金髪の狐が入ってきた。わずかに遅れた将軍ファイルダーも周りを伺う。そして手を横一直線に軽く振る。身構えていた親衛隊の全員が直立した。


 イースが軽く周囲を見渡す。感慨はない。初めて来た場所でもないからだ。講堂の中央に向かって階段を降り始めた副議長一行に従って、なにも言わずに虎も歩く。周囲からの視線は気に留めていない。やがて議事堂の中央広間に全員が降り立ち、ラウザが議長席に向かって宣言した。

「ラウゼリラ=トール、ただいま戻りました。既達きたつの通り彼ら無限機動ウォーダーには帰路の護衛を依頼しました」

 議事堂全体を見渡し、大天井を見渡して。よく響く声で。


「評議員の皆さんがご存知の通り、彼らウォーダーの乗組員には二つの嫌疑が掛けられています。一つは北東の港町フォルモートン壊滅に関与した嫌疑。もう一つはアルター国軍機撃墜の嫌疑です。ですが少なくともその一つは私ラウゼリラ=トールと、同行者であるターガ魔導会シャクヤ=ゴルドー=グラストン導師がその場に居合わせ目撃しました。彼らの行いは正当な緊急避難措置でありました」

 静まり返る議事堂に。その言葉を遮るものはいない。

「中立都市ウルファンドの断崖船渠グランドックに向かって突進して来た我が国の突撃艦ハンマーは、激突の数分前まで濾波障壁シルクバインドウォールにて姿を隠していたのです。明らかに攻撃の意図を持つ隠身で、艦長イース=ゴルドバン氏はむしろ一般人への被害を最小限に食い止め——」


「それは書面にて報告してもらいたい」

 ここで初めて声が飛ぶ。広場の面々が、席に着く評議員たちが。一斉に声の方を見る。


 発言したのはディボ=バルフォントであった。

「このような参入で身の潔白を語られても困る。さきほどの玄関でも言っていただろう、蛇の正当性を主張するなら正式な手続きを取りたまえ」

 緩やかに首を回して相手を見上げる虎に、横から小声で。

「……バルフォントよ」「そうか」

 呟くラウザに頷いて。虎がその席に向き直って。おおよそ議事堂を取り囲む議員席の六段目ほどであろうか、結構な距離に座る老人に声を飛ばした。

「そっちに行って話してもいいか?」

 バルフォントの周囲がざわめいた。数人の評議員が席から逃げようと立ち上がる。隣のダニエルも中腰になって、だが。当のバルフォントと後ろに立つクロウは虎を見据えたままだ。


「私と話がしたいのか? 要件は何だ?」

「一言ふたことだ、すぐ済む」

「好きにすればいい」「じゃあ行こう」

 なんの遠慮もなく歩き出す虎の背を見て。将軍がロイを振り向くが飛竜は眉の鱗を少し上げるだけだ。広間を歩く虎の外套が揺れて、登る階段の周囲を次々に議員たちが身体を引いて。かつかつと足音だけが講堂に響いて。


「魔導の匂いがするな、あんた」

 そう言って席の前まで来た虎が見下ろす老議員は、ただ腹の上で横にゆるく腕を組んだまま椅子に寄りかかり、目の前の獣を見上げるのだ。

「——私は魔導など使わん。意外だな。獣の鼻とは、そんな当てにならぬものだったのか?」


「使う、使わねえってのとは違うな。関わりが匂うんだ。この感覚はヒトには分からねえかもな」

「それで? 獣らしく匂いに惹かれて来たのか?」

「いや、魔導の匂いとは別にな」

 ダニエルが虎の目を正視できない。膝の震えが止まらない。

「獣を殺して愉しんでる外道の匂いもしたもんでな」

「なんだと?」

 急に虎がその場で振り返り、議事堂全体に向かって。


「我ら無限機動ウォーダーは! 抗魔導線砲アンチ=マーガトロンの無効化に着手したッ!」


 虎の声が議事堂に響き渡る。呆れた副議長が目を丸くし、ロイがくっくっと顔を伏せて笑う。やると思ったのだ。将軍の骨ばった顎が半開きになって。微かに表情が変わったバルフォントには背を向けたまま、虎が続けた。

「すでに元素解析は完了した。獣を支配する魔導は、時期を待たずにその効力を失うだろう。我々は解析の結果を広く公開する予定だ。以上だ!」

 肩越しに少し老議員に目をやって。

「貴重な予算をガラクタに注ぎ込まねえようにな」


 瞬間。一気に。

 歩いて登ってきた虎が大きく跳んだ。

「うおおおおッ!」と前の席から声が飛んでばたばたと議員たちが席に伏せる。


 議事堂の広い空間をひとっ飛びで下まで跳び降りた虎の外套が大きく舞って。元いた場所に、ふわりと。音もなく着地した。身を反らした副議長の前に手を伸ばして身構えていたレベッカが睨む。将軍が声を張り上げた。

「艦長イース=ゴルドバン! 議会騒乱の罪で無限機動ウォーダーはアルター国軍が拘束するッ!」

 すぐさま近くのロイに向かって。

「この辺りが限界ですロイさんっ」

「いいんじゃないか、責務を果たせ」

 そう言ってロイと、ノーマも胸の前に両手をおとなしく上げた。降りてきた虎も二人に従った。手を上げながら副議長に振り向いて。

「あとで会いにきてくれ」

「わかってるわよ馬鹿。本当になんなのあなたたちッ」

 怒り顔でトール副議長が叱るのだ。わかっている。今の蛇にとって最もだ。だからと言って。

「こんな心象を悪くするような行動して!」


「どのみち議会じゃ俺らの有罪は決まってるって言ったのは、あんただろラウザ」

「そ、それは言ったけど」

「まあいいさ。あとで話そう」


 降りてきた親衛隊の一団が三人の獣を囲む。

停泊所ポートへ連れて行け。蛇は砲撃艦で同期しろ。東インダストリアの国軍本部へ誘導する。三人ともそのまま前へ!」

 将軍の指示を受けて手を上げたままの乗組員が議事堂入口に向かい始めたのを目で追って。ディボ=バルフォントはいつもの睨むような上目遣いで、じっと遠くの獣たちを見据えて一言も発しない。隣のダニエルは震えたままだ。


 もう。辿り着いているのか。

 クロウが思う。


 バルフォント一族ファミリーにまで虎が辿り着いているのなら、もはや時間の問題だ。やはり奴らは鼻が効く。ほどなく獣狩りも見つけ出すだろう。アンダーモートンも。その裏に隠れた自分の策略も。白日の下に晒される。


 時間がない。

 頬のこけた顔の奥で、その目に暗い決意が宿ったのだ。




◆◇◆

 

 


 山手の住宅街を離れて木々の続く道路を快適に登っていく。見渡す街はいよいよ広く改めてアキラが首都リオネポリスの巨大さを目の当たりにする。山なりの手前に立ち並ぶビルの向こう、おそらくあれが中央区なのだろうか、高層ビルが覆う街の真ん中にひときわ高い塔が数本立っているのが見える。

 その一つにウォーダーが停泊している。艦長たちは上手くやっているのだろうか? と気を回しながら運転するアキラの眼前に。唐突に。


 視界が開けた。

「おおおっと」


 広い敷地の駐車場に建った真っ白な療養院は近代的なビルで、周辺を緑地と森林に囲まれた閑静な病院のようで。広場の隅にバイクを寄せて停車して。しゅううと基底盤が落ち着いたそのシートに、だが。アキラが座ったまま、しばし建物の外観を見る。

 なんとなく固まったような。物言わず療養院に目をやる青年に、リアのリリィがきょとんとして。近くに停めたダリルも後ろの荷物を解きながら。

「あの。どうされました?」

「アキラくん?」



——まーたバイクですか? 円居まどいくんに怒られますよ?——

——直帰だからさ。ナイショにしててよ——


——ふふ。じゃあ、帰りは駅まで乗せてってもらえます?——


 

「アキラくんってば」

「え?」

 ふと気づけば右横から。覗いているのは青白の髪を伸ばした美少女リリィだ。赤みがかった瞳が心配そうに揺れている。その顔をじっとアキラが見つめ返すので。だんだんと。透けるような肌のほっぺたが赤く火照って。

「どしたの……かなぁ?」

「あ。ああ。いや。大丈夫。ちょっとぼおっとして」


 やっと身体を離したアキラがバイクを降りる。だがまた建物を見上げて。軽く頭を左右に振って。横で荷物を持ったままのダリルに手を伸ばして。

「俺が持つよ」「え! ダメです自分が」

「俺が持ってないとおかしいからさ。それより、手筈通りに」

 そう言うアキラにちょっとためらったダリルが荷物を渡す。大きめの淡いクリーム色のボストンバッグだ。肩に抱えたアキラと。リリィとダリルが建物の玄関を目指す。


=お前、ひょっとして……=

「うん?」

=いや、今は集中しよう。ウサギの名前はそのままで登録してある=

「了解。ありがと」



 患者名。リリィ=ストラウド。呼吸器系の疾患により一ヶ月ほどの療養。受付では特に身分証明など必要ないのにアキラが少し驚く。何をって本人確認をしているのだろうか。

=本人の氏名、性別、容姿、年齢と同行者まで事前に連絡してあれば、こんな山奥の療養院だ、そりゃあ別人と間違うこともないだろう=

(そんなもんかなあ)

 こめかみを掻くアキラに受付さんが「それではご案内します……えっと」と言い淀んだので。素早くリリィがアキラの腕にしがみついて。


「旦那で——」「兄です」「弟です」

 ええええええっと顔をへたらせるリリィを小声で叱る。

(兄弟って言ったでしょ。なにアドリブやってんですかっ)

(だってイルカトミアではサンディと夫婦やったんでしょおおおお)

(えっなんで知ってるんですそれ)

「あの。案内していいです?」

「あ。はいっ」





「おおお」と思わずリリィが唸り声をあげた。横でダリルが「ウチの宿舎より上等だ……」と悲しい呟きをする。個室はそれほど広く清潔で、開けたテラスのバルコニーからはリオネポリスの街が一望できる。その絶景にアキラも目を奪われる。リリィの部屋は最上階の個室で、およそ女性一人が寝泊まりするのは広すぎて。


 案内してくれた介護士が部屋を出た途端に。

「うっひょおおい」

 ぶわんっとベッドに飛び込む。


「もうちょっと病人らしくしてリリィさんっ」

「えーだってこんなふっかふかのベッド久しぶり。あああ柔らかい」

 まあ気持ちはわからないでもない、ウォーダーの寝室は粗末ではないがそこまで上質の寝床というわけでもないのだ。ぐるんぐるんと転がるリリィをよそにアキラがボストンバッグを開く。中には荷を膨らませるための寝袋と、リリィの釘打銃ネイルガンが出てきた。

「リリィさんこれ」「ふかふかあ」

「ちょっと。もうほら乗るなら靴脱いで」

「きゃあきゃあ脱ぐから脱ぐから自分でえ」

 アキラが脱がせようとするのに足をばたつかせる。呆れながらダリルが言った。


「これからどうしますか? その……誰ですっけ」

「エリナって子です。この階にいるはずですよ」

「えっ? 階も合わせてあるんです?」

「もちろん」「すごいなあ」

 軍の隠密活動で侵入や諜報は行うことはある、が、今回はあまりにも準備が短時間だ。蛇が首都に近づく数時間で、なぜここまで事前の段取りが組めるのかダリルには想像もつかない。素直に感心する。

 

 しかし。意外とその段取りも必要なかったのかもしれない。ベッドで暴れるリリィのブーツを脱がそうとして悪戦苦闘するアキラに、こつこつと。病室のドアをノックする声が聞こえたのだ。


「あれ? はい」

「こんにちは。失礼しますね」


 扉を開けて入ってきたのは。ふわっとして緩くカールするくせ毛の赤毛を伸ばした少女だったからだ。思わず部屋の三人が固まった。ダリルの返事がおぼつかなくて。

「あ。あ、あの?」

「お隣に入ったって聞いたので、なにか荷解きとか手伝えるかなあって。すみません、初めまして。クローブウェルです」


=この子だアキラ=


 緩い風の吹くドアを閉じながら言う。

〝赤毛のエリナ〟が三人に挨拶をした。



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