第九十三話 暁の湾岸線
見物に集まった獣たちの中を、朝一番のゴンドラがゆっくりと動いて大滝の横を上がって行く。並走して飛ぶのは二台のロックバイクだ。狼と狐が操縦している。今日もよく晴れた朝の空に体毛をなびかせて、バイクを駈るケリーが腕輪に声を出す。
「搭乗者は予定通り五名。周辺異常なし」
『動力室了解。炉の起動まで一時間四十五分程度です』
腕輪からはいつもと違って、サンディの声が返ってきた。ダニーは滝の駅で迎賓に並んでいるのだ。
十数分の移動ののち、断崖に張り出た駅舎にゆっくりと吸い込まれたゴンドラが最後に少し揺れて接続し、開いた扉から水牛のブロと町長ダンカに先導された五人——首都評議会ラウゼリラ=トール副議長、ルースヴェルデ親衛隊レベッカ=ハーネルバーク軍曹、ダリル=クレッソン上位兵、監査人シャクヤ=ゴルドー=グラストン導師、傭兵ガラがコンクリ様の乗降場に姿を表す。
見てくれは上品なワンピースの老婦人だけが来賓と言うに相応しく、周りは犬の護衛二人、グラサンに薄いコートの禿げた長身の老人、そして着流しの上着に作業着の無精髭だ。そんな五人を蛇の面々はきっちりと、駅舎出口の石畳に整列して迎え入れる。一歩前に出た虎の艦長が右手を差し出した。
「記者でも連れてくれば絵になったな副議長」
「ふふ、足手まといだわ。どうせ評議会の紐付きだし。何を書かれるか分かったもんじゃないもの」
笑ってラウザが握り返す。今は隠身した人間の姿だ。
「道中宜しく頼みますね艦長」
「こちらこそだ」
握手した副議長の後ろで。護衛の獣人がかすかに怪訝な顔をした。鼻先が動いた。
ウルテリア=アルター国の首都リオネポリスは大陸の東端だ。アイルターク・ガニオン・アルターの
ただそれは山を越えて飛行する無限機動の場合で、なだらかな丘陵が多いアルター山系には道もないことはないが往来が少なく、何より補給用の
陸路ならば、南のリオネラ港まで出た後に湾岸街道をひたすら東に走るか、逆に今は破壊されたフィルモートンの街を経由して南に下るかの二パターンの進路を取るのが普通だ。
竜脈の出ないアルターの空を泳ぐ蛇では、南東への直線距離でもほぼ二日、街道沿いなら三日ほどかかるだろう。文字通りとんぼ返りとしても、往復で最低五日は見ておくべきなのだが。
「——そんなに簡単に、あなたたちを帰すとは思えないわ。今度はそっちがお客さんだし、ましてフィルモートンの容疑者だもの。下手したら拘束よ」
「拘束なんかされるつもりはねえな。言いたいこと言って将軍の墓参りしたら、俺らは帰る。滞在しても数日だな」
会議室のテーブルで向かい合った首都の面々に、そっけなく虎が言う。期待通りの回答を得られずとも表情を崩さずに、副議長は微かに首を傾げた。
「たったそれだけのために、危険を冒すの?」
「今回は様子見だ。評議会の言い分も聞いてみたい。嗅ぐだけ嗅いだら一旦は帰るさ、こっちだって準備ってもんがある。違うか?」
「まあ……艦長の言うとおりじゃ。情報も足らんうちに長居すべきではなかろう」
グラサンの老人が声を出して、ラウザが軽いため息をつく。
「じゃあ初回の来訪ということで。いいのねイース」
「それでいい。あと時間があるなら市場で少し買い物がしたい」
兵士ダリルの表情がわずかに変わる。隣のレベッカが軽く肘で小突いたので「ぐっ」と低く唸った。
「ふん、呑気なものじゃな」
「こっちは山奥だからな。やっぱり海産は足が早いか?」
導師の後ろに立つガラが答えた。
「美味いもんはあるぜ、足は早えや旦那」
「わかった。入れ物を持たせよう」「あいよ」
副議長一行を届ける。評議会に挨拶をする。亡き将軍の墓参りをする。市場で買い物をする。彼らが聞いたのはそれだけだ。虎が席を立って。
「じゃあ少し中を案内しよう。ダニー」「はい」
灰犬の先導で蛇の通路を五人が歩く。犬二人は何も言わない、が。
「ダリル」「は、はい」
「鼻が動いてる」
副議長に言われてダリルが鼻先をこすった。その後ろに続く導師が振り向かずに曲げた指で傭兵の胸をと、と、と叩いて。
「ほどほどにな。儂の立場も考えてくれよ」
無精髭が「へっへ」と眼を他所にやる。
虎が腕輪を弄っている。まだ席についたままの飛竜が呟く。
「めんどくさいですな、こういうのは」
「聞かずに知らなきゃ議会でも嘘はつけねえ——物分りが良くて助かる。ケリーどこだ?」
『はい。こちらは格納庫です』
「首都で買い物をする。市場に地場産があるらしい。足が早い。案内はあの傭兵がするそうだ。巾着を準備してくれ」
『……了解です。多めにですか? 倉庫はからっぽですよ。親方に全部渡しましたから』
「ああ、俺の部屋から持って行ってくれ」
『わかりました、では遠慮なく』
通信を切って虎がぽりぽりと頭を掻いた。
「いきなり貧乏になっちまったな」
ロイがくっくっと笑う。
◆
評議会の使者が蛇に搭乗し、機体の最終点検も終わる。洞穴のあちこちからぶら下がったウィンチが外されて、ウォーダーの屋根に繋がっていた足場が忙しく外されていく機械音がごおんごおんと響く中、格納庫タラップ前では街の面々と
「またすぐ戻ってくる。その時は整備を頼む親方」
「
「おいおい」
苦笑する虎の腰をタイジの親方がパンと平手で横から叩いた。
「下手な
「了解だ、かなわないな」「へっ」
何人かが握手を交わし、何人かが互いに抱き合う。アキラはぼおっと遠目に見ているだけだ。
(ハグの習慣あるんだ……獣の皆さんだと、なんか似合うなあ)
=アキラ。後ろだ=
へ? と振り向けば旅館の女将が立っている。狐のメイルさんだ。ちょっと小首を傾げたかと思ったら、尻尾を振って背伸びして、ぱっと両腕を広げて。
「ほらほら」「あ、あ。はい」
ちょっと屈むと首元に両手を回して小柄な体で抱きついてきた。頰の産毛がくすぐったい。
「ちゃんと帰って来るんですよアキラくん」
「ええ。本当にお世話になりました」
「うふふ」
そんな二人の様子にひしゃげた顔で耳を尖らせるリリィを、さらに呆れてモニカが見ているのだ。
照れ臭がっているのは子供たちだ。なんだか無頓着に次々とがっしがっし抱きしめていくアランを除いて、みな遠慮がちに互いの肩を抱いて。
リザとキーンが向き合って。一瞬、黒猫の手が泳いだので。先にリザが抱きついた。狼狽えたキーンもやがて、きゅっと赤毛の少女を抱きしめる。ふわふわのくせ毛が柔らかい。黒猫が顔を寄せる。
「帰ってこいよ」「うん。元気で」
若干周りの視線を浴びているのに気がついたので離れたキーンに素早く抱きついたのは青猫リッキーだ。
「おぶっ。く、くるし……おまっ」
「行ってくるからなああっ」
「は、離せっ。リッキーおまえほっぺた痛い、痛いってッ」
呆れた顔で。もうわだかまりのない顔で。
抱きつく二人をリザが笑っている。
なかなか離れないのは大猫のブロも一緒だ。張った胸板でただ受け止める困り顔の艦長に構わずぎゅううっと埋めた顔のたてがみがいつまでも揺れているので。後ろでじいいいと睨んでいたミネアがとうとう。
「長い。ブロ」「うーん?」
虎が両肩を取るが、結構な力だ。剥がれない。
「おい、ブロ。長いぞ」
「えええ、いーじゃんまださあ」
ブロの立派なたてがみを後ろからミネアが引っ張るのだ。
「ちょっとエロ猫ッ」「ああああん。もお」
少し離れて、こちらも長めの抱擁から離れた狸のチャコは涙目だ。医師が優しく頭を撫でてやる。
「行って帰ってくるだけだ、また戻ったら患者も診よう」
「約束ですよ」「ああ」
その横で立っているカーナにもエイモスが声をかける。
「私があんなことになって。途中から治療を投げ出して、本当にすまなかったねカーナ」
「い、いいえっ。そんな。先生には感謝してます。命の恩人です」
彼が覚えているのは言語も解さず暴れて、そして眠っていた彼女の姿だけだ。今では当たり前のようにしっかりと言葉を話す火炎豹の娘が、エイモスには感慨深い。ただカーナは少し寂しそうで。
「——足手まといなので、今回は残ります。でも、キィエのお婆ちゃんや神主さんが色々教えてくれるって」
「君は強く元素の寄っている子だ、早く魔導を修めた方がいい。でも、焦りは修練にひとつもいいことがない。そこも気をつけるんだよ」
話すエイモスの横顔をチャコが見つめる。本当にこの人は、根っからのお医者さんなのだ、と。
強く頷いて手を差し出して、カーナがしっかりと言う。
「いつかきっと、皆さんのお役に立てるようになります。お気をつけて」
「ありがとう。行ってくる」
エイモスが握手する。
その瞬間、ほんのわずかに。
カーナが握った手を凝視する。
「どうした?」「い、いえ……」
やがて一通りの挨拶も終わり、蛇の面々がタラップを渡って格納庫へと消えていく。街の子供たちは見えなくなるまで手を振ったら、一斉に。だあっとゴンドラ駅横の展望台へと駆け出して行った。
洞穴に放送が響く。開放音声だ。いつものようにダニーとミネアのやり取りに変わる。
『魔導炉起動。
『了解。
ミネアの声が響いた。
『無限機動ウォーダー。発進』
ウルファンドの大滝から水飛沫を上げて。
膨大な滝の水が、漆黒の機体を流れ落ちる。輝いて。晴天に散る。巨大な蛇が朝の空に飛び立ち、ゆっくりと旋回を始めた。見れば格納庫にはまだ子供たちが残って手を振っていた。思い切り振り返す。街の四人も。獣たちも。
アキラも格納庫から街を見て視線を上げていく。遥か南へ南へと続く断崖に無数の滝が流れ落ちる、この不思議な異世界の絶景を魂に焼き付けるように。
展望台では。あれだけ笑って騒いでいた子供たちがみんな泣いて。泣き出して。千切れんばかりに手を振って。それは格納庫の蛇の子らも同じだ。みんなやっぱり、寂しいのだ。
少しほろりとしたチャコの横で。
振る右腕をやがて止めたカーナが、その手首に視線を移す。
手首の腹の産毛の下に、奇妙な模様が。水滴の上にちょこっと枝のような棒がついて。まるで〝
痛みもなく。
「ウォーダーは無事に離陸したようです」
「じゃあ予定通り、俺らは東街道から山道に入るぞお」
運転席に身を乗り出して言うフォレストンに、フューザが「はいっ」と元気よく返事をする。が。少年と同じく後部座席に座ったマーガレットはひたすらぶつぶつ呟きが止まらない。
「私は花火が見たかったんだ……うう」
「あのなあ。警備やってたんだろう猫も? いいかげん諦めたらどおだあ?」
「だってな、だって。
朝の光を浴びて街道を走る
助手席から少し笑ったバクスターが声をかける。
「次もありますよメグ様」「ううう」
「俺らの先々をちょっとは心配しろよお? 相当これから行動が制限されるからなあ。……まだ連絡はつかないのかあバクスター?」
首を曲げて尋ねるフォレストンに。バクスターもまた首を傾げるのだ。
「応答しないですね。
「彼の手引きは必要ですよ、なんせ大きな都市ですから」
「そうなんだがな」
所在無げにかちかちと。バクスターが腕輪を弄る。
はからずも先行する形になった隊長からは。
まだあれから連絡がない。
◆◇◆
隊長の頭痛には、種類がある。
無理やり何かを思い出そうと意識を傾ける時はずきずきと割れるようにこめかみから頭部全体に痛みが走るのだが、今こうやってバイクを曇天の街道に走らせているような時は、なにか特定の——今は左のひたいの上あたりなのだが、まるで皮膚の中で細かい泡がはじけるようなパチパチとした不快な痺れが止まない。
こういう時は、過去に知った場所を動いている時だ。実際、ヘッドライトに照らされたまだ薄暗い湾岸道路に〝なんとなく〟見覚えがある。
向かう場所もわかっている。
それもやはり〝なんとなく〟だ。
首都臨海工業地帯。西インダストリア。
走っても走っても潮の匂いと鈍い銀色の生産プラント群の絶えることがない広々とした街道は、この時間は時折資材を積んだ大型の
厚ぼったい雲に数羽群れて飛ぶ鳥は港に上がった魚が目当てなのだろうか。ところどころが赤錆で覆われた鋼鉄のぐねぐねとした配管は、巨大な怪物の内臓が無造作に横たわってるようで。立ち上って曇天に溶ける煙突の蒸気は、生物の呼気にも似ている。
臨海とは反対車線の古いビルが並ぶ歩道に、たまに薄汚れた服を着た面々が座り込んで集まっている。仕事を待つ工場の人夫だろう。隊長が駆るバイクに興味があるのかないのか、ちらと視線を投げてまた新聞に目を落とす老人もいる。
ゴーグルの中で鈍痛に少し目を
少し風防を上げて辺りを見渡す。煉瓦造りのビル一階にある小さなガラス窓の店は、今は明かりも消えて閉まっている。
ちくりと頭に痛みが響いた。ここで間違いない。路肩にバイクを停めてセルを切り数個のボタンを押すと、ふわっとカウル全体に薄い膜が張って、すぐ消えた。
店横の壁には勝手口なのか、分厚い鉄板の扉が据え付けられている。小さな覗き窓は中から閉まったままだ。扉の横壁を右手でずうっと慎重に撫でて。一個のレンガの上で手が止まった。わずかに横にずらして、ぐっと押すと。ちょうどレンガ一個分だけ奥にごとん。と収まって。
凹みの底に数字盤が埋め込んであるのだ。しばし、ゴーグルの中で眉間にしわを寄せた隊長が首を傾げて考えて。おもむろに数字を押し始めた。何も起こらない。また押す。四桁。だが起こらない。何度かかちかちと押すが扉に変化がない。
隊長がついにゴーグルをばっと頭から外して。
鉄板の扉をがんがん、がんがん、がんがんがんがんがんがん、と——
「なんだこんな朝っぱらから?」
覗き窓が開いた。若い男の目が覗く。隊長が言う。
「すまん。数字を忘れた」
「は? じゃあ帰んな」
素っ気なく閉まりかかった覗き窓に隊長が指を引っ掛ける。男の目つきが変わる。
「てめえ変な真似しやがると……」
「これを見てくれ」
「ああ、ああ、ゆっくりだ。ゆっくり出しなおっさん」
隊長が外套をゴソゴソとやって取り出したのは巻きタバコのローラーだ。傷が六本。しばらく不審げにじいっと見ていた覗き窓の目が、その傷に気づいたのか。
「——嘘だろ?」
扉の向こうからがしゃがしゃと鍵の開く音がした。鈍い金属の音を立てて人ひとり入れるほどに開いて。覗き窓の向こうで男が顎をしゃくったのだ。
三十代ほどの男は細面で顎が長く目つきが鋭い。招き入れたのは奇妙な部屋だ。店構えは武器の販売所か両替所に見える。客と店とのカウンターが白い頑丈な金属の格子で遮られていたからだ。奥の通路を先に歩きながら、若い店主がぶっきら棒に声を出す。
「六本傷なんざ、なんかのおとぎ話かと思ってたぜ。親父の代では結局、誰も来なかったって聞いてたのによ」
「朝早くにすまなかったな」
「無条件で通せって遺言だ。しょうがねえだろ。ここだ」
金庫室だ。玄関よりはるかに頑丈そうな金属扉の閂を三本外して。部屋に入れば何もない空間に上等な机と椅子がある。その奥にさらに金属の扉があった。男が振り向く。
「まさか貸金庫の番号も忘れたんじゃねえだろうな?」
「忘れた」「はあ?」
「かまわない。きっとここで一番古い箱だ。指紋が合うはずだ」
「……正面のど真ん中だ。あれは俺も開けたの、聞いたこたねえんだぞ?」
それだけ言って男が右手を振る。勝手に入れと指図する。そして椅子を引いて座った。腕を組んで。
「終わったら出てこいよ」
隊長が奥の扉を開けば、部屋は四方に棚があり金属の箱で埋め尽くされていた。全てに違う番号が記されている。振り向いて扉を閉めて、内鍵をかける。この部屋にも中心に木製の上等な机と椅子が置かれていた。
正面の真ん中の箱に手をかけ、ごごっと引き抜く。重い。
左腕で受けて支えて持ち直し、机に置く。鍵穴の上にある窪みに親指をはめ込む。ざあっと幾何学的な光が箱全体を亀裂のように走って。複雑に組み変わった上部が自動で開いていく。
箱の中には結構な量の荷物が入っていた。いつの時代かわからないがアルターの紙幣の束。ひと束取って訝しげに見て。ざんざんと机にいくつか積み重ねる。
布の巾着が十個ほど。二つほど取って中を開けるとわずかに光が漏れた。魔石だ。別の包みには乾燥した草の束に、細長い色あせた薄紙の束と。
そして。
「……これは?」
手袋だ。紋様が描かれて、手首の縁に三カ所ほど小さな窪みがある。
隊長が袖をまくって。手袋をはめて手首の紐を締める。開けた巾着を机で振るとからからと光る小石が数個、転がる。指で一粒取って手袋の窪みに嵌めると紋様にぶおんっ。と光が走った。同じように嵌め込んでいく。右手左手に三個ずつ。
いつの、どこの、どんな性能の
まるでバイクのスロットルを切り取ったような、短い取っ手のような、柄が二本。
手に取って細部を見る。これにも石を差し込むらしき窪みがあった。ぴりぴりと痛む頭に目尻を歪めながら隊長が石を次々に嵌める手先が、だんだんと素早く小慣れていくのだ。これを使っていた記憶を身体が覚えているのか。
完全に石を嵌め込んで、柄を捻って。右手に持つ。
軽く。ひゅ。と振った。
部屋の中でぶおんッ! と音を立てて。柄の先から刀剣が発したのだ。綺麗に細身の刃を象った魔導の光を、しかし隊長が驚きもせずひゅんひゅんと軽く部屋で揺らして。目の前まで持っていく。片刃に見える。指で背を触る。切れない。やはり片刃だ。
かちっと親指で操作すればすうっと刃が消えた。今度は両手で持って一気に振る。また一瞬で刃が発した。両手に二本。互いに刃を叩けばぱちぱちと火花が散る。親指で、また一瞬に消した。
(……魔光剣というやつか?)
そういう武具の名を、隊長は聞いた記憶がある。もちろん実物は知らない。これがそうなのかも、今はわからない。無造作に二本とも腰のベルトに収める。
部屋から出てくれば、まだ男は椅子をぎしぎし揺らせながら座ったままだ。
「終わったかい?」
「終わった、すまなかった」
「ホントに開いたのかよ。いい話の種ができたぜ」
金庫室を頑丈に締め直して、もと居た店先まで戻る。もう、さっさと帰らせたがっている雰囲気がありありの店主に隊長が振り返ったので、露骨に嫌な顔をするのだ。
「話のついでなんだが」
「いやもう勘弁してくれ俺は親父と違って小市民なんだ。妙なことに巻き込まれたくねえ。とっとと帰んなほらほら」
「親父さんのことは知らない。迷惑はかけない。情報が欲しい」
「ああうるっせえなあ、わかったよなんだよ聞くだけ聞いてやるよ」
「獣を殺す毒の光線とは、なんだ?」
その言葉を聞いて。店主ががりがり寝癖のついた頭を掻いた。
「そんなのかよ。都市の連中はみんな知ってるぜ。
しかし。次の言葉に。
「獣を殺す武器だ。反対勢力がいるんじゃないか?」
「——おいおっさん。悪いこた言わねえ」
「いるんだな?」「やめとけって!」
外套から取り出した札束をとさっ。とカウンターに積む。男はため息を吐いて。
「またふっるい紙幣だなあ」
もうひと束、積んだ。
「わかった、わーかったって。じゃあ情報取れそうな場所だけ教えてやらあ。俺が喋ったって言うなよ?」
「もちろんだ、それと」
またひと束、積む。三束。
「なんだよ教えるって言ってんだろ、こんなにいらねえよ」
「これは別件だ」「ああ?」
「バイクを隠す場所が欲しい。帝国製なんだ」
男がちょっと考えて。ひと束、手でざっと戻した。
「あてがないのか?」
「同じだよ」「うん?」
「答えが同じだ。バイクもそこで頼んでみな」
店の扉から出てみれば案の定、三人のぼろを着た男らがバイクに群がっている。がしゃがしゃと揺らすが障壁を張った車体はびくとも動かない、後ろの荷も解けない。ごがん。と金属扉をわざと大きく響かせて閉じれば、はっと気づいて一斉に逃げ出したのだ。
「騒ぎ起こすんじゃねえぞ」
覗き窓の男が呟いて。振り向かずに隊長が手を挙げる。
◆
苔むした石壁の続く道路に、やがて鉄柵の門が見える。朝っぱらのこの時間に開かれた正門からは一目見て身なりの貧しい母子連れや老人が出入りしていた。みな、隊長のバイクに少し驚いて道を開ける。
庭に立ち並ぶ木々とは対照的に、門から続く石畳はわりとしっかり掃除されていて。奥の白い建物は教会のようにも見えるが一階が横に長く窓が多い。学校か、孤児院のような施設なのか。
その玄関前では炊き出しが行われていた。子供たちが汲み上げる寸胴から湯気が立っている。まだ数人の行列が並んでいるようだ。
石畳を掃く男がいた。
やや大柄で髪が長い。鋼のように反射する銀髪を後ろで縛った男は、しかし。微妙に挙動がおかしい。猫背でじいいいいっと地面を見つめたまま短い箒を左手一本で何度も何度も細かく掃いている。あれなら確かに道もきれいになるだろう。
一向に気づく様子もないので、隊長が緩やかに基底盤を吹かして徐行して、敷地に侵入すると。ばっと勢いよくこちらを見た。前髪で隠れた目が見えない。
がに股でひょこひょこ小走りで近づいて。カウルの前に立つ。思ったより体格が良く鍛え上げられた筋肉に見える。が。猫背のまま隊長の眼前に、髪を垂らした顔を傾けてぴくぴくと揺らしながら。
「あ。ああ、うあ?」「うん?」
「か、かっ。た、た、食べ。たべ」
短い箒をバイクのカウルにかんっと立てかけて。左手で碗を持つように。そして右手で飯をかき込むように。その右手が。
金属の義手なのだ。
「か、かっかっ。た、た、食べ?」
「いや。違う。ここの責任者に会いたい。責任者だ。わかるか? 会 い た い」
つい隊長も合わせて自分を指差し建物を指差して言うと。男がぎょっと顔を引いて。うあうあと狼狽えて。
「ああ、あ。ま、ま、ま」
両手を開いて押し遣るような待っていろとでも言いたげな仕草をして。振り返って。だかだかと走って行ってしまった。
「おい、箒」
遠くの炊き出しで何やら話しているのが見える。子供らがこっちを見て、微妙に叱られて男が頭を掻いているのも見える。箒のせいだろうか。
やがて数人の子供たちが。声をあげなから走ってきたのだ。
「すみませーん。ガリックが失礼なかったですかー。」
ちょっと笑って隊長が子供らに手を振った。
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