第四十七話 たったひとりの地球人

「ふっふんふぅ♪」「ふっふんふぅ♪」

「ふふふっふっふぅ♪」「ふふふっふっふぅ♪」


 チンチラとドワーフウサギの鼻唄が厨房に響く。


 大男で岩石質のでかい手のせいでログはどうしても和え物だけは苦手だ。そっちはもっぱらフランとシェリーに任せている。

 フランはロイの部隊と一緒の頃から兵士に混じって飯を作ってきた経験があるようで、丸く反った耳をぱたぱた動かし尖った鼻先をふくらませて鼻唄を歌って。ちゃっちゃっとボウルをさばくリズムが堂に入って頼もしい。

 シェリーは根菜の皮むきが好きだ。が、ほっとくと唄に合わせて長い耳を左右に揺らしながらどんどんむき過ぎて身が減ってしまうので、そんなときはフランが歌を止める。と、シェリーの手も止まって次の野菜に持ち替える。


 鍋物の味付けはモニカが行う。寸胴鍋がでかいのに加えてネズミの身長が低い、なのでかまどには足台がある。

 子猫たちが昼寝していると聞いていたモニカが、いつもと違って柄杓を鍋の端でかんかんと叩くことはせず軽く降って静かに汁をかき混ぜている。左手に取った小皿で味見した加減はちょうどよいが、そろそろ塩が足りない。


「イルカトミアで調達したかったねえ」

 ぼそっと独りごちたのに、反対側のかまどでフライパンを煽っていたログが壁に引っ掛けていた木べらに手を伸ばしながら言う。


「あのばあさんなら、なんとかしてくれるだろう……アキラには、ウルファンドで少し話ができるか聞いておいた」

断崖船渠グランドックで、かい? 気が早いねえ、けど今度はしばらく街に降りるんだろうし、いい機会かもしれないね」


「ケリーとノーマも話したがっていたな、何か教えたのか?」

「ちょっとね」「まあ、かまわん」


 ボウルの中身をざあっと大皿に移しながら、フランが混ざってくる。

「次は僕らも降りるからねログ。約束だったろ」


「いいんじゃないか?」「ぃやったっ。へへっ」

「ねえねえモニカ、ロープウェイ乗りたい」


 少し振り向いたモニカが笑ってシェリーに答えた。

「乗れるさ。みんなで温泉でも行こうかね」

「ぃやったっ」「ぃやったっ。えへへへっ」


 二人がはしゃぐ。ウルファンドは安全な街だ。うきうきの子供らを横目に、ログが、じゃっと腕を引く。炒めた食材が円を描いた。





 後方の食堂車両が調理をしているときは、蛇の腰のあたりから白い煙が数本、たなびいて流れていく。西日に照らされたウォーダーの黒い身体の所どころに走る光の筋とその煙を目で追って。格納庫の手すりから少し身を乗り出してパメラは外の風景を眺めていた。


「——寝ているんじゃ、なかったのか?」


 医務室での話から抜けて歩いてきたロイは、話題にしていた当の本人が格納庫にいたので、少し驚いて聞いた。少女が振り向く。肩まで伸びた白髪が揺れた。


「あたし、そんな眠くなくって。降りてないから」

「今夜は騒がしいぞ、大丈夫か」


「大丈夫。あのね、リザがね。ロイ」


 ほんのわずかに。ロイが眉根を寄せた。


「こんどは、いっしょに降りようね、って」

「……そうか、そうだな。断崖船渠グランドックなら問題ないだろう」

「ホント?」「ほんとだ、大丈夫だ」


 ほっとして飛竜が答える。さすがにリザも早まったことは伝えていないらしい。


 鉄板の床を歩み寄って、大きなせなを低くして少女の前に屈む。この蛇のなかに飛竜の手を怖がる子は、もちろん一人もいない。ずっと山脈を越える行軍を共にした子供たちなのだ。ただその中でも、特にパメラはロイになついていた。自分で食事ができるほど回復するまで、三日ほどだったろうか、粥を擦って匙で与え続けていたのだ。


 真っ白な髪が陽の光に溶けて今は薄く金色に染まっている。パメラは猫に変わったが、リザと同じくそこまで強い変化ではない、白い全身の産毛を除けば、大きな尖った耳と長い尻尾の生えた人間の少女だ。

 爪がその頰を傷つけないようにと、いつもロイは彼女をそっと撫でるのだが、目を閉じたパメラの方からぎゅっと。これもいつも。押し付けてくる。


「普通に、街に降りたいか?」「うん」


 右目を閉じたまま、ロイの手の中で眼帯のついた頰を動かすパメラは美しい少女で、だからこそ思い起こせば痛ましい。


 鉄扉てつとびらの把手に巻かれた太い鎖を無理矢理に引きちぎって部屋に飛び込んだ部隊長のロイが見たベッドの上には、テント地ほどの厚みの拘束着に太いベルトで全身をぎゅうぎゅうに締めつけられた芋虫のような物体が、何本もの鎖で固定されていたのだ。首輪からも伸びた鎖を外しながら周囲を見渡したロイは、すぐに気づいた。


 この二重三重の拘束は。最初から。失敗したら逃げる段取りをしていたとしか思えない。


 事故ではない。魔法医師のクソ野郎どもは強烈な魔力マナの定着に失敗すれば獣化も起こりうることを、想定済みだったのだ。

 いったい何日の間、この状態だったのか。少女が生きていることはすぐにわかった、まだわずかに呼吸していたからだ。乾いた血糊でシーツに張り付いた頰をゆっくりと剥がして、涙の跡と目やにで固まった右のまぶたにたかる蟻を払って。見つけ出して連れてこいと部下に大声で怒鳴った。どのくらい前だろう、だが鮮明に覚えている。


 あんなことをするのが、人間だ。しかし。


「ロイ。怒らないで」「——うん?」

「目が恐くなってる、わかるんだよ」


 今度はパメラが小さな右手で、鱗に覆われたロイの硬い頰を撫でる。まだ時々自分のことを将軍と呼ぶ子供たちより、偉そうに言ってきたくせになかなか自分を父親と呼ばないリッキーより。パメラは自然にロイをロイと呼ぶ。


 人間なのだ。もともと、この子も。

 あの二人もそうだ。医師も、青年も。

 だからわからなくなる。


 理屈が通らないときは、魂に聞く。ロイが昔からやっていることだ。どんな時でも魂は最初から答えを知っている。心をコトバで言いくるめて動く時なんて、たいてい理屈が通っていても答えは間違っている時なのだ。

 

 言えば、パメラは従うだろう。それだからこそ理屈はささやく。


 人間は信用できない。

 無謀な賭けをすべきではない。

 二度と怖い思いをさせるべきではない。


 べきではない。べきではない。

 しつこく、そう囁いてくる。


 では私は——なぜ、青年に「諦めるな」と言ったのか。


 微かに目を伏せ、また開ける。

 竜と少女が西日に染まる。


「パメラ」「……なに?」


「ウルファンドに着いたら、私も一緒に街に降りよう。ひょっとしたら、いいことが起こるかもしれない」


 信じて。お前も責任を負え、と。

 魂は。そう言っていた。




◆◇◆




=あまりなんでもかんでも安請け合いすれば、困ったことになるわけだアキラ。どうせちゃっちゃっとなんだかいい感じに出来上がると思っていたのではないか?=


 同じ心の声でもこちらはずいぶん辛辣で、しかし内容はふわっとしている。それはとりもなおさず自分の考えが甘かったせいなので、うーんと頭を抱えてアキラが考え込む。近くの椅子に座ったエイモスは苦笑したままだ。


(なんでも手伝うって言ったじゃんっ)

=手伝うと言った。主体はお前だ。なにか案を出せアキラ=


「私にも、できることがあればいいのだが」

「いえっ。そんなっ」


「あの魔導師の少年を治した時に艦長が言った通りなんだアキラ君。私が知っているのは元素星エレメントを使った治療と調整だ。病気には強いが怪我には弱い。切ったり縫ったりは苦手で、だからケリーの骨折も、あまり力を貸せなかった」


 顔を上げてアキラが頷く。確かに、側から見ているエイモス医師の治療は内科医や漢方医のそれで、外科的ではない。しかし——


「先生」「うん?」

「その義眼って、どうやって?」


 ああ、とエイモスは右の頬骨を擦る。医師の義眼は精巧で、事実幻界でも、これが望遠の性能も持っていると答えていたはずだ。


「これくらいのものになると、帝都ルガニアで手に入れるしかない。魔導師で、研究家で、優れた技師が発案したものだ」

「だ、誰なんですか?」


「会えるとは思えない。エグラム導師だ」

「エグラム……会えないんですか?」


 エイモスの顔が曇る。


「会えない。ガニオン中央魔導軍、魔導機開発班主幹だ。エグラム導師は帝国中枢の人物で、黒騎士と同格か、もしくは彼より上の人間だ。皇女クラウディアが前皇帝を追放した際に、裏で糸を引いていたのも彼だと言われている」

「ひえええ……」


「彼は天才だ。もうかなりの年齢だが魔導五術を操り、なお魔導の研究をやめない。様々な魔導機や新型炉、魔法機器を設計して、組み上げた魔法陣の数も——」

「あ、あの、先生?」


 アキラが妙な声で止めるので、医師が少し笑った。


「勘がいいな」

「勘というか、その。変じゃないですか?」

「変だ。気づいたかね」


「その……なんだか、クーデターとか主導する感じじゃなくて。どちらかというと、部屋にこもってひたすら研究するタイプなんじゃ……」


「——前皇帝の頃には、多くの魔導師が皇帝の側近として仕えていた。魔導は達者たっしゃだが皇帝と同じく人格は破綻したものたちばかりだ。エグラム導師は変わり者だが、少なくともああいった連中とは自ら線を引いていた。だから才能を持ちながら末席にも顔を出さない存在だった。冷遇されていたんだ」


「え? じゃあそれが理由で?」「いや」

 医師は首を振る。


「君が言った通り、政治にも地位にも関心がなかったのだ、彼は。といって皇帝を批判するような人格的な規範を示す人間でもない。帝都の真ん中にいながら、彼は世捨て人だった。——この義眼を作成したのも、導師自身の目のためかもしれない」


「目が、悪いんです? その人も」

「石があふれている」「へ?」


 エイモスが左目の傷を、人差し指ですうっとなぞりながら。

「石を見たことは?」「いえ、まだ」


「石は竜脈から採れる真っ黒な石だ。それを左目に埋める。埋める際の式の張り方で、石に溜まるのが魔力なのか術なのか、あるいは記憶や技術なのかが決まる。なんでも溜めることもできるが、溜まると石は膨らんでいくんだ。やがて左目だけでなく、顔全体を覆っていく。エグラム導師の石は、このくらいだ」


 そう言って。エイモスが左目の上に拳を握ったので。アキラが仰け反った。


「顔半分ぐらい?」

「そうだ。ちなみに黒騎士の顔は全部石で埋まっている」


 今度は右目を指す。


「おそらくだが、導師は膨らまない眼を作りたかったのだろう。その過程でできたのが、これだ。中に石を埋めた義眼だ。目の空洞に入れれば視力をある程度取り戻せるが、溜められる容量には制限がある」


「いや、もうそれで十分なんですが」


「そうだな、あの白猫の子には十分だろう。この眼を解析すれば、どこかに技師が居たら似たようなものも、作れるかもしれない。問題は、そのひとつ前だ」


 そこは、理解している。アキラが言った。


「もう一度、あの子の目を

「その通りだ。そこを乗り越えなければ、義眼は入らない」


「インフォームドコンセントかあ」

「うん?」「いえ、ちょっと思い出して」


=一度ひどい目にあった白猫と、その後見人であるトカゲを説得して、もう一度手術を受けさせなければいけない。そのあたりは自信があるのか?=


(どうかなあ。スキャン画像って、撮れるんだっけ)

=問題ない。だがまだ全然ピースが足りないな=


 いつもレオンがやるように、ぎいぎいとアキラが椅子を揺らして考える。エイモスは側で見たまま何も言わない。この青年は、時々こんなふうに一人で考え込むクセがあるようだ。


(義眼を作る技師と、オペの執刀医が必要だよね)


 そんな人材が、見つかるだろうか? アキラが腕を組んだ。




◆◇◆




 イルケアの西部山地に、陽が沈もうとしている。標高1000リーム以下の低い山稜がシルエットで連なる地平の上は。空が広く、あかく。わずかに固まる雲しかない。よく晴れた夕暮れだ。


 網状脈ヴェインに備えてウォーダーは高度をあげていた。もうすっかり影の濃い山々の丘陵を眼下に飛ぶ蛇の正面、南の空よりやや西に、わずかに欠けた大きな月が浮かんでいた。あと数日も経てば満月なのだろうか。


『竜脈搭乗は夜第一時を予定。イルケア・クリスタニア領境りょうざかいの南65キロリーム地点と予測しています』


「了解。速度そのまま」『了解。速度80そのまま』


 ダニーの返事に、操縦席のミネアが少し背を伸ばして両の腕を交互に軽くこする。この大陸の夜第零時は、地球で言うところの午後六時頃にあたる。予測で言えば敵との遭遇は真夜中前だろうか。


 さっきからじっと腕組みしたままモニタに映る夕暮れを見ているのか、何か考え事をしているのか、言葉を発しない虎に。猫が顔を向ける。


「先に何か食べたら?」「うん」

「まだ三時間ぐらいあるよ」「うん」


「……どうしたの?」


「敵と会うまで、どのくらいだ?」

「だから、搭乗ランディングから三時間ぐらい」「そうか」


 ぶわっと虎の外套がひるがえる。ミネアが驚いた。そのまま艦長は部屋の端まで行って右手奥の計器盤より一本、通信用腕輪を取り外して入口まで歩く。ミネアと、レオンも虎を目で追った。


「艦長。」「しばらく任せる」

「ええっ、なに?」「一時間もかからん」

 虎が早足で出て行きながら、これは自分の付けた腕輪に向かって言った。

「ダニー。自動航行オートクルーズ。同期なしだ」



 その声に、動力盤の制御パネルを確認するダニーの手が止まって。

「了解しました。いきなりですか?」

『いや、まずはロックバイクだ。アキラ、どこにいる?』


『あ、はい。エイモス先生と会議室に』

『ちょっと格納庫まで来てくれ』


 ふっふと。ダニーが笑うので。今のやり取りをテーブルで聞いていたサンディが中腰で立ち上がって、鼻を突き出し目を丸くして。分かっていないリンジーがばっ。ばっ。と二人の顔を見比べる。

 犬の娘の顔が、紅潮している。タンクトップから溢れそうな胸をゆっくりと上下させて。テーブルに手をついて。


「あ、あの。ダニーさん」

「見に行っても、いいんだぞ。報告——」


 一気に動力室から駆け出したサンディが最後まで聞いていかない。ばっと。立ち上がりかけたリンジーがダニーを振り返る。


「報告忘れるな。行ってこい」

 それだけ聞いてリンジーも走って出て行く。灰犬がふっと鼻を鳴らす。

 




 通路の途中で、会議室から出て来たアキラと艦長が出くわす。何事かと虎を見上げるアキラに、とんっと。虎が腕輪を手渡して言う。歩みは止めない。アキラも後を追う。


「あ、あの」「使い方、わかるか」

「大丈夫です」「そうか。付けておけ」


 歩きながらアキラが中指の付け根を押して腕輪をなぞり、頭を振って。端の突起をかちりと操作して輪を開いて左の手首にはめると自動で閉じた。ぷしゅっと空気の抜ける音がして、腕輪が手首にフィットする。


 格納庫には飛竜と白猫がいた。虎とアキラの姿を見て、ロイがやや肩をあげる。虎が何の躊躇もせずに格納庫端に並んでいる六台の同型のバイクに近づいていく。


「珍しいですな、どうしました?」

「少し外を走る」


「今から、ですか? もうすぐ竜脈が来るはずですが」

「そうだな。——アキラ。お前もどれか選べ」


「……え?」「一緒に来い」


 今度はさすがに目を広げてロイが虎を見た。その時サンディとリンジーがばたばたっと格納庫に走り込んで。立ち止まるサンディの後ろで一瞬だけ、ばっ。と格納庫を見たリンジーは、そのまま後方車両へ走っていった。


 アキラは意味がわからない。


「えと、その。これに乗って、ですか」

「運転は、できるのか?」


「艦長。どういう風の吹きまわしですか?」

「俺とアキラの二人だ。構わんだろ?」


「いや、それはいいのですが。——わかりました。青年。どれでも性能は同じだ。好きなのを選んでみろ」


 こういう時の虎は多くを語らないのを知っているロイが、アキラに首を振って促す。白猫はロイのコートの裾を掴んで、じっと成り行きを伺っていた。


=どうやらお前を、試してみたいらしいな=

(なんで、このタイミングで?)


=街での乗り回しっ振りを聞いたのだろう。この機体はまだサーチが済んでいない。おそらく例のモノローラとは違って、内部に魔導生物アーカノイドを保有していない機体だ。単純な機構だろう=


 もう山裾に隠れようとしている夕日は真横から格納庫の全員を照らす。産毛の端を金に光らせた虎の横に近づいて、アキラは。バイクの一つに手を当てた。


 一瞬で、大脳運動野にロックバイクの操作感覚が書き込まれる。少しくせ毛のついた銀髪をふるふると振って。その内部構造と駆動システムを把握する。確かに構造はモノローラほど複雑ではなく、しかし。


 似ていた。地球のバイクと。——


 魔導槽ダクトセルの位置はタンクの位置に、外部魔力の吸入口がキャブレターに似て、ミッションやギアの構造もどことなく雰囲気が近い。大きく違うのはマフラーがないことと、前後が完全にカウルで嘴のように包まれていることだけだ。

 カウルの下が平板なのでスタンドがない。全てのバイクは格納庫床面からのフィンで固定されている。


 ちょっと、懐かしい。

 虎は急かさず、青年を見ている。


 赤褐色のまだ動きのないバイクの車体を撫でながら。思い起こせば不思議だった。アーダンの要塞を飛び出した時、上空は割と風が強かったはずなのに、ミネアとタンデムで上昇したこのバイクは横揺れひとつしなかった。

 だが今ならわかる。風星エアリアのしわざだったのだ。底面の基底盤より発した元素星エレメントの斥力の壁に、このバイクは定着していただけだったのだ。


「お?」「あら、どうしたの」


 格納庫にケリーとノーマが現れた。珍しい顔ぶれと、バイクを触るアキラの姿にケリーが興味深げに反応する。


 ロックバイクもモノローラも、無限機動の魔導錨アンカーと走行のシステムが似ていた。ハンドルを切る方向に風星エアリアの道ができる。そこに定着して走る。飛ぶのではない。走る。地球のバイクと同じく。

 あの安定性は、そこからきていたのだ。だから、どこまで道を伸ばせるか、ライン取りができるか。それは魔導機走行の巧拙こうせつを決めるはずだ。


 そこまで理解したアキラが思う。


(だったら、それってさ)

=うん?=


元素星エレメントと、繋がっているって、ことなんだよね)

=そうだな。魔導の基本は、使役と依頼だ=


 それならば。アキラが思う。


 無限機動は幻界生物アステロイドに依頼しているのか?

 魔導機は、魔導生物アーカノイドを使役しているのか?


 それらが居なければ、それは〝死んだ機械〟か?

 元素星エレメントで動く、ただの機械か?


 元素星エレメントは、死んでいるのか?

 依頼を受けて、生きて。

 動いてくれるのでは、ないのか?


「お?」「うん?」


 元素星エレメントで動く機械なら。

 それもまた〝生きた機械〟なのではないか?


 周りで見ている獣たちが気づいた。夕陽の赤い光線に照らされたアキラの身体がうっすらと輝き始めた。その周囲わずかに螺旋のように。竜紋とは違う、まるで——


「……竜脈みたい」


 パメラが呟くのを、ロイが聞いた。青年の銀髪に青白い輝くメッシュのラインが走り、頰や両腕、胸、腰から足元まで、青いゆらゆらとした光の流れが浮き上がる。バイク一つ離れて見ている虎が、愉快そうに。口元がほころんでいく。


 このバイクは、生きているか?

 あのバイクは、生きていたか?


 地球に残してきた愛車は。

 生きていたのでは、なかったか?

 あの風と、光と、躍動感は、確かに、

 すべて繋がって、いたのではないか?


 原動機バイク乗りなら、みなそう思うのではないか?

 魔導機に乗るのも、同じではないか?


=お前、量子的だな=

(え?)


=わずかに事象元アストラに繋がっている。そういうこともできるのだな=

(そうなの? なにも自覚ないんだけど。なにか起こるの?)


=なんでも起こるだろう、この魔力に満ちた世界で、お前はたったひとりの地球人だ。まだ未知の部分が多すぎる=


「そいつでいいなら、乗ってみろアキラ」


 虎が言う。アキラが左足を上げて、シートに腰を下ろしてランディングスタイルを取る。と。全身を巻き上がって流れていた青い光線が血流のように機体を覆っていく。一斉に床のクランプフィンが大きな音を立てて畳まれて。低音が響いた。エンジンがかかったのだ。

 銀狼の目が見開かれた。音が違う。ロックバイクのエンジン音じゃない。赤褐色のカウルに走る青い光線は完全に定着し、わずかに機体が浮かんだ。


 いよいよ虎が楽しそうに、こちらもぶわっと外套をひらめかせて。その身体をバイクに任せる。エンジンがかかる。機体に走るのは赤い光線だ。


 発進準備のできた二人を、サンディが見ている。胸の前で拳を握って、じっと。その熱っぽい横顔を遠目に見ていたのはノーマだ。ちょっと顔がほころぶ。


(あらあら。リリィだめねえあの子、こんなとこに立ち会わないなんて)


 ハンドルの右アクセル側のスイッチを指でひねる。ざあっと薄い光に包まれる。風防が遮断率30で安定する。身体を傾けると微速でロックバイクが扉の端まで移動を始めたので、ロイがパメラの腕を引いて避けてやる。そこに。どたたたたたっと。


「ア! アキラさんッ!」

「おおっ! ホントだ!」


 リンジーに起こされた子供たちが全員、駆け込んできたので。アキラがちょっと手を振った。さらに入り口からモニカが一人分の夕食の盆を持って。

「おや? なんだい。珍しいじゃないか」


「ついてこいアキラ!」

「はい!」




 会議室でひとり、エイモス医師が考えている。右の頬を、緩くさすりながら。

(義眼の、技師か……)


 くうくうと。疲れたのだろうか。

 医務室では、リリィが一緒にベッドに潜って、少女を抱いて寝ていた。


 

 夕暮れに二台のロックバイクが飛び立った。

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