泊地:ガニオン東部辺境イルケア領/イルカトミア市

第三十五話 停泊準備 ①


「では連中は、ハンデを背負いながら我々と戦っていた、と?」

「ひでぇ話だと思わねえか?」

 ロイの問いに憮然とした顔で艦長が答える。腕を組んで会議室の椅子の背もたれにどっかと体重をかけて、ずいぶんと機嫌が悪そうに見えるのだ。


 会議室には、前回と同じ面々が集まっていた。正面に艦長。右にロイ、ダニー、ノーマ、ケリーの古参組。左にミネアとリリィ、そしてログとレオン。対面はアキラとエイモス医師である。虎が組んだ手をテーブルに下ろして。

「つまり、あれはメッセージだったわけだ。最初っからそのつもりかどうかは、知らんがな」

「……敵の狙い所ですか?」

 少し考えて、ダニーが声を出す。


「そうだ。ベスビオが狙ったのが右の羽根。リボルバーが狙ったのが左の羽根。普通なら正道セオリーだろう、飛んでるものを墜とすならな。でもコイツの羽根は羽根じゃねえ、武器なんだ。潰しても墜ちねえのは、アチラさんだってわかってるはずなんだ」


「はいはい」「なんだリリィ」

「でもですねえ、目立つ武器を最初に狙うってのは、攻略としておかしくないと思うのです。うん」

「最初だけなら、そうかもしれねえ。たとえば、だ」

「はいはい」

「右の主砲群が潰れかけてんの見て、ご丁寧に左を狙うか? あの魔導師の子は頭がいい。これは積み木じゃねえぞ」

「ああ……そっか、弱ってる右を叩きますねえ」

「だろ? そういうことだ」


「けど、さ。草原では横を叩かれたよ?」

 リリィの隣から石鹸の香りをさせてミネアが言う。

 薄いタンクトップで肩にタオルをかけている彼女は、先ほどシャワーを浴びたばかりだ。蛇が谷間から飛び始めの時に後ろから優しくノーマに「そんな汗びっしょりで抱きしめてよかったの?」と言われてみるみる鼻っ柱まで真っ赤になって、慌てて生活車両に駆け込んでの、今なのだ。もはや遅いのだが。


 対面のロイが笑った。

「あれはミネア、咄嗟とっさだろう。というかあの動き、慌てたのは相手だけじゃなかったぞ。リッキーとかは固まっていたんだ。——ひょっとして七番が解けたのか?」

「あ、えと、まだ私はわかんなくって」

「とけたぞっ。なまえ、ついたぞ」

 左端からレオンが唐突に。陽気に声を出す。

 全員が顔を見合わせて、そしてミネアを見る。本人も少し驚いた風で、艦長を見る。レオンの横からログが静かに補足した。


「先ほどレオンと私に情報が降りてきた。ミネアが正式な『軍霊ケルビム』の所有者として、竜脈にめいが書き込まれたようだ。これよりあの使途不明呪文ジャンク=スペルを使用できるのは、世界でこのだけだ」


 ぽかあんと口を開けるミネアの横から、目を丸くして。満面の笑みで。声も出さずにぎゅっぎゅっとリリィが抱きしめて。そして猫の両手を取って握手してぶんぶんと振る。ミネアはされるがままだ。虎の機嫌が少し直ったようだ。

「よくやったな、ミネア」

「うん……うん」

 まるで実感がわかないミネアは、ただ頷くだけだ。虎が前に体をせり出して、また全員を見回して続けた。

「ミネアの件は、あとでやろう。使途不明呪文ジャンク=スペルに銘がついたんだ。いいことばかりじゃあ、ねえかもだ」

「そうですな。我々が少し目立つ存在になったのは確かです。……それで、連中がやっていたのは〝武装解除〟だと?」

「そうだ。墜とすな、と言われていたんだ、おそらくな」

「そして〝連れてこい〟と? 南に?」


「……誘導先はクリスタニアなんでしょうね、もちろん」

 ケリーの三角巾は相変わらず痛々しそうだ。虎が頷く。

「だろうな、辺境本部だ。問題はな。どうもその命令、現場は反発してるっぽいんだ」

 狼の隣に座ったノーマが同意した。

「露骨にあれだけやってみせるんだから、そうなのよね……それで、艦長的には、どうするの? きっと罠が張ってあるんでしょ?」

「それが聞きたい。俺は、行きたい。売られた喧嘩だ。しかも現場に無理押し付けるやり方が気に食わねえ。無謀か?」


 飛竜はじっと虎を見て。

「——辺境本部と渡り合いたいと?」

「そうだ」

「下手をしたら帝都ルガニアを刺激しますぞ」

「そうじゃ、ねえかもしれねえって、思ってんだ」

 虎の返事に、うつむくロイが口に手を当てしばし考えて。

 顔を上げる。

「まあ、確かに現場がこれだけ不満を表に出すときは、だいたい組織のどこかが腐ってるときですな」


「うーん、辺境本部の暴走の可能性ですか……なくはないかもしれませんが、それでも相当きちんと準備すべきでしょうな」

 最後にダニーが言った台詞に。

 虎が少し笑って。

「だから前に相談した通りだ。アキラ」

「は? は、はいっ?」

「お前、服、買ってくるか?」

「へ?」




◆◇◆




 南の空を仰ぎながら、リボルバーの甲板で辺境第一中隊長が、かたわらの少年に訊いた。


「ではどうにか連中には、伝わったと見ていいんだな?」

「問題ないんじゃないかなあ」

 フォレストンが腹をさすりながら答える。


 いまだ沢の低空に停まったままの無限機動リボルバーの周辺で、中隊のモノローラは周辺を緩やかに飛ぶもの、船体に降りるもの、さまざまであった。カーンの兵士たちも屋上甲板に出てきて、これからの作戦を話す輪もあれば、意外に談笑している組もある。


 上空にはベスビオが浮いている。兵士たちには携行食が配られていたので、緑の谷間で思いおもいに休息を取っている。中隊長とフォレストンはやや先頭部分、三連艦首の見通せる位置に陣取っていた。


 さらに先、甲板の南端でひとり膝を抱えてマーガレットが座り込んでいる背中が目に入る。その後ろ姿を見つめながら隊長が言った。


「旧くからの馴染なじみだったのか、悪いことをしてしまったな」

「今は帝国領なんだから、それはしょうがないだろお……帝国ってのはもっと遠慮がない連中かと、思ってたんだがなあ?」


 少年の口ぶりに隊長が苦笑する。

「いろいろだ。そんなのは、人による」

「まあなあ……ホントに、停泊所ポートがあるのかあ?」


「あるはずだ。旧アルターのイルケア、クリスタニア、ネブラザ各地には、あちこちに民営の停泊所ポートが隠れてると、ずいぶん昔に聞いた覚えがある。砲が壊れたままで、本拠地に飛び込んだりはしないだろう」

「数日稼げるかは、保証しないからなあ」

「それは仕方ない。単日でも上出来だ」


 覚えがある、のではなくて、んだろうなあ、と思うが、そこは聞かない。フォレストンがわきまえるのだ。





 広がる三つの艦首の向こう、蛇が去って行った沢の彼方が目に青い。両膝を抱えたマーガレットは、ぼんやりと山稜に視線をやりながら、口にくわえた細切れの干し肉をひよひよと上下に動かしている。


 すっかり泣き疲れてまぶたが痛い。

 そして身体も疲れた。早朝からの戦闘だったのだ。


 この戦いに出る前までは。何度も、何度も、頭の中で、ああしてこうしてと組み立てては消してを繰り返して夜っぴきで考えたことも、あったのに。蓋を開けてみれば自分は泣いて叫んでばかりでは、なかったか?


 うううと唸って膝に頭を埋める。


「反省中かあ?」「うわああ」


 横からフォレストンが覗いてきたのに驚いて。手をついて。少年の顔を見て。そして。みるみるうちに。


(……うっわぁ、怒ってるなあ)

 ぎゅううううっと眉根を寄せて正面から睨みつけて。ぷいいいーっと。干し肉を加えたまま思い切り顔を背ける。びゅんとポニーテールが飛んで来たのでフォレストンが避けた。


「うおっと」

「わたしはっ。許してないんだっ。許してないっ。」


 ベスビオからビークルが飛んで降りてきて、作戦の詳細を辺境の中隊長が改めて説明する間も、マーガレットは真っ赤に腫れた目でぐすぐすと鼻を鳴らしながら聞いていたのだ。あまりにみっともない。そして一言も。


「ひとっことも。話してくれなかったくせにっ……」

「だからなあ、話せば反対しただろお?」


 フォレストンも足首まである法衣をそのままに、ぺたんと座り込んで答える。ちょっと首を傾げてメグの顔を覗き込むのだ。


「機嫌なおせよお、マーガレット」「知るかッ」

「ごめんなさい」「……くッ……ずるいっ」


 頭を下げたまま、少年が言う。

「助けてくれて、ありがとうなあ。マーガレット」


「……どうすれば、いいんだ」「え?」

「蛇は、ウォーダーは。クリスタニアに向かったんだろ?」


 フォレストンがなで肩になって、座り込んだまま言う。

「俺らの仕事は、蛇を越境させずに南進させることだあ。一応これで終わったんだぞう……まだ、追いかけるつもりかあ?」

「ほっとけるかばかっ。辺境本部だぞっ」

「だってなあ、命令もないのに領は越えられないぞう……うん?」


 困って頭を搔くフォレストンが、ベスビオの隊長と目があった。マーガレットの後ろからこちらに向かって歩んできて、声をかける。

 

「少し相談があるのだが、マーガレット卿」

「あ、ああ。あの。なんだ」「そのままでいい」

 慌てて口にくわえた干し肉を手に取って立ち上がろうとする彼女を、隊長が手で止めて続ける。


「我々はこれより蛇を追って本部方面へ飛ぶ」「そ、そうか……」


「だが先の戦闘で直射砲バルトキャノンを破損している。護衛を頼みたい」

「えっ。」「砲撃艦リボルバーは同行してもらえるだろうか?」


「ご、護衛。……もちろんっ! も、問題ない! なあフォレストンっ」

「あ、ああ。いいんじゃないかなあ」


 答えて見上げるフォレストンに、隊長は軽く視線を返した。




◆◇◆




 やや薄暗くひんやりと涼しい後部車両の大部屋は、壁一面に金属光沢のある黒色の棚が詰まっていた。アキラは映画で見るような外国の銀行の金庫室を思い出して、ふわああとぐるりを見渡している。横のモニカが手帳をぺらぺらとめくりながら指でなぞり、どこにともなく声を放つ。


CRLLTAカリータ—224932」

 棚の一つの輪郭が四角く光った。

MOYGRDモイグリッド—530901」

 また別の棚が光る。どちらもかなり低い位置の引き出しだ。


=暗号と生体の二要素認証か。声紋と魔力マナのようだな=

(魔力で? 本人のクセみたいなのがあるの?)


=いや、文字や数字に元素星エレメントの配列を読み込ませている。そのパターンを声で認証しているのだ。お前が言う数字の10とウサギが言う数字の10だと声紋が違うから、別の元素星エレメントの配列を記憶させることができる。わかるか?=


(なんとなく。暗号を知られても別の人間だと元素が合わない、ってことだよね)

=その通りだ。だから、開かない=

(よくできてるなあ)


 そのウサギ——リリィが、まず光った一つ目の棚を両手で「うんぎっぎぎぎ」と引っ張り出す。手伝おうと一歩出ようとしたアキラの腹を横からモニカがぺんぺんと叩く。


「無理無理。そこで見てな」「は、はあ」


 おおむね横二メートルほどの大きな黒鉄の棚が、ごりごりと開いていく中に。なにやらちかちかと光るものが点々と転がっている。その大袈裟な棚に比べて、あまりにも拍子抜けするほど、その輝きは少なく、中はほとんど〝がらんどう〟なのだ。アキラとモニカが横から覗き込む。光は白色の石で、リリィが数え出して言う。


「まあまあかなあ。三、四、五、六……十四個だねえ」

「いいんじゃないかい。全部持ってっちまいな」


「あいあい」と返事をして、リリィが腰にぶら下げていた布の小袋に、無造作に石を詰め込んでいく。


=これは、すごいな。2万ジュールほどの魔力の塊だ=


「一個、2万ジュールくらいですか?」

 アキラが言うのに、モニカがちょっと目を丸くした。

「目利きもできるのかい? まあ、今さらアンタに驚かないけどさ」

「はは。これ、売れるんですか?」


 むしろその台詞に、モニカとリリィが目を合わす。リリィが腰の袋をぱんぱんと叩いて言うのだ。


「街なら二年は贅沢できるよお」「えっそんなに?」


「まぁ修理で消えちまうけどね。ぜんっぜん足りないよこれくらいじゃあ。乗ってる時は百人から乗ってたんだ。食いもんだけでも結構な量だよ」

「百……ああ、そんなのも、あったんですね」


 アキラが、蛇の屋上で聞いたロイと艦長の経緯を思い出した。


「そうだよ。りもも大きいんだ、無限機動ってのはさ。乗ったことない連中は、わかんないよね、さすがにね」


=アキラ。地球でも船舶関連の維持費は結構なものだぞ=

(そうか、そうだよね。……え、でもそれならさ)


 アキラが大部屋を見回して。気になったことをモニカに訊くのだ。

「えと、じゃあこの部屋の棚、全部こんな石が入ってるんですか?」

「うふ。それだとあたしたち大金持ちだわあ」「だ、だよね」


 モニカが手帳をぺんっと閉じて胸の谷間に仕舞い、腰に手を当てて笑った。


「〝なんでも訊く〟っての、実践してるみたいだねアキラくん。教えがいがある。魔力マナの石ってのはね。竜脈に乗った時間と方角、箱から出す時間と方角で、できたりできなかったり、大きさが変わったりするんだ」


「それは、難しそうですね」

「そうさ。下手にそこらへん、片っ端から訳も分からずに開けたら、固まってない魔力が逃げてからっぽだ。十四個ってのは採れた方だね」


=魔力の採石設備か。当たり外れがあるところは宝石の採掘に似ているな。いちおう経済活動にも参加しているんだな、この蛇は=


 もう片方の箱は、石は五個しかなくリリィがちょっとがっかりするのを「そんなもんさ」とモニカが肩をたたく。石の大きさは均一ではなく、そのあたりも当たり外れがあるようだ。大部屋を出掛けにモニカが言う。


「帝国紙幣とアイルタークきんで半々だ。あとイルケアの地域貨幣で20万ぐらいもっとけばいいんじゃないかって、艦長に言っといてくれるかい? 手間賃は少し多めに渡してやりなよ、多分ばあちゃんアイルターク出すの渋るはずだからさ」

「あいあい」「ばあちゃん?」


停泊所ポートの管理人さ。言えば、わかるよ」

 モニカが笑う。





 管制室に動力班のサンディが来ている。犬の娘は垂れた耳を時折ぴくぴくして、顔を突き出してミネアの隣の椅子で感心していた。


「そんな『幻界と同じ動きをする呪文』なんて、ひらめきませんよ普通。すっごい狭い発想じゃないですかあ」


「なんだよね」

 操縦席に寝そべったミネアが、くるくると指のビー玉を回す。それっきり何も言わないので。

「……それで、なんで私、呼ばれたんですか?」


「彼がね」「はい」

「街のこととか、詳しくないじゃない?」


 ミネアの台詞に。犬の顔がみるみる曇る。

「いや、あの、ひょっとして私に引率しろとか、そういう」

「私もリリィも長時間の隠身おんしん苦手じゃない?」


「いやいや! 私だってヒトに化けるの嫌いなんですってば!」

「修理で忙しいし」「それは私もですっ!」

「動力部はダニーいるから」「くうッ」


 胸を揺らしてサンディが操縦席の背もたれにすがりつく。

「だってそれって。あのヒトと家族のふりするってことでしょお」

「まあ、そうなるかなあ」

「やなんですよぉ人間の男性ってすぐへんな臭い出すからあ」


「ああ、それ心配しなくていいから、彼ぜんぜん臭わないし」


「えっ。だったらケリーとかの方がカレ的に」

「そういう意味じゃなくって。体質っ」

「あ、そうですか……って! 私で決まりなんですか!」


 サンディがぶんぶんっと腕を振るのだ。

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