第二十八話 艦長と将軍


 ——前大戦にて帝国ガニオンがアルター国に提示した休戦条件は、三つだった。ひとつは国の南北の分割。ふたつ目はカーン・イルケア・ネブラザ・クリスタニア領の帝国への割譲。そして三つ目は。


「獣人の放棄だ」


「放棄……って」

「魔導に優れた獣人種を、軍の戦力から放棄することだ。アルターが協定を呑んだ瞬間は、ロイは部下とともにクリスタニアに向けて、百名ほどの避難民を連れて山脈を移動中だったらしい。ほぼすべて獣人の民間人だ」


 砲身に座り膝の上で両の手を組み、遠景を眺めながらログが話す。


 向こうでは、しばらく民家が見当たらないのだろうか。女性陣とレオンの乗るロックバイクが、ひたすらウォーダーと並走して山裾の街道を飛んでいくのが小さく見える。

 陽射しも柔らかい。いい気晴らしに、なるだろう。



 聞いているアキラの反対側からリッキーが会話に入ってきた。


「ぜーんぶ。持ってる魔導器に一斉にロックがかかったんだぜ。ひどくない? 山の中で捨てられたようなもんだったんだ、俺ら」

「え。じゃあ、そこにいたの?」

 アキラの問いに猫の二人が頷く。エリオットが続けた。


「僕らだけじゃないです。リザも。パメラも。フランとシェリー、リンジーもだよ。みんなまだ全然小さかったけど」

「子供は班で分かれててさ。俺ら七人は、親父の組だったんだ」


 話をアキラが反芻する。つまり飛竜ロイは軍部の指揮官でありながら、唐突に国から捨てられた、ということなのか?


=いや、おかしい。将軍ジェネラルという地位なら、むしろ本部で切り捨てる側だ=


 声に言われて。アキラがログを見る。

「あの……将軍、って……」

 岩の男の口元が、意味深に緩んだ。


=やはりな。ってのはこの子らの、トカゲへの〝渾名あだな〟だ。実際は部隊長、せいぜい中隊長あたりだったのではないか=

(ああ、指揮官だったらなんでも『将軍』って呼んじゃう感じ?)


=そうだ。作戦現場の指揮官なら、情勢で切られることも、あるかもしれない=


 記憶を探っているのだろうか、ログが空を仰ぐ。


「私も聞いた話なので詳しくは知らん。当時ロイは、空飛ぶ蛇で戦地に出没するイースの噂は耳にしていたらしいが、単なる傭兵のあらくれとの認識だったようだ。しかし国から捨てられ、人間から襲われて——」


「人間から? ロイさんが?」「その避難民たちが、だ」


「だって戦争は終わっ……」

=アキラ。敗残者の常だ=

「……それは略奪とか、そういう話ですか?」


 岩の男が頷く。反対側をちらと見れば、二人の子猫も神妙な顔で聞いていた。おおむね話は合っているらしい。


「獣の群れだからな。獣人放棄の条項も広まった。歯止めが効かなかったのだ。獣には何をしてもいいと、勘違いする輩も出てくる」

「でもさ。でも。親父はそういうの全部。追っ払ったんだぜ」

「そうですよ。すごかったんだからっ」


 横から二人が必死に食いついてくる。アキラが普通に返答した。

「だろうね。強いもんねロイさん」


 子供らの顔がぱあっと明るくなった。

 世辞ではなく、本気でそう思う。この蛇の乗組員が相当の実力者であることは、さすがに一般人のアキラでも、はたで充分に感じ取れるのだ。


 思えば。だからこそ。



——じゃ、じゃあ、あの救護艇を放っといたら、また——


——では撃つかね? 怪我人を?——



(やっぱり……軍人だったんだ)

=そういうことだ。子供らも乗っていることだしな=


 心で会話するアキラの顔色を読んだか否か、ログが続けた。


「彼は最後まで軍人然とした振る舞いだったそうだが、残念なことに離反者も出た。人間にやられっぱなしで腹の虫が収まらなかったのだろう。若く血の気の多い獣たちのいくらかは、集団を離れて山奥へ消えたらしい」


「ああ……そういうのも、あったんですか」


「それでさあ、最終的に残ったのが、八十? だったっけ?」

「うん、それくらい。もう食料もなくなっちゃって」

「虫食ったよな。虫」「あああやめろよぉ」

 相当に難儀な逃避行だったようだ。当時を思い出して話す二人にアキラが訊ねる。


「それで、艦長に会ったの?」


 リッキーが。ばっと。顔を上げた。

「そうだぜ。『俺と戦え』って。親父が」「えっ」


「だからさ。『俺が勝ったらその蛇を渡せ』って」

「ええっ? 負けたら?」

「『俺をお前の部下にしろ』って」「えええええ」


「それでさ。『勝っても負けても、他のものは乗せてくれ』って」

「えええ? それよく受けたなあ艦長」


 くっくっと土地塊ゴーレムが横で笑った。

「確かに、何の得もないな」「ですよね」


 ログがまだ口元を緩めながら。

「だが、受けたのだ」

 ちらとアキラに目をやり、言った。アキラも答える。

「ただのあらくれじゃ、なかったんですね」


「うむ。先遣隊から目的地のクリスタニアが割譲区になったと聞いて、さすがにロイも、進路を悩んだらしい。そこに、避難民の噂を知って飛んできたのがイースだ。『何か力になれないか』と」


「……ロイさん、その状況で決闘を申し込んだんですか」

「まあ、わからなくもない」「そうなんです?」


「民を預かる身なら、蛇の面々の実力も知る必要は、あっただろう……私の想像だが、アキラ。その滅茶苦茶な申し出をイースが受けた時点で、ロイの腹は決まったんじゃないだろうか」


「ああ……」「決闘は、おまけだな」




◇◆◇




 しかし子猫たちにとっては、その〝おまけの決闘〟が話の本番のようで、おそらくはかたわらで見ていたであろうリッキーとエリオットの力の入りようが素晴らしい。身振り手振りでアキラに説明するのだ。


「左がさ。でかかったからさっ。飛んだんだよ親父がぎゅーんって。ぼんっぼんっぼんってほら七つあるじゃん艦長さ。だから足りなくって呼ぼうとしたけど呼ばせてくれないんだよ。そこはすげえなあってホント」

「将軍は変動値コントが10—2000あるから数秒で護衛サテライト振り切れるんですよ。でも壁に風星エアリア全振りしてるから顕現が効かなくってですね」

「ふんふん」


「だからもうぐるんぐるんまわってさ。俺たちあわてて離れたんだから。でも行かないの下まで。艦長のアレかわるんだぜ。ばあっと広がってさあ、どのくらいだったっけ?」

「200リームくらい? でも逃げる必要なかったんだよね。炎術に粘性かかってるの見たの初めてだったんですよアキラさん見たことあります?」


(どうしよう全然わかんない)

=そうか? 私はなんとなくわかるぞ=

(コンピュータがなんとなくとか言うなよっ)


「そっから戻ったのをさ、親父がぶわあって……ふうっ。」

(汗かいてる……)


 ちょっといたたまれなくなってきたアキラに、横からログが助け舟を出した。


「お主ら。ロイの変動値コントを勝手に教えていいのか?」

「あっ」「あっ」


「うん? そういや変動値コントってナニ?」

「えええ! アキラさん。そっから?」


 猫二人と一緒に、反対側のログも驚いた風で訊ねる。

「アキラお主、竜脈の時に空に飛び出したと聞いたが? 変動値コントも知らずにどうやって落下を調整したのだ?」


=落下の調整?……重力加速度は一緒のはずだが?=

「な、なんとなくできるんですが、理屈はよく知らないんです」


 ログが呆れた顔で、アキラの方を向いた。


「命知らずだな。元素星エレメント風星エアリアが最も上昇気質が高い。次いで火星イグニスだ。逆に水星ハイドラ大地星タイタニアは安定気質だ」


=ああ、浮力がかかるのか=


「だから風星エアリア火星イグニスは浮力、水星ハイドラ大地星タイタニアは負荷がかかるんだよ? 知ってるだろ?」

 のぞきこむリッキーに、アキラがぽりぽりと頭を掻いて苦笑した。


「ははっは」「ええええ? ホントに?」


「まあいい、そういうのも聞くといい——逆に体重の変動値コントが上振れしているか下振れしているかで、その者の元素の得手不得手がわかるのだ。普通は、獣や魔導師は信頼できる相手にしか、体重は知らせない」

「そ、そうなんですね……でもロイさん、え? じゃあ10って?」


「親父、俺より軽くなれるんだよなあ、まあそうじゃなきゃ飛べないけど」

 むうっと唸ってリッキーが腕組みする。


=アキラ。重さの単位はバイルだ。1バイル約1.08キログラムだ=


「10バイル? 最小値が?」

「そう。平準値ミッドバイル150ぐらいかなあ、親父」

「うんうん。僕たちから聞いたって言ったらダメだからねアキラさん」


(えええ、10キロから2トンまで体重変化するのロイさん?)

=それも一瞬で変化するらしい、たいしたものだな=


「あの」「私か?」「聞いてもいいんですか?」

 ふっとログが笑った。


「構わん。150—5000だ。平準値ミッドバイルは230ほどだ」

「5000……ですか」

「重くは、なれる。逆に風星エアリアが苦手でな」


=なるほど、平準値ミッドバイルからどちらに振れるか、だな=

(230から下に5000まで、っていうことは……)


大地星タイタニアあたりは相当な使い手ということだ。確かに特性が読めてしまうな。だが、重くするより体重をマイナスして浮力を与える方が、遥かに難しいはずだ。ロイの10バイルあたりは、かなり風星エアリアに通じていなければ出せない数値だろう=


 アキラが振り向いたので、リッキーがびくっとする。

「リッキーは……」「教えないよっ」

「なんで? いいじゃん」


 つんととんがった耳の間をわしわしと撫でる。青猫がむううと唸って。


変動値コント17—50……かなあ」

変動値コントちっさ!)

「ああ! 今『変動値コントちっさ!』とか思ったでしょ! もう!」

「んあう? ううん?」

「言っとくけどね。ココの大人が規格外なんだからねっ!」


 パンパンとまたがった筒を叩いて言うリッキーの後ろから。

「そうそう。僕は変動値コント30—79ぐらいですよ。リッキー結構頑張ってるんだよね、えへへ」

「うっ、な、なんだよ気持ち悪いな」

 肩越しにまたエリオットが笑った。


=この体格なら二人とも平準値ミッドバイル40ほどだろう。青猫はトカゲを真似て上振れしたいのだろうな=

(ああ。なるほど)




◇◆◇




「竜脈に怒られた? ナニそれ?」

 アキラが聞き返す。結局、艦長とロイの決闘は引き分けだったらしい。


「戦ってる間に環状脈サークルが出てさ」「環状脈サークル?」


「山岳でまれに起こる異常な竜脈だ。魔力マナの急激な変動が原因と言われているが、詳しい条件は解っていない。上流も下流もない文字通り『輪っかに繋がった』竜脈だ。そして荒天を呼ぶ。辺り一帯が暴風雨になる」

「そ、そんなのがあるんですか」


「捕まると、なかなか出ていけなくなるんです、無限機動も」

「だって……食料がない時にそれって、遭難するんじゃない?」

「だからさ。もう親父も艦長も慌てて全員乗っけてさ」


 それが二人の決闘の結末である。そこからは。


「どれくらいだったっけ、えーと、近月節マージ一、二、三……四回ぐらい通ったんだっけ?」

 指を折って数えるリッキーの右肩からエリオットが答える。

「一年と三ヶ月ぐらいだと思うよ」「だったっけ?」


「八十人乗せて?」

「うん。あっちこっちの街まわってさ。帝国とか、ファガンとか避けてさ。安全な街を見つけたら、だんだん降りてったけど」


(ファガンって確か侵攻してきた国だっけ、大きい国なのかな)

=帝国グランディル・ガニオンに次ぐ、大陸南方に国土を持つ強大な魔導国家だ。竜脈で得た情報ソースだけだが、帝国以上に性質たちが悪いぞ。あまり話題には出さない方がいい=

(そうなんだ、了解)


「街に降ろす時には必ず、自分の部下を一人ふたりは付けたらしいな。だから今でもロイは、あちこちの街の獣たちに情報網を持っている」

「ええ〜っ、そういう仕込みで降ろしたんじゃないんだぞ親父は」

「わかっている。護衛だろう? 結果的にだ」

「そう。結果的にだよっ」


 アキラ越しに岩と子猫たちがやりとりするので。

「それで、最後に残ったのがみんななの?」

 一番気になるところを訊いてみる。


「そうだよ」「そうなんだ」「うん」


 さわさわと風が緩い。


「——あれっ養子の話は?」「うん?」

「一番聞きたいとこなんだけど」「えっううーん」


「『俺と戦えッー将軍ッ!!』」「へっ?」

 ばあっと。ふさふさの鼻先を真っ赤にしたリッキーが。右肩で叫んだエリオットを抑えようと体を捻るが茶髪が素早く左に移動して。


「『勝ったら俺の親になれッ! 負けたら俺が息子になってやるッ!』」

「おまっ! ちょ!」

「『勝っても負けてもこいつらは乗せてくれッー!!』」

「エリオットッ!! オマエはぁ!! そんな詳しく言わなくっていいだろっ!!」

「あははーっ。かっこよかったよリッキーっ」


 ぽかんとするアキラを残して、子猫たちが屋上で追いかけっこを始めた。後ろからログが声をかける。


「……結局ロイが根負けしたらしいぞ。リッキーの勝ちだな」


「こっちは勝負がついたんですねぇ」

「横からイースがロイに『今ので一本取られてるな』と言っていた。判定負けというところか」

「その場に居たんですか?」


「居た。獣を街に降ろし続けている蛇の噂を追っていてな。ようやく会えたのだ。イースに談判したのも、その時だ」


 ログが空を見上げる。確か、その日も晴れていた。





——見れば彼らは、まだ子どもだ。このまま乗せておいていいのか、艦長?——


 虎はただ、笑って答えたのだ。


——別離なんてのは、双方納得してからじゃなきゃ、きっと後悔するんだ、いつだってな。あんたも一緒だ土地塊ゴーレムさん——





 ふ、と笑うログと、横で見るアキラに。声が飛ぶ。


「はいはーい。大漁たいりょー。たっだいまー」


 気付けば蛇の広がる砲の合間を縫って、うぉんとバイクに乗ったリリィが屋上まで高度を上げてきた。後ろのシートはいっぱいの荷物が積まれ、首にまで縄でまとめた野菜がぶら下がっている。

 根菜のいくつかを左手で掲げたウサギが午後の陽に照らされて。岩の男に叫ぶ。


「いっぱい仕入れてきたよぉ。おいしいもの作ってねー」

「うむ。まかせておけ」「えっへへー。じゃあ続きやろうかぁ」


 後ろの車両では男子猫組二人が屋根からやいやい叫ぶのを、付かず離れずでリザが煽っていた。パメラは必死にしがみついているようだ。

 目線を下げれば。格納庫前の空中にホバリングしたミネアの後ろで、赤毛の少年がこちらを見上げていた。


 ログがまた会釈を返そうとした。だから。

「ログさん」「うん?」

「たまには、そうじゃなくって。こうして。」


 アキラがログの右手の肘を掴んでぐっと上げるのだ。

 やや面食らって、そこから。少し笑ってログが手を振る。タンデムシートのレオンが少し目を丸くして。


 大きく手を振り返した。

「ただいまあ。ろぐ」


 満面の笑顔で。





◇◆◇





 帝国の無限機動ベスビオから砲撃を受けた蛇の右舷砲塔群は、二番四番の砲身が湾曲していたのを応急で修理したのはいいが、三番砲は完全に砲座駆動部から損傷、砲身は現場で落下してしまったらしい。

 また、修理した二本も耐久が完全ではない。発砲で負荷がかかれば、やがて筒が割れるかもしれない、とのログからの報告であった。


 報告はもう一つあった。こちらは嬉しい知らせである。幻界アストラルから帰還してのち動力班が半日観察した結果、明らかにウォーダーの、単位時間当たりの魔力消費量が一律に減少しているのだ。


『全盛期の頃と同じかと。上々の出来ですな』

 ダニーからの知らせに一瞬、管制室の虎と飛竜が顔を見合わせたが、すぐ。虎が引き締めたのだ。


「次行く機会があるかどうかわからんが、幻界生物アステロイドの対策は考えたほうがいいな——本当はパメラに話を聞きたいんだが、無理だろ?」


 聞かれた飛竜がかぶりを振る。

「戻った瞬間はだいぶ参っていたようです、午後からは外出して、少し気が晴れたようにも見えましたが」


「そうか。いい。今はそんなに急がん」「はい」


 かり、かりと、人差し指で顎を掻く。あれは。どのくらいの強さで。そしてどれだけ存在するのだろうか?





「どうして? もう戻ってこないのかい、あのトリは?」


=こちらがフィールドを創造しない限り、な=


「——はい。幻界生物アステロイド同士が出会うには、フィールドが必要らしいです」

フィールド?」「そうです」


 食堂車は、今は壁の鎧戸が上がって外が見えていた。西から東へ航行中の蛇の窓から見えるのは南方の山々で、もうすっかり陽も落ちて真っ黒な稜線のシルエットだけが星空の下を後ろに流れて行く。


 いくつかのテーブルの上には約束通り、昼間買い込んだ根菜の煮物が大鍋で乗っていた。ポトフに似ていて味は薄めだが上品で、中には柔らかく煮込んだ肉も入っていたので何の肉かと聞いたらどうやらカエルのような生き物らしい。

 味が鶏肉に似ていたので焼いても旨いんじゃなかろうかと思うアキラの目の前に案の定、塩焼きの肉のきざみが皿で届いた。脇の方だけ軽くソースがかけてある。

 

 後ろの大きなテーブルには子供たちが集まってわいわいと食事をしている。七人の獣の子らに加えて今夜はレオンも一緒に食べていた。


 ひと席離して座っているのはミネア、リリィ、サンディ、モニカの女性陣とアキラだった。アキラの対面に座る小さなネズミはなんとも几帳面にメモと鉛筆を持っている。もっぱらアキラとモニカのやり取りを、横で雉虎と犬とウサギが興味深く聞いているところなのだ。


=そもそも不確定性の高い事象元アストラ——幻界アストラルには密度的な領域エリアという概念はあっても場所アドレスという概念がない。だからまず〝決められた場所に行く〟のではなく〝固定した場所を創る〟ことから、幻界へのアクセスはスタートするのだ=


 声の台詞をアキラが考え込みながら伝える。時々左のこめかみに触れたり掻いたりするのを、リリィが横からうずうずした様子で見るので。それをさらに怪訝な顔でサンディが覗き込む。


「場所を創る……想像もつかないねぇ。どうやって?」

「それが説明しにくくて……生まれつきできるらしくて」

「生まれつきかい?」「はぁ」


=自分で夢の世界を創って、自分でその中に入る。地球人なら当然のようにできている行為だな=

(そう言われてみると、すごいのかなあ)


「あんたんとこの人間は、みんな? 一人残らず?」

「できると思います」


 モニカが椅子の背を鳴らして反り返った。

「世界は広いねえ……あたしらが、大陸中どれだけ探してもいなかったってのにねえ、ねえミネア」「うん」

「あ、ほら。食べな。食いながらでいいから。冷めちまうよ」


 言われて全員が匙をつけた。口に運ぶと乱切りの野菜の味がしっかりして新しい。ミネアがふうふうと息を拭く。

 唇を鉛筆の根元で叩きながら、天井を見つめて考えに耽っていたモニカが、ふと。


「……霊術に、似てたなあ」「霊術? どれがです?」

「いや、あのトリの現れ方が、さ。〝顕現自在フラッグマイン〟って言うんだけどね」


=幻界の存在は意識してはいかんのだアキラ。居ると思えば居てしまう。居ないと思えば居ない。領域を自らの意思で守らなければ、簡単に他者の侵襲を許すのが向こうの世界の在りようなのだ=


 言われてアキラが思い出す。



——探したら!! ダメなのッ!!——



 わずかに頭をずらして。モニカ越しに向こうの席を見る。子供たちに混じって白猫のパメラが、匙をぎゅっと握って不器用に、おとなしく食べているのが見えた。


 その視線に。

「〝あの子〟が気になるのかい?」

「あ、えっと」

「?」「?」「うん?」


 他の三人も顔を上げた。モニカは「しいっ」っと口元に鉛筆を当て少し頭を乗り出してアキラに囁く。

(あの子は特別だ。辛い目にあってる。詮索は、なしだよ)


 横を見れば全員、わずかに頷いたので。

「わ、わかりました」とアキラが答えた。


=あの白猫、カラスを知っているようだったのだがな。気にはなるが保留か=

(そうだね)


=まあしばらくは幻界あちらに行くことも——アキラ。=

(うん? どしたの?)


=——いや……なんだこれは?=


 突然がたっと。レオンが立ち上がる。食堂車の全員の声がやんだ。食べていた子供達が一斉に、耳をぴんと立てて顔を上げる。リリィとミネアが窓を見る。モニカの目が見開いた。


「リッキー! ログ!」


 声をあげたモニカに反応して。ログが厨房から蓋を投げる。リッキーとサンディが受け取って大鍋に被せて右に回して気密する。獣らが食器を素早く片付け始めた。


(え? なに? なに?)

=アキラ。衝撃波だ=

(ええ!!)


「もういい。テーブルに潜りな!」

 モニカの叫びに、子供たちは一斉にテーブルの下にかがみ込んだ。ウサギと猫と犬が腰を低くするのを見て、アキラもテーブルの淵に両手をつける。


 緩い空振が響く。蛇が震える。厨房からログが叫んだ。

「来るぞっ!」



 ぐわんっ。と。最初に強い縦揺れが一瞬。

「ひっ!!」「うわっ!!」


 続けて数回。横に蛇が揺れる。食器が激しく音を立てる。テーブルの脚に子供たちが掴まったままじっと固まり、大人組は天板に手をついて周囲を見渡す。机上の大鍋もゆさゆさと揺れたが、倒れるほどではなかった。


 やがて、揺れが収まっていく。恐るおそる子供たちがテーブルの下から頭を出した。厨房から出てきたログが窓を見るので、合わせてアキラたちも外を覗く。


『モニカ。問題ないか?』

 スピーカーから虎の声がした。


「こっちは平気だよ。なんだい今のは?」

『わからん。攻撃ではないようだ。高度、上げるぞ』

「了解。今ので終わったのかい?」


『終わったのかダニー?』

『はい、第二波はありません』


 音声とともに、ごおおと蛇が上昇を始めた。女性陣が前方格納庫へ走って出ていく。アキラたちも後を追った。




 開いた格納庫の扉から、夜風が舞い込む。側では既にケリーとノーマ、そして医師エイモスが外を見ていた。高度を上げていく蛇の向こうで、山の峰が低くなり、その次の山、次の山と、遠景が眼下に広がっていく。


 遥か地平の彼方まで、黒々とした山稜が続く以外、世界に異常は見当たらない。が、ただ。しるしは天にあった。


 見上げる狼の目線を追って、夜の星々を伺えば。


「……なに、あれ?」


 誰かが呟く。

 星を縫って夜空に爪痕が残っていた。


 方角にして西南西の空より、僅かに浮かぶ雲を切り裂くように放射状の線が天に広がっている。衝撃波によって追いやられたであろう雲々が波状紋を象って、夜空をゆっくりと流れていくのが見て取れた。


 おそろしく遠くで。なにかがあったのだ。


 ぎゅっと。

(?……)

 ぶかぶかの、アキラのパーカーの畳んだ左袖を掴んだのは、いつのまにか横に立っていたレオンだった。耳を隠す燃えるような赤髪を風に膨らませながら夜空を見上げて、少年は。やがてアキラに視線を移す。


「レオン?」


 悲壮な顔で。

 だが、なにも言わない。唇は真一文字に閉じたままなのだ。


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