第二十一話 幻界に棲まう蛇


「なんだい、女子はまだ飯食いに来ないのかい?」

 大皿いっぱいに乗った追加のパンをテーブルに運びながら、真っ白なエプロンを掛けたモニカが声をかけた。


 椅子に座ったリッキーは右の肩甲骨あたりに大きな止血判を貼っているため上半身を裸にしている。表の半身、鼻っ面から口、首筋、胸から腹へと白い毛に覆われているがせなの毛は綺麗な青で、四人の子猫の中では顔も一番毛深い。そんな白い産毛に覆われた口元を汚さず器用に、テーブルに積まれたパンをかつかつ食べながら答える。


「ケリーの容態見に行ってる。エリオット、それ取って。俺ら先に食っとかないとさ、夜勤サンディだから。引き継ぎしなきゃだから。でもホントに竜紋態ドラゴニア出したのあのヒト?」


 話があっちこっちに飛ぶリッキーの反対側でメガネを曇らせながらもくもく食べていたエリオットが、パンを咥えたまま目の前にあるたっぷりの汁物が入った深皿をリッキーの方に寄せて頷いた。


「うんうん」

「ええ、だって人間だろ? 相当すっげえ魔導師とかじゃなきゃ出せないんだぜ。それか身体に何か仕込んでるか」


 濃い汁物をリッキーがぺたぺたとちぎったパンに浸して口に運ぶ。まだ湯気が立っているが、とうに猫舌は克服した。

 獣たちの食事はいちいち人数分の食器が準備されていない。パンもスープも大皿にひとまとめなのを、思いおもいに手に取って食べていた。


 今、ウォーダー後尾部の食堂で夕飯を取っているのはリッキー、エリオットの男子猫組とチンチラのフラン、ドワーフウサギのシェリーの厨房ペアである。奥の厨房ではログが忙しそうにじゃあじゃあとフライパンを煽っている。


 リッキーの台詞にフランが食いついた。チンチラの彼は灰色の短髪から飛び出た丸く大きな耳をはためかせながら、干した木の実を焼き込んだ繊維の多い硬めのパンをかじっていた。煮込んだスープも柔らいパンもあまり好みではないのだ。


「あの黒髪のヒトが魔導師だったっけ? 越境するヒト?」

「ちがうって。越境するのはあの片目のおじさん。医者なんだってさ。あのヒトが元魔導師で、石を捨てて——あ、そうだ」

 リッキーが真面目な顔になって、続けた。

「石を捨てたとか、なんとか、パメラの前で話しちゃダメだからな」


「わかってるよそんなこと」

 何を今さらというていでエリオットが耳を外に向けて眉根を寄せた。リッキーがむっとして言い返す。


「お前はいいんだよ。こっちの二人。わかったかフラン、シェリー」

「そんなまたバカにして」

「あーい」

 間の抜けた返事をしながら手を上げて、シェリーが上に伸びた耳をひょこひょこ動かした。その天然そうな彼女と一緒にされたのがフランは気に入らないらしい。テーブルの横でモニカが苦笑した。


「まあ気をつけるのは、いいこったね」

「だろ? でもさ、あの兄さんどこに行くつもりなんだろ?」


「……どうかねえ。竜紋出せるだけじゃなくって、アイツなんだか変わってる——」


「あ、いた! ねえ! ねえねえ!」

 食堂の入り口にコーギーのリンジーが騒々しく顔を出した。


「あれ? なんだよリンジー、飯は食わないの——」

「すっごいよ! あのヒト! ウォーダー治すんだって!」

「えっ」「ええ?」




◇◆◇




 管制室の中心は十分に広い。


 ちょうど真ん中あたりにアキラが立て膝で屈み込み、遠巻きに見ているのは艦長、ロイ、ダニーと、そしてレオンはフロント計器盤の椅子に腰掛けていた。

 ミネアとリリィに並んで、前の車両からやってきたタンクトップのサンディもいる。垂れ耳の彼女は隣の二人に比べても相当にプロポーションは良いが表情は幼く、落ち着かない様子でリリィにこそっと話しかけてくる。


(なにやるんですかリリィさん? 魔法? あのヒト帝国?)

(……うん……)

(帝国なんですか!)

(うん? なに?)

 集中してアキラに目をやるリリィの生返事に、サンディが呆れる。


(いや。ちょっと。聞いてましたリリィさん?)

(うん? 聞いてなかった。なに?)

(あのヒトが今回の荷物さんですか?)

(それは別のヒト。てか、しぃー)


 言われてサンディが黙り込んで周りを見る。皆、真剣な表情で黒髪の青年を注視していた。アキラは右手首を左でぎゅっと握って顔の横に構え、なにやら床に俯き意識を集中しているようである。


=おそらく、狼の乗る機体とは比べ物にならない。結構、負担がかかるぞ=

(わかった、オッケー)


=始めよう。蛇を分析する。中指だ=


 アキラが軽く右中指の付け根を押した。そのまま右手のひらを管制室の床にゆっくりと押し付ける。


 最初はなにごとも起こらない。しかし、やがて。蛇がわずかに震え出す。まず気づいたのはミネアで、数歩下がってフロントの計器盤に手をついてささやいた。

「ウォーダー。大丈夫。心配しないで。このヒトは大丈夫だから」

 他の面々も辺りの揺れを伺うが、虎だけは腕組みをしたままアキラから目を離さない。


 アキラの額にわずかずつ小さな玉の汗が滲み出してくる。目がかすんで意識がふらつく。緩やかな眠気が襲ってくる。


(え。ね、眠くなるって。なに?)

=あとで説明する。我慢しろ=


 だんだんと瞼は重くなるのに発汗が止まらない。額の汗が集まって目元につたって入るのを左の親指で拭う。やがてぱたっぱたっと。床に一粒ふた粒とこぼれて染みになる。気づいたリリィがズボンのポケットを探るのを、艦長が小声で止めた。


「リリィ。万が一がある。動かずにいろ」

「は、はいっ」


=いいだろう。手を離せ=


 声に言われて。アキラが手を持ち上げようとして、ぐらっとよろめく。ロイが数歩前に出ようとするが、先にアキラが左手を前に広げて制止した。

「だ、大丈夫です。ロイさん。大丈夫」


 立ち上がったアキラを見て。周囲のみんなを見て。サンディがきょとんとしてまたしてもリリィに小声で問いかけた。


(え? おわり? なにしたんですかあのヒト?)

(しぃー。いいから。まだだからサンディ)


「……何かわかったのかアキラ? リリィ、汗を拭いてやれ」

 艦長のゆるしにはっと反応して、リリィがアキラの側に駆け寄りポケットから出した手拭きで額の汗を拭いてやる。


「あ、ありがと」「うん。うん」


=次は描画だアキラ。先に言っておけ。許可をもらえ=


「うん。あの、艦長」

「どうした」

「魔法を使います。名も銘もありません」


 艦長の眉が少し動いた。ロイとダニーが顔を見合わせ、ダニーの方が問いかける。

「式の名も、製作者の銘もない魔法? それはつまり?」

「この世で初めて今使う、という意味です」


 まただ。虎が顔を伏せる。声も出さずに笑う。またこんなことを言い出すのだこの青年は。呆れてロイが諌めようと声を出した。


「青年。竜脈移動ドライブの最中なんだぞ?」

「わかってます」

「その管制室で、たった今、思いついた魔法式を使うのか?」


「任せる」と、虎が決めた。


「——いいんですか? 艦長」

「やらなきゃいかんなら、仕方ないだろう」


(だ、大丈夫アキラくん?)

(うん。ありがと。少し横に離れてて)


 言われてリリィが距離を取るが、そこから。アキラが少し困った顔で鼻の頭を掻く。まあよく考えてみれば魔法など使ったこともないのだ。映画や漫画のような派手なジェスチャーは気が引ける。

(要塞の時は所長さんの真似しただけだしなあ。てか式とかも、特に無いし)


=なんでもいい。しかし共鳴系の基本は所長がやったように、宙に大きく円環を描くのだ=


 言われてアキラが、マインストンの所作を思い出しながら右手をへその前からぐるうっと。時計回りに一回転する、と。

「おおっ」

(おおっ?)

 周囲と一緒に本人が一番驚く。綺麗な光の真円が描かれたのだ。


=では唱文しょうもんだな。相手は風星エアリアだ=

(なんて言えばいい?)

=共鳴系は本来無詠唱だ、自分の意思をしっかり伝えればなんでもいい。我が意を示せ、とか、そんな感じか? 好きに組め=

(ええ? わっかんないなあ)

=早くしないと契印シールが消えるぞ?=


 ばっと右手を円に向けて。意を決してアキラが唱える。


「3Dホログラム投影! レンダリングと縮尺は自動おまかせ!」

=おいおい?=


 数瞬。なにも起きない。そのの後に。

 管制室中央の空間いっぱいに。


「うおおおっ?」


 獣たちから驚きの声が上がる。部屋の右から左に棒状の、横一直線の光柱がぼわああっと明るく輝き、すぐに細かい粒子となって縦に横に細微な線を走らせる。線はあちこちで繋がり型をし、やがて全てが、一つの立体的な像となって空間に留まる。


 ウォーダーの、三次元透過映像が完成した。


「す、すご……」


 思わず出た声を頰を染めて途中で飲み込んだのはミネアであるが、周囲は気づかない。部屋の全員が幅5メートルほどの三次元ホログラムに見入ったままなのだ。


 蛇の映像は微に入り細に入り、輝くパスで見事に型取りされている。頭部の障壁発生塊の内側に走る血管のような魔力管が第二車両の魔導炉まで繋がっている様子や、それぞれの体節に設置されている通路や部屋の構造、基底部に張られた浮動装置群、そして主砲の関節構造や旋回狙撃砲の収納システムも露わになっている。先の戦闘で折れた右舷砲塔まで、映像には再現されていた。


 なにか感じてのことだろうか。ロイが腕を組んで真剣な視線を映像に投げる。蛇における彼の役務は兵装の管理監督なのだ。これが便利で簡易で、しかし戦術的に極めてな呪文であることを、歴戦の飛竜は即座に見抜いたようである。


 そんなロイの複雑な表情をよそに、アキラの唱文は続く。


=今、元素星エレメントが迷ったな。少し水星ハイドラが加勢に混ざってるぞ=

(ええ? 元素って相談とかするわけ?)


=どうだかな。続きは私がやる、こっちが本番だ=


「……うまくいったのか? アキラ」

「艦長。まだです。


 言われたイースが、ふっと笑った。

「そうだったな。確かに。続けてくれ」


 アキラが、ふうっと息を大きく吐いて。


=蛇に合わせて、両腕を左右に。胸で呼吸しろ=

 ぐうっと両の掌を左右に広げる。



=幻界に棲まう蛇に告ぐ


 汝を思う同胞はらからいに応え


 観えぬ姿を姿見に


 故測ゆえはからいてく映すべし=



(ええ……俺より呪文っぽいんですけど)

=これくらいすぐ組めるようになれ=


 魔導の基本は使役と依頼である。魔力マナ元素星エレメント、幻界の精神や精霊を主に使役して魔法の素材とするのが励起系気術と顕現系理術、対して魔法の助勢を貰う許可を得るのが共鳴系操術と召喚系霊術である。


 元来は励起系と共鳴系が無詠唱、顕現系と召喚系が有詠唱で導引することが多いが、現在アキラと声が行なっているのは現界アーカディアに対する操術と幻界アストラルに向けた霊術の複合術であった。


 アキラが担当した風星エアリアへの操術は通常要らないはずの詠唱を敢えて行なっている。これは魔導の初心者であるアキラが、許可を貰う元素星エレメントへ対する礼を一層強く——あれはあれで礼と取ったので風星エアリアが迷いながらも動いたのだ——現すためである。


 無論。はたからの獣たちに、そのさまは分業には見えない。


 界をまたいだ魔導の操作は、碑文級クラス=レメゲトンと同じかさらに上、封印呪文クラス=クレセント聖文ヒエラルレベルでなければ見かけない。幻界アストラルに関われる魔導師とは、貴重なのだ。


 この青年は、果たしてそうなのか? 全員が目を凝らす。


 と。


「ぐうッ……!」

 さっきからくぐもった唸りを漏らすのは、やはりミネアで目の前に。それは少しずつではあったが、緩やかに描かれて輝き始めたのだ。


 意外に。内か外かで言えば、それは外側に居た。

 蛇にとって鋼鉄は鎧ではなく内骨格だったようだ。

 

 現実世界の外観フレームを覆うように。


 わずかに青みがかった透明グラスのレイヤーのごとく段々と。これまで獣たちが見ることのなかった幻界アストラル外観フレームが描かれていく。


 居合わせた全ての獣たちが息を飲む。

 蛇は、禍々しくも、美しかったのだ。


 外殻にまとわれた鱗は生物の蛇とは違って直線的で鋭く尖り、胸回りから腹部にかけての所々は鱗が膨れて鋸刃を思わせる様相で、頭から首にかけても長く伸びた鱗の形状がたてがみにも見える。

 ヘッドライトと同じ場所に位置する両目は大きいが真円ではなく切れ長で、その下には口と思わしき横一直線の切れ筋が走っていた。そして背中には。


「……背びれが、あったのか?」


 ロイが呟いた。その通り、見ればきらきらと輝く恐竜のような背中のヒレが首の後ろのたてがみより尾の先まで規則正しく大きさを変えて滑らかに並んでいた。

 

 なにより最も美しかったのは。その翼である。


 鳥でもない。翼竜でもない。昆虫でもない。どのような生き物にも似ていない。ウォーダーの翼は鉱物の結晶を思わせる出で立ちであった。

 その一枚一枚が薄いガラスを鋭角にデザインした刃のようなフォルムで幾枚も重なり、左右六対の十二の砲塔に対応するかのごとく特に長く大きな風切羽根が伸びている。先の攻撃で破損した右舷砲塔に重なる幻界の羽は、特に傷んだ気配はない。


 アキラの傍に立ち尽くしていたリリィが気づいた。映像の向こうで猫が震えている。

(ミネア……?)


 全身の産毛が毛羽立って。シャツの胸元をぎゅっと握りしめて。ミネアは細かく震えていた。そんなミネアの様子を横から気取られないよう、艦長はいとおしそうな、辛そうな、やや悲しげな瞳で見つめていた。


 無理もない。虎が思う。


 焼け果てた戦地にて、まぐれに拾われ、物心ついて以来。ミネアにとって蛇は家であり、家族であり、心の拠り所であったはずで、ウォーダーとともに生きてきた彼女が、これは初めて見るその全容、本来の姿なのだ。


 こころ乱れぬはずがない。痛いほど解る。虎が僅かに息を吐く。


 しかし彫刻のごとくに美しい異界の蛇の形状に、目を奪われていたのは当の呼び出したアキラも一緒であった。両の手をいっぱいに広げたまま呆けたように声に聞く。


(ひゃああ……これって本当に。生き物?)


魔力マナを形状化すれば、どうしても結晶性を持つので直線的なフォルムになるのだろう。それでは仕上げだ。赤で表示するか=


 そう声が答えて。蛇の外観のあちこちに、かなりの多くの場所に。赤い光の流れが現れる。赤は一箇所で点で留まっているものもあり、線のように流れているものもあり、うっすらと面になって広がっているものもある。


 ミネアが、その赤を一瞬で理解する。


「これ。……全部、悪いの?」


 猫の発した言葉に、部屋の者たちが蛇からアキラに視線を戻す。虎が引き継いだ。

「そうなのか? アキラ」


=一つひとつ話す。間違えずに伝えてくれ=

(うん。わかった)


 艦長の言葉と。声の言葉に。アキラが頷いて返答する。


「はい。赤い光が今のウォーダーの異常箇所です。魔力マナの滞留を起こしている箇所が十七、元素星エレメントの励起異常が六箇所。左舷の背中には外殻の硬質化が——」


「ちょっと待て。アキラ」

「はい?」


 艦長がさえぎって、視線をアキラの後ろにずらした。

「静かにしていられるなら、中で聞け。お前たち」


「ひゃっ。は、はいっ!」

 後ろから急に聞こえた返事に振り向けば、またしてもずらっと管制室の扉から雁首が並んでいるのにアキラが驚いた。


(わあっ。またいる)


 子供達である。全部で七人。主に食いついているのは男子組で、リッキーとエリオットの猫二人は言わずもがな、フランやリンジーも大きな耳を真っ正面に広げて一言も逃すまいと首を乗り出して構えていた。


「う、うぉぉぉ……」

 大声で叫びたいのを我慢しているのか、リッキーのくぐもった唸りが先ほどのミネアに似ていた。子供達が管制室にそろりそろりと入ってくる。


 後ろからそおっと現れたのは女子たちで、天然のシェリーは男子たちの後にひょこひょこと付いていくが、リザとパメラの子猫たちはアキラの側に立っていたリリィにたたっと近づいてきた。


 くるくるの赤い癖っ毛を揺らして大きな耳を伏せ、リザが上目遣いで悪い顔をする。


「うえっ、へっへっへー」

(ううっ。な、なにかなその変な笑い)

(ふうーん。うふふ)

 リザがウサギの細い尻をくいくいと肘で小突く。


「ちょおっ」

(なんで立ち位置そこ? リリィ。いいのよ。いいけど。うふふ)

(な! ナニ言ってるのかなあフレミングちゃんは)

(あんな匂いさせて。もうアタシまでさ、恥ずかったじゃん。いいのよ。うふふ)

 くいくいくいと小突きがしつこい。

 小声で言われてリリィの頰がだんだんと上気するが、そこに。


 反対側からシャツの腹を、今度は白猫のパメラが引っ張る。

「え? えと、どしたのパメラ?」

(あれ……大丈夫かな)

「ああ。大丈夫、あれはウォーダーだから。ね」

 見上げるパメラが、不安そうに小声で話すのを、リリィが頭を撫でてやる。



 静かにしているつもりでも、やはり小さいものたちがウロウロしだすと部屋の緊張が解ける。ミネアは数歩進んで蛇の映像に手を伸ばしかけて、アキラに聞く。

「これ。触っても?」

「あ、映像なので触れませんよ」


 言われて指を差し出すと、ふっと光の線と面が掻き消えたかと思いきや、また元通りに描画される。在らぬ姿に触れるように両の手をゆっくりとミネアが差し込む。蛇は消えない。

 ミネアの真似をしてサンディも、それを見てさらに男子もあちこちで、顔を近づけ鼻ですんすんと嗅ぎ、蛇の映像に鼻先や手を差し込んでみる。


「すっげえ……これ、どうなってんの?」

「これ。風星エアリアが発光して並んでるんだよね、きっと」


 意外にすんなり答えたのはコーギーのリンジーである。さすがは動力班といったところだろうか。エリオットがメガネの位置を直して食いつく。


「並ぶって、どうやるのさ。点で固まらないと無理なんじゃない?」

「うん。きっと。水星ハイドラ風星エアリアの粘性をあげて、粒子化を助けてるんだ」

 にこにことリンジーが楽しそうに答える。


(あの犬の子、頭いい。見かけによらないなあ)

=うむ。魔導が好きなのだろうな=


 しばしわいわいとはしゃぎ回る子供達を遠巻きに、ダニー、ロイ、そして虎の艦長が語り合っている。ダニーが虎に問いかけた。

 

「——立体映像、というやつなんですかね?」

「そうだな。おそらく、そうだ」


「ファガンの連中が、よく使っておりましたな。もちろん青年は、連中とは無関係なのでしょうが」

 そう呟くロイの目が冷たく光るのを見て虎が諌めた。


「関係ないさ。だが気持ちはわかる。ロイ。自重してくれよ」

「……どうしてもヒトの魔導は警戒してしまいます」

「ロイさん。彼はむしろ連中と対峙する際には、必要かもしれませんよ」


 野太いダニーの声は本当に誠実で、だから飛竜は皮肉も強がりも言えなくなる。ロイが目を閉じ息を吐いて素直に肯定する。


「その通りだ。あの青年は不思議で、おそらく貴重で、放置するには危険だ」


 持って回った言い方だが、今のロイの精一杯なのだろうと虎が笑い、周囲に声を飛ばした。


「よおし。お前たち少し離れろ。アキラ、続けてくれ」


 虎の呼びかけに。声が応じてアキラに言う。


=アキラ。見えさえすればしめたものだ。彼を呼べ=

(え? 呼ぶって、誰を?)


=手探りでやっても構わんが、試されただけじゃ割りに合わん。こっちもこっちで、この世界の人間を試してみてもいいんじゃないか?=



「——あの。さっきはつい先走って説明してしまったのですが」

「うん? そうだな。どうした?」


「エイモス先生を、呼んでください」



 これもまた竜脈のはかりごとか。

 越境者エイモスは、元魔導師で、なのだ。




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