第二十話 無限機動の真実

 ウォーダーの治療室は、最初にアキラが通された幹部会議室の、すぐ後方である。内部にベッド二床と診療の机、機体の揺れより医薬品を守る為なのか、いくつかある棚の引き出しはすべて掛け金で閉じてあった。天井には丸い半透明の蓋が被った大きめの灯りがあるので、窓はなくとも十分に明るい。


 部屋の中では、入り口から遠い方のベッドにケリーが寝かされていた。


 意識はすでに戻って上半身をやや起こし、その右腕には三角巾が巻かれている。ロイが運んでいる時に「たぶんどこか折れているかもしれない」とは、話していたのだ。

 ベッドの向こうの枕元からは、これも額に止血判を貼ったエイモス医師が、狼の耳の後ろあたりの毛をほぐしながら触診している。手前にも椅子がありノーマが座り、その傍にリザとパメラの二人の少女が立っていた。


「入ります、大丈夫ですかケリーさん?」


 部屋に来たアキラが、傷ついた狼のベッドの側まで近づく。



 ——格納庫でリリィから頼まれた内容は、あまりに突拍子も無いことで、ただ虎の艦長イースが蛇の状態を危惧している様は、時折発する言葉の端々からも確かに感じていた。

 まずは詳細を訊くことが先決だったが、リリィがはたと急に焦って「ちょ、ちょっと待っててね。まだ管制室には行かないで」と言って後尾部へ走って消えたので、アキラは気になっていたケリーの様子を伺いに、ロイに聞いていたこの治療室までやってきたところである。



「あ! アキ……アキラか。回収してくれたんだってな。ありがとう」


「いえ。腕は、どうですか?」

「う、うん、まあ、しょうがないな。これくらいで済んだのは……その、竜紋を出してたおかげだ」


 アキラの見舞いの言葉に、しかしケリーの返事が、どことなくぎこちない。彼が部屋に入ってきた瞬間に驚いたような素振りがあったが、そこからは、あまり視線を合わそうとしない。やや鼻の頭から頰にかけて汗ばんでいる。


「あれって便利ですね、俺も身体の感じが違って」

「まあ、どうだろう、身体能力は格段に上がる。そのかわり魔力マナのコントロールは異常に難しくなる。それに長く保たない。すぐ疲れる。俺は正直、苦手なん——っと。うん。そうなんだ」


 目が合いそうになって、またすぐ逸らす。

「ケリーさん? どうかしたんですか?」


「いやっ、というか、どうかって。なあおいノーマ、ノーマっ。」


 ケリーが助けを求めるような顔で、横に座った狐に鼻先を振った。アキラがノーマの方を見ると、彼女もまた困ったような可笑しいような顔をして口元に手を当て、椅子からはみ出た大きな尻尾をはたはたと動かしている。少し頰が赤い。


「しょうがないわよねえ。アキラくん、かっこよかったもんねえ」

「え? え?」


 横の子猫たちに至っては、そもそもリザもパメラもそこまで顔の体毛が深いわけでもないので、頰から鼻先まで紅く染まっているのが丸わかりだ。

 リザはまだ「えっへへへ」と照れ笑いしながら耳を伏せてアキラをちらちらと上目遣いで見ることができているが、白猫のパメラは、もはや真っ赤な顔を上げることもできない。ただひたすら指先をいじっている。


「どうかしたのか? みんな」

 医師のエイモスはアキラと同じく、不思議そうな顔で部屋の獣たちの挙動を見る。言いづらそうに続けたのは、ケリーだった。


「アキラ。その、俺のシャツな」

「あ! はい! すみません、借りてますこれ——」

「いやいい。いい。いいんだ。でも脱げ。とりあえず、着替えろ」

「これですか?」


「おまえ、すっごいリリィの匂いがする」

「……はい?」


 リザが「きゃぁぁ」と小さく叫んで両手で顔を覆う。二人とも耳をぺたんと伏せたままである。が、ときどきぴくっぴくっと耳がアキラの方を向く。口を押さえたまま椅子の上でノーマが顔を伏せて「んっんん」と軽く咳き込んだ。その三角の耳も血色が極めて良い。


「しかも、その——そんな汗ばんだ、火照った匂いさせて」

「きゃぁぁ。聞こえない聞こえない」

「ちょっとケリー。いいじゃない若いんだし」


 そこまで聞いた医師も「そうなのか?」という微妙に優しい表情をアキラに送る。女子三人が浮ついてるおかげで部屋が華やかだ。


「いやいやいや! あの!」

「大丈夫だ、誤解はしてない。匂いが混ざってないからな」

「あ、ああ。そうですかっ」


「すっごいアプローチだったのね。紳士ねアキラくん。うふふ。よかったわリリィが嫌われたんじゃなくて」

 見ていたかのようにノーマが笑う。


「ええっ。なんでそんなことまで」

「嫌なら嫌、って匂いがするのよ。そしたらリリィもすぐ止めるわ。ねえ、止めなかったんでしょ?」


=推論による嗅覚コミュニケーションか。興味深い。私も横着せずに、少しリソースを割くか=

(そ。そうだね。あまり何も匂わないのも不自然だし)


=というか。お前が匂わないとウサギが知ってるの、忘れたか?=

(え?)

=まあいい。朴念仁め=


「アキラ。アキラくん。アキラくんって」

 後ろから掛かる声に気づけば、ドアからちょこっとウサギが恥ずかしそうに顔を出している。手に持っているのは、どうやら綿の上等なパーカーっぽい。


「待っててって、言ったのに」

「ああっ。ごめんなさい」


「リリィお前、また勝手に……着替えさせてやれ」

 ケリーが呆れた声を出す。へたっと笑うリリィは心底照れ臭そうだ。




◇◆◇




「うっわ……すっごい。宇宙船っぽい」


 アキラは初めて蛇の管制室に立ち入った。


 まず中央のモニタが横いっぱいに広がって、左右に副モニタがやや角度をつけて合計で三つ据え付けられている。その下にぎっしり並んでいるフロントの計器類は明らかに飛行制御を行なっていると思われる水平儀や高度計、中にはジャイロスコープのようなグラフィックも動いているが、もちろんアキラには意味が取れない。


 中央からやや左寄りには操縦席と思わしき座席があり、猫のミネアが座ってモニタを見ていた。その周囲に艦長のイース、トカゲのロイ、犬のダニーが取り囲むように位置して、少しモニタ近くにレオンが居る。

 赤毛の少年は杖を逆さまに持ち、モニタのグラフィックを指している。映っているのは外の砂漠の夜ではない。縦に走ったいくつかの光の線と、それを結ぶ斜めのライン、アキラは似たようなものをどこかで見たことがある。


=CTCに似ているな=

(え? なに?)


=列車の集中制御システムだ。線路の切り替えやダイヤグラムの管理に使うやつだ=


 声に言われてアキラが「ああ」と合点が行く。そういえば似ている。縦横の違いはあるが、確かに線路の制御盤のようである。


「こっち。ろくばんだな。あといちじかんぐらい」

 てんてんとモニタを杖の先で小突きながら喋る少年に、艦長が質問する。


「そっちは細くないか? 大丈夫か?」

「いまからそだつ。ひだりはもう、もたないぞ」

「じゃあルート3から6へ移動か。ミネア、大丈夫か」


「うん、覚えた」

 椅子に背をもたれ掛けたミネアが、両手を頭の後ろに組んだ。

「夜第9時くらいまでは竜脈移動ドライブでいけるんだ?」


「そうだぞ、あけがたには、おりることになるかなあ……あ、あきらだ、おーい」

 レオンが気づいて杖を振る。彼もまた、なにか嬉しそうである。


(あの子、なんで嬉しそうなの?)

=さあな、なんでだろうな=

 もちろんアキラは、声がレオンに助言したいきさつは知らない。笑うレオンの頭を虎がぽんぽんと叩いて、アキラの方を向く。


「ああ……来たか。魔力マナ酔いしたんだって?」

「はい。ご心配かけました」

「少し話そう、アキラ。こっちに座れ」


 艦長がミネアの右にある別の座席に手をかけて、アキラを呼ぶ。計器盤の前にはもう三席ほどの座席がある。


「は、はい。わかりました」


 虎は、やや神妙な面持ちで椅子に座った。レオンも笑うのをやめた。ロイとダニーは何も言わず、ミネアは腕を頭に組んだまま横目でアキラを追っている。

 不安そうなリリィをその場に置いてアキラが艦長の隣の席に腰掛けた。きぃと音を立てて、虎がアキラの方に向き直って両手を腹の前に組む。


「最初はな、アキラ。客のつもりだった」

「え?」

「もうわかってると思うが、今回俺らが手伝ったのはエイモス先生の越境だ。アーダンの砂漠は広すぎて、帝国の人狩りを避けながら渡り切るのは、単独じゃあ到底無理だ。だから先生は俺たちを雇った」

「それは、わかります」


「うん。南のウルテリア=アルター国にフィルモートンという港町があって、そこに無国籍の組織がある。獣にも、人にも、関係なく仕事を回す。今回の件もそこからの依頼だ。こっちの対価は本人が払うとの約束で請け負ったわけだ。まあ組織との付き合いもあるし、帝国の内部深くまで行くわけでもないし、アーダンあたりなら隠身でなんとか潜れると思っていた——で、だ。この件に。お前は特に関係がない」


 イースが頰を掻く。いつ見ても、虎の爪は鋭い。


「これもお前なら、わかってるかもしれないが、ウォーダーの魔導炉は貧弱で、あまり竜脈を離れて長距離は飛べない。アーダンから出たらすぐ竜脈移動ドライブするために、近くで竜脈発生が確定するまで俺は、すぐ先生を連れ出せるよう要塞内で待機する必要があった。レオンが竜脈を察知した段階で、隠身解除と通信用の鍵を送り込む手筈で、その役割はどこか適当な放浪者に任せる予定だった」


「それが俺になったんですよね」

 アキラが答えて、リリィの方をちらと見る。彼女は格納庫で見聞きしたことは何も言わず、じっと二人の話を大人しく聞いていられるようだ。


「そうだ。彼女たちがお前を巻き込んだのは、悪いと思ってる」

 アキラの視線をイースが別の意味に取ったようで、慌ててアキラが否定する。

「いやそんな。迷惑だなんて思ってません」


「そう言ってくれるのは有難い。が、それでもお前は今回のことには無関係で、せっかくだから国境を越えたアイルタークあたりまで運んでやろうと、そう思っていたんだが……レオンがな」

「えっ」


「うん。よんで、よかっただろ?」

 ここでまたレオンが笑う。アキラが思い出した。

「あ。ノエルの呪文……あれって、なんで俺、呼ばれたんですか?」


「君を試せって、言ったんだ」

 艦長の後ろからダニーが声を出した。ロイが腕を組み直す。


「試すって? 呪文の効果を——」

「違う」

 イースがさえぎって、少し乗り出してじっとアキラを見る。


「お前という人間が、どれだけ特殊か。試せとレオンが言った」

「俺を、ですか?」

「手始めに呪文の意見を聞いてみろ、と。すぐわかるとな。半信半疑で呼んだ俺たちの前で、お前はしっかり『特殊なところ』を見せてくれた」

「えええ……」


 レオンがまだにこにこと笑っている。


=乗せられてしまったな=

(ホントだよ。なにがトカゲを驚かせてやれ、だよ)

「えへへ。おもしろかった。なあ、いーす」


 艦長が背を椅子に戻す。もう一度、腹の前で手を組みなおした。

「それでだ。どうする?」

「どうするって、俺ですか?」

 

「いきなりベスビオが来たので、はっきり俺は聞いてない。ただお前は普通の放浪者じゃない。魔導師だ。人間の身体で竜紋態ドラゴニアも出したそうじゃないか」

「ふ、普通出ませんよねー」

 当てずっぽうでアキラが言う。


「当たり前だ。普通は出ない。出るのは獣と高位の魔導師だけだ。あれは魔力マナの励起反応だからな」

「やっぱりそうなんだ……」


「お前は……なんだか本当に危なっかしいな。話を戻すが、レオンはお前を試せと言ったんだ。そして、納得したら置いておけ、ともな」

「へ?」


「俺は納得した。お前さえ良ければ、しばらくここに乗っていても構わない。人狩りを避けるのにも便利だぞ。ロイも……もう、いいのか?」

「はい。私は口を挟まないと言いました」

 ロイが腕を組んだまま目を閉じる。横からダニーも答えた。

「私は元から。悪い人間には見えませんので」


「というわけだアキラ。ケリーとノーマも賛成している。お前、どうする? もちろんこのまま客として、どこかの街で降りるのも自由——」

「言っとくけど」


 急に。ミネアが声を放つ。

聖域シュテまでは、飛べないからね」


 部屋が静まり返った。


「——ああ、アーダンの所長が叫んでいたな。アキラ。ミネアの言う通りだ。おそらくシュテの魔導会を頼れと言われたんだろうが」

「行くならウルファンドの基地で整備して。艦長」

「ミネア。ちょっと静かにしろ」

「だって彼が乗るったっていつまで飛べるかわかんないんでしょ」

「おい。怒るぞミネア」


「諦めろって言ったの艦長じゃない!」

「ミネア! いいかげんにしろ!」


 怒鳴られて席を立とうとするミネアの側にリリィが駆け寄って、ぎゅっと背中から抱きしめた。激しく振り払おうとするのを、それでも抱きしめる。涙目で堰を切ったように艦長に向かってミネアが叫ぶ。


「そんなさ! そんな今さら! 乗員増やして何になるの? もう諦めるんでしょウォーダーのことは!」


「ミネア。ミネア。ねえ先輩。落ち着いて。ねえ」

「ずっと戦ってきたのに。傷だらけだったじゃない、いっつも! それでも頑張ってきたのになんで、なんで治してくれないの? 艦長!」


「ミネア……無限機動はただの機械じゃない。幻界アストラルさわれる霊術系の魔導師がいないと——」

「探せばいいじゃない! 大陸中! そんなに黒騎士が怖い——」


「ミネアッ!! それ以上は私が許さんッ!!」

「ぐッ……」


 大声で怒鳴ったのは艦長ではなく、ロイであった。


「イースを。侮辱するな」


 はっきりと睨みつけて飛竜が言う。ばらっと猫の瞳から大粒の涙がとうとう溢れて、ぎゅうっとウサギは抱きしめたままである。


幻界アストラル、と言ったか? 今?=

(……言ったね)

事象元アストラのことか? そうなんだろう?=

 アキラがレオンを見た。赤髪を揺らして少年が頷く。


=この世界の連中は……魔力マナは使うのに、事象元アストラに繋がることはできないのか?……それならアキラ、私の言う通りに答えてみろ=


(大丈夫?)

=問題ない。きっと正しい=


「……あの」

「ああ、すまなかったなアキラ。みっともないところを見せた」

「俺、治したらいけませんか?」


 艦長が伏せた顔を上げる。ロイとダニーもアキラに目を向けた。


 ミネアはアキラの台詞に。そして自分をぎゅうっと抱いている腕にことさら力が入るのに驚く。涙に濡れる顔を上げてリリィを見た。なぜ。どうしてリリィはそんなに期待に満ちた目を、あの青年に向けているのか?


「アキラ、そのな。無限機動は」

「羽根を広げましたよね」

「うん?」


 左のこめかみに手を当ててアキラが話す。リリィはもう両腕で猫を抱きしめたまま身を乗り出している。

(おじいちゃん! おじいちゃんだ!)


「素人の俺でもわかります、本当なら、あんな運用、おかしいです艦長。竜脈に乗り込む一番大事な瞬間に、主砲を広げてバランスを取るなんて、ありえないです」

「……そうだ。ありえない」


=だが。それが蛇のなら?=

「でも。それがウォーダーの習性だとしたら?」

「……続けてみろ」


「はい。俺が飛び降りた時。無事に戻ってくると思っていましたよね? そうでなければ『待つ』なんて言葉、出てこないです。諦めるか、すぐ助けを寄越すか、ではないですか?」


竜紋態ドラゴニアを出せる人間が、そうそう死にはしないだろう」

=違う。あの時アキラ、お前が——=


「それもあるかもしれないけど、でも。違います」

 ロイが感心する。この青年は。思ったよりいろんなことに気づいているのだ。



「……まあ、そうだな。アキラ、お前は本当に幸運だったんだぞ」

「はい。無茶でした。すみません。でもケリーさんの服を着た俺に、あの機体が反応するのを、みなさん知ってたんですよね」


「つまり。わかってるわけだな?」


=そうだ。驚くべきことだ=

「はい。魔導機は生きています」


 うーむ、と唸ったのはダニーである。魔導機の、無限機動の真実に気づく人間は、そうそういない。ほとんどの人間は魔導機を単に『魔力マナで動く機械』としか認識しておらず、またそれだからこそ悪意を持った運用も、盗用もされずに済むのが魔導機なのだ。


 しかし、かぶりを振って虎が言う。

「たいしたものだが、わずかながら気づく者はいる。獣が竜紋態ドラゴニアを出し、魔導師が竜紋態ドラゴニアを出す。ならば同じ竜紋態ドラゴニアを出す魔導機も、生きているのではないかと。そこまで読める人間もたまには存在する」


「はい」

「でも、それではダメだアキラ。半分だ」


「あと半分。話していいですか?」

「なんだと?」


 ウサギと猫も、この不思議な青年の言葉に聞き入っている。一息ついて虎が質問した。


「なんでわかる? アキラ。根拠は?」


=根拠は蛇の構造だ。狼の機体とは内部が違いすぎる=

「この蛇、からっぽですよね」

「なに?」


「生き物だとしたら。中が空洞すぎます。こんな大きな部屋がいくつもあって、格納庫すらあって。場所を取るはずの内部構造が、どこにも見当たりません」


=そうだ。そこが魔導機と無限機動の違いだ=


「ケリーさんと敵の戦いを、俺モニターで見ていました。俺も実際ぶつかりましたけど、相手の機体が割れて弾けるのを、この目で見ました。びっしりと機器が詰まっているところを。無限機動には、その構造にボリュームがありません」

「……つまり?」


=彼らは生きている。しかしその実態は——=

「無限機動は生きているけど、その本体は


「具体的には?」

「外側の殻はこの世界の鋼鉄で、でも中身は、こことはちがう世界にあるんですよね? それがさっき言った幻界アストラルなんですか? だから簡単に直せないんですよね? 帝国の機体は、すぐ直して戻ってくるってロイさんは話していました」


(ぃよしッ!! すごい!! おじいちゃん!!)

 ミネアの胸の前で、リリィがぐっと両手を握ってポーズをとる。艦長は、椅子に深く背をもたれかけさせ、ふうと息を吐いた。


「それ、全部推理か? アキラ」

「はい」


「無限機動と魔導機の二重性まで言い当てたのは、お前が初めてだ」

「じゃあ、合ってるんですね?」


 一度虎が頷いて。ゆっくりと言う。


「無限機動の本体は、幻界生物アステロイドだ」


幻界生物アステロイド……魔導機は?」

魔導生物アーカノイドだ」


幻界生物アステロイドと、魔導生物アーカノイド……」


「そうだ。幻界生物アステロイドが棲む界のことを『幻界アストラル』と言って、俺たちのいる界は『現界アーカディア』という。この二つの界を、魔導炉の魔力マナが接続していてな。幻界のウォーダーに現界の我々が、乗り込んでいる形に見えるんだ」


 聞くアキラの目が真剣なので。続けて虎が話す。


「元々、幻界生物アステロイド魔導生物アーカノイドに特別な差はないんだアキラ。完全に幻界生物アステロイドを〝こちらがわ〟に持ってこれたのが魔導生物アーカノイド、持ってこれなくて繋いだまま〝むこうがわ〟に残しているのが無限機動だ」


「……魂を?」

 ぴくっと。リリィが反応した。虎が少し、首をかしげる。


「……魂。そうだ。魂を、かな? お前……霊術使いみたいな言い方をするんだな」


=やはり、やるべきだな。アキラ=

(うん。やるべきだ)


「俺の故郷では、事象元アストラ物理元アトラスと言います」


 その言葉がとどめとなった。


 虎が初めて驚愕する。目を見開く。アキラをじっと見る。

 がたっ!! と音を立てて椅子から立ち上がったのはミネアである。


「ぴゃっ!」

 リリィが凄まじい猫の力に引っ張られて叫ぶ。


 ロイとダニーも。アキラの方を見たまま動かない。もう何度目だろうか。何か言うたびにこの青年は、獣たちを固まらせてしまうのだ。驚かないのはいつもレオンで、少年は穏やかに笑っていた。


 艦長が訊く。


「……お前、幻界アストラルの概念が、あるのか?」


=同じものだと、言え。アキラ=

「同じものだと思います」


幻界アストラルに干渉できるのか?」


=干渉できると、言え。アキラ=

「できます。問題ありません」


 ミネアが震える。そして艦長が訊いた。

「ウォーダーを、治すことができるのか?」


=我らがやると。言え。アキラ=

「やります。やらせてください」


 リリィの心が叫ぶ。

(運命だよ! やっぱり運命だよアキラくん!!)


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