第三章 山岳より幻界へ〜幻界生物レイヴァン登場〜

第十八話 ターガ魔導会


 降るような満天の星空のもと、緑ひしめく崖の上に少女が立っている。


 さらさらと腰まで伸びた金髪と細い体の線を映す真っ白な法衣、つんと小さな鼻の前に両手を指先だけ軽く合わせて、じいっと。崖の果てより何もないはずの空を見ていた。


 何もないはずであった。しかしその上空にふわふわと、まるで天球儀のように崖いっぱいを透明な半球が包みこんで、夜空に重ねていくつかの光る模様が空中に、星座のように線を描き、形を描き、浮かび上がっている。


「ふうーん……困ったね」


 くりくりとした瞳で天を仰ぎながら呟く少女に、崖の後方から声が掛かる。


「なにか問題があったのか? シェイ」


「あのね。十番が七番とくっついたみたい」

「七番と? 『軍霊ケルビム』は確かあの、猫の子が所有していなかったか?」

「そうね、イースのとこのね」


 相変わらず空の模様から目を離さず、少女が答える。やがて足音とともに、少女の後ろから亜人が近づいてきた。


「ただでさえノエルの呪文が集まるのは不吉だ。帝国ガニオンの黒騎士だけでも面倒なものを、よりによって今度は蛇の中か」


 亜人は、竜である。


 体型こそ人型だが首から上は鱗の皮膚で、尖った鼻から額に向けては岩盤のごとく厚い鼻筋が通って目は窪み、大きく裂けた口元からわずかに牙を見せている。

 まるで獣のたてがみのような美しい薄紫の髪からは、太く曲がった二本の角が生えていた。着ている服は僧の袈裟に近く、緩やかな生地をやや崩し気味に、腕も捲って羽織っている。


 傍まで歩んできた竜の僧をそのままに、少女が空を見て続けた。

「それがねえ、ふたつだけじゃ、ないみたいなんだ」


「うん?」

「みっつ。もうひとつ、あの蛇の中で誰かが捕まえたみたい」


「……良くないな。それは、とても良くない。獣か?」

「違う、たぶん」

「人間か?」

「違う、かな」

「あの赤毛のクレセントか?」

「レオンが? うふふ、まさかぁ」


「どういうことだ? シェイ」

「それがわかんないから困ってるんじゃない。でも、まだ銘は切られてないから、解けてないんじゃないかなあ」

「まあ、捉えたばかりなら、そうだろう」

「それとねえ」


 竜の眉間に皺が寄る。

「まだ何かあるのか?」


「くっついた十番ね、解けてるはずなんだけど。こっちにも銘がないんだ。なにが起きてるんだろ?」

「——偵察を出した方が良くないか?」

 

 竜が同じように夜空の模様を仰ぐ。少女が初めて竜に視線を向けた。


「ふふ。いいよ。なにもしなくても。ここまでくるよ」

「そう出ているのか?」


 見上げる同じ天球でも、そこに浮かぶ紋様のしるべの意味は、竜にはうかがい知れない。所持者のシェイだけがわかるのだ。


 ノエルの使途不明呪文ジャンク=スペル、第十七番。『星辰アルゴ』。


 世界に散らばるノエルの呪文のようを、彼女だけが目で追える。今この時も、少し先の未来も。透明な天球の映すしるべが、その持ち主に予知と予感を与えるのだ。


「うん、道は出てる。でも——ちょっと厳しそうな道だね」


 そう言ってまた少女が夜空に目を戻した。やや心配げな横顔を夜風が撫でて美しい。緩く吹き上がっておでこの見えた前髪を横から竜が手を伸ばし、鋭い爪の生えた小指で静かにくように整える。少女はされるがままに目を閉じた。


「誰にしても聖域への道は険しい——しかし、そうか、またあの連中が来るのか」

「イスラ、嬉しそう」

「馬鹿言え。いつもあいつらは厄介ごとだ、きっと今回もそうだ」


 うそぶく竜の瞳は、しかし確かに昔を思い出すように。優しい。




◇◆◇




 聞こえる声色は少年のそれであるのに、喋り方はまるで年寄り染みた喋りである。


『アンタ、ウチの巫女さんを占い屋のおばちゃんか何かだと思ってないかあ?』


「あっはっは……痛たた、笑わすなフォレストン。肋骨が折れてるんだぞ」

 ベッドに横たわりながら痛がって笑う所長の斜め頭上に光の玉が浮いている。どうやら相手の声は、その光球から発しているらしい。


『辺境相手に骨折とか、かっこわるいなぁ』

「無茶言うな、ヴァルカンにどれだけ魔力マナを分けてると思ってるんだ」

『肝心のところで使わないなら意味ないんじゃないかあ?』

 声に言われて、所長がふうと息を吐く。


「そうだな、使いそびれてしまった。まさか獣が獣を無効化するとは……度胸のある奴もいるもんだ」



 蛇の攻撃を受けたアーダン要塞では、夜っぴきで復旧工事が進んでいた。

 とは言っても垂直に切り上がった崖の壕と砲塔の修復は、首都エールカムから届く重機待ちで、概ね行なっているのは平地部の瓦礫の片付けである。


「おおい、これも一緒に埋めちまって良いんですかい?」

 広場に空いた大穴の端から、一人が砲塔から外れた鉄板を指差して、離れた場所の上位兵に叫ぶ。


「いや! 鉄は錬成に使うから分別しておいてくれ!」

 大声で返す上位兵は、アキラを盾で守った強面の年配である。もう一人の若い癖毛の金髪は、なんだか気もそぞろで夜空を仰ぎながら、はあとため息をついている。


「フューザ。手が動いてない」

「え……ああ、そうですねえ」


 気の無い返事に強面の兵が笑った。

「また機会もあるさ」

「だといいんですけどね。動かしてみたかったなあ」

 それだけ答えて、もう一回ため息が出る。


 あちこちに簡易灯の立てられた夜の広場で働く作業員は、収監者が五十名程度、その監督の兵士が五、六人というところであった。


 働く連中に身体的なかせはない。復旧の一番最初に修理された、数百万ジュールの魔導障壁が広場一帯を取り囲んでいるためだ。

 そもそも踏み出せばどこまでも荒野が続くアーダンの土地に、わざわざ逃げていく物好きもいない。彼らにとってこの砦は生活の場であったし、復旧の労務に文句も出ないのは所長マインストンの人柄もあるのかもしれない。


 当のマインストンは痛めた身体を押して現場に立とうとしたのを兵士たちに叱られて、がたんがたんと窓から聞こえる瓦礫を運ぶ荷車の音を聞きながら、寝床で暇を持て余していた。

 つい思い起こすのは蛇に乗って消えた奇妙な青年の行方で、首都エールカムに何か情報が届いてないか探りを入れているところである。


 だが、探るその相手が、ややもすれば面倒くさい。同郷なのだ。光の中から続けて声が響く。



『そいつは蛇に乗って行っちまったんだろう? ホントになんでもかんでもウチらの田舎に案内する癖は、なんとかした方がいいぞぉ所長。しまいに僧竜イスラから一発くらっても、俺は知らないからなぁ』


「うん? 僧院の巫女は獣の連中とは仲が良いんだろ?」

『そうは聞いてるけどなぁ』

「だったらいいじゃないか。あの青年も自分の道を聞いてみたらいいんだ」

『道ったって、そいつはアイルタークに帰るんだろう?』


 マインストンが苦笑する。

「そんなわけあるか。あらかた嘘だあんなもの」

『いや、裏が取れたって言ったじゃ——』

「どうにでもなるだろう、あれくらい魔法に長けていたらな」


『あのなあ所長。いちおう俺たちは帝国に属してんだろう? 流れ者の魔導師なんか人狩りに渡せばよかったんじゃないかあ? 適当に処理してくれるだろう?』


「帝国じゃない、雇い主はカーン卿だ。魔導師をこれ以上帝国側に送りつけるのは得策じゃないだろうが。役割を忘れるなよフォレストン」

『……うーん、めんどくさいなあ』


 聖域シュテ国には大きく分けて二つの組織がある。ひとつは国の中心地ラーマの僧院、もう一つは首都ターガの魔導会である。ラーマ僧院の役割は大陸中に走る竜脈の源泉の守護で、対してターガ魔導会の役割は、大陸の紛争抑止であった。


 先の大戦でアルター国が帝国ガニオンに敗北し、北東カーン領を割譲することが決まるや否や、テオドール=カーン伯爵はシュテのターガに魔導師の派遣を依頼したのだ。これは割譲後に入ってくる帝国を牽制する意味があり、実際この初動が効いてカーン領は帝国に対してある程度対等な力関係を保つことができている。


 逆に南のクリスタニア・イルケア・ネブラザ三地方は完全に帝国に蹂躙されてしまった。イルケア領は比較的まともだが街や村は人狩りで人口を減らし、クリスタニアに至っては奇跡と言われた美しい湖の街に帝国の辺境本部が置かれている。そしてネブラザは今でも帝国と地元民との小規模な戦闘が散発している紛争地域であった。


 たとえ一人ふたりであっても魔導の者を擁するというのは、主体にとってそれほど有為で、だからこそ無所属の魔導師は欲しがる地域もあれば、危険視もされる。


『直接の雇い主がカーン卿だろうがなあ所長、そいつの件で帝都ルガニアから指示が出たら、俺らは立場上、動くしかないだろう?』

「それで、なにか言ってきたのか?」


『——帝都ルガニアは、言ってこないなあ。これ以上は言えないなあ』


 思わせぶりに少年が話す。これ以上言えない、ということは言えない何かがある、ということだ。マインストンが思う。


(なるほど、辺境本部あたりが蛇と青年の情報を止めているのか……帝都まで話を上げる前に片付けるつもりか? それともまだ彼の件はバレていないのか?)


『まあ、蛇の討伐指令でもきた時は、勘弁しろよなぁ所長』


「それはしょうがない。だが墜とせるかな?」

『お? 煽るとかめずらしいなあ』


「お前、対魔導砲アンチ=ビーキャノン偏光障壁グラスバインドウォール硬度調整キュアリング、現場でできるか?」

『5000ぐらいか? 機材がなけりゃあ適当でいいだろう? 計算してる暇に敵が——』


「そいつは一瞬で16000、構築ビルディングしたぞ」

『ああ?』

「偏光の最適解は小数点レベルで、だ」


『……ふーん』


「やる気なら舐めてかかるな。怪我でもされたら寝覚めが悪い」

『……ふぅーん』

「……むしろやる気にさせてしまったか?」

『どうだかなぁ。そろそろ切るぞう』

「了解だ。お姫さまによろしく」


 声が途切れる。光が弱まる。しかし。まだ光球は消えない。


 ベッドに寝たままの所長がそっと手を伸ばし、両手で抱えるように右頬の前まで球を引き寄せた。やや顔を横に向け、光球に右の耳を当てる。

 そのまま左右の手のひらを器用に揺するのだ。ぼやあっと光が強まる。


『なんにしても……討伐の指令で……俺……なぁ所長』

『煽る……めずらしいなあ』

『適当でいい……計算してる暇に』


 録音されていたのだろうか。先ほどの会話が、飛び飛びに光球から再現された。球を撫でるように、もう少し両手を回す。


『適当でいい……計算してる』

『適当……い……計算し……』

『適……いい……計……てる』


 相手の声がだんだん弱くなり、逆に周囲の環境音が強調される。所長が耳を近づけると。


 ごおごおと。微かに、声の向こうでが聞こえる。


 所長が少し笑った。ぱっぱっと両手を振って球を消し、左手首の腕輪をカチリと叩く。


「二人とも。ちょっと来てくれ。遠出を頼みたい」




◇◆◇




 その部屋は奇妙な書庫であった。


 部屋の壁という壁がすべて本棚で、厚ぼったい書籍や辞書がぎっしりと詰め込まれていた。しかし異様なのはその棚の作りで、すべての棚に丁寧に分厚い革のベルトが張り巡らされ、いちいち外さなければ本が取り出せない作りになっているのだ。

 

 天井から灯の垂れ下がる書庫の中には簡易的なベッドと机があって、机の前では少年が、きいきいと木製の椅子を鳴らしている。さっきまで目の前に浮かんでいた光球がすでに消えた眼前を、しばらくぼおっと見つめたまま椅子の背にもたれ掛かって両の指先をかしかしと組み合わせては離している。


「……あの爆縮と、関係あるのかなあ、あるんだろうなあ」


 呟く少年の顔は幼い。ばらっとかかった前髪が切りすぎたように少ないせいで額は広く見える。眉は細く青い瞳、少し丸っこい鼻にはハードブリッジの小さな鼻眼鏡をかけている。着ている服は法衣のようだがだぼだぼで、袖は両の肘まで何度も折り曲げられている。


 とん、とん、と合わせては離す指先が、止まった。同時にごうごうと僅かに響いていた地鳴りが、ごごごごと。強く速くなる。


 少年が席を立ち、部屋の扉を開ける。外は鉄製の廊下で壁にはいくつかの配管が通い、数人の兵士が忙しく行き来している。そのまますたすたと歩く少年とすれ違う兵士たちが次々に礼をする。軽く手を上げて挨拶を返し、靴で踏みそうな法衣の裾をぱたぱたとはためかせて歩みを速くすると、やがて視界が開けた。


 廊下の先が、巨大な魔導炉の二階、吹き抜けに出る。


 見下ろせば十数人の兵士たちが動き回る広間の中心に三つの炉が並び、真ん中の炉からは前方に、両側の二つは左右に向けて、合計で三本。これも巨大なエネルギー管が走っている。少年の姿に気付いた兵士の一人が、一階から大声で叫んだ。


「導師! 効果付与エンチャントは三本ともすべて行いますか!」


 ちょっと考えて少年が、手すりを掴んで答えた。


「ああ……いやあ! 初弾は無属性で詰めてていいぞお!」

「了解しました!」


 そのまま横に回って鉄骨の階段をがんがんと上がる。途中ですれ違った兵士がこそっと声をかけた。


「姫がお呼びです。導師。怒ってますよ」

「うんうん。そうだろうなぁ」

 

 階段を登りきった先の通路の右壁に、ひときわ大きな扉があった。右手をかざすとごおんと音がして両開きに開く。

 

 扉の中は管制室で、正面には三つの巨大なモニタが夜の砂漠を映し出している。両側に座る数人の兵士たちはせわしなく計器類を点検し、部屋の中心に直立していた緋色のマントを羽織った長身の女性が腕を組んだまま振り向いて言った。


「遅い! フォレストン!」


 ぎんっと睨む横顔は、しかし今ひとつ迫力がない。肩甲骨の近くまで垂れた金髪のポニーテールは直毛で、細い首筋と銀の胸当てが妙にアンバランスで、緩く垂らした前髪に少々隠れたダークブラウンの瞳にはあどけなさが残ったままなのだ。

 面倒そうにフォレストンが首の後ろをたんたんと叩く。本当にこの少年は、いちいち所作が年寄り臭い。


「発進前に来ただろぉ? ちゃんと呼びに来ればいいじゃないかあ」

「幹部がそんなたるんでいてどうする。せめて発艦の半時間前には各系統の点検状況を把握して、必要があるなら——」


「点検は終わったぞう」

「えっ? いつ?」

「お前が親父さんと晩飯食ってる間だなぁ」


 女性の顔がかっと赤くなる。


「な! なんで私に一言、声をかけない!」

「病気の親父さんを独りぼっちで食わす気かぁ?」

「そ、それは……まあ」


 そもそも半時間前じゃ何か問題が見つかっても間に合わないだろぉ、と思っただけでフォレストンは口に出すのは避けた。

 伯爵テオドールの娘マーガレット=カーンは今回が初戦である。気勢は良いが経験があまりにも足りない。その初々しさは兵士たちの庇護欲を掻き立ててはいるが、本人には常にりきみが見える。あまりいじめるのも気が引けるので、フォレストンが話題を変える。


「まあそんなに気負わなくてもなあ、マーガレット」

「……なんだ。気負ってなんかいない」


は逃げたりしないだろぉ……うん?」


 話題を変えるつもりが。

 目の前のマーガレットの顔面がみるみる紅潮し、唇が波打って耳まで紅くなる。


 フォレストンが「あ、しまった」という顔をする。どうやら力みの原因はこちらだったようだ。


「馬鹿かお前ッ! 馬鹿かお前ッ! フォレストン!」

「ひゃっ」

「なな何で私がそんな、そんな、ミネアがなんだと! なんだと!」

「あ、あのなぁマーガレット」

「馬鹿かお前ッ!」

「わかったわかった、落ち着けマーガレット、なぁ?」


 顔を真っ赤にしてフォレストンを睨みつけるマーガレットが、ぶわっとマントを翻して正面を向く。


「わ。わたしは。あの娘を忌まわしい蛇から救い出したいだけだっ!」

「あのなぁ、いちおう言っとくが指令はわかってるよなあ?」

「わかっている! だが機会があれば墜とすッ! リボルバー発進!」


「は、はっ?」

 急な発進命令に周囲の兵士が素っ頓狂な返事をする。

「リボルバー! 発進だ!」


「は、はいっ! リボルバー発進。炉心安定。浮上します」



 夜の砂漠に輝く無数の光は、辺境の都エールカムの街明かりである。

 その南方の郊外に広がる風もない砂丘の地下から。

 ごごおと大きな唸りが上がる。


「障壁安定。浮上後に通常障壁メインバリア風防障壁ドラフトバリアに移行」

「南南西に東サンタナケリア支脈を確認。ルート8と思われます。竜脈搭乗ランディング予定時間、夜第4時を予定」


 砂が小高い山のように盛り上がる。ざあああとなだれ落ちる大量の砂の下から、虹色に輝く障壁に包まれた三本の巨大な艦首が姿を現した。艦首は根元が一ヶ所にまとまって三叉みつまたの鉾先のごとく固まり流線型の艦体に繋がり、その後方にはベスビオのような長い尾を引いている。


 砂漠の星に照らされて無限機動が現れる。

 無限機動リボルバーは炉心1億8000万ジュールの砲撃艦である。


 リボルバーには主動力炉の他に、主砲用独立型魔導炉8000万ジュール三基が搭載されている。前方に大きく伸びた三つの主砲は、そのものが武器であるのと同時に艦首でもある。斜めに切り上がった砲口と、砲身にはあちこちに小型の機関砲が据え付けてある。


 ゆっくりと金色の砂を散らしながら夜空に浮上する無限機動の管制室で、改めて艦長のマーガレットが叫ぶ。


「目標。アイルターク国境、無限機動ウォーダー! 全速前進!」



 血気盛んだが覚束おぼつかない若き女艦長の、その背中を見ながらフォレストンが思う。


 蛇の艦長の虎と操舵長の猫とは、カーン卿も娘のマーガレットも旧くからの知己らしい。が、一体全体何のいわれがあって目の前の娘が——それは一部の人間に見受けられる獣たちに対する浅ましい支配欲とは全く別物の、むしろ初めて心に熱を持った片田舎の生娘のような——同性の女子である猫の子をここまで慕っているのかは、知らない。聞く気もない。そこはフォレストンには、まあ、どうでもいい。


 問題は。辺境本部の指示は蛇をクリスタニアに誘導しろとのことなのだ、しかし同郷のマインストンは蛇に乗った人間の魔導師を故郷のターガに寄越したいらしい。

 そして目の前のマーガレットは、どうやら隙あらば蛇を撃墜するつもりだ。気にしているのは惚れた娘のことなのだ。


 三者三様、思いがバラバラなのである。そこが。


(ほんっとうに、めんどくさいなぁ)


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