第十六話 モード・ドラゴニア

 突風が吹く。一気に周囲の気流が乱れる。


 しかし竜紋態ドラゴニアに変形した機体はがっしりと宙に安定し荒天をものともしない。帝国側も、獣側も。ごおごおと渦巻く風に抗い左右に僅かに振れるのみで、機体の紋は一層輝いておおんと低い唸りをカウル底部より響かせている。

 握るスロットルに力が入り前を睨んだ帝国兵たちのヘルメットに、ついに命令が届いた。

「総員発進!」


 一斉に両極カウルを吹き上げて。帝国のモノローラが飛び出した。速い。明らかに機体の瞬発力が上がっている。


「ベスビオ浮上! 直射砲バルトキャノン三連準備! 残数出たか!」

「モノローラ残数四十六!」

「後発九十! 浮上と同時に射ち上げろ!」

 中隊長が右手で顎を拭きながら叫ぶ。指は血でべっとりと汚れたままである。


 激しく砂塵を舞い上げて丘の向こうより姿を現した無限機動ベスビオの船体もまた、ぬるりとしていた外殻に裂け目が入って持ち上がり光を放つ竜紋態ドラゴニアへと変化していた。艦体中央やや上部に巨大な砲塔が三本、砲座ごと出現してぎりぎりと射角を調整して動いている。


 中央管制室の巨大なモニタ前に据え付けられた三つの大きな座席正面計器盤ががしゃりと割れて自動で複雑に組み変わり、両手で抱えるほどの銃砲のトリガーが三本組み上がる。中隊長が両手をつき正面モニタへ声を出す。


「総員、展開の必要なし! 獣を帰すな! 突撃Charge!」


 砂岩の丘から唸りを上げて浮き上がるベスビオの船体前面射出口からまたしても、どどどおっと一斉に発射煙が吹き上がり放物線を描いて何十もの帝国兵が射出された。赤い肉塊のように垂れ込める雲の中、すでに竜紋の浮かんだモノローラが一段と唸りを上げてカウルを回し、先発班を追いかける。




◆◇◆




 ミネアの両手に強く力が入り、口元は牙を見せて食いしばっている。ぎりぎりとでかく重たい操縦桿を左右に微調整しながら強風とのバランスを取る雉虎の腕が毛羽立って盛り上がり、汗と文様がぎらぎらと光っていた。


駆動音トーン確認。ベスビオ、浮上しました』


 音声を聞いて腕を組む艦長の顔にも胸にも竜紋が流れていた。光は右の頬がひときわ強く首元まで隈取りを描いている。


「帰艦援護。旋回狙撃砲バッシュレイを発射。風防障壁ドラフトバリアの上に障壁800万。最後尾に集中展開。対物理有効に寄せておこうか、魔力抵抗はなんとかなるだろう」


『前方は? ほぼ裸ですが。いいんですか?』

「バレねえようにな。まあ旋回狙撃砲バッシュレイ飛ばした時点でバレちまうんだろうが。もうしばらく踏ん張ってくれケリー」



「了解。」

 紋の浮き出る右手を握り、ケリーが思い切りスロットルを吹かす。


 ぎゅあああああと。激しい唸り声を上げた直後に。砲弾のごとくケリーの機体が飛び出した。距離を狭める帝国兵の眼前に、それは唐突に出現する。


「はっ?」

 すぐそこに。赤黒い雲を背にした銀狼の顔はシルエットで瞳と竜紋だけが浮かび上がり褐色カウル越しにこちらを見下ろしていた。兵士の正面にモノローラの底面が立ち塞がり、右の片手で思い切り。


「があああああっ!」


 咆哮とともに。


 はち切れんばかりの毛むくじゃらの腕一本がハンドルを引き落とす。五つに割れて膨れ上がった凶悪な褐色カウルが高速回転して、帝国兵と機体の前面を障壁ごと。


 ずがあんっ! と轟音をあげて吹き飛ばした。


 ひしゃげてカウルがめり込んだ敵機が海老反りに浮き上がって宙を舞い、後方の数体が転進に間に合わず叫び声を上げる。


「わあああ!」


 追突して粉々に弾ける敵機の横で。腕を交差しハンドルを切り、ケリーが今度は左のペダルをガンと踏み込んだ。またカウルが猛烈な勢いで。ぶおううううんッ! と旋回し別の敵を斜め上から。さらに同回転で下から。まとめて殴り飛ばして周囲の敵機を巻き込んでいく。


 この狼が操る機体の竜紋態ドラゴニアはカウルの馬力が旋回や方向転換の勢いではない。明らかに敵を殴り倒すための暴力的な加速をする。狼の倍はありそうな膨れ上がった赤黒いカウルを鈍器に使い、丸鋸まるのこのように旋回し質量をかけて敵機を折り砕いて墜としていく。


 次々に撃墜される味方の側を擦り抜けさらに突進する帝国兵の前に。現れていたのに彼らは後ろの狼を僅かの瞬間。振り向いて見てしまっていたのだ。


 前に直れば、すでに。

 金髪の妖狐が緩やかに機体を操り、その砲塔は火を吹いていた。


「かっ! 回避ッ!……」


 避ける間も無く砲弾が命中する。


 破裂に巻き込まれて吹き飛んだ兵士には目もくれずノーマがハンドルを切る。楕円を描いてカウルを回し今度は後方から砲を放つ。


 どん! どん! どん! と三連撃で複数が吹き飛ばされ、それでも兵士の幾人かは抵抗してカウルを転回させ進路を鋭角に曲げる。


 しかし逃げられない。狐の耳が僅かに動いて即座に角度を合わせてくるのだ。

「ごめん、遅いね」

 カーキ色のカウルがぎゃあああっと。高速で回転し、六つの砲塔が的確に敵兵を捉えて撃ち落とす。



 モード・竜紋態ドラゴニアは竜脈直下の高魔力空間ハイデンシティ=ゾーンにおいて、全ての魔力媒体に発現する励起状態フォージングモードである。


 無限機動も魔導機も。そして獣人も。魔力マナにその源を置くモノにはさかいなく竜紋態ドラゴニアが出現する。より強く、より逞しく、しかしより一層暴走しやすく制御しづらい。獣人においては体力や瞬発力が飛躍的に向上するかわりに、魔導や魔法のコントロールが極めて困難になり、疲労の蓄積も早い。


 まさに本来の獣の如く。

 敵の突撃を次々に葬っていく。


 その二匹の後方で。ウォーダーの最後尾からゆらりと薄い光が流れた。

 ほぼ同時に。


 第八車両の側面に膨れ上がった左右二対の突起が蒸気を吹き出し本体からガシャリと外れた。

 突起にはそれぞれ三対の射出口がある。蛇より離れて浮いた状態で輪っかのように光の軌道がぶうんと二体を繋ぎ、そのまま時計回りにウォーダーの胴体を衛星のように回り始めたのだ。



◆◇◆



「準備完了でっす。」

 副砲車両のウサギが告げてネズミが引き継ぐ。銃座に座ってスコープを覗いたままモニカが声を出す。

「こっちにいくら回せるんだ艦長? そんな残っちゃいないんだろ?」


『心もとない。どうなんだダニー?』

『残2300、壁に800、魔導錨アンカーに800、残り700ですね』

 モニカが笑った。

「なにが心もとないだよ。ぎりっぎりじゃないか。じゃあ300がいいとこ?」

『いや、500まで使っていい』

「ホントかい? 燃料切れで落ちても知らないよ?」

『そのかわり一機も通すな。前はろくに壁を張ってないんだ。頼むぞ』

「了解。大事に使うよ」


 言い終わるや否やどかっ! と両足の膝を開き踵を計器盤に投げ出してモニカが座席に深く沈み込み、両手で胸元の谷間までがっつりと巨大な銃座を抱え込んで構えた。


「ログ、行くよ」

「いつでも」

 ネズミと岩がトリガーに指をかけ、声を上げる。

「セット。1、2、3。発射シュート!」


 風に揺れるウォーダーの腹部をぐるぐると回転していた二つの衛星から次々に六つの光線が発射された。


 その光は直進しない。ぎゅるるるとカーブを描いて飛翔し狼の傍をすり抜けようとする帝国兵の数機に迫る。

「う! うわああ!」


 ぐうんと光の軌跡が伸びる。弾着寸前の方が初速よりも早い。曲線的に飛んできた光線がどうっ! と敵のモノローラを斜めに貫いて火花を吹き出し、機体が爆発する。


「セット。1、2、3。発射シュート!」

「セット。1、2、3。発射シュート!」

 副砲車両の銃座の正面モニタには、モニカとログが覗いているスコープと同じ景色が映し出され、二人が1、2、3と指を軽く動かすたびに紅点が1、2、3と三つモニタの敵機に貼りつく。

発射シュート!」

 ぐるぐると回転しながら錐揉み状の光線が帝国兵へと飛んで行く。


 雲の中に残っていた帝国機は竜紋態ドラゴニアとなった二匹の獣と旋回狙撃砲バッシュレイの防御を打ち破れない。が、そこに。

『後方に敵機! 駆動音トーン確認! 九十台です!』



◆◇◆



 大気の攪拌と流れを緩和する風防障壁ドラフトバリアが張ってあるとはいえ、高度2000リームの竜雲内で扉が開け放たれた格納庫内は、びゅうびゅうと風が吹き込んで互いの声も腕輪の音声もよく聞き取れない。


 開放部の鉄枠に捕まり時々大きく揺れるたびによろめくエリオットとアキラの横で、顔面に紋の浮き出たトカゲのロイが腕輪に叫ぶ。


「また九十!? 本艦も向かっているんだろ!? なんで雲がいてる時にそこまで追撃するんだ!?」

『わかりません! 向こうは総力戦のようです!』

 ダニーの声に艦長が続ける。

『ケリー。ノーマ。きりがねえ。もう帰艦しろ』



「先に魔導錨アンカー! 打ち込んでください! くっそ数が多いなちきしょう!」

 叫ぶ狼にも焦りが見え、鼻先に玉の汗が浮かぶ。


 強烈な打撃で次々に撃ち落としてはいるが、帝国の機体も確かに機動力が上がっているのだ。そして敵モノローラの目標が獣の足止めに変わっていることを、二人は知らない。

 ぎゅぎゅぎゅとカウルをその場で回転してホバリングし、ケリーが右手で二指の印を構え左肩に添えた。


「……だったら。もう一度だ。吹き飛ばしてやる!」


 管制室のレオンが杖の宝玉に叫ぶ。

「けりいっ!! よけろっ!!」


 はっとしたケリーが反射的に左足のペダルを踏む。カウルが滑る。瞬間。どおっ! と狼の鼻先を巨大な光の束が通り過ぎた。

「うおッ!」

「ケリィッ!」

 ノーマが叫ぶ。狼がじりっと嫌な匂いを鼻で嗅ぐ。全身の体毛の表面が、やや焦げた臭いがした。しゅううと空中にはまだ高エネルギー弾の通過した熱が残っている。


 レオンがまた杖に語りかける。

「けりいっ! ばてるぞっ。まほうは、うつなっ。」


 レオンの忠告を聞きつつ隈取りの光る目元の脇にひとしずくの汗を流してケリーが光の出元でもとを睨みつけた。

 無限機動ベスビオが浮かんでいる。いつのまにそこまで近づいていたのか、モノローラに集中していたケリーとノーマは巨大な主砲を持つ輸送艦と、そして虫の大群のように広がる九十機の新手の帝国兵に。


 ごうごうと強風の吹く赤い雲の中で対峙しようとしていた。


 ベスビオを睨みつけたまま、肩で息をしてケリーが呟く。

「味方も居るのに直射砲バルトキャノンなんて撃ってくるのか、アイツら」


 管制室のイースの額にも汗が浮き上がった。

(バレちまったかもしれねえな……)

 揺れる操縦桿を抑えながらミネアが肩越しに、後ろのレオンに声を出す。

「レオン。あとどのくらい?」

「もうはじまる。もどったほうが、いいぞ。いーす。」

「わかった。ダニー! 魔導錨アンカー準備!」

『了解!』


「モニカ。ログ。そろそろケリーとノーマを回収する。ベスビオにツノが生えてやがる。三本だ。そっちの対処も頼む」

『見えてるよ。任せな』モニカの声が返ってきた。



◆◇◆



 計器盤を操作しながら冷や汗を流し、兵士がちらりと中隊長に目をやる。銃座のスコープから目を離さずにじっとモノローラの動きを見据えるその横顔にぞっとする。

(あんな無茶苦茶する人だったか? この人は……)


 当の本人はすでに鼻から顎へと流れる血もすっかり乾き、ウォーダーの胴体を周回する旋回狙撃砲バッシュレイをじっと見ている。

「なぜ今になって本体から衛星が飛び出してこれる?……まさかあの蛇、まともに物理障壁を張っていなかったのか?」



◆◇◆



「一回しか言わない! もうすぐ上空に竜脈が走る! 空が輝き始めるから肉眼でもわかる! 竜脈が完成したら前方よりウォーダーが魔導錨アンカーを撃ち込む! 魔導錨アンカーはわかるか!?」


=魔導機を誘導する魔力マナ線路レールだ=

「わかります!」

 声の解説を耳の奥に聞いてアキラが答えた。強風の中をロイが続ける。


「よし! 魔導錨アンカーが繋がったらウォーダーが搭乗を開始する! そのタイミングでケリーとノーマを回収する! おそらく彼らは自力で機体から降りられない! そこを手伝うんだ!」


(自力で降りられない?)

=そこはわからん。おそらく疲れ切っているのだろう=

「了解か? 青年!」

「了解しました!」


 叫ぶアキラの横でオドオドしながら見上げている眼鏡をかけた猫の少年の、鼻先から頬にかけても綺麗な紋が通っている。主砲車両で最初に声をかけてきた彼である。その様子にアキラが気づいて先に声をかけた。

「アキラ。遠野トオノ アキラ。よろしく」


「え。え。エリオット。エリオット=コールです。よろしく」

 首を上げて返事をする子猫の丸眼鏡がちょっとずれた。

「あうっ。もうっ」


 大きな耳をへたっと伏せて風に浮き上がる後ろ髪をかきあげ後頭部のベルトをいじっている。その仕草にアキラがちょっと笑ってから、外の赤い雲を見上げた。ごうごうと風の唸りは一層激しい。厚ぼったくのし掛かる雲の底が、その時。


「あ。」

 ちかちかと光の粒が上層で輝き始める。ダニーの声が響いた。

『竜脈形成、始まります!』


「了解だ」

 返事と同時にトカゲのロイが詰襟とボタンを外して着ていた裾長コートをぶわっと脱いだ。その身体にアキラが驚く。


 ズボンは巨大なバックルで腹にがっしりと巻き止められ、そこから黒のサスペンダーというより頑丈なベルトが肩まで伸びている以外は上半身が裸で、まるで甲冑のような鱗が筋肉に沿って体表を包み、全身に炎のような流紋が浮き上がっていた。


 が、驚いた理由は背中にある。

 トカゲには翼があった。腰まで伸びた骨が折りたたまれた翼である。


=驚いたな。地球の翼竜とは構造が違う。両腕とは全く独立した翼じゃないか=

 目を剥いて固まっている青年に気づいて、ロイが言った。

「なんだ、飛竜も見るのは初めてなのか?」



◆◇◆



 銃座をがしゃりと引き寄せてから、中隊長が周りに声をかけた。

「そこと、そこ。ちょっと両端に座れ」

 言われて若い兵士が二人、小走りでやってくる。


「はっ。なんでしょう」

「右と左の直射砲バルトキャノンを発射しろ。目標は、あの広がっている蛇の羽根だ。とりあえず座れ。構えろ。急げ!!」

「は、はい!」


 中隊長を挟んで二人、兵士が腰かけて同じように銃座を手前に引き寄せてモニタを見据える。横長の巨大モニタ上に記号の打たれた三つの照準が映し出された。座った兵士が問いかける。


「隊長。蛇には障壁が張ってあるのでは?」

「……だから機体ごと突っ込ませるつもりだったんだが、どうも物理は風防だけのようだ。ありえないよな」

 三人が照準を定め、中隊長が合図する。


物理サイオス全振りだ。撃てッ!」


 どどどぉッ! と三連の轟音が雲間に響く。ベスビオの直射砲バルトキャノンから放たれた三本の光線が一直線にウォーダーの右舷主砲群に迫ろうとした瞬間。

 光線がばん! と鈍い音を立て軌跡を折って三方に飛び散り竜雲から出て消えた。

「?!……」

 中隊長がスコープから目を離してモニタを見る。



◆◇◆



「まあ直射系のキャノンなら楽勝だね。物理サイオス全振り。セット。1、2。1。」

「1、2。1。完了」

 ネズミのモニカと岩のログが画面に拡大された直射砲バルトキャノンの3つの砲口に2つずつマーカーを付ける。左右はそれぞれが2つ、真ん中の砲は二人で1つずつである。またモニタの向こうの砲口がぐわっと光った。


発射シュート!」


 ごおっ! と空を走る3つの光線が、また中空でばん! と折れ曲りあらぬ方向へ飛んで行って消えた。


 魔力マナによる砲撃の最大の弱点が、発射までのタイムラグである。火薬などの物理的衝撃による即座の発射と違い、エネルギーの充填がその口径に比例して遅くなる。従って、慣れてしまえば彼女らのように〝砲弾を砲弾で撃ち落とす〟ことも可能になるのだ。



◆◇◆



 中隊長が完全に銃座から目を離して体を起こす。


狙撃砲マークド・キャノンの合わせ打ちか、腕がいい……妙な搦め手ばかり打ってくると思ったが、間違いない。後発は射程内に入ったか?」

「え? は、はい。もうそろそろ獣には届きます」


「あのモノローラの二匹を撹乱する。入ったら速攻、全員撃て」

「え! しかし先発の残機がまだ」


「退かせろ。遅れるやつは構わんから巻き込め。あとで拾え。それとベスビオの障壁を全て解除しろ」

「ええっ!」

直射砲バルトキャノンの真ん中の一本に、回せるジュールを全部よこせ」


「隊長! 反動で砲が吹き飛びます! それに命令はクリスタニアへ追い込むのであって、なにもそこまで我々が——」

「急げ。時間がない」

「り……了解です!」


 叫ぶ兵士からモニタに目を戻し中隊長が思考する。


(あれは……魔力マナ切れか。壁も開けっ放しにしてあったのか。だったら今は主砲は万一にも撃てない。こちらも壁は必要ない)


 蛇の主砲が動かないならば。むしろ今が。最大の機会なのだ。


(下手したら……この場で、仕留めてしまうかもしれんな)



◆◇◆

 


 ぐわしゃあっと、目の前の敵機を真っ二つに叩き折った狼のモノローラがカウルを低速で回転させ姿勢を安定させる。竜雲に残っていたモノローラは四十八、その半数以上はケリーが最前線で叩き落としていた。

 もはや残っているのは数機のみである。が。後方に迫る新手の九十機から、がちゃりと異音が耳に届いた。呼吸の荒くなった狼の耳がぴくりと動いて、腕輪に呟く。


「……ノーマ。どうやら、連中は、かまわず、撃ってくる気だ」

『聞こえたわ。大丈夫? ケリー』


 汗だくの狼がちらと竜雲を見上げると、光はいよいよ強く西から太い帯を形成しているが、まだあちこちにが空いている。

「もう少しか? ダニー。繋がったら、もう任せる、引っ張ってくれ」

『了解だ。休んでろ』



 管制室ではレオンが目を閉じたまま、じっと動かなくなった。ぎりぎりと操縦桿を抑えたままミネアが計器盤を睨む。

魔導錨アンカー、大丈夫か?」『いつでも』

 艦長の声にダニーが返した瞬間。


 赤髪を振り上げてレオンが叫んだ。


「きたぞ! いーす!」



◆◇◆



 西の彼方から一直線に。


 うおおんと独特の発現音を響かせ、雲の上に真っ白な光の波が押し寄せた。空を真横に貫いてごおっと巨大な光の帯が、獣たちと帝国の頭上を西から東へ突き抜ける。


 その瞬間だけは、すべてのものが天を見上げて息を呑む。

 真下から見る竜脈は、雲を基礎にした輝く天空の橋だ。


 艦長が叫ぶ。

魔導錨アンカー発射!」


 轟音とともに。蛇の先頭顎部より二本の光の帯が撃ち出され飴のように滑らかで平坦な光線がぐんと斜め前方に登って光の橋に突き刺さる。どどおん! と雲の上で二つの大きな爆発が起こった。雲間から青白い炎が激しく吹き降ろして光のレールを伝い、ごおごおと燃えたまま繋がっている。


『接続完了! 魔力逆流! 右200万、左200万! 400万ジュールで安定! でかいです!』


「400万きたぞ。モニカ、要るだけ回すから高速射撃に変更、援護しろ。ケリー! ノーマ! 撤収だ! 自動操縦に切り替えるぞ!」


 超高圧の魔力の奔流である竜脈は、たとえ竜紋態ドラゴニアに移行した魔導機であっても普通に合流しようとすれば、その圧に耐えきれずに弾き返されてしまう。

 この圧力差を馴染ませるために撃ち込む魔導錨アンカーには副次的な恩恵があり、魔導機がエネルギーとして用いる無属性の魔力が脈の規模によって安定的に流れ込んでくるのだ。


 艦長の指示にモニカと岩のログが、銃身横に突き出たレバーをがしゃっ! と引いて切り替える。


「了解。旋回狙撃砲バッシュレイ、高速連射!」


 唸りを上げて、蛇を周回する衛星が一気に加速する。どうっどうっどうっ! と一斉に撃ち出される六弾一組の光線が蛇の尾を螺旋状に巻いて、渦状の軌跡が先に行くほど広がって帝国兵に向かって次々に飛んでいく。

 曲線の光が斜め上から下から不規則に帝国兵へと襲い掛かり複数のモノローラをずどどっ! とまとめて串刺しに貫き、爆発を引き起こす。


 それでも兵士のモノローラはスピードを落とさない。ブロックに広がった遠くの集団のあちこちで光が放たれ、ケリーとノーマの機体に数十発の光弾が近づいてきた。

 すでに自動操縦オートパイロット格納庫キャビンへ向かってバックしていく機体を狼と狐が的確にハンドルを切って、飛んでくる光弾をかわしていく。その遥か後方で。


 ベスビオの真ん中の直射砲バルトキャノンが唸りを上げ始めた。

 

 その変化にモニカが気付く。

「まだ撃つ気かい。無駄だっつってんだろ。ログ! 雑魚は任すよ!」

「承知」


 しかし唸りが、止まない。

「なんだ?……」


 止まない。止まない。スコープで覗く遠くのベスビオの、直射砲バルトキャノンの一本だけ。異様な光で砲身を強烈に輝かせ、唸りがぐんぐんと上がっていく。音は竜雲まで届き、獣に向かって発砲していた兵士たちもベスビオを振り向く。


 スコープを覗いたままモニカが叫ぶ。

「マズい……ログ! 全弾集中オールセット!」「了解」


 隣のログと同時にレバーをがしゃっと切り替える。画面の光点六つ全てが輝く直射砲バルトキャノンの一本に集まった。光が強すぎてモニタがまともに映らない。横で見ていたリリィの額にぶわっと汗が吹き出し、勢い良く席を立って頭部方向出口へだあっ! と駆け出していった。



 凄まじい轟音が竜雲に響く。


 無限機動ベスビオ直射砲バルトキャノンが砲身を破裂させながら大光球を撃ち放った。同時に旋回狙撃砲バッシュレイの光線が飛び出して、六つの光線が全て光弾に衝突する。だが全てはじかれてしまう。


 狼が目を見開く。迫る光はケリーの飛ぶ右舷である。


 格納庫にリリィが飛び込んで叫んだ。

つかまれえっ!!」


 ロイとアキラとエリオットの三人が振り向く。開け放った扉の外が強く輝いて一直線に光の束が空間を貫き、その直後に。ぐわっと空気が波打って馬鹿でかい衝撃波が格納庫を襲う。


 着弾は蛇の右舷砲塔群であった。


 爆発と共に右二番四番の二本があらぬ方向へ捻じ曲がり、その間の三番砲塔が根元から吹き飛んだ。主砲車両の計器がいくつか爆発し部屋の猫たちが衝撃で投げ出される。白猫のパメラの身体が舞うのを側にいたリザが後ろから抱きかかえて左前方の計器盤に背中から激突し、青猫のリッキーはまともに椅子から投げ飛ばされて反対側の壁に叩きつけられた。


 蛇の片羽根がめくれ上がって急激に頭部が右へ曲がり、反動で尾部が左右に大きく揺れる。竜脈に繋がっていた右の魔導錨アンカーがぎゅうっと引き伸ばされて炎を吹き上げた。

 管制室ではミネアが横倒しに舵を絞り切り、医師のエイモスは反動で横壁に叩きつけられ、艦長はレオンの右腕を瞬時に掴んで床に手をつきその場で踏ん張った。掴まれたレオンが宙に浮く。


 そして自動操縦オートパイロットで繋がっていた狼と狐は。ノーマの機体が大きく円を描いて高速で蛇に振り煽られ、懸命にハンドルにしがみついたまま姿勢をなんとか制御する。しかしケリーは。


「ぐおっ!!……」


 光弾の放った衝撃波をまともに食らってモノローラから投げ出され、その眼前に。ウォーダーの竜紋態ドラゴニアとなった尾部の真っ黒な壁が迫る。一瞬で激突の覚悟を決めたケリーが右肩右肘を突き出し曲げて構えて、そして。


 右半身を思い切り蛇の外殻に叩きつけられ、空に跳ね返る。

「がっ!……」


 格納庫の柵が歪むほどに右手で握り衝撃をやり過ごしたロイが、それを見ていた。躊躇なく。ぐうっと後ろに体を反らしたその勢いで、一気に竜雲に飛び出して翼を広げる。

 リリィは咄嗟に広場に飛び込んで身体をひねり対面のエリオットを抱き止めてざああっ! と前方の壁に背中から滑り込み、ぎゅうっと子猫を胸に覆い込んで目を閉じた。


「ぐッ!……?」


 押し寄せてくるはずの。衝撃波がこない。

 恐るおそるウサギが閉じた目を開ける。


「え?」

 ウサギと猫を包むように。虹色に輝く球状の魔導障壁が展開されている。


 アキラが。


 右腕で顔面を守り姿勢を低くして。その左手はリリィとエリオットに向けて大きく開かれていた。ヒトの体で直射砲バルトキャノンの衝撃波を受け止め、同時に獣たち二人分の壁まで展開したのだ。その視線は扉の外、ケリーが投げ出された褐色のモノローラを見ている。


魔力マナを張れば、やはりここではお前も変化してしまうのだな=


 分厚い障壁がアキラの身体をも包んでいる。


 声が聞こえる。時間の経過が遅く感じる。両眼の瞳孔が収縮して顔面に玉の汗を吹き出し、しかし意識は飛ばない。神経経路に何かされているかのように、衝撃を受け流しながら思考が全く混乱しない。要塞で壁越しに爆発を受けた時とはまるで感覚が違う。


 全身の血がたぎる。


 アキラの額に。

 頰に。

 袖を捲った腕全体に。


 ぶわあっと炎のような流紋が浮かび上がり左目がコバルト色に輝く。ただ獣と一つだけ違うのは。紋は『青白色』に輝いていた。


 主人ケリーの離れた眼前の機体がゆっくりと竜紋態ドラゴニアを解除してぐるんぐるんとカウルを回転させ、スローモーションのように落下していくさまをアキラの目が追っている。追えている。


=取りに行くぞ。アキラ=

(あれを?)


=そうだ。飛べ。飛びつけ。あれは貴重だ。取りに行くぞ=


 エリオットを抱きしめたままリリィが目を見開く。

 視線がアキラから離れない。

 竜脈の紋を放つ人間に。釘付けになる。


「青い……竜紋態ドラゴニア……」


 だん。だん。だんっ! っと。

 思い切りアキラが格納庫から竜雲に身を投げた。



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