第十五話 風紋豹オーバージャック



『ただいま時刻は、昼第5時を回りましたー。本日のアーダン地方は晴れ。北東の砂漠もね、一日中、いいお天気でしたねー』



 夕闇に浮かぶモノローラ九十台の編隊飛行は壮観である。


 機体の全長が2リーム程のモノローラは、両極カウルが旋回する半径を考慮した編隊を組むので、現在はブロックとして前方四十台・後方五十台ほどに別れてはいるが、それでも縦横50リーム近く広がっている。


 まさに巨大な塊となって帝国兵は蛇を追っていた……のだが、その彼らの耳に声が聞こえてきたのだ。しかも若い女の声である。


『今の時期はね、日中も過ごしやすい気温が続いてますけど。あと二週間ほどしたら月昼期ルナウィークに入りますねえ。皆さん衣替えの準備、終わってますかあ? ぐうっと冷え込みますので、風邪とかひかないように、注意しましょうねー』


 帝国兵が困惑する。飛びながら多くの兵士がヘルメットに手を当てて周辺の空を見渡すが、声の主はわからない。


『さてこのあとアーダンでは。竜脈による低気圧が、西の方から予想されてまーす。空を飛んでる皆さん、運転には十分、気をつけてくださーい!』



「なんだこれは? 放送か? 混線しているのか?」


 中隊長が誰にともなく問いかけるが、ベスビオ管制室モニタの前に座る兵士たちもお互いの顔を見て困惑するばかりである。

 どうやら獣の船からの声らしい。扇動アジっているようにも思えない普通の軍内放送に聞こえる。しかし最初、確かに「帝国の皆さん」と喋ったのだ。


 違和感がある。右の頭にびりびりと痛みが走る。


 。これを昔、ことがあるのだ。だが思い出せない。まだらの白髪をかき分けて右手でぎりぎりと握力をかける。


(このッ! ポンコツがッ!)




◆◇◆




『今の時期のアーダン方面と言ったら。ねぇ。プラムシェルのステーキですねー。ボルトロックの港の収穫祭が有名ですねー。グリルしたプラムシェルは脂が乗って。ぱりっぱりの焼いた皮の中からじゅわーっと——』


「ナニやってんのアイツ」

 ノリのいい喋り声に呆れ顔でミネアが言うが、艦長は顎を掻いて少し笑っている。

「またずいぶんふるい手を使うもんだ……別に喋んなくても音だけ当てりゃあいいんだがな。お前は行かなくていいんだぞレオン」

「うううっ。」

 管制室から抜け出そうとするレオンが振り向いて不満そうに唸る。




◆◇◆




「もうね。獲れたてだったらざっと塩だけで焼いても美味しいんですけどねえ。オススメはカーン地方でも有名な香草のリッ、リッ……」

「リッチョラン」スコープを覗いたまま岩が言う。

「リッチョラン。でプラッゴの卵と一緒に包み焼き。これが絶品!」

(岩のヒト調味料に詳しい!)

=オマエいちいち失礼だぞ=


 モニタに向かってうっきうきで喋るリリィを半ば呆れて見ていたロイが、腕輪に向かって声を出した。

「ケリー。そろそろ効果出てるはずだ」

『了解』




◆◇◆




「……相克だ。逆位相エンチャント=キャンセラーだ」

 ようやく。中隊長が思い出す。


 計器を見ていた兵士が振り向いた。

「え?」

元素障壁マテリアルシールド帯域チャンネルを変更! 読まれてるぞ!」



『いーえ。帯域チャンネルは、そのままっ』



 夕闇に紛れていつのまに上昇したのか。


 ウォーダーの最後尾より60リームほど上空で。ぐるんぐるんと両極カウルを回転させながら座席シートから身体を10度ほど斜めに構えて立ち上がり、片手のスロットルを軽くゔおん! と空吹かしして、敵の編隊を見下ろした銀狼が呟く。


「お待たせ」


 ふわあっ。っと。

 最初は緩やかに無音で下がる。機体が降下し風を切る音だけ鳴って。


 そこから。


 ゔぁああああん! とエンジンの吹き上がったケリーのモノローラが一気に帝国兵に向かって降下する。

 みるみるスピードの上がる機体の後方に、不思議な気象が起こる。空に波が立つのだ。まるで水面を高速で走るかのごとく何もない空中に虹色の波がざあっと広がってケリーの後を追ってくる。


「うおっ! 迎撃!」


 帝国兵が右の拳を振り上げ、降下するモノローラへと向けて一回がしゃっと袖口を引くと上腕と同じ太さの二段スロットの砲筒が突き出した。一段目のグリップを思い切り一斉に引くとががががあん! と狼に向かって次々に光弾が撃ち出された。


 しかし狼の操作はバイクのそれと言うよりまるでボードか何かのライディングのようで左手は座席シートに当ててバランスをとり右手一本でハンドルを切り回す。

 両足のステップを素早く踏むとカウル全体が固く震えて機体が鋭角にざあっ! とスライドする。風を切って飛び交う光弾をジグザグの軌道で避けながらケリーのモノローラが集団に迫る。


「ふっ!」と体を大きくひねったケリーが思い切り座席シートを押し込み重心を後ろに掛けてハンドルを右手一本で高く切り上げた。


 帝国兵の目の前で。

 全長2リーム近い両極カウルがぐわんぐわんと緩く回転しながら底面を見せて立ち上がり、狼が機体ごと急停止して真横にターンする。


 その後を追って。

 ざああああああっと一面の虹の波が空を揺らし敵の編隊に流れ込んできた。帝国のモノローラが斜めにごわっ! と浮き上がり横倒しにひっくり返される。

「応戦! 応戦! うわああ!」


 集団の中でもケリーが器用にハンドルを取り回し、隙間を縫うようにジグザグに走り続ける。波は一層複雑な波紋で伝播し編隊は完全に混乱してしまった。

 やがて帝国の集団後方まで走り抜けたケリーの機体が、高速でカウルを回転させて空中に急停止する。後ろではざあざあと揺れる空気の波に翻弄されたモノローラの集団が体勢を整えるのに必死であった。


 そこに振り向いて、言うのだ。


風紋豹レイジー=バックリンクス。」



 引き裂くような閃光と共に。


 数十台の敵機を巻き込んで、夜空に激しい電撃が走る。

 硬質な破裂音が編隊の広範囲で起こった。


 高圧電流が一瞬で波を伝わり帝国兵モノローラの一番脆いカウル中心部に流れ込み、ばがあんッ! と甲高い音を起こして機体を割って砕いた。ばきりと折れたモノローラは座席がどおっと沈み込み帝国兵が叫んで空中に脱出する。折れた機体がばらばらと地上へと墜落していく。

 虹の波に揉まれていた数十台のモノローラが放電爆発で次々に吹き飛び帝国の編隊は中心部がぼっこりと穴が空いたように数を減らす。


「しゅ……修正! 後列転進! 狼を墜とせ!」

 帝国兵も素早く編隊を立て直す。後列の数十台は後ろに抜けた狼を迎え撃つためぎゃぎゃぎゃとカウルを回して旋回し、前列の左舷右舷数十台はそのまま軌道をノーマに向け、お互いに大声を上げる。


狼狽うろたえるな! 目標、魔導師!」

「障壁上げ! 突撃チャージ!」

 


 『風紋豹レイジー=バックリンクス』。我流クラス=オリジン

 空間を波打たせて高圧放電を生み出す、風星エアリア元素星エレメントを持つ励起系の気術である。が、様相は気術というより共鳴系の操術に極めて近い。


 元来、この魔法は先の大戦をチームで戦った艦長、ケリー、ノーマの三人が編み出した対空戦闘用のオリジナルの式なのだ。前線で連続した戦闘が起こった際に魔力切れを防ぐため、周辺の魔力操作を最小限に抑え魔法発現のルートをあらかじめモノローラの発する魔力で作り出し、放電を伝播させる方法を編み出したのは艦長である。



(待て……待て! 逆位相エンチャント=キャンセラーなんてもの使う連中なら——)

 記憶が疼く。滴る汗の感覚が口元から顎に流れる中、中隊長がモニタに向かって大声を上げた。

「突っ込むな! 回り込め! オーバージャックだ!」



 狼をやり過ごして、そのまま蛇の方に突撃してくるモノローラに、今度はノーマが待ち構える。右手人差し指中指で二指の印を眼前に構えて。


 夜空に宣言する。

 こういうことが、できるのだ。


二連撃レイド2! 重詠唱オーバージャック! 『風紋豹レイジー=バックリンクス』!」


 ふたたび。電撃が敵を後ろから追って弾ける。突進してくる帝国兵のモノローラの中心にばしばしっと数本の電光が走ってぱあんっ! とバーストし、真ん中から割れてそのまま慣性でノーマの周囲を吹き飛んでいく。

「うわあああっ!」

 搭乗していた兵士たちも勢い余って空中に投げ出された。砕けた機体の破片と兵士たちがばらばらと斜め前方から後ろへと流れて墜落していった。


 後方ではホバリングして転回するケリーに向かって十台ほどの帝国兵が突撃しながら狙いを定め、一斉に右腕の砲弾を撃ち込んだ、その瞬間。

 ケリーが前にぐうっと大きく屈んで重心をかけ左手のスロットルと右足のペダルを勢い良く吹き上げる。「ふっ!」っとまたしても機体を立ち上げ両極カウルが逆時計回りに高速回転する。


 弾を躱して狼の機体が、縦回転で空を飛ぶ。突進する帝国兵の数リームほど上空を半円軌道で飛び越えながらケリーが叫ぶ。

 

三連撃レイド3! 重詠唱オーバージャック! 『風紋豹レイジー=バックリンクス』!」


 みたび光電が空を走った。まるで狙い澄ましたかのように機体の中心に向かって飛んでくる電撃が次々にモノローラを破裂させて叩き折る。馬乗りになっていた帝国兵は投げ出され、割れて弾けたカウルがぐるぐると回転しながら左右に散らばって、やがて地上に向かって煙の尾を引いて落下していった。



 重詠唱オーバージャックは共鳴系操術の亜流魔法である。

 気術と操術による場の支配を行なった本人もしくは本人の式を知る者が、そこに残留した魔法式の効果を再現する術で、元素星エレメントの残留圧にって概ね二連から四連の重ね掛けができる。ただし重詠唱オーバージャックを行う対象の式には、あらかじめそれを許可するセフィラを書き込んでいなければならない。


 次は気術で来るだろうと読んだ時点で重ね掛けは警戒すべきだったが、励起させる元素は風星エアリアだと読めていたのだ。抵抗を無効化された時点で負けである。

 妖狐に突撃を敢行した一団も、狼に向かってひるがえった一団も、次々に機体を割り飛ばされて数が減っていく。ただ二言三言の呪文で、二匹の獣はそれをやってしまった。


 そもそもモノローラとは投げた皿のように水平にカウルを回転させる機構なのに、あの狼の獣人は平気で車体を垂直に立ち上げ縦方向に旋回させる。相当なバランス感覚と、信じられない怪力が必要なはずなのだ。


「……風星抵抗アンチエアリアが、無効化されたんですか、これは?」


 管制室でモニタを見る若い彼らは知らない。前大戦で既に使われなくなった知識なのだ。中隊長だけは、しかし今の今まで忘れていた。無理に思い出せば、身体に相応の負荷をかける。モニタを睨んだ兵士が振り向いて隊長に尋ね、そしてぎょっとする。


「隊長……鼻血が」「うん?」


 言われて口元を拭った隊長の指がべっとりと染まる。顎まで流れる赤黒いそれは汗ではなかった。だが今は無視して別の計器班に声を飛ばす。


「気圧はどうだ?」

「もう十分に下がっています。竜雲が出ます」


 隊長が考える。まただらっと鼻血が流れた。やっと脳が生前の断片を取り戻しつつある証拠でもあるが、ずきずきと痛みは止まらない。


(あの二体は強い。モノローラを縦回転させる乗り手など大戦以来だ。ウチの若い連中じゃ相手にならない)


 しかし。微かに笑みがこぼれる。右の頭を押さえながら隊長が考える。


(そんな操縦者は、多くは乗っていない。だから出てこない。おそらく居てもあと数体程度……あのどちらかでも潰せば、蛇には相当な打撃になるはずだ……)


 苦痛と、記憶とともに。自分を戦場で何度も殺した『戦いへの熱』が、またしても戻ってくる。生き返るたびに次こそは醒めておこう、一歩引いておこうと、いくらそう思ってもダメなのだ。


「馬鹿は死んでも治らん」「は?」

「なんでもない。帯域チャンネルは全部変えたのか? 元素星エレメントも通信もだ」

「は、はい!」

 兵士が焦って計器盤を叩く。中隊長がモニタに声を上げた。


「総員。魔導師から距離をとって後方に待機。障壁シールド低気圧形態ウエイトフォームに切り替えて低速で追跡しろ。竜雲が走ってモノローラが竜紋態ドラゴニアに移行したら同時にベスビオを浮上させる。中央射出口は三本を直射砲バルトキャノンに使用。俺が撃つからトリガーを管制室に回せ」


「え!? 竜紋態ドラゴニアを待つんですか? 向こうは獣人ですよ!?」

「そのかわり連中も魔法が使えなくなる。撤収はまだ早い。あの二匹を足止めしろ。蛇の中に帰すな」

 中隊長が命令し、袖でぐいっと血を拭う。


(そうだ……蛇の砲塔の意味も、わかった。竜脈搭乗の直前が勝負だ)




◇◆◇




 右巻きに。左巻きに。


 狼の乗ったモノローラを避けるように帝国の機体がきゅきゅきゅとカウルを巻いて左右に分かれて旋回し、速度をやや下げて後方へと退がる。しかし、退がるだけである。帰艦しようとしない。その気配がない。

 自分の周りから離れていく帝国兵を目で追いかけながらケリーが機体をゆっくりと回転させて夜空を移動し、腕時計に話しかける。

「連中、帰りそうにないですね。もうそろそろ時間ですか?」



「時間だ。雲が出る。お前たち戻ったほうがいいぞ」

『だめよ艦長、今帰れば連中がウォーダーにたかってくるわ』

 ノーマの返事が管制室に響く。


「まあ、そうなんだがな。あちらさんだって雲の下で獣を相手にしたくねえだろう、なんだってベスビオに戻らねえんだ?」

『——最初の音声、通りましたか? 帯域を変えろと叫んでましたが』

 この声はロイである。


「聞こえた。隠身かけたり逆位相なんて知ってんのが向こうの艦長なわけだ、大戦の〝死に残り〟だろうな……さっきの数字をはじいたのは、ひょっとしてアキラか?」


『あ、はい。自分です』

「たいしたもんだ。あとでコツでも教えてくれ」

『えっと……はい。よければ』


 逆位相エンチャント=キャンセラーが戦場で実践されなくなった理由は、その扱いの難しさにあった。


 元素星エレメントの相克は効果の出る帯域幅が狭すぎるのだ。プラス10にはマイナス10、プラス11にはマイナス11と、ピンポイントで逆相を当てなければ、相克による減衰効果はほぼ期待できないのが逆位相で、しかしその精度を上げる式が未だ発明されていない。

 即興で行うにはリスクが大きすぎるという理由で、現在ではもう使われなくなった技術であった。


『〝死に残り〟が指揮しているなら、雲を待ってるかもしれませんな』

竜紋態ドラゴニアで仕掛けるってことか? 俺ら相手にか?」

『魔法が使えなくなるのを、知っているのでは?』


「……なるほどな……」


『艦長! きました!』


 ダニーの声が割り込む。全員が緊張してモニタを見た。




◇◆◇




 ひたすら顔面に流れていた金色の髪が、ふわあっと僅かに乱れて巻き上げられた。ノーマが尖った鼻先を少し動かし空の匂いを嗅いで、腕輪を口元に添える。


「ケリー。きたわ」

『ああ、見えてる』


 位置どりはノーマの機体より西へ100リームほど。モノローラをホバリングさせながらケリーが帝国兵の集団より遥か後方、西の夜空に視線をやっている。


 南西に沈む巨大な月に照らされて。分厚い雲が近づいてくる。


 その造形は道のように真っ直ぐな塊で下の方は影なのか雲自体の色なのか夜の空よりどす黒く、真西から一直線にごうごうと音を立てて迫ってくるのがわかる。

 風が荒れ始めてモノローラが揺れる。ケリーとノーマが遠くの雲を見据えながらハンドル中央の計器盤にある小さなダイアルをきりきりと右にひねると、機体の周囲が緩く虹色にふわりと輝き下方に向けて光が溶けるように流れ、揺れが小さくなる。


 低気圧形態ウエイトフォームは強風下を飛ぶ際に使うモードである。モノローラを包むポリマーの重心を下方に集中し転倒を防ぐが、そのぶんカウルの回転が重くなり急な旋回等の操作が難しくなる。見れば遠くの帝国兵もちかちかと、飛んでいる機体が次々に光っていた。


 しかし、通常の低気圧と違い竜雲下では次の変形トランスフォームが控えている。


 帝国兵の光を眺めてケリーが指で軽く鼻を擦って呟く。

「……やっぱり続ける気か、仕方ねえな」




◇◆◇




「獣の二機の点滅を確認。低気圧形態ウエイトフォームに入ったようです」

「竜雲近づきます。到着まであと3分」

「全班、形態フォーム変更完了。カウルの回転を止めて竜紋態ドラゴニアを待ちます」

 管制室のあちこちから声が上がる。中隊長はじっと画面の蛇を注視したまま何も言わない、が、変化が起こる。


「動いた。やはりあれは姿勢制御バランサーか」




◇◆◇




 ウォーダーの十二本の主砲が自動で動き出す。


 がああああと左右六本ずつ対になった砲身がまさに翼のごとく横開きに展開して、蛇というより蜻蛉とんぼのように見える。しかし開いた方角は南北なので、西の帝国は射線が外れて狙えない。


『艦長。ウォーダーが搭乗準備に入った。俺ら、どうすればいい?』

 管制室にリッキーの声が響く。艦長が答えた。

「リザとパメラの側にいろ。そのまま主砲管制室で待機……いや、エリオットは格納庫へ。ケリーとノーマの帰艦に備えておけ」


『え。了解です、でもぼく一人だけじゃ体格的に……無理かと』

 エリオットが応答する。艦長が耳を掻いた。

「まあそうか。ロイ、そっちはモニカに任せて行けるか?」

『問題ないよ、行ってきな』

『私と彼とで加勢します。いいな青年』

『は、はい。大丈夫です』


 モニカとロイと、そしてアキラの声を聞いてミネアが艦長の顔を見る。


「ロイはどうしたの? いちばん彼のこと不審がってたのに」

「現場ってなそんなもんなんだ——始まったか」


 笑う艦長の身体が。ぼうっと光り始めた。


 ミネアの身体も光に包まれる。操縦桿を握る手の甲に。目の端から頬にかけて。ふさふさとした体毛に描かれた雉虎の紋の一部をなぞるように、全身に紅色の光の筋が浮かび上がる。

 光は部屋にも現れた。計器の並ぶ管制室の壁や床のあちこちに、幾何学的な光線のラインが輝き始め、いくつかの機械がばしゅっと音を立てて蒸気を吹き出し壁から盛り上がって形状を変える。


竜紋態ドラゴニア……懐かしいな」

 エイモス医師の右目も光って頬に向かってラインが走る。レオンの持つ杖も緑の宝玉が強く輝き、全体になだらかな緑に光る流紋が浮かび上がった。


『竜雲、到着まであと1分』ダニーの声が響く。




「え? え? ナニこれ?」

 副砲車両の複雑な計器の並ぶ内壁のあちこちに、組まれた岩盤のような煉瓦のような文様がばしばしと走って光が流れる。一部の計器は形が変形して蒸気を発し壁からがしゃがしゃと浮き上がってきた。


 きょろきょろと振り向くアキラがリリィと目があって仰天する。

「うわっ!!」


「うん? ひょっとして竜紋態ドラゴニア、知らない?」


 椅子に座ったまま上向きに振り返ったウサギの耳にも顔にも。白い産毛の上から流れるようなくれないの文様が描かれて輝いている。それはモニカも岩のログも、横に立つトカゲも一緒であった。顔に模様を走らせたロイが呆れる。


「青年……お前は本当に、何を知ってて何を知らんのかわからん。まあでもそれは後だ、ついてこい」




◇◆◇




 いよいよ強くなった西からの風と推進による東風が混ざり合って気流が渦巻く。すでにぐわああとまるで指を広げた手のように、竜雲の端は上空に始まりの雲を散らばらせて帝国兵の後ろから迫ってきていた。

 

 揺れるウォーダーの頭部障壁発生塊になだらかな光の文様が走り、ヘッドライトにアイラインが浮かび上がる。全身のあちこちがばしゅうと蒸気を吹き上げ、鋼鉄の外殻が割れて浮き上がりがしゃがしゃと体表の複雑さを増していく。


 外皮の裂け目の輪郭に沿って幾つもの直線的な光の筋が表面に流れ、主砲を広げた第三第四車両より後方に向かっては、やや大きめの緑の制御装置スラスタが左右にぼっぼっぼっと規則的に点灯して小さいドーム状の魔力を各車両の側面にぼおおと噴き出し始めた。


 帝国兵のモノローラが一斉に、外殻を変形させ始める。

「う……うおっ」

 搭乗する兵士たちに緊張が走る。幾何学的な亀裂が入って全体的に両極カウルが伸びて膨らみ、内部からぶしゅうと蒸気が吹き上がり強い光の筋が走る。


 変形を始めたのはケリーとノーマの機体も同じであった、が、それぞれ変化の様態が異なっている。

 ケリーの機体は両極カウルの先端がぐぐぐと尖ってばぐっと先から5つの亀裂が走って蒸気を放つ。まるで両端が返しのついたくさびのように変形し赤黒い車体が膨れ上がり緩やかに流紋が輝き始める。

 ノーマの機体は先端の三ヶ所がずるっと内側に食い込んで射出口のような穴が開き、そこからがしゃりと砲筒が飛び出した。カーキ色に映える機体の前後に三本ずつの長さの違う砲塔が出揃い光が走る。前後とも上一本が長く、下二本が短い。


 そして当の銀狼と妖狐も。全身の魔力が爆発的に励起する。目元から頬にかけて。また鼻先にかけて。肩から全身へと。赤い光の隈取りが描かれる。

 特にケリーの左目から耳元には鉤爪のような文様が流れ、ノーマは右の額に燃えるような輪郭の隈が浮かび上がった。


 空が夜より赤くなる。風の唸りが小さきものたちを飲み込んでいく。


『竜雲、到着。』

 その宣言に狐の瞳が正面を見据え、逆に狼は伏し目で少し笑った。


 モード・竜紋態ドラゴニア

 魔導に関わる全てのモノが。竜脈に呼応して姿を変える。




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