第十四話 夕闇の魔導戦



「あの翼みたいな長いのが砲塔なのか? 見たこともない兵装だな」


 モニタに映る蛇を見ながら中隊長が呟く。関節のような砲台の可動部から察するに、確かに相当な範囲をカバーできそうな装備に見えるが、取り回しが異常に難しそうにも思える。しかも十二の砲塔が蛇の前方にまとまって生えているのだ。


 まるで武器としての実用性より、翼に見えるデザインを優先させているようにすら思える。そんなことがあるのだろうか? なんのために? と一瞬思うが、疑問を振り払う。今は時間が惜しい。


 敵の反応は異様に早かった。


 濾波障壁シルクバインドウォールで丘に隠れていたベスビオから射出されたモノローラ隊が旋回して、後方から蛇の最後尾に到達するまで移動距離にして5キロリーム、およそ数分と見越していたのだが。その到達前に獣のモノローラが二台発進してきたのだ。


「先発隊。十字に展開。1班2班は敵モノローラに牽制。3班4班は両舷に旋回。5班上、6班下に旋回。なるべく広がれ。目標は敵艦前方の砲塔群だ」


『我々の火力では無限機動の障壁は通らないのではないですか?』

 モノローラから返ってきた声に、続けて中隊長が命令する。


「そうだ。だから乗り捨ててこい」

『えっ?』


 通信の向こうの声が驚く。


 問題は、二つ。


 まずモノローラの、兵士の火力では、壁を張る蛇には攻撃が効かない。地球で言えば歩兵が銃剣で軍艦に立ち向かうようなものである。


 蛇は西から東へと、明らかにアイルターク国境を目指している。そこに北から降りて来たカーンの砲撃艦リボルバーが待ち構える。西からベスビオが追って挟み撃ちにすれば蛇は南に、クリスタニア方面に進路を切るはずなのだ。


 実際の誘導戦はそこが本番で、今は追い込みの前哨戦に過ぎない。砲撃特化のリボルバーと対峙した蛇が、そそくさと戦闘を諦めて南に逃げるよう仕向けるには——


「——いいか。機体ごとあのバカ長い砲に突っ込ませろ。お前たちは離脱しろ。あとで拾う。砲塔のみを狙え。あくまで削るのは攻撃力のみだ、本体にぶつけるな。本部から文句がくるぞ」


『りょ、了解です』


 特攻を命ずる中隊長に、横で機器を扱っていた兵士が汗を浮かべて問いかける。


「……直射砲バルトキャノンで援護しますか?」

「まだ早い。すんなり前に行かせるとは思えん。出方を見てからだ」

「了解しました」


 そして二つ目の問題は、最初ハナから二台しか出てこないことである。


 三十六台に対して二台ということは、おそらく複数攻撃、全体攻撃の手段を持っているということである。力押しで抜ける相手とは思えない。密集して突っ込むのは危険と判断した中隊長が広域展開を指示する。


 命令を受けた編隊が十字に広がり、1班2班のみがそのまま直進し攻撃態勢に入る。が、それはまったく間に合わなかった。




◇◆◇



 狼の、耳がピクリと動く。

 数百リーム離れた帝国兵の、微細な変化を。ケリーが察知する。


「展開する気だ。ノーマ!」

「了解。」


 ウォーダーの左舷後方30リーム程に張り付いていたノーマが素早く左アクセルを踏み込む。両極カウルがぎゅんと旋回する。


 ざざざあっと空中を真横に滑ってウォーダーの尾の後方中心まで移動したモノローラは、さながら風車のようにカウルだけをゆっくりと回転させ、操縦部がハンドルごとき出しになる。そこにノーマが直立し、三十六台の敵機に向かい合った。



「あの挙動。やはり魔導師だ! 急げ! 距離を取れ!」


 中隊長がモニタに叫び、すぐ横を向いて命令する。

「測れ。時間だ。」「は、はいっ」

 兵士が計器盤をせわしなく叩く。



 夜空に浮いた機体に金色の狐が立ち上がる。

 正面を見据え。


 帝国に右腕をすらりと伸ばして。



Kakara


 伽藍GaRanヨリna魔具MagMali


 威容Yiyo武无Takem輩攘Kalahalaイカシ』



 ごおおおおおぅ、と。

 空にとてつもなく巨大な光輝が現れた。ノーマの後方、半径10リームを越える球面には、縦横斜めに織られたような複雑な光の帯を巻いている。


 髪をなびかせ。狐がゴンシメる。


顕現ケンゲン。『陽鞠璃ヒマリ』」


 鞠の表面から一斉に。ざああっとひょうのように。

 乳白色の無数の光弾が帝国兵に襲いかかる。


「だ、弾幕ッ!! 弾幕だッ!!」


 1班2班がぎゃりっ! とカウルを回転させて空中で急停止する。すでに機体の距離を広げつつあったモノローラ群であったが、前方より一気にざああああと飛んでくる弾の量に対処が追いつかない。


「よ、避け……わああああっ!」


 圧倒的な光弾が。

 十数台のモノローラに襲いかかった。


 その量は撃たれるというより飲み込まれるが如くで、波のような光弾に機体がぼこぼこと変形し故障したカウルは制御を失いがらんがらんと異音を立ててあらぬ方向に回転する。

 まともに巻き込まれた兵士たちが次々に高度2000リームの夜空に放り出されて叫び声をあげながら落下していった。

 空になった機体が弧を描きながら近接する別の機体へと甲高い音を立てて衝突し、たまらず空中に脱出する兵士にも弾が降り注ぎ、身体中を撃たれる。


 光弾を吹き出し続ける鞠から次にぬうっと現れたのは五つの大きな光球である。球の直径は3リームほどでモノローラの全長よりさらに大きい。

 五方向に散って不規則な曲線を描き、帝国の群れへと一斉になだれ込んでいく。

「こっちに来たぞ! 広がれ! 広が……うぉっ!」


 五つの光球の軌跡は弾幕と違い回遊型で、左右に展開したモノローラ群の中を生き物のように自在に飛び回り、どがあんっ! と強烈なインパクトで横から機体を殴り飛ばす。ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、と振動しながらモノローラが空中を横滑りする。

「ぐあっ! ど! どけ! どけッ!」

 叫びとともに隣の機体を巻き込んで、二つの敵機が空中で激突し木っ端微塵に吹き飛ぶ。編隊のあちこちで爆発が起こった。


 ノーマは真正面に手を伸ばしたまま帝国の群を眉間で追う。うなじから玉の汗が空に飛び散る。


 最後に出てきたのは直径1リームほどの六つの光球だが、後方に長さ5リームほどのべんが付いていた。鞭がぶおんッ! と振り下ろされ機体を殴りつけ、次々に敵機が横転していく。その間にも降り注ぐ光弾の餌食となって撃たれた兵士が地上へと落下していった。



 聞こえてくるのは機体の衝突音、時に爆発音、そして悲鳴である。モニタを見ながら中隊長が口を塞いで顎を撫でる。


 敵の攻撃範囲は予想以上の広さで、詠唱から魔法の発動が異様に短い。


 三十六台、造作もなかったのだ。獣とは、こういうモノなのか。


「……時間、測ってるか?」


「はい、測ってます」

 脂汗を流して部下が答えた。



 魔法『陽鞠璃ヒマリ』。碑文級クラス=レメゲトン


 半自律広域攻撃型の呪文詠唱顕現系・理術の魔法である。


 元素属性は無く励起系魔法のような強さの調節もできない。顕現より退去まで5分、それ以上は初期顕現と同値の魔力を必要とする。

 その攻撃性能は圧倒的で5分間に約二十万発の光弾と自動追尾型の五つの光球、六つの光鞭を吹き出して、周辺の敵を蹂躙するのである。




◇◆◇




(えええ、もう終わってるじゃん、ばらばら落ちてってる……)


 帝国兵の惨状に、いささかアキラが引き気味であった。


 敵の機体は三十六機と聞いていたが、ほとんど落ちてしまったのではないだろうか、部屋の映像では五、六機ほど残っているようにしか見えない。

 しかもそれはずいぶんと下方の機体で、速度を落としていよいよ下降していく様子が映し出される。何をする気かと目をやると、落ちていく兵士たちが次々にパラシュートのようなものを開いていくのが映った。


(ああ、助けに行ってるんだ……じゃあ勝ったの?)

=そんなわけないだろう、連中を見ろ=

(え?)


 目の前にはネズミのモニカと、岩の男性が座っている。


 副砲車両には中心の通路を挟むように左右に二台、全長1リームほどの巨大な銃身が壁に向かって先端が埋め込まれるように据え付けてあり、それを両手で抱えて座り大型の望遠スコープらしきものを覗きながら岩とネズミがじっと待機している。


 全く気を抜いている風ではない。モニカがスコープを覗いたまま、アキラの隣に立つロイに向かって言う。


「どうするかねぇ、撤収機は落としたほうがいいのかい?」

「……いや、そのまま待機で」

「了解」


 意味がわからず頭上の画面を見直すアキラの目に映ったのは、兵士が落ちて座席が空のままカウルを回して浮遊していたモノローラが、自律的に揺れてバランスを取り戻し、踵を返して丘の向こうへと無人で飛び去っていく様子であった。


=自動操縦で回収しているようだな=

(そうなんだ、あれ放っといていいの?)


=本来は撃ち落とすべきだ。魔力の節約を兼ねて、様子見なのだろうか。そもそも狼はどこに行ったのだ?=


「あの」「なにかね?」

「ケリーさんは、どこにいるんでしょうか?」


 隣のロイにアキラが訊ねる。軽くアキラに目をやり、またモニタを見返してロイが丁寧に答える。


「飛んできたのは三十六機だ」「はい」


「モノローラ三十六機なら、ケリーが動くまでもなくノーマの『陽鞠璃ヒマリ』で片がつく。あの広範囲の魔法だ」


(……片がつくんだ)


「ケリーはおそらく第二波に備えて、魔力を温存して上空あたりで待機していると思うが……ビットを飛ばせたらな」


「あいあい、どもっ」

 こそっと後ろからリリィが入室してくる。振り向いてロイが言う。


「ちょうど良かった。ビット出せるか?」

「了解。艦長にも映像送れって言われてるんで」


 そう言うとリリィが横のシートにすとんと座って機器の上にあるゴーグルを被る。かたかたと計器を操作して、右手でテーブルに突き出した小さめの操縦桿、左手にはダイアルのようなものを掴んで足元のペダルを踏む。


「同期完了。遠隔映像ビット、出しまーす」



 ウォーダーの主砲群後方の射出口より、ぼしゅっ! と長さ15センチ程度の水晶のような六角柱の魔弾が後尾部へと飛んで行く。まだ後方に広がっている巨大な魔法の鞠を右に大回りして、水晶がノーマのモノローラまで近づいた。


 モニタにノーマのアップが映し出される。汗びっしょりで胸元を若干はだけてはたはたと引っ張りながら風を送り、左手は団扇のように顔の横を扇いでいた。


 戦闘前の完全な狐の風貌からはずいぶん変わり、まだ鼻すじはそのままであるが目元口元は人間に寄っている。

 汗にしなって垂れてはいるが、金髪金毛に覆われた目の覚めるような美形の狐である。ビットに気づいたノーマが、汗ばんで上気した顔で笑って軽く手を振った。


「ノーマきれいよねぇ」

 リリィが見惚れて声を出す。艦長の無線が入る。


『大丈夫かノーマ? だいぶ魔力が減衰したようだが』

『問題ありません。けど次は休ませてもらおうかしら? ケリー』

『ああ、かまわないが……少し相手が静かすぎやしませんか?』


 ロイが左手の腕輪に向かって、会話に参加した。

「おそらく、数えているんでしょうな」


=なるほど。魔導系統エンジニアリング分析アナライズか=

(え?)


 その言葉にノーマがため息交じりで返してきた。

『あー……そうなんだ。嫌らしくなったわ帝国も』


 とさっとシートに腰を下ろしたノーマの後ろで、光輝が姿を消していく。時間がきたのだ。





◇◆◇





「魔法が消えました。ちょうど5分です」

「ちょうどか?」

「はい。きっかり、です。周辺元素星エレメントにも変動ありません」


「顕現系で確定だな。ということは封印痕シーリング付きだ、効果はあれ以上膨らむことはない……モノローラ五十台相当か。六十から八十出せば抜けるな」

「もう片方は励起系ですか?」

「十中八九間違いない。両方顕現系だと運用が単調でサポートも効かん。モノローラで出る意味がない」


 頭を整理するように中隊長が声に出す。今回はたまたま三十六台を一人で撃ち落としたが、総力戦になれば顕現系がメインの火力なら片方は撃ち漏らしをフォローする機動力を持つ魔導師のはずで、そんな魔導師は励起系しかいない。

 励起系の気術使いは高威力の魔法を使う傾向が高いが近接戦闘向きで、先ほどのような広域魔法とはスタイルが違う。本人の気力が魔法発現に強く関わっているため、あまり遠距離の戦法が取れないのが普通なのだ。


(となると、動き回る系統なのだな)


 しかもただでさえモノローラでの空中戦である。近接でかつ高速で飛び回り複数の敵を巻き込むタイプの特性付与エンチャントで最適な元素星エレメントは——


風星エアリアか。念のため第二波の全員に風星抵抗アンチエアリア元素障壁マテリアルシールド付与エンチャント。先に救助班を二台射出。



「いいだろう、回収しろ。。第二波は十五班出す。射出を三列に変更。本艦も出るぞ」

「射出の前にですか?」

「いや、射出後だ。あの獣どもから目を離すな。直射砲バルトキャノンを第一列中央射出口に準備しておけ」





◇◆◇





=——というところまでは読まれているはずだ。だから風星エアリアの元素を付与した励起系の魔法は効果の減衰もしくは無効化される恐れがある=


 声の助言に従って、アキラがいつものように左手をこめかみに当てながらロイに話す。解呪の時間を測っていたならノーマが顕現系とはおそらく露見済み、だとすればペアのケリーは励起系の魔法を使ってくるはずと。その元素は風のはずだと。

 リリィも「へええ」という感じでアキラの推理を聞き入っていた。スコープを覗いていたモニカと岩の男は、何か思うところがあるのか、時折ちらっと視線を交わしながら青年の話に耳を貸す。


「どうでしょう? ケリーさん」

 アキラの問いに、声が返って来る。


『ヘコむなぁ……正解だ。風星エアリアの励起系魔法、風紋豹レイジー=バックリンクスだ』

(うわナニその名前めっちゃ見たかった)


 内心悔しがるアキラをよそに、ロイは顎の鱗に手を当てて考えている。


 魔導も魔法も知らないというこの青年は言うことがいちいち矛盾している、一種の能力で済ませるには胡散臭すぎるのだが、もうそこはいい。少なくとも敵意はないし、今の推理もロイの懸念とほぼ同じであった。


 ロイ自身も、ケリーの技が相手に読まれている恐れは、ノーマの時間を測られているとしたら半々ぐらいで、あっただろうと思っていたのだ。単なる杞憂か判断がつかないところに、アキラが同意見を出してくれたのは正直有り難いのだが——


「あ。救護艇、出たよ」

 モニカが声をかける。見ると画面に丘の上から二発、放物線を描いた弾道が砂漠に向かうのが映っている。


「あと何人ぐらい、敵が残ってるんでしょうか?」


 ふと呟くアキラの言葉に。ロイが目を丸くし、そして細めた。


「そういうところは本当に、何も知らないのだな」「え?」

「あの救護艇に乗せられた怪我人が、どうなるか知らないのだろう?」

「え? 治療されるんじゃ……」


「そうだ。魔法で即座に治療されて、また機体に乗って出撃するのだ」

「すぐに、ですか?」

「そうだ。では死んだらどうなると思う?」


=なるほど、やはり帝国側だけは治癒系が使えるのか=


「復活、するんですね」

 嫌な汗がアキラの額に流れる。ロイはモニタを見ながら、話を続ける。


「帝国兵は死なない。怪我で撤退もしない。治療師がいればその場で治療し、死んだら復活させ、何度でも攻撃に参加する。いなければいるところまで運んで治療する。そしてまたすぐ前線に戻って来る……君はさっき、ノーマが敵を全滅させたと思っているのではないか?」


「……違うのですか?」


「全く違う。追い払っただけだ。そもそも上空2000リームをモノローラで走る帝国兵にはシールドが付与されている。おそらく敵は一人も減っていないだろう。減ったのは爆発した数台の機体だけ、戻った分もベスビオの中で錬成している頃だ。あの本艦の中から、モノローラと兵士は無限に湧いてくる」


「じゃ、じゃあ、あの救護艇を放っといたら、また——」

「では撃つかね? 怪我人を?」

「でも。それで。どうやって勝つんです?」


 その言葉に初めて、ロイがアキラを見据えて答えた。


「認識が違うようだな。勝つために戦っていない。今この船は、あのベスビオからのだぞ、青年。」


 ロイの言葉を、その場の誰も否定しない。リリィでさえ神妙な雰囲気で、二人の会話を背中で聞いていた。


「我々では帝国には勝てない。我々の戦い方では、まだ、帝国に勝つ方法が確立していない。逆に聞くが、不死身の兵士が無限に湧いて来る船と、どう渡り合うというのかね? 竜脈が現れるまで上手くやり過ごして、この場を乗り切るしかない。ケリーとノーマはその時間稼ぎを買って出てくれているのだ」


 そこにケリーが割り込んできた。

『ロイさん、そのくらいで。なんだかんだ言って面倒見がいいですね』

「は、はっ? 無線開けっ放しだったか?」


 焦って腕輪を調べるロイに、こっちを見ずに背中を向けたままリリィが左の二の腕からぴっぴっとVサインを見せる。神妙でもなんでもなかったのだ。

「こ、この性悪ウサギめ……」


『アキラ。』「は、はい」

『俺の攻撃が読まれてるってのは、わかった。俺はどうすればいい? なにか代案はあるか? いくつか他の魔法も持ってはいるが、モノローラ相手ではちょっとすぐには思いつかん』


「うーん?」

 アキラが左のこめかみにぴしっと手を当てる。


=オマエは丸投げか。まあいい、案はある。こういうのは単なるチャンネル争いだ。ウサギの操っている魔弾ビット改良カスタマイズしよう=




◇◆◇




 丘に隠れたベスビオのぬるりとした銀色に輝く船体前面のあちこちが、ぼこぼことへこんで縦三列一二穴の計三十六の射出口が開いた。


 もう10キロリームほど蛇が後ろに追い越した丘の向こうから、どおおおっと夜空に向けて。

 まるで蜘蛛糸のような曲射が一斉に吹き上がる。


 何本も何本も終わることなく白煙が上がり、飛ばされた機体は次々に旋回しウォーダーを追ってくる。

 南西にだいぶ沈みかけた巨大な月の光を淡く反射して、低い振動音を上げて近づいてくる前後左右の塊になったモノローラは、群れて飛ぶ鳥のようでもあり巨大な虫の集団のようでもあった。


 管制室のモニタに、遠く後ろの丘陵より天に広がる白煙が映り込む。


「……なにあれ。何機、出てるの?」


「〝蜂の巣ベスビオ〟とはよく言ったもんだ。数、出たか?」

『出ました。九十台です』


 モニタを見据える艦長の問いにダニーの無線が入った。操縦席のミネアが不安な顔をする。


「二人で大丈夫かな、出たほうがいい?」

「いや……どっちにしても、そろそろ引かないと危険だ。レオン」


 振り向いた艦長に、神妙な顔で杖を両手で抱いているレオンが答えた。

「くもがくる。でかいぞ。じかん、ないぞ」

『気圧が下がり始めました、艦長』

 ダニーの声も注意を促すが、艦長が腕組みをして考え込んだ。


竜紋態ドラゴニアが近いのはアチラさんもわかっているはずだが……まさか雲の中まで追ってくるつもりなのか?)




 牧羊犬は羊を襲わない。しかし望む方向に追いやらねばならない。羊が言うことを聞かないのでは困る。吠える分には本気で吠えなければ、いけないはずなのだが。


 面倒な仕事だと思いつつ中隊長が、ずきずきと痛み出した右の頭を押さえる。羊ではなく牙も爪もある野生の獣を、相手に気づかれないように南へ追い込めという指令なのだ。

 気圧はぐんぐんと下がっているようで、明らかに竜雲出現の兆候である。向こうも当然それには気づいているはずで本来なら総力戦の場面なのだ。落とせはせずとも手を抜くわけにはいかない。当面の作戦は——


(せめて武器の破壊と……先にあの二匹の排除か。あれは強い)


「全員に告ぐ。第一標的を後方モノローラ二台の獣に変更。前列が集中して叩け。抜けるやつだけ抜けて前に出たら——」


『はーい! 帝国の皆さーん! 今日もお仕事おっ疲れさまでーす!』


「……は?」


 通信に、いきなり声が割り込んできた。





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