第九話 権限移譲



「構え! 構え! 3班4班、魔導砲、前に出せ!」


 黒煙の中をビークルが浮遊して横向きに展開する。荷台の砲身が車庫を捉える。


「転回完了。照準合わせ。仰角+2。」

偏光障壁バインドウォール出ています。光彩鍵キーは不特定」

 二人の指揮官の後ろから兵士が声をかけた。


「へっ、構築ビルディングが早えじゃねーか。構うこたねえ、撃ち破るぞ。どうせ5000かそこらだろ」


 焦げた顔で隊長が笑って命令を返す。


「ビークル表面に障壁展開、13000。お前ら外套コートの障壁は出力最大マックスにしとけ」

「了解しました」


「最大? 一時間も保たんぞ、いいのか?」


 隣の副官の疑問に隊長が答える。

「アイツラも短時間勝負で来るだろ。応援を呼ばれりゃ不味いのは向こうだからな」


「……でも呼ばないんだよな?」

「呼ばねえぞ? あったりまえじゃねえか。俺らの獲物だ。へっ」



 ——奇しくも声が例えた通り、集団での魔導戦というのは二種の力による「殴り合い」に似ている。魔法的な力と物理力である。魔力マナというエネルギーの中には、この二つの力に対する干渉能が内包されている。


 魔法の障壁が防御として機能するためには「魔法的な遮断力」と「物質的な硬度」の両方を備えていなければならない。後者の結果として障壁は、質量のある分厚い壁として顕現することが多い。


 それゆえの弱点も、いくつか存在した。質量があるので『崩す・倒す・割る』といった『物理的な攻略』が、魔法障壁にも有効であった。魔力も壁になれば殴って壊すことができるのだ——



「——狙いは兵士だ。どうせ、車体には。こちらの弾は。威力が通らん」

 痛む胸を押さえたまま、マインストンが言う。


 元々カーン兵が装備している双極芯魔導銃パルスドライブタイプは対人用で、あくまで護身や制圧が目的の殺傷力を抑制した武器なのだ。ただ帝国兵の装備に比べれば見劣りするものの、若干有利なのは1万6千ジュール障壁の存在で、カーン側は盾を発現させる必要がない。


 うずくまった所長を取り囲むようにして屈んでいるのは上位兵二人とアキラ、それと一般兵が一人である。門の向こうではビークルが転回しながら魔導砲ビーキャノンの砲身を操作しているのが見える。ばらばらと散っていた帝国兵も整列を始めていた。もう時間がない。


 強面の上位兵が頷いて、言葉を足す。

「了解です、しかし最大出力で攻撃だと問題があるのでは?」


 殺傷力が低い銃と言っても、盾に魔力を割かずに出力最大値で放出すれば、通常は受けた人間の身体が保たない。


魔力マナと、物理サイオスを調整するか……」

 所長が少し考えて返答する。


魔力槽マガジンの設定は、火星イグニス五番だ。これを……火星イグニス七番に切り替えだ。大地星タイタニア一番の、混合で、行こう」


「出力そのままで、ですか?」

「爆風を抑えて、重くする。外套コートだけ、先に破壊すると、連中がむき出しだ。いよいよ撃ちにくくて、かなわん」


 さすがにここは戦場でもなく、相手が敵軍というわけでもない。仮にも帝国兵に対して四肢の欠損を伴うような爆破ダメージを与えるのは、不味い。殴って倒してさっさとお帰り願えたらそれでいいのだ。


=この男、相当、元素の扱いが上手い。しかしやはり殺す気は無いか=

(物騒なこと言うなよ、そりゃあそうだよ)


 こめかみに手を当て考えるアキラを見て少し笑い、所長が全員に言う。

「それでいこう。伝えてくれ」

「了解です」「了解——」



 一瞬。まばゆい光。


 衝撃が身体を揺さぶる。

 アキラの真横で爆発が起こった。


「ひッ!!」


 右の半身が激しく硬直する。全身が痺れるアキラを上位兵が覆って隠した。若い一人はマインストンを守る。魔法の壁はビクともしない。だが轟音と空振の直撃で。鼓膜が聞こえない。


=落ち着け。感覚器に壁を張る。音を抑える。いいな。=


 アキラががくがくと首を縦に振る。返事はそれが精一杯で。手足が。両手が。がたがたと痙攣して。力が入らない。心臓の鼓動が異様に大きく、全身から汗が吹き出る。


「大丈夫か! おい!」と問いかける上位兵の声がまだ遠く、声が一切、出てこない。ヒューヒューと喉が鳴るだけなのだ。


「砲撃きたぞ! 応戦!」

 若い上位兵が叫んだ。味方の銃撃も一斉に始まった。所長が無理に大声を出す。


「まずは車体で構わん! 威嚇しろ! 伝達急げ! 調整できた者から照準を兵士に変更!」


 一気に双方の射撃が飛び交う。敵の銃弾は壁に叩きつけられて貫通しない。それでも目の前で閃光を放って炸裂する。

 対してこちらの撃つ弾は透明の壁が初めから無いように、何の抵抗もなく飛翔して車体に当たって弾かれている。


=落ち着け。落ち着け。敵の弾は通らん。心拍が早い。呼吸をしろ=


 もちろんアキラに。

 こんな大爆発をガラス越しに受けるなどという経験は、ないのだ。強烈なストレスで縮こまったまま、握りしめた拳の震えが止まらず、深呼吸を試みてもはっはっと短い息遣いしかできない。


 そこに二発目と三発目の砲弾が飛翔する。


「伏せるんだ!」


 兵がアキラを強く抑え込む。次々と爆発が起こる。周囲の空気がびりびりと震える。が、張った障壁のおかげか、最初と比べてショックが通らない。

 がたがたと丸まるアキラに被さり、その背をぽんぽんと叩きながら上位兵が所長にわざと軽い口調で話す。


「——さすがに魔導師相手だと、容赦がないですね」

「ふん、あとで何とでも、言えるからな」


 脂汗を流しながら突っ伏したマインストンが苦笑した。リズミカルに背を叩かれながら、アキラの呼吸がだんだんと治まってくる。


 銃弾の炸裂が響く中、また兵が所長に尋ねた。

「しかし、あちらを潰して減らすとして、その先どうしますか?」


「十分減ったら、打って出る。二人で、彼を乗せて。国境まで運ぶんだ。後のことは、私がなんとかする——最悪、ヴァルカンを使うか」

「えっ、いいんですか?」「こら」


 若い金髪の上位兵が少し浮かれた返事をしたので、強面が叱る。マインストンが笑った。

「最悪の時は、だ。大事に使えよ」

「了解です!!」「了解しました」

 二人とも即答する。が。


=しっかりしろアキラ。もう、いつまでも迷惑をかけるわけには、いかないぞ=


「あ、の、……あの。」まだアキラは呼吸が整わない。


「どうしたね?」


「あの。権限、移譲って、降伏ですか?」

「——降伏、というか。要塞の全権を、帝国に。渡すということだ。普通は、季節ごとに。時期が決まっている。巡回調査だな」


 痛みで息の荒れる所長の答えを聞いて、左手をこめかみに当てながら、アキラがまた問いかける。


「攻撃や、守備の、権限もですか?」

「そうだ。備え付けの砲塔。障壁の開閉。魔力の使用。全ての権限が、移るんだ」


=ならばうまく合わせれば、この騒動からカーンの連中を外せるはずだ=


「——移譲、できますか? 自分の言う、タイミングで」


 三人がアキラの顔を見る。マインストンが言った。


「事実上の、武装解除だが——

「ええ、ええ。考えが……自分たちに考えが、あります」


 激しく胸で呼吸しながら、途切れとぎれにアキラが答える。銃撃は止まない。





「なんだァあの壁は。思ったより固くねェか? うおっと!」

 があんっ! と飛んできた流れ弾を二人が避ける。


 偏光障壁バインドウォールを抜けて飛んで来る相手の銃弾は威力十分なのに、こちらの砲弾があまり効いている風ではない。考えられることは、相当に強い壁を張って、相応に強い弾を撃っている、という理屈である。しかもどうやら物理硬度と魔法透過度のバランスが最適化されているらしい。


 があん! があん! と銃弾がぶつかる車体の陰で、しゃがんだままの隊長と副官が話す。


「全然削れてる気がしねえ。一体何ジュールで組んでんだ、ありゃあ」

「どうする。壁を削るのは止めて天井を崩すか? あの構造なら楽かもしれん」

「いーや、崩落、爆破はどっちもナシだ。あの黒髪が生きてねえと意味がねえ」


「らちがあかんな……あ。」


 副官が何やら思い出す。

破砕弾バラニー使ってみるか?」


「ああ? 効くのか魔法の壁に?」

「知らんよ、でも他に方法もないだろ」


「……おおい! 砲兵! 装填変更、破砕弾バラニー入れろ!」


 半信半疑ながら隊長が指示を出す。手慣れた動きで兵士が砲座のダイヤルを弄るとぶわあんっ。と音がして、砲身の周囲に新しい魔法陣が浮かんだ。


 穿孔破砕弾ブレイクニードルはまだ配備されたばかりの帝国の実験弾で、本来は周辺に破砕物を飛散させないよう、岩盤などの質量物を内部から破壊するために開発された魔法弾である。魔法の障壁といっても質量があるなら、刺さらないはずはない。だが、まだ実戦で試された資料はない。


 隊長が腕を振り下ろした。

「撃て!」




 魔導砲からの砲撃音にカーンの兵士が一斉に伏せる。が、今度は巨大な爆発がない。二つの魔力の塊が壁にどずん! と重い音を立てて突き刺さった。


「?……なんだ、あれは?」


 伏せたままマインストンが壁を見上げて呟く。その塊は中程が凹み前後が太く尖った楔の形で、障壁のずいぶんと上の中空に刺さったまま動かない。爆発もしない。

 壁の外に突き出た後方の端からぱりぱりと、周囲に放電を行なっている。


=ああ。まずいな。こんなのもあるのか=

「え?」声にアキラが反応する。


=おそらくプラズマ発生用の電極プローブだ。壁が破れるかもしれん=

「もう? まだ全然時間経ってない——」


 ぱあんっ! と、今までと異なる硬質な破裂音がする。一斉に、兵士たちが反応して身を守る。


 塊が刺さった二箇所から、障壁内部にばしいっ! と亀裂が走った。長い。

「おっしゃ! いけるじゃねーか! 次いけ!」隊長が叫ぶ。

 

=補修する! アキラ! 両手を壁に——=

 次の二弾が発射された。今度は低い。一発はアキラの目の前に飛んで来る。


=伏せろ!=


 伏せたアキラのその前に破砕弾バラニーが勢いよく突き刺さる。幸いこちらの弾も貫通せずに壁の途中に食い込んで停止したが、後方の芯からばりばりと数回電撃を放つと、また硬質な破裂音と共にばしいっ! と周辺に亀裂を走らせた。


=だめだ、もう遅い。離れろアキラ=


 まさか1万6千ジュールの障壁が、こうも易々と打ち砕かれるとは、この場の誰も想像していなかったのか、撃たれた四箇所の弾痕よりばしばし、ばしばしと次々に増えていく亀裂を、カーン兵の全員が言葉を失ったまま眺める。


 やがて自重によって、壁の崩壊が始まった。大きな亀裂よりがしゃっと断面がずれ込みガラスのような輝く塵が舞う。

 天井との間に隙間が開き、上部の塊がずるずるとずり下がってこちら側にはみ出して来る。マインストンが叫んだ。


「下がれ! さがれっ!」


=もう解除する=


 その瞬間。


 ぐわあと天井近くからせり出して、カーン兵の頭上に崩落しようとする巨大な壁の塊が、虹色に輝いたかと思うと、全体に正六角形のハニカム文様を走らせて、弾けて光って散ってしまった。

 同時に残った障壁も、上部より文様が走って光り輝いて、砂のように散っていく。


「…………」


 頭を守ったまま恐るおそる、壁の消えていく様をカーン兵達が見ている。


 しかし、若干呆けたように見ているのは帝国側の兵士も同じであった。こんな魔弾の効果も、壁の消滅の仕方も、見たことがないのだ。ぼうっとした声で隊長が言う。


「なあ、壁って、あんな消え方したか?」

「……いや、普通は崩れてしばらくは残ってるもんだが」

「なんだっていいや、おう! 所長! 潮時じゃねェか? ああ?」

 隊長が叫ぶ。


=あいつの言う通りだ。これ以上の抵抗は意味がない。合図しろアキラ=


 声に言われて、アキラが所長に目配せする。

 マインストンが頷いて。痛みを堪えて叫んだ。


「権限移譲! 所長マインストン! ORYSオレイス AWGZアーガス! 293378!」


「へっ?」隊長が思わず聞き返した。


『権限移譲申請 確認 声紋・元素星エレメント一致

 アーダン293378 移譲先を詠唱』


 倉庫内に機械的な声が響く。

『移譲先を詠唱』


「え、え、あーっと」

『移譲先を詠唱』

「ガニオン辺境防衛中隊18小隊2!」

 どもる隊長を横目に、副官がすかさず答えた。


『ガニオン辺境防衛中隊18小隊2

 元素星エレメント一致 属性反応パラメーター一致 契約痕クレーター確認

 存在確認 移譲完了』


=アキラ、人差し指だ=

「……わかった」


 アキラが親指の腹で擦って『探索』のアプリを入れる。気づかれないよう、薄目で透過した内壁を見回すと、右後方15度ほどの方向にオレンジに輝く人間の集団が見える。どうやらあそこが食堂らしい。




「へ、へへ。なんだなんだ所長。最初からそうすりゃいいじゃねえか。もう余計な真似はするんじゃねえぞ」


 隊長が右手の銃身で、ぽんぽんと自分の肩を叩きながら歩いてきた。副官をはじめ、数人の兵士が後に続く。


 副官が機械盤を見ながら兵士に指示を出す。


「全員障壁下げ。戦闘終了。帰還準備。3班四名は収容区に移動。収監者と兵士二名がいるはずだ。確認しろ。今回は確認だけでいい。特に変な奴が見当たらなければ、戻ってこい」


「了解しました」兵士四人が走り去る。


「残りは4班と一緒に負傷者の介助。ここは二名残ればいい、どうせ移譲後の連中は銃も使えん。ビークルに全員乗せておけ。あの魔導師一人の護送で済みそうだ」


「了解です」また兵士が去って、二名が残った。


 右手で脇腹を押さえながら、マインストンが上位兵に支えられて立ち上がり、ゆっくりと左手をあげる。後方の兵士たちも肘を曲げて両手を肩まで上げた。抵抗の意思なしの合図である。両上腕の魔導器はすでに何の反応もしない。


 アキラも習って両手を上げながら、声に問う。

(医者の先生、動くかな?)


=猫とウサギは、すぐそこまで来ている。先ほど何かを呼びに戻った=

(何かって……艦長だから船とか?)


=飛行船の類だろうか。あの医師が何を企んでいたのか知らんが、帝国が来たのは完全にイレギュラーのはずだ、すぐにでも事を起こすだろう。食堂の動向、見えているな=


(見えてる、右の少し後ろ)





◇◆◇





「監察! 監察ッ! 監察のみだ! 連行はないから大人しくしろッ!」


 右手の銃身を高く掲げて帝国兵が叫ぶ。


 魔力の門が青に変わり障壁が開いて、そこに突然侵入して来たのは帝国兵であった。収容区の食堂が騒然とする。中には血の気の多い者もいて「帝国は帰れッ!」「テメエ出ていけッ!」と詰め寄って叫ぶ数人の囚人との間に魔力を失ったカーンの兵隊が割って入って両者を押しとどめる。


「やめろやめろ! 面倒を起こすな! あんたらも挑発しないでくれ!」


「挑発などしていない。早くその連中を黙らせろ」

「辺境回りが偉そうな口を叩くんじゃねえよ!」「何だと?」


「どちらもやめろって言ってるだろ!」


 揉み合いの起こっている入口付近から離れて遠巻きに、老人や痩せ細った流浪人は逆に口々に不安を話している。


「連行なし、だってよ。ホントかね?」

「いや、ワシも長いことここに居るが、帝国のああいう物言いは初めてじゃぞ」


 そんな声を耳に入れて。眉間に皺の寄った顎髭の囚人が医師に伝えた。


「……動くぞ、先生」


「いいのか? 陽動を待つって話じゃなかったか?」

「監察のみってことは、って意味だろ?」


「——あの青年を? 確かに異邦人とは言っていたが」

「解呪の印が行っちまう。もう何日も待てねえ。くそっ、なんだって今回に限ってこんな……」


 喋りながら目が帝国兵を捉える。囚人たちと揉み合っているのが二名。その後ろに二名。しかしそれだけのはずはない。荒野を小隊で移動しているなら、少なくとも険路用の搬送車ビークルで数台——


「最低でも二十、多くて四十ってとこか。さっきの音からすると少しは削ったか?」


 そう言いながら先に男が入り口に向かって歩き出した。慌てて医師が後から追いついて囚人の横に並んで歩き、小声で話す。


「手筈通り、正門は回廊に出て右、突き当りを左だ」

「了解——おう、兵隊さんたち。こりゃあいったい何の騒ぎだ?」


 前には声を荒げていた屈強な囚人が三人、カーン兵が二人、帝国兵が四人。

 まず囚人たちが振り向く。


「ああ? なんだ新入りじゃねえか? 後ろから出張ってくるんじゃ——うん?」


 地面が、わずかに揺れる。気のせいではない。近づいた髭の男も、後ろの医師も、その場にいる者たちも、皆お互いの顔を見、足元を見た。また揺れる。ごごご、ごごご、と、小さい地鳴りがする。


 髭の男が呆れ顔で呟く。

「やり過ぎだアイツら……なんでウォーダー出すんだ……」





◇◆◇





=アキラ、当たりだ。医者のお仲間らしい。しかし——なんだこの大きさは?=


 その地鳴りは、正門格納庫内にも響いていた。カーンの兵士たちも帝国兵も、先ほどまで撃ち合っていた連中が、それぞれの様子を見る。


 隊長がアキラに怒鳴った。なぜか、声が焦っている。

「おう! テ、テメエ、何してんだ!」


「悪いけど。こっちは何もしてないよ」

「お? おお、そうか。そうかよ?」


 両手を上げて答えるアキラを見て、どうでもいいように隊長が返事をした。隊長と副官の表情が、いよいよ強張っていく。


「……何か、呼んだか? 呼ばねえって話だったよな?」

「連絡はしていない。だがこの振動は……無限機動か?」


「冗談じゃねえぞ!! どこのだ!?」

「声がでかい。この辺りでウチでなけりゃ、あのしかいないだろうが!」


 副官も苦い顔で答えた。額に汗が湧いてくる。


 そのやりとりを聞いて、マインストンが呟く。

「ウォーダー?……獣の蛇が、なぜ帝国内に——」


 ワアァァァァァン!!

 と、唐突に警報が鳴った。


 そこにいた全員が一斉に、要塞の天井を見上げる。


『敵性巨大飛翔体 接近中

 要塞外壁 偏光障壁バインドウォール800万ジュール展開

 固定対空砲 迎撃開始』




◇◆◇




 警報の鳴る要塞上空に。

 巨大な魔法陣が発現して黒雲が渦巻く。

 雲は内部で放電し、徐々に要塞全体を包むほどの大きさへと成長する。


 やがてその雲から虹色の光に輝く半透明の障壁が、ドーム状に降りてぐるりと断崖全体を覆っていく。上層の雑木林からばぎばぎと樹々の倒される音が響き、数本の折れた木の幹や枝葉が広場の帝国兵に落ちてくる。


「うおッ!! 避けろ!! 退避」


がらんがらんと転がる樹々を兵士が避ける。ごつごつとした崖面の瓦礫と土砂を散らしながら、いよいよ壁が空から垂れ下がると同時に。

 崖のあちこちで壕に仕掛けられた砲塔が自動で動き始めたのだ。砲身が一段、二段と伸びて射角を取り、断崖の正面に続く、森の上空を狙う。


 負傷者を積み込んでいるビークルの帝国兵たちの頭上にも、巨大な壁が覆って。800万ジュールの障壁が、彼らの待機する広場をやがて飲み込みどおおおん! と地響きと土煙を上げて着地した。ビークルが揺れる。


 何が起こったのか。

 先ほどからの地響きが、何を意味しているか。

 帝国兵なら知っている。


「——無限機動……無限機動だッ!!」

「各班! 屋内へ避難! 急げ!」


 兵士の叫ぶ声に呼応するかのように、森から鳥たちが一斉に羽ばたいて逃げた。




 濃い緑が広がる樹林帯の上層を移動する巨大な影は、遅くなく速くもなく、樹々を揺らしてごうごうと唸りを上げて進む。それはまるで空を泳ぐ生物のようで、外見から推進システムが想像がつかない。


 その空中の飛翔体に向かって。


 断崖のあちこちに据え付けられた対空砲が自動的に照準を定め、躊躇なく。次々に初弾が撃ち出された。


 連続して轟音が響く。

 ビークルの魔導砲など比べ物にならない、その大口径から。

 三発。続けてまた三発。そしてまた三発。


 光弾が、偏光障壁を飴のように突き抜けて森の彼方へどどどうっ! と一斉に命中した。空に爆発が起こり黒煙が雲のように立ち込める。


 その爆発を掻き分けて。

 平然と突撃して来るのは。


 骨のような十二本の翼を生やした、巨大な機械の『蛇』である。



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