第203話 小さな部屋の三人
無機質な部屋。まるで独房のようなベッドと小さいタンスだけを用意した狭く小さい部屋だ。小さいタンスには壊れた鳥の石像が所狭しと置かれている。そしてベッドに眠るのはようやく寝てくれた小さな女の子だ。俺はその傍らに立ち、その子の寝顔を見つめる傭兵。傍から見れば拉致監禁しているように見えるかもしれないな。
「ふふっ。そんな覗き込んでたらエルが悪夢を見てしまうよ」
「ああ、すまない」
背後から声を掛けられた。それは俺の雇い主、チェーン・ブリッジ。彼女はいたずらっ子のような笑みを俺に向けていた。俺は振り返り、お嬢の表情を見る。
「疲れているなら、お嬢も寝てください」
「寝るよ、この子の可愛い寝顔を見たらね」
「差し出がましい事を言ったな。すまない」
「良いよ。君と私の仲じゃないか」
お嬢はそう言ってエルの寝るベッドにスキップをするかのように跳ねながら近寄り、しゃがみこみ、そのまま、エルの頬をツンツンと突き出した。
「ふふっ。ぷにぷにだね。将来は綺麗なんだろうな」
「ああ、だろうな」
「私よりも」
「ああ」
「見たいなぁ」
「……ああ」
お嬢の質問に俺は短い言葉で返す。お嬢が慰めや希望を抱くような言葉を望んでいないからだ。特にエル関連は特にそうだ。下手に慰めれば滅多に怒らないお嬢も怒りだすほどだ。
「ロックスは優しいな」
「は?」
「普通、女性には優しい言葉を掛けるもんだろ? お嬢も充分綺麗だとか!」
「俺に褒められても仕方ないでしょう」
「それはそうだけどさ。どう見ても落ち込んでいるレディの前でそんな無表情で、返答も素っ気ないなんて、モテないぞー」
「お嬢、褒めたいんですか? バカにしたいんですか?」
「どっちが良い?」
エルから視線を外し、俺を見上げるお嬢。こういう意味のない質問をされるにもなれたものだ。俺は少し表情をやわらげる。
「お嬢の好きな方で」
「やっぱり優しいね。ロックス。エルの次に優しいよ」
「お褒めの言葉、素直に受け取りましょう」
「ああ、そうしろ。私は寝る! パーティーの準備で疲れたよ!」
から元気を出したお嬢は一気に立ち上がると、俺の傍を通って部屋から出て行くため、扉を開ける。俺は主人に頭を下げ、見送りをする。だが、お嬢は開けたまま去らずに短い沈黙が発生した。
「お休み、ロックス。君も寝たまえ」
「おやすみなさい、お嬢」
ようやく発せられた何気ない言葉に俺も無難な言葉で返す。その時、お嬢の表情を見る事は出来なかったが、声色は寂しさを滲ませた声だった。その声の意味を考える必要も無かったが、扉の閉まる音が俺を思考の渦から現実に引き戻した。
「……お嬢にハッピーエンドを頼む。エル」
小さな女の子の頭を優しく撫で、俺は叶うかも分からない願い事をつぶやいた。お嬢は嫌がるが、掛けられる事なら俺は彼女にそんな言葉を掛けて上げたい。そう思うだけで言わない俺は優しいとは程遠いだろう。
――――
捕まってから一日が経過した。鉄格子の奥で俺は差し入れられる飯を無造作に食い、横になった。こんな生活をいつまでせねばならんのか。結局、この牢獄から逃げるための方法は見つからなかった。強運のガリレスとはよく言ったもんだ。やはり強運は返上しようか。
だ深夜は見張りも居ないため、俺はそんな事を考える余裕も経て、のびのびとした。深夜はあの干からびたような奴らが居るため、常時、こんな場所に居たくないのだろう。ちなみにこの周りに奴らは――――居るな。屋敷の周りに三人か。この魔力はやはり吸魂士。
「襲撃でもしてくれるなら助けてほしいんだがな。いや、やっぱり勘弁。今、戦ったら死ぬのは俺だ」
それにこいつらはこのまま素通りしてしまうだろう。さすがにクロイドの屋敷を襲うほど、バカじゃない。奴らは左遷されたとはいえ、この国の一部なのだ。下手に突くわけにもいかないだろう。
「アモンやツイルは……まぁ、平気だろう。あのおっさんは手を出したり出来るほどの度量は無いだろうし……って、なんかほぼ一人で居たせいか一人言が増えたな」
やばいやばい。そろそろ出て行きたいもんだ。出さえすれば昔の記憶を辿ってロスト・シティでも比較的マシな場所に逃げられるのだが……ん?
「あいつら、この屋敷の前で止まってるな。まさか、本気か?」
本気で三人でこの屋敷を落とす気なのだろうか。俺の目に映る三つの魔力はそこそこの大きい魔力だが、この屋敷にもどこに隠していたのか、そこそこ大きな魔力を持った人間が居る。雇われた魔術士だろう。だが、どちらも拮抗した魔力を持っているなら最後は数の問題だ。おっさんの方は十数人の傭兵魔術士、魔力は使えないが、きっと他にも数名の戦闘員が居るだろう。それに比べ、吸魂士は三人。戦力差は歴然だ。
「動いたな」
戦力を分析していると三人の吸魂士が動き出す。奴らは塀を軽々上り、敷地内に侵入したようだ。屋敷から魔力を持った魔術士が同じく三人現れ――――消えた。
「早すぎるな。油断していたか?」
魔力の流れを追っている俺の目には信じられない程早く消えた魔力を目で探すが、無い。やはり消されたようだ。相手はかなりの手練れの様だ。
「さて、どうなることやら」
離れの蔵に閉じ込められている俺にはノータッチだろうが、暇つぶしには持ってこいだ。俺は目を皿にして魔力の流れを見続けた。
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