第199話 四枚羽の鳥なんて見たことないな


 距離が離れているためか、馬車の荷台で疲れていたのかアニスは寝てしまい、俺の肩に寄り添っていた。クライシスさんはセイラさんに脱いだ服を掛けて、膝枕をしており、ロウさんも眠ってしまっていた。起きていたのは俺とクライシスさん、ロックスさん、エルちゃんだけだ。


 「その服装は変装ですか?」


 「え? これ? いや、先ほどカッコいいなと思ってね」


 ロックスさんは謎の真ん中空きシャツを変装だと思って聞いたのだろうが、クライシスさんの返答を聞き、少し訝し気な表情を浮かべ、なるほどとだけ呟いて視線を手元に戻した。エルちゃんは先ほどからロックスさんの手元を覗き込んでいる。


 「何しているんですか?」


 「彫刻さ。石の像を作るのが趣味でね。ほら」


 アニスを壁に寄りかけ、這うように傍まで寄った俺にロックスさんは得意気に手を広げ見せてくれた。エルちゃんはまるで猫のように顔を動かし、その手のひらを目で追いかけている。


 「鳥ですか?」


 「そう。流浪の民をしていた頃に一度見た事があってね」


 手のひらの上に置かれていたのは四枚羽の鳥だった。それは石で出来ていても分かるほどの美しい鳥だった。クライシスさんも遠くからその鳥を見つめていた。


 「ふむ。私も見た事が無いな」


 「クライシスも王国だけでは無く、他の国に長期滞在してみればいいさ。自由に飛べるのだから」


 「そうだな。たまには旅行でも行こうかな」


 そう言ってセイラさんを見つめるクライシスさん。微笑ましい光景だ。俺も……いや、俺がアニスに旅行など提案したらどこぞの秘境に連れていかれてそのまま帰らぬ人になる可能性が高いな。


 「だが、目的はあれど、この隣国への遠征も見知った仲同士の者だけで来ているのだから旅行のような物だな」


 「心は落ち着かないですけどね」


 「では、今度はみんなで行こう」


 「そ、そうですね!」


 こんな殺伐とした目的では無く、観光目的で行くのは大歓迎だ。俺は将来の楽しみが増えたことに内心喜んだ。


 「エル」


 「ありがと」


 しばらくして完成した鳥の石像をエルちゃんに手渡すロックスさん。エルちゃんはそれをまるでガラス細工を受け取るかのようにゆっくり丁寧に両手で受け取った。


 「今度は壊さないようにな」


 「うん」


 「エルちゃんて物持ち良くないんですか?」


 「まぁ、そんなところですね。不器用な子なんで」


 ロックスさんは仕方がないという風に笑いながらそう言うが、言われているエルちゃんは一切、その言葉には反応せず、その鳥の石像を眺めて固まってしまっている。


 「エルちゃん、大丈夫?」


 「朝までそのまんまだから気にしてなくて良いですよ」


 「それは逆に気にするというか……」


 だが、深追いはしないことにした。何かデリケートな事情があるのかもしれない。俺はアニスの元まで戻ると、アニスを肩に寄り掛からせた。これで目覚めは良くなるはずだ。


 「止まった……」


 すると、馬車が止まり、俺とクライシスさんはロックスさんの方を向くと、ロックスさんは俺たちに待っているように言うと、一人馬車から出る。


 「良いですよ。皆さん、着きました。中央都です」


 「中央都って言うと、首都ですよね?」


 「ああ、ガリレスはロスト・シティに居るらしいから少し目的地とは違ったね」


 「ロスト・シティに行きたかったのですか?」


 「ええ。ガリレスさんとアモンさんがこちらのロスト・シティという場所で行方不明になりまして」


 「なるほど……お嬢に聞いてみれば何かわかります」


 「なら、やはりあの商人に全て洗いざらい話してもらうか」


 「お、起きたのかアニス」


 「ああ、君の肩枕は素晴らしかったぞ」


 「お、おお」


 アニスの満足そうな笑みを見て、少し照れながら荷台で立ち上がると、馬車の荷台から飛び降りた。降りた瞬間、俺はおおっと驚いた。中央にそびえる大きな塔に立ち上るビルのような建物。そして、横を見て驚いたのは広がる海だった。俺たちの立っている場所は海上にある橋の上だった。


 「あの大きな門をくぐれば中央都の街部分に入ります。俺は手続きをしてくるので。行くぞエル」


 あれからずっと鳥の石像を見ていたエルちゃんはロックスさんの言葉を聞かず、荷台に座りっぱなしだった。


 「やれやれ」


 「私が見ておこうか? セイラはまだ寝ているし」


 「セイラさんは結構お疲れだったんですか?」


 寝すぎな気もした俺がそう聞くと、クライシスさんは優し気な笑顔を浮かべる。


 「ずっと怪我人の看病や復興の手伝いをしていたからね。設備や人材も整ってきた今なら少し休めるかなと思って連れてきたんだが、成功だったようだよ」


 「なるほど。さすがクライシスさん、優しいですね」


 クライシスさんの心遣いに俺までキュンとなる。クライシスさんは基本的に優しいところも魅力的だ。


 「クライシス……頼んでも良いかな?」


 「ああ、任せてくれ。こう見えて子どもには人気らしいぞ」


 でもそれはもっと単純というか、俺のように憧れを持ちやすい子どもの様な気もするけど、アニスの相手だって出来ない事も無いクライシスさんなら誰の相手も出来るのかもしれない。

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