第198話 側から見ると引いてしまうけど……


 俺たちを襲った謎の種族、吸魂士。俺たちはそんな彼らの脅威から一時的に脱することが出来た。だが、それは自分たちの手では無く、以前、会った事のある知人の手によるものだった。


 「ふんっ!」


 吸魂士を石像に変えたロックスさん。彼は王国出身であり、最上級魔術士であったという。そんな彼は流浪の民になった後の詳しい経歴は分からないが、隣国の大商人チェーン・ブリッジさんの元でボディガードをしているらしい。そんな彼は吸魂士の石造を鷲掴みにしたまま力を入れ、まるで豆腐を潰すかのようにその石像を握りつぶした。


 「あ、すまない。エル。不注意だった」


 石片が飛び散り、近くに居たエルちゃんにその石片が飛び散ってしまった。それに気づいたロックスさんはエルちゃんに心配そうに話しかける。

 その子はチェーンさんの部下の一人のエルちゃんだ。小さな女の子なのだが、彼女からは感情を感じられない。彼女と会話を成立させたことがないかもしれない。


 「大丈夫」


 「面倒くさがるな」


 一切変わらない無表情、平坦な言葉で大丈夫と紡がれたが、ロックスさんは険しい顔でエルちゃんに注意をした。

 実際のところ、エルちゃんは大丈夫ではなかった。馬車の灯りとクライシスさんの火の光で映し出されているエルちゃんの右手は石片で薄く切り裂かれていたのだ。ロックスさんはそれを見てしゃがむと、ポケットから包帯と何かの小さな瓶を片手に持ち、空いている手でエルちゃんの腕を持ち上げた。


 「少し染みるぞ」


 小さな瓶をエルちゃんの切り裂かれた傷にその液を傷に沿って掛けていく。だが、エルちゃんはされるがままで反応を示さない。


 「ロックス。任務」


 「今はそれどころじゃない」


 「私は平気だ……おでこを突くな」


 「ほら、出来たぞ。あまり動かすな」


 手当が終わったロックスさんは立ち上がり、ロックスさんは俺たちの方を再度見た。エルちゃんは治療を施された後の腕を一瞥したが、すぐに視線を変え、地面を見つめだした。ほのぼのしている風景で先ほどの殺伐とした空気が入れ替えらるようだった。だが、ロックスさんは先ほどの吸魂士をまるで物のように破壊した。しかも破壊した後、何の感情も示さなかった。その行動と態度に少し引いた俺が居た。だが、彼は傭兵だ。それが当たり前なのだろう。

 かく言う俺も吸魂士たちを躊躇いなく倒そうとした。例え、正当防衛だとしても。だが、俺はきっと魔王を倒している間に慣れてしまったのだ。まだ人を殺していないのは運が良いのか悪いのか。吸魂士も先日戦ったキューブも人間というカテゴリでは無いはずだ。無いはずだ。客観的に残酷で仕方が無いのかもしれない光景を見て、俺の中で倫理観が叫んでいるのに気づいた。だが、頭を振ってそれを消した。それがあって、アニスを守れるわけがないのだから。


 「君たちはさっきの吸魂士の知り合いなのかい?」


 「ああ、クライシス。俺たちは先ほどの彼……いや、大本と知り合いだ」


 「吸魂士とはなんなのだ?」


 「吸魂士とは……魔力を持たない人間に魔力を持たせた結果だ」


 「もう胡散臭いな。もう読めた。君のとこの飼い主が原因だろ」


 「正解です。さすが勇者様。私たちの国と折半した洞窟がありますよね。その鉱石によって行われた非人道的行為です」


 「それは……」


 ロックスさんは淡々とそれを説明してくれた。嫌そうでも嬉しそうでもない。それはただ淡々と事務的な説明だった。


 「具体的にはなにをした?」


 「俺は傭兵です。ただの雇われ魔術士がお嬢の実験を見てはいません。お嬢の野望は測りかねます」


 「そうか。ならそこのお嬢さんは?」


 アニスの視線がエルちゃんに向いた。だが、エルちゃんはアニスと目を合わせない。彼女は一体、何を見ているのだろう。まるでここじゃない世界を見ているようだ。そんなエルちゃんをロックスさんは自身の傍に寄せ、庇うようにした。


 「エルは関係ない。エルはお嬢の友達。それだけだ」


 「友達なのか」


 「ええ。どうかエルじゃなくお嬢に聞いてくれ」


 「今居ない……そういえば君たちは何しに来たんだ?」


 「俺たちはお嬢に連れてくるように頼まれたんだ」


 「極秘で来たんだがな」


 「自国内の情報網くらいは掌握していますよ」


 彼らに付いていけば、現状怪しさ満点のチェーンさんにたどり着けるらしい。アニスは俺の方を見て同意を求めてきた。どうせガリレスさんを探すなら知り合いの伝手があった方が良いだろう。俺は頷く。


 「良いだろう。情報管理やクライシスも良いか?」


 「ああ、私はかまわない」


 「私もです」


 ロウさんとクライシスさんの了承を得て、俺たちはロックスさんが乗ってきた馬車に乗る。その馬車は前乗ったのと同じ馬車で大きな荷台があり、その荷台に乗り込んだ。だが、運転手は前に来ていた老人ゴリゴリでは無く、黒服の男だった。


 「あのメイド好きの爺さんは?」


 「冥途に行った」


 「え……まさか亡くなったのか?」


 「メイドの居る店でな」


 「そんないかがわしい意味をいちいち冥途ていう言葉を使って表すのやめてくださいよ!」


 「すまない。あの爺さんと話しているとそんな会話ばかりでな」


 いつもどんな会話をしているんだよ。

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