第197話 後ろを任せられる安心感


 路地裏の闇の中で灯るクライシスさんの光を頼りに、吸魂士の剣と俺の刀がぶつかり合い、火花を散らしながら激しい音を響かせていた。

 この男、ふらふらとしているが剣筋はかなりのものだ。俺の剣捌きもかわされてしまう。


 「食事をしていなくとも貴様のような剣士などには負けぬ!」


 「ひょろひょろのくせに!」


 負け惜しみに叫びながら剣を振り下ろし、吸魂士の胴体を斬りつけるがやつの剣に防がれてしまう。


 「ぐはああ!」


 背後で見知らぬ断末魔が聞こえる。誰かが一体倒したのだろう。後ろに視線を持っていくほどの余裕はないが、背後からの攻撃を気にしなくても良いのは助かる。


 「貴様如き、食事さえ取っていれば!!」


 「うごあおあおあお!?」


 「な?!」


 すると俺たちが戦っている傍に燃えた吸魂士が落ちてきた。吸魂士は少しもがくと、すぐに動かなくなり、しばらしくして燃えつきて灰になった。


 「すまない、アービス君。火の粉が当たっていないかい?」


 「大丈夫です!」

 

 上から降りてきたクライシスさんが声を掛けてきたのを俺は振り返らずに答える。俺は順調に敵を倒せている事に安堵した。


 「貴様ぁ……! 同胞を!」


 「ぐぁ?!」


 同胞が灰となったのを見て激高した吸魂士は俺を蹴り飛ばした。俺は地面に膝を崩して見上げると、剣を激しく振るい、クライシスさんに斬り掛かる吸魂士。だがクライシスさんは華麗にその攻撃を後ろに下がりながら避けていく。


 「お前の相手は俺だ!」


 そこを見逃すわけにはいかない。俺は崩した体制を立て直し、クライシスさんを襲う吸魂士に斬り掛かった。


 「ぐぅぅ?!」


 吸魂士の反応が予想以上に早く、俺の刀を瞬時に背後を振り返り、受け止めた。だが、吸魂士は急な体制変更で変な体制になっており、俺は体重を掛けてその体制を崩そうとした。


 「おらぁあ!」


 一気に剣を振り抜いた。吸魂士は剣を手からすっぽ抜かし、上空に放り投げ、しりもちを着いた。地面に衝撃が走る。そして、すかさず、吸魂士の首元に刀の刃を当てた。


 「動くな!」


 「き、貴様ぁ! おい! 誰か――――」


 「残念だが、君の仲間は僕とクライシスが倒してしまったよ」


 見れば吸魂士の仲間は燃え尽きて灰になっていた。吸魂士は地面に拳を打ち付け、悔しそうな表情で俺を見上げる。


 「貴様らなどロスト・シティの吸魂士に掛かれば……!」


 「ロスト・シティにも居るのか」


 「どうやら、こいつらは隣国に生息している人型魔物のようだな」


 「魔物と我らを同程度にするとは失礼なやつらめ! 我らは人類の進化系だ!」


 「そうかそうか。で? アービス? こいつをどうする?」


 「ロスト・シティにはこいつに案内してもらうか?」


 そう提案すると少し不安げな顔を浮かべたのはセイラさんを抱えたロウさんだった。


 「それはどうでしょう。彼が案内している間に仲間に救援を頼むかもしれません。それこそ、彼ら特有の何かがあればの話ですが。私たちは彼らの事を一切分析できていませんので」


 「どうなんだ? 吸魂士?」


 「さてな! そんな事を教える義理など無いわ!」


 「ほう。ならばお前は用済みだな。僕自ら、燃やしつくしてやろう」


 「き、貴様ぁ!!」


 強情な吸魂士にアニスは右手に炎を宿して近づけていく。それはまるで拷問の様だった。俺は止めようとも思ったが、ここで情報を吐かないなら生かす理由もないのも事実だ。これで敵に俺たちの存在を知られる方がデメリットに近い。ただでさえ、最初の女性が死んでいるかさえ分からないのだから。


 「……皆さん! 何か馬車の音が聞こえませんか?」


 「え?」


 不意にロウさんがそんな事を言い、アニスは手を止め、俺たちは耳を澄ませた。すると確かにひづめが地面を鳴らす音が響いてきた。一体、こんな夜中に誰が馬車など動かしているのだろうか。

 すると馬車はちょうど、この裏路地の近くで止まったらしい。


 「一体なんだってんだ」


 「私が見てこようか?」


 「いえ、少し様子を見ましょう。こいつの仲間かもしれない」


 「今の馬車は仲間か?」


 「さ、さて、我らが区域の同胞は焼かれた主格以外は貴様らが滅ぼした人数だけだ。別の区画から来るわけもないのだがな」


 再度、アニスが質問を変えて脅すと、吸魂士は仲間がいないということをつぶやいた。どうやら口ぶりからこいつの仲間ではないようだ。


 「一つ大きな魔力が居ます。後は普通より大きめの魔力ですね」


 つまり二人。だが、吸魂士でもない。もしかしてガリレスさんたちか? そう思って目を細めると路地裏に入ってきたのは、少し前に出会ったチェーンさんの部下二人だった。

 無理矢理着せられたようなドレスを着たエルちゃんに、確か流浪の民だった元最上級魔術士のロックスさんだ。エルちゃんは相変わらず無表情で立っていた。


 「ロックスじゃないか!」


 「エア・バーニング……いえ、もう、英雄業は廃されたのでしたね。クライシスさん」


 「クライシスで良いよ。さん付けは要らないさ」


 「ああ、では……」


 「おい! チェーンのとこの使いか!」


 「……」


 クライシスさんとロックスさんの再会に水を差したのは吸魂士だった。吸魂士はまるで縋る様にロックスさんに手を伸ばす。そしてロックスさんはそんな吸魂士に近づいた。


 「アービス君だったかな? すまない。久々なもので。重ねてすまない。少し退いてもらえないか?」


 「え、でも……」


 「君が危ないからだ」


 「は、はい」


 ロックスさんの真剣な目に俺は刀を退かし、吸魂士から離れる。アニスも俺と共に離れた。瞬間、ロックスさんが吸魂士の頭を鷲掴みにした。


 「お、おまえ……!!」


 「……石像築ロック・メイド


 吸魂士がジタバタと暴れる中、魔法をつぶやくロックスさん。そして、掴まれた吸魂士は一瞬のうちにつま先から石造の像と化してしまった。

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