第196話 自分たちだけ助かれば良いわけではない!


 「水竜ウォータードラゴン!」

 

 クライシスさんの炎が周りを照らす中、水で出来た竜が唸りを上げて腕から血を流している女性に向かって宙を駆けていく。女性は血が流れている方の腕を振るい、血を空中にばらまいていく。


 「無駄だ。どんな攻撃かは知らんが僕の竜が君の血液を飲みこむよ」


 「それで良いのです」


 「なに?」


 アニスの宣言通り、放った水竜が女性がバラまいた血液を飲みこんでいく。その血を含んだ水竜が赤黒く染まっていき、そして凝固した。


 「魔力の供給が途絶えた……?」


 水竜はまるで糸の切れた人形のように女性とは全く違う方向に衝突していった。大きな音を鳴り響かせると、住宅街の通路に弾けた。


 「なるほど。その血液には魔力を遮断する能力があるようだな。だが、火ならどうだい?」


 右手に炎を宿したアニス。きっとクライシスさんの炎がさきほど女性の血液攻撃を防いだところを見ていたためだろう。


 「忌々しい光め」


 「ほう、光が苦手か? ならこちらがお好みだな! 光雨シャインレイン!」


 それはアニスが使う最大級の光魔法。左手を伸ばしたアニスに呼応するように、天から降り注ぐ光の柱が女性を襲う。女性はそれを身軽な動きで避けていく。瞬間、アニスは右手に宿していた炎を女性に放った。


 「ギャアアアアアア!!」


 女性は火だるまになっていく。見るだけで残酷な絵面にさすがに顔をしかめてしまう。だが、アニスは満足したような顔をしながら、光雨を収束させ、収めていく。

 

 「くううう!! 人間がああああ!!」


 火だるまになりながらも立ち上がる女性に俺は驚いた。立ち上がったアニスはさらに歩を進め、炎の中から見える目は憤怒に満ちていた。


 「四つの魔力がこちらに近づいています!」


 どうやら他の仲間が気づいたらしい。ロウさんの報告を聞いた俺はアニスの方を向いて声を荒げる。


 「アニス! 逃げるぞ!」


 「こいつだけでも……!」


 「待て待て! 放っておけば死ぬだろ! 今は不利ならないように立て直そう!」


 こいつが親玉というクライシスさんの情報以外、敵の戦力は不明。もしも仲間が更にいる場合はこちらが不利になってしまう。


 「仕方ないか」


 俺の発言にアニスは目を細めて、俺の方を向いた。納得してくれたようで何よりだ。俺はアニスの手を掴み、走り出した。クライシスさんはセイラさんを担いで、ロウさんも走り出すが困ったことがある。


 「でもどこへ行けば良いんだ!?」


 ここは完全にアウェーの国だ。俺たちには土地勘も無ければ、匿ってくれる知人もいない。だが、止まるわけにもいかない。俺たちはがむしゃらに走り回り、どこぞの路地裏に入っていった。


 「はぁはぁ、少し休みましょうか」


 「大丈夫かい? アービス?」


 「ああ、大丈夫。アニスも腕引っ張ってごめんな? 手、痛くないか?」


 「逆に嬉しかったから良い」


 「そ、そうか?」


 そう言うならと、俺は手を離さず、アニスの手を強く握りしめた。アニスは安心するのか口元を緩める。さきほどの鬼の形相とは大違いだ。それにしても俺は情けない。結局、株は上げられず、クライシスさんに助けて貰ってしまった。もっと強くならなければ。


 「ここも見つかるのは時間の問題だろうな」


 「クライシス、そういえば聞き込みはどうだい? ちなみにこちらはこの件があるのを僕ら以外、分かっていたためか、どこも泊まれる場所など無かったぞ」


 「うむ、勇者様。こちらもロスト・シティに行く馬車など出ていなかった。どうやら、ガリレスたちは普通の馬車は利用していないようだ」


 「ならばやつらはどうやって……」


 「もしかしたら、ロスト・シティに住んでいる人たちの馬車に同乗したとか?」


 「ガリレスは隣国からの依頼も受けていたからね。もしかしたらコネがあったのかもね」


 「確かに。あ、なら、マーシャルさんも隣国の依頼を受けていましたよね」


 「ああ、そうだね。彼女も外部からの依頼を受ける方だったからね」


 双刀使いのマーシャルさんを思い出す。師匠と共に行動していたが、確か、シャーロットさんと一緒に戦っていた辺りまでは居たがそれから姿を見ていない。


 「だが、ここに双刀は居ない。一度、戻るにしても今夜を乗り切らないとな」


 「なんとかこのまま日が出るまでやり過ごせれば良いんだけど」


 「そんなわけにもいかないようだ」


 路地裏の奥を歩いていた俺たちの背後に気配を感じ、振り向くと、大きな刀を持った血色の無いやせ細った男が立っていた。


 「お前たちか、我らが主格を倒した魔術士どもは」


 「今度はまた弱そうな男が現れたもんだな」


 「この女!」


 アニスの挑発に男は声を荒げるがお世辞にも強そうとは言えない。身体はフラフラと動き、まるで病気を身体を押して無理矢理身体を動かしているようだ。


 「まぁ、良い。俺はまだ食事が済んでいないのだ。主格は騒いでいるが、正直、私は貴様らなどどうでもいい。俺は強い奴ではなく弱い奴専門なのだ」


 「それは随分卑怯なやつだな」


 「ふんっ。それで? 僕らをどうしたいんだ?」


 「見なかったことにしてやる。だから我らの邪魔をするな」


 「お前たちの邪魔? まずお前らはなんだ?」


 「我らは吸魂士。血を吸い、その血に残る遺伝子を食べ、進化する種族だ」


 聞いたことがない種族だった。俺たちは顔を見合わせるが誰もピンとこないようだ。吸魂士の男も期待していなかったようで、肩を降ろして笑みを浮かべた。


 「気にするな。貴様らを見逃すと言っている事だけ理解しろ」


 「ちなみに君たちを放っておいたら君たちは何をするんだい?」


 「さてな。防備の薄い家屋を襲うくらいか……? いや、今日は……ああ、狩りのせいで余裕は無いしな」


 まるでスケジュールを確認するかのように指折り数えて確認していく男。まぁ、簡潔に言うと人間を襲うと言う事だ。

 だが、その言葉を聞いて。


 「それは聞き捨てならないね」


 クライシスさんが黙っていない。クライシスさんはおもむろにセイラさんをロウさんに預け、左手に炎を宿した。


 「むむむ。貴様っ! 身の程を知れっ!」


 叱咤する吸魂士の元に三人の似たような男が集結した。なるほど。あちらも馬鹿ではないようだ。


 「ここの街人たちに手を出すのはこのクライシスが許さない!」

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