第195話 俺の株を上げる好機!


 アニスの手のひらで浮かぶ男装の麗人のような女性。そんな人物と俺たちは視線を交差させ、少し間を置いて、女性が俺たちに背中を向けた。


 「君たちも充分、美味しそうなんだけど。今は狩りの途中でね。王国から魔術の塊。しかもでかいやつがね。こんな貿易街で女と一緒に歩いてたんだ。こんな機会早々無いからね」


 クライシスさんの事だ。やはり逃げていて二手に分かれたのか。ならば今、こいつを逃がすわけにはいかないし、街の人が隠れてしまうほどのやつらなら倒した方が良いだろう。


 「待ちたまえ。まぁ、僕的にはアービスが無事ならどうでもいいのだが、貴様が狙うやつは僕の仲間? 手駒? まぁ、どちらにしろ、今、貴様に倒されては後々、困るのだ」


 「アニス……」


 言い回しはあれだが、俺の考えを察してくれたアニスが女の背中に声を浴びせた。すると、女はこちらをゆっくり振り向き、駆けだした。

 

 「アービスに来るとは!」


 「アニスは火を絶やすな! ロウさんは他に敵がやってきていないか警戒してください!」


 「分かりました!」


 「それではアービスを守れないじゃないか!」


 暗に手を出すなと言っているんだが、灯が絶えると戦えなくなってしまうのは事実だ。ロウさんも戦闘向きではない。ここは俺しか居ない!


 「じゃあ、誰が灯りを付けるんだ! 俺は火をそのまま保持するなんて芸当無理だぞ!」


 「余裕だなっ!」


 「ぐっ!?」


 アニスと悶着をしている場合ではなかった。有無を言わさずの不意打ち。女は懐から曲線を描いたナイフ俺の顔目掛けて振り払ってきた。俺はそれを顔を限界まで上げ、避ける。そして間髪入れずに居合抜きのように刀を一気に抜く。女は少し後退するように背後に飛びのき、再度、しゃがんで俺に突っ込んでくる。



 「そちらはやる気満々だな! アニス! 絶対に炎を絶やすなよ!」


 念押しでそう言えばアニスは俺から少し離れる。どうやら、俺に任せてくれるらしい。ここは期待に応えるべきだな。


 「俺の株上げに付き合ってもらうぜ」


 「良いね。君。熱いね。私の仲間に君の様なのは居ないから新鮮だよ」


 「でらああああああ!!!」


 両手で握りしめた刀の柄を勢いよく振り下げる。横なぎにする。だが、スレスレで避けられてしまう。まるで宙に舞う紙を切っているようだ。


 「勢いだけじゃ勝てないよ」


 「くっ!」


 リーチは短いが攻撃速度が速いナイフによる連続攻撃。俺はのけぞりながらも刀を横なぎにし、懐には居られないように何度も振りまくった。懐に入られたら危険度が増す。


 「懐に入られないようにするため、必死だね」


 「でぁえい!!」


 「入れないなら仕方ないですね。遠距離でいかせてもらうよ」


 俺の攻撃を大きく後退し、避けた女性は指を立ててそう宣言した。がんばれば打ち落とせるはずだ!


 「はっ! 弓でも投げナイフでも好きに飛ばしてきやがれ!」


 「そんな無粋なものは使わないよ……んん」


 「何を!?」


 彼女は急に女性はナイフを持っていない方の腕を出し、ナイフを突き立てたのだ。そして、突き刺された方の腕から血が噴き出し、空中に血が噴射し血の粒が無数に丸くアーモンド形に固まっていく。


 「大変です! 大きな魔力を一つ感知しました!」


 「こんな時にっ!?」


 ロウさんが敵を感知したらしいが、今はそれどころではない! 


 「一応、水系魔法の一種で私たちの種族特有の改良魔法だよ!」


 「数が多すぎるだろ!!」


 説明を終えた瞬間、血の固まった無数の粒がこちらに向かって飛んできた。文句は出たが対応策は思いつけず、思わず両手を交差させて頭部を守った。


 「そこに居る素晴らしい諸君! 頭を下げたまえ!」


 「クライシスさん!」


 俺は言われた通り、頭を下げる。すると、炎の風が血の塊を巻き上げ、蒸発させていく。炎の風が収まり、上を見上げるとクライシスさんが浮いていた。左手に炎を着火させ、右手に気絶しているセイラさんを抱えていた。


 「やぁ! みんな!」

 

 「獲物が来てくれるとは有り難いが……他の奴らを振り切るとはな」


 「ん? 君は、敵だな! 急に襲ってきた奴らには居なかったけど親玉ってやつかい?」


 「さぁ? それはどうだろうね」


 「とにかく私の仲間たちを傷つけるやつは私が許さない!」


 「さっき、そこの女の子が君は手駒だと言っていたが?」


 「彼女は照れ屋さんだからね! 私は彼女の本心は分からないが、きっと本当は仲間だと思ってくれているはずだ! 私はそう信じている!」


 さすがクライシスさん。敵の精神攻撃なんか食らわない鋼メンタル。だが、アニスが手駒だと思っているのは事実だと思う。


 「良いところに来たな。手駒! 灯り役を頼んだ!」


 「手駒って言っちゃってるし!」


 「人間、ド忘れくらいあるものだ! 私の名前はクライシスだ! 勇者様!」


 「ド忘れじゃないと思うし、そういう問題じゃないと思いますよ!」


 「あ、うん。灯り頼んだぞ」

 

 「了解だ!」


 クライシスさんは素直に言うことを聞き、住宅街全体を明るく照らす人間街灯になるようだった。


 「さて、そこの自傷女。僕が相手だ。アービスを傷つけようとしたその罪、償ってもらうぞ」


 そう言うアニスはまるで鬼のような形相だった。

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