第194話 久々に頭を撫でれた気がする


 夕暮れになり、俺たちは宿が取れずに途方に暮れていた。大きな川の上にある橋の上で俺とアニスは遠い目をしながら夕日を眺めていた。


 「こんなにも宿が取れんとは。もう僕は勇者だ王だと彼らを脅すしか方法が浮かばないぞ」


 「それは却下……出来たら、楽なんだろうけど」


 「この際、馬小屋でも良いのでは?」


 最終的にそれで我慢するしかないのかもしれん。まさか、明日の朝まで立ち往生というわけにもいかないし。まぁ、馬車が見つかれば夜のうちにロスト・シティに向かってもいいかもしれないが。


 「良いか? アニス?」


 「断る。あんな場所に一晩も居たらアービスに嫌われる」


 「なんでだよ」


 「匂いが付くだろう? そしたらアービスは僕に近寄らない。つまり嫌だ」


 「ああ、なるほどな。俺は気にしないけどな」


 「僕が気にするんだ。まったくアービスは……」


 「悪い悪い。でも五人で馬小屋はさすがにキツイし、女の子二人も居るからさ」


 「うーん、そうですね。ならば馬車待ちで夜に出てしまうかですね」


 「そうそう! それ、俺も思ってた。最悪そうしようぜ」


 「ああ、僕もそれが良いと思う。モンスターが出ても僕らが対処すれば馬車の主人も快く引き受けてくれるだろうさ」


 そう言って橋の上でクライシスさんを待つことにした俺たちだったが、それから日がどんどん沈んでもクライシスさんは来なかった。


 「待ち合わせ場所決めなかったせいだな」


 「やつは飛べるからすぐ僕たちを見つけられるだろうと思ったのだが、買い被りか」


 「買い被りとかじゃなくて上からだろうと下からだろうと。この街、結構広いし、時間掛かっちゃうんだろうよ」


 「クライシスを庇う君に少し不満が溜まった。僕の意見にも少しは賛成しろ。馬鹿」


 「いつもお前の意見は尊重しているつもりだぞ。今回はさすがに待ち合わせ場所決めなかったせいじゃね? と思ってよ」


 「むう。次からはちゃんと決めれば良いんだろ?」


 珍しく折れたアニスは両腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。俺はそれを見てアニスの頭を撫でた。


 「大丈夫だ。いつも、お前の味方だよ」


 「そ、そうか。分かってる。アービスは裏切らないもんな」


 「おう。だからそうすぐに拗ねんなよ」


 「分かった」


 アニスは俺に頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を瞑った。そういえば久々にこいつの頭を撫でた気がする。最近、こんなゆっくりした時間もなかったせいだが。アニスには遊びにきたわけじゃないとは言ったが、多少は良いか。


 「仲良しなところ申し訳ありません」


 「本当に申し訳ないと思うならどこかへ行け」


 「アニス、ほら、ダメだろ。ロウさんがこう言うなら大事な事だと思うぞ。それで? ロウさんどうしたんですか?」


 「実は夜になってから魔力が増えまして。クライシスさんの魔力を調べていたのですが。その魔力に紛れてしまい、私程度の探知魔法では区別が付かなくなりました」


 「魔力? 魔術士が急にそんなふっと湧いてきたって事ですか?」


 「はい。まるで夜を待っていたと言わんばかりに飛び出してきました」


 「魔物じゃないか? 夜行性の魔力を多少持った魔物が飛び出したんだろう」


 「クライシスさんの同程度の魔力を持った魔物は居ないかと……」


 「なるほど。紛れてしまって区別がつかないならクライシスさんと同程度ってことになるんですね」


 「そうです。今確認できる魔力数は七つです」


 「では二つ固まっているのがクライシスなんじゃないか? やつの女も魔法が使えるのだろう?」


 「いえ、実は固まっている魔力が無いんです。どれもバラバラに移動しています」


 「もしかしたら手分けして逃げたのかもしれないですね」


 「ええ。可能性は高いかと」


 だが、クライシスさんが逃げるほどの魔力の持ち主。または数が多かったか。どちらにしろ、今はクライシスさんがやられていないことを信じて、探しに行くしかないな。


 「身近な魔力源はどこですか?」


 「この橋を渡り切った住宅街の真ん中ですね」


 「良し。行くかアービス」


 「ああ」


 俺たちはすぐに移動を始め、真夜中の貿易街を走った。そしてすぐに不思議なことが分かった。この街の活気が死んでいたのだ。まるでゴーストタウンのような街並みになっており、宿屋を見ても住宅を見ても光一つ付いていなかった。


 「なんだこれ。この国は夜遅くまで起きてはいけませんって法律でもあるのか?」


 「どうだろうな。もしかしたら僕たちが鉢合う相手が恐ろしいのかもな」


 「一体なんだ? 盗賊とか?」


 「さてな。だが、盗賊にしては静かすぎるしな……そういえば番兵なんかは居ないのか?」


 「そういえば居ないですね」


 「おかしな国だな……灯りも無いし」


 そう呟いたアニスは右手に炎の塊を浮かしている。前の時のように何かに付着させれれば良かったが、生憎いい感じのものがなく、そのままだ。

 その謎の怪物に怖気づいてしまう心もあったが、アニスが浮かしている炎の塊を見つめて心の中で消し飛ばした。どちらにしろ、パラマイアほどのやつらじゃないはずだ。あんなのがわんさか居てたまるか。


 「あの方ですね。魔力源は」


 ロウさんは立ち止まってそう言い、俺は真っ直ぐ視線を上げると、アニスの炎の塊が住宅街の真ん中で立ち往生している女を浮かび上げた。

 家と家の間に挟まれた歩行通路に居るその女は黒いマントを羽織り、銀色のオールバックを形作り、顔の方へ数束の髪が前に垂らしていた。まるで男装だ。すらっとした身長に血の気の無い白い肌。そして真っ赤な目が俺たちを見つめる。

 その真っ赤な目は俺たちを見つめ、細めた。

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