第192話 服のセンスは人それぞれ
貿易街の商店は様々なものがあったが、利用者が居ないためか、魔法が付属しているアイテムは無かった。装備品に魔法が付属されている事が多いため、魔術を使う職に就いている魔術士たちのほとんど利用性を考慮しての服装を好む。この前、アニスと共に行った洋服屋などの魔法なしのデザイン重視な服装は市民が好むものだ。
「アービス! これはどうだ!」
「ん?」
元気よく俺に上着を広げて見せるアニス。ノースリーブのピンクのジッパー服だった。フードも付いているが、この作りでは脇が丸見えになるのではないだろうか。
「恥ずかしくないのか?」
「何がだ?」
「脇が丸見えになるぞ」
「僕は身体の特性上、無毛だ」
「そういうことじゃないんだが……普通に脇を見せるの恥ずかしくないか?」
「なんだ? 他のやつには見せたくないか?」
「……まぁ、アニスには似合いそうだから良いと思うぞ」
「おいこら、質問に答えろ」
「あ、これとかどうだ?」
意識を逸らすべく、棚から適当に選んだものを差し出した。これは腕に付けるブレスレットだ。青色の玉石が紐で結ばれていた。
「そうか? あまり、腕に装飾物を付けるのは好ましくないが……」
「あ、そうだった? ごめん、じゃあ、別の物を用意するわ」
「い、いや! これ! これ買うよ!」
「え? でも嫌なら無理しなくても良いんだぞ?」
「気に入ったからな! 僕のポリシーなど気にしなくて良い!」
「お、おう? 良いのか?」
「良い良い! 君が選んだものが欲しいんだ」
そう言ってアニスは俺からブレスレットをひったくると自身が選んだ服と共に店主にお会計をしに行ってしまった。ブレスレットは奢ろうと思ったのだが、その動きの速さに何も言えなかった。
「プレゼントでブレスレットなんてやるね。アービス君」
「あれ、セイラさん、クライシスさんは?」
「クライシスならあそこでヘンテコ服を見立てているよ。やつは無意識にダサい服ばかりを好んでいるようでな」
見ると謎の柄の服を目をキラキラさせながら選んでいるクライシスさんが居た。あの腕に掛かっているピエロみたいなダボダボカラーズボンは買わないと信じたい。
「うーん、そこまでこれまで私服のクライシスさんに何回か会ったことありますけど、私服がダサいと感じたことが無いですけどね。今の服装は変装なんで地味めですけど」
「ああ、あれは一緒に出掛けて分かった事だが、洋服屋がクライシスのために仕立てているようだ。どうやら、一度、クライシスが来てからやつの信奉者がその服屋で同じ服装を買いに来た事から彼を勝手に宣伝板のようにしているらしい。だが、本人のセンスを隠せるという事で五分五分な関係だな」
「そ、そうだったんですか」
それは驚きだ。それに信奉者が居たとは。まぁ、そんな重々しいものではなくファンなのだろう。クライシスさんは女性ファンが多いし、老若男女問わず人気がある。俺もその一人だ。クライシスさんの服装を真似ようとまでは思わないが。
「さぁ、君のお姫様が帰ってきたよ」
「え?」
セイラさんはそう呟くとクライシスさんの方へ戻っていった。振り返るとアニスが嬉しそうにブレスレットを付けながら俺の方へ戻ってきた。
「お、ピッタリじゃん」
「あ、ああ。どうだろうか」
「似合うぞ。俺のセンスだから少し不安だけど良かったよ」
「そうか! そうか! なら良かった! こんな隣国にわざわざ来て良かったよ」
「そうだな。でも、そろそろロウさんと合流してガリレスさんを探さないとな」
「む。そうだな。まぁ、充分楽しめたし、ここらで我慢するか。あ、新しい服に着替えてくるから待って色」
「もう着るのか?」
「せっかくだし、君も見たいだろ?」
「お、おう」
渋々な様子で納得したアニスは、それだけは譲れないとばかりに新しい服を掲げて口角を上げた。露出が多めな服だが確かに見たい。俺はここで待ってるよと言い、アニスは試着室のような小さい木小屋に入った。
「あ、クライシスさんたちにもそろそろ行く事伝えたないと」
「ん? もう行くのかい?」
「あ、クライシスさんちょうどよか――――」
背後から声を掛けられ、振り向いた俺は絶句した。クライシスさんはダボダボカラーズボンと上半身の前の方が開いた派手なアロマシャツのような服を着て、爽やかな笑みを浮かべていた。バカンスじゃないんだけどな。
「あのクライシスさん? それで活動する気ですか?」
「私もやめとけと言ったんだがな」
「む、アービス君、君もこれには反対かい? とても色鮮やかで綺麗ではないかい?」
「ええ……でも、俺たち、潜入しに来たんですけど……」
「それは分っている。だが、あの地味な服装より、目立つ服の方が逆に目立たないと思わないかい?」
「うーん、どうなんでしょうね。この国の土地柄に合う服装なら良いとは思いますけど」
「まぁまぁ、私の勘とセンスに任せたまえ」
そう言ってニコニコと俺の肩を叩かれた俺はそれ以上、反論する気も無くなり、まぁ、良いかと目を瞑る事にした。
「そういえばセイラさんも涼しそうな服に変えたんですね」
こちらは案外普通だ。薄い生地で作られた服と空気が通り安い膨らんだズボンを着ていた。まぁ、まだ暑い季節だし。
「これもクライシスが選んだ服だ」
「なんで他人の服は普通に選べるんですか」
「自身が着たい服と、相手に似合う服を選ぶセンスは別と言う事なんだろうな」
セイラさんはそれでも嬉しそうだったから俺は何も言わなかったが、俺も服を選ぶくらいした方が良かったかなと少し後悔した。
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