第124話 なんで抱きついたんだろう
「すごいですね! 先輩!」
「何が? お前がすでに俺の寝巻に着替えて泊まる気満々な所か?」
そう。俺が一階に戻るとどこから見つけたのかクロエちゃんが俺の寝巻に着替えていたのだ。だが、俺の服では少しばかりぶかっているようで。肩や鎖骨が丸見えだ。しかも胸は俺の寝巻を押し上げ思いっきり強調しているし。下は裸族ではなくちゃんと長ズボンを着ていた。
「似合ってますか?」
「恥ずかしくないのか?」
「泊めてもらうのでサービスです」
「あそ」
俺は興味なさげにそっぽを向いて承諾した。もうこの後輩には何を言っても引かぬだろうという精神が見えたからだ。媚びぬ省みぬの精神は無いようだが。いや、省みた結果がこの先制攻撃か。にしてもその寝巻どうすればいいんだ? まさか、この件以降俺がそれを着れるわけもないだろ。捨てるしかないか。着ずに持ってても気まずいし……。
「もっと興味持ってくださいよ!」
するとクロエちゃんは俺の腕に抱き着いてきた。胸が当たっている。もはやワザとだろ。これ。って、こちらの様子を見てるロウさんが引き気味の表情と羞恥によって引き起こされた赤面ですごいことになってしまっている。この情景は童貞の俺にもロウさんにもキツイのだ。
「うわ!? あんまりそういう事するなよ! ロウさんの顔が真っ赤じゃねえか!」
「ロウさんに見られて恥ずかしいんですか?」
「いや、恥かしがってんのロウさんだから」
「そそそそんなわけないじゃないですか! 私は至って冷静です!」
「いや、そんな声震わせるくらいなら強情にならなくて大丈夫ですから!」
「いえ! わ、私は外を覗ける場所で見回りに行ってきますね!?」
「あ、ロウさん!?」
ロウさんはまるで思いついたかのようにそう言いのけると、そそくさとこの場から離れて行ってしまった。
「ほら、これなら私の姿を存分に楽しめますね」
「そうだな! なんて言えるか! いや、良くも無いから。ここ、ナチもセルディアさんも居るから!」
「へえ。他の女性に見られて何か困る事でも?」
少し不機嫌になるクロエちゃん。俺は少しアニス味を感じ、目を泳がせた。
「いや、そりゃ困るだろ。勘違いされるし」
「でも、そうですね。ナチ先輩にこんな破廉恥な所見せられませんし!」
「ナチ大好きだなクロエちゃん」
「小さくてかわいくて優しくて健気で献身的な先輩ですよ!? どこに惚れない要素があるんですか!」
すごい熱弁だ。だが、その気持ち分かる! 正直、ナチほどの聖母見たことが無い。アニスが小悪魔ならナチは天使だ。どちらも捨てがたく魅力的だ。
「少し興奮してしまいましたが……そういうことです」
「なるほど。気持ちはわかる」
「……ナチ先輩に手を出すとか。性癖歪んでますね」
「それはナチに失礼だろ。あいつはああ見えて十八だぞ」
「そういうギャップも可愛いですよね」
「うん」
素直に頷いてしまった。だが、こうやって語れるのは良いものだな。可愛いものは可愛いと言える環境は素晴らしいぞ。
アニスにナチ可愛いなんて言った日には、めちゃくちゃ責められるからな。もうすごく執拗だ。アニスが一番可愛いを何百回と連呼してやっと許されたくらにはきつかった。
「少しナチ先輩の様子でも――――」
――――すると玄関が叩かれる音が響いた。
「ん? 誰だ? こんな時間に」
「お客様ですか?」
すると二階に居たセルディアさんが駆け下りてきた。ここは家主の俺が出た方が早いかもしれないな。俺はセルディアさんに手を振って俺が出ますとだけ伝えると後ろに回ってもらった。クロエちゃんは少しおっかなびっくりな様子でこちら見ていた。
「どなた様ですか?」
「あなたの師匠。テンカイ様の伝令で来ましたマーシャルです」
どこか気品の漂うゆっくり丁寧に発せられる声。まるで貴族のお嬢様のような喋り方だ。だが、それよりも名前だ。確か最上級魔術士の。
「マーシャル? あの双刀使いの?」
「はい」
彼女の姿は知らない。ただ、ガリレスさんに続いて外での活躍によって知名度のある人だ。基本的に暗殺から要人警護までやる人物だと聞いたがこんなにおっとりとした喋り方の女性とは。
だが、聞いたことが無い。
「テンカイ師匠の弟子にあなたが居るなんて聞いたことが無い」
「あら、当たり前です。私はテンカイ様の弟子じゃありません。私は亡き曾お祖父様の親友であるテンカイ様を父の代わりに手伝いをしているだけですので」
そうだったのか。知らなかった。って曾お祖父さんはないだろ。よく分からないが俺は学園内の師匠しか知らない。実際、外出で師匠に会う事は無いし、コミュニケーションは剣と剣。たまに会話だ。
「なるほど。疑ってすいませんでした。今、扉を開けますので」
「いえ、結構です。このまま扉越しに聞いてください。逆によく不用心に扉を開けなかったことを褒めて差し上げます。さすがはテンカイ様のお弟子様」
「あ、ありがとうございます」
なんか褒められてしまった。まんざら嫌でもない。顔が少し緩んだ表情になってしまう。すると俺の背中に衝撃が走る。クロエちゃんが抱き着いてきたのだ。クロエちゃんは何も言わずにただ強く抱き着いてきていた。どうしたのだろうか。
「よろしいですか?」
「は、はい!」
だが今はマーシャルさんの話を聞くべきだと俺はしっかりと耳を立て集中させる。そしてマーシャルさんはゆっくりはっきりと要件だけを教えてくれた。
「明日、校舎の地下で待つ。だそうです」
そして、マーシャルさんの気配が消えた。どんな人だったのだろうかという興味もあったが仕方がない。
「どうしたの? クロエちゃん?」
俺は抱き着いてきたクロエちゃんに声を掛けるとクロエちゃんはこちらを見上げ、べーっと舌を出して二階に行ってしまった。なんだったのだろうか。
「アービス様! 先ほど二階から監視していたところに女が現れ目潰しされました! 今すぐおいかけましょう!」
なんて言ってクロエちゃんと代わる様に降りてきたロウさんは目を押さえていた。やりすぎだな。と苦笑いしてしまった俺はロウさんをなだめる作業に入った。
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