第119話 頭が冴え――なんてな


 身体の斜め一閃に斬られたコンロイドは腕を広げ仰向けに倒れている。息はしているようだ。呪いの鎖に絡めとられていたロウさんも鎖は消え、地面に横たわっている。そこにナチが言うまでもなく安否を確認していた。


 「ナチ! ロウさんは!?」


 「大丈夫です! 今から治癒作業を始めます!」


 「任せた!」


 良かった。後はナチに任せておけば問題ない。後は他の兵士を倒せば終わりだ。


 まずはクロエちゃんの方からだ。クロエちゃんの方は七人。落ちている刀を拾い上げ、右手で刀、左手に柄を持ち、いつもの自分よりもなぜか素早い速度が出た強歩により、その七人の精鋭たちを一人ずつ奇襲のような形で切り刻んだ。ゲームのような感覚に襲われてはいたが、理性がないわけではない。全てみねうちに納める。


 「ひっ!? ファイアボ――ぐはっ!?」


 詠唱をさせずに喉に柄を叩きこんだ。こんなとこで火魔法なんて中毒で死にたいのだろうか。詠唱をしていた精鋭は短い苦痛の声と共に気絶した。俺はクロエちゃんの方を見ると、頑張ってくれたのだろう。息が上がっている。クロエちゃんを誘ったせいで巻き込んで悪かったという気持ちが沸き上がる。だが、罪悪感を感じない。どうしてこうも頭が冴え――。


 「頭、冴えましたか? ぷっ」


 「さ、冴えてないよ?」


 俺の思考でも読んでいるのだろうか。冴えているという単語を気に入って頭の中だけで使いまくっていたが、いざ馬鹿にされるように言われると気分が萎えてしまった。


 「まぁ、冴えてても冴えてなくても良いですけど、ありがとうございます! 先輩!」


 屈託のない笑顔でそう言われ、気分に少し色が付く。まぁ、ナチほどでは無いが素敵な笑顔だ。後輩パワーが強すぎる。


 「お、おう、じゃあバリッド君の方も助けてくるわ」


 俺は目を泳がせながらバリッド君の方も同じように素早く間合いに入り、みねうちで敵を討伐していく。結局のところ、コンロイドから始まり十五人ほどを倒した。なぜこんなにも頭が冴え……いや、力が強くなったのか。あの石のせいだとしても何か副作用があるのではないか。終わった後に色々考えてしまい、青白くなっていく。すると突然、タックルされるように巨体が抱き着いてきた。バリッド君だ。


 「やりましたね! 先輩! もう終わりかと思いましたよ! いや~! さすが先輩!! 尊敬するっす!」


 「う、うん、ありがとう、離してくれないか?」


 「す、すいません!」


 「いや、大丈夫だけどね?」


 筋肉の重圧から逃れ、安堵の息を吐いた。熱血系の挨拶がこんなにも辛いとは。あれかな。体育会系の人は同じような筋肉を持つから相殺されてんのかな。


 「先輩はこっちの方が良いですよね!」


 そう言って抱き着いてきたのはクロエちゃんだった。背後から胸を押し付けるその抱きしめ方はやばい。なんか憧れの抱き着かれ方ランキング三位には入るぞ。


 「クロエちゃん?」


 「ちょっとくらいえっちでも良いって言ったじゃないですか」


 いやぁ、刺激が強すぎますね。家に住まわせたら平気で裸エプロンとかしそうだな。無いか。


 「誰も住まわせるなんて言ってないけどね」


 「先輩も強情ですね」


 「いや、強情とかの問題じゃないから倫理的な問題だから」


 「先輩に倫理なんてあるんですか? 後輩からお弁当取り上げてドヤ顔していた先輩が? 大通りで犬の真似なんかする先輩が?」


 ううっ!! それは図星だ。しかもニヤニヤしながら言うもんだから小悪魔みたいに見えてきたぞ。この女。


 「先輩! 犬のマネをすれば先輩のようになれるのですか!?」


 しかもナチのような反応では無かったが、素直な後輩が釣れてしまった。どう聞いたら強くなれる秘訣に聞こえるのかはさておいてもだ。


 「ううん、バリッド君、それで強くなれるのは変態だけだよ」


 「へんたい……? なるほど、編隊ですね! 仲間を集めろと!」


 「変態の!?」


 「はい! 編隊の!」


 「おすすめしないなぁ」


 急にどうしたのだろうか。まさか、バリッド君。結構変な性癖持ちなのかな。俺に何も無ければ全然許容できるけど。どうしよう。ロリコンとかだったら。ナチが危ないな。


 「ロウさんの治療終わりました! 他の倒れている方も治療した方が良いのでしょうか……?」


 「それ無限ループに突入するだけだから。大丈夫。みんな気絶してるだけだし」


 噂をすればナチだ。献身的な彼女は素敵だが、敵を治されては困る。ナチは心配そうに見渡して俺の言葉を信じて頷いた。素直なやつだ。


 「さて、じゃあ、どうしましょうか、先輩」


 「そうだな、王都に帰りたいけど。帰ったら捕まったり消されたりしても嫌だしなぁ」


 「正直、先輩以外なら帰っても問題ないんじゃ……?」


 「一度帰ってアニスや他の仲間に合流したいのはやまやまだからなぁ……」


 と言いながら俺は倒れている兵士たちの鎧と兜を見た。そうか。


 「変装しよう、ちょうど、変装道具持ってるやつらが落ちてるしな」


 「ええ……」


 「分かりました! 編隊に変装! すごい発想です!」


 「変態は俺の発想じゃないからな!?」


 「私は着れるサイズ……」


 「ナチ。考えがあるから大丈夫だ。俺を信じろ」


 「はい!」


 俺は寝ている精兵の装備を確認していく。なるべくフルフェイスのを貰うためだ。そうすれば顔は見えないしな。

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