第118話 頭が冴える
「ひぃっ!?」
どす黒い鎖がナチの目と鼻の先まで近づいていき、ナチは小さな悲鳴と共に動けなくなってしまう。恐怖が上回ってしまったのだ。俺は目から涙が出ていたかもしれない。何もできない自分が恨めしかった。だが、ナチを救ったのは背後で倒れていたロウさんだった。
「ロ……ロウさん!?」
ロウさんは背後からナチの肩を引き、壁まで投げると呪いの鎖の餌食になった。身体中に鎖を巻かれるロウさん。その表情は穏やかで俺の方を見てすまなさそうに頭を下げた辺りで鎖によって顔さえ見えない状態にされてしまった。もしかしたらここまで俺たちを連れてきた自分に責任を覚えたのかもしれない。だが、俺はロウさんのそういう真面目な部分を今は恨んだと同時にナチを助けてくれたという恩義を感じた。どちらも失いたくはないという俺の感情はぐちゃぐちゃになっていたのだ。
そして俺はそのぐちゃぐちゃをぶつけようと鎖を放ったコンロイドを見る。すると俺は目を見開いた。なんとコンロイドの肩の負傷が治っていってるのだ。
「驚いたか? 私のこの鎖に巻かれた者は生命を吸われ、私の傷や病気を治すのだ」
「んなの有りかよ!」
最上級魔術士コンロイド。その魔法は局地的な物ではあるがこのようなグループ対人戦ではかなり有効的な魔術だ。他の兵士たちもいくらバリッド君の腕力が優れていても。いくらクロエちゃんの魔法が丁寧でも立っているのがやっとだ。すでに俺たちは追い詰めらていた。すでにロウさんも失ってしまった。
「どうすれば……」
「諦めて死ぬが良い。ここでお前は終わりだ。そうだな。貴様が死ねば他の奴らは許してやってもいい」
「……本当か?」
「ええ。王の命令はあなたの命ですから」
「そうか……」
このままじゃ全滅だ。ここは俺が死ぬしかないか。
「ダメですよ! 先輩!」
「クロエちゃん……」
「死んだら誰が私を家に住まわせてくれるんですか!」
「おいおい、誰も住まわせるなんて言っていないぞ」
「ちょっとえっちなことくらいならしても良いですから!」
「え!? やめてくんない!? なんで今そんな事言うんだだだだああ!!」
なんだか思いもよらない爆弾発言で俺は痛みも忘れて叫んでしまった。瞬間、とてつもない痛みに襲われる。クロエちゃんが俺を殺しに来てるだろう……。
「こんな場面でふざけた会話ができるとは見上げた根性ですね」
「痛みもあるのに……好きでやってるわけないだろ……」
「どうだか。まぁ、良いです、どうしますか? この場の全員、殺しても良いんですよ? では、これなならどうです? まだあの情報管理も死んでいません」
「そうか……良かった……」
ロウさんは生きている。それが知れただけで俺は安堵した。失った命は帰らない。これはこの世界でも一緒だ。それはアニスの両親で体験している。
俺は安堵した目で未だに鎖で縛られたロウさんを見た。そして俺はロウさんの近くの壁にいるナチを見て、その後ろの壁にある鉱物を見た。
「あなたは仲間思いな方ですね。ならば分かるでしょう? 自身の命でここに居るお仲間が救われるのですから」
コンロイドが何かを言っているが俺は鉱物に目が行って、話半分にしか聞いていなかった。
そうだ。あれを使えば……だが、人間が使うとどうなるんだ。俺は鉱物でパワーアップした魔物三人組を思い出した。あの鉱物を使えばただのオーガがキングオーガに上手くいけばドレイクというオーガのように知能を持つ人間らしいものになる。ならさらに俺がパワーアップするとしたら。俺が最上位魔術士になれるとしたら。
「ナチ! その鉱石を取って俺に投げろ!」
「へ!? は、はい!」
ナチはさきほどの治癒石にように魔法でこちらまで飛ばした。鉱物は俺の方まで飛んできた。そして拾った鉱石を見つめた。黒く光る鉱石。俺は唾をのんだ。確か、ジルドという商人はこれを食わせた魔物は進化したとか。
「その鉱石をどうするのですか? 確か進化させるものとあの商人は言っていましたが」
「商人?」
最近、軍拡を進めている商人じゃないことを祈る。それでは四面楚歌だ。他の勇者パーティーは大丈夫だろうか。いや、彼らを心配するのは失礼だ。なんせ俺より強いのだから。
「一か八かだ!」
俺はそれを一気に飲みこんだ。喉にゴリゴリと刺さる。吐き気がこみ上げてくきた。だが、俺は両手で口を押さえ、なんとか飲みこもうと喉を動かした。入れ入れ。入ってくれ。俺はそう念じながらなんとか腹に収めた。気持ちが悪い。腹が痛くなりそうだった。
だが、それよりも痛くなったのは頭だ。なんだ。頭が痛くなってきた。あああああ!!!
「アアアアアアアアアア!!!!!!」
声にも脳裏にも悲鳴が響く。俺はどうなってしまうんだ。俺は自身の身体の異常を感じながらのたうち回る。そして、弾けた。頭の中で何かが弾け、すっきりとし出す。俺は立ち上がれなかったはずの足を立て、立ち上がった。
「……」
声を出そうと思わなかった。ただ、持っている鞘をコンロイドの目と鼻の先で振るった。
「何をしているのですか? 進化ではなく退化のよ――」
コンロイドは言い終わる直前に身体に右斜め下の斬撃を食らい、後ろから倒れていった。なんだこれは。まるでゲームだ。視界全てがゲームに見える。現実感が無い。今のも俺がやったのか? 分からない。
「頭が冴える」
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