第89話 寂しい思いをしてきたのかもしれない


 王都の中央と歓楽街の境目の道を歩き、たどり着いたのは外観が古い店だった。店内の雰囲気的には良い感じだ。

 薄暗い灯りに漆を塗った木面の壁や床。知る人が知る老舗って感じの店だ。多分夜に来る店なのだろう。客は誰も来ていなかった。

 その店には黒く綺麗なエプロンを白いシャツの上から着た老紳士が店の丸机を濡らした布で拭いていた。


 「こんばんわ……」


 「いらっしゃいませ、ペロパリ様と……」


 老紳士はペロパリと俺たちに頭を下げるも俺たちを見て少し考える。ペロパリさんは少し恥ずかしそうにぎこちなくしだした。


 「勇者のアニスだ、紳士」


 「勇者パーティーのアービスです」


 「同じくアモンです~」


 「ええ、ええ、存じております、お披露目会にはこの老いぼれも見に行きましたら」


 老紳士は顔の薄い皺を濃くして笑うと、奥の四人がけのテーブルまで歩き出した。


 「こちらへどうぞ」


 「ありがとうございます」

 

 俺たちは老紳士に誘われるがままその場に行くとペロパリさんとアモンさん、アニスと俺に分かれ対面に座る。俺はメニューが書かれた紙を四人が見えるようにテーブルの中央に置いた。

 メニューは……おお! あのゲテモノ料理屋とは全然違う。全てが美味そうだ。


 「ご注文はどうしますか?」


 「僕はトーストとサラダ」


 「俺は野菜のスープにじゃがいもとバター、薄くスライスしたパンで」

 

 「私は〜!果物と野菜のサラダと〜!同じくスライスしたパンで〜!」


 「ぼ、僕はいつもので……」


 人生に一度は言いたいやつ! いつもので! これ言えるくらい常連になりたいもんだ。あのゲテモノ屋以外で。

 

 「かしこまりました」


 老紳士はニコニコとお辞儀をすると、店の奥に引っ込んでいった。足取りも熟練ウェイターのようだ。一人でやっているのだろうか。にしても良い店を紹介してくれたペロパリさんには感謝だな。


 「良い店ですね」


 「あ、えっと、詩を考える時はここに来てます」


 「作家さんの仕事場ってやつですね〜!」


 確かにプロっぽい。いや、学校の魔導書に載るくらいには有名だけど、それっぽい会話を聞くとかっこよく感じてしまう。興味が無さそうなのはアニスくらいだ。


 「書くのは家なんですけど、ここ、落ち着きますので……」


 「そういえば僕は君の詩集を見たことが無いんだが、無名なのか?」


 興味なさげだったアニスの質問に驚いたが、質問内容が失礼すぎて、背筋に嫌な汗が垂れた。


 「魔術学校の教養時間の魔導書に載ってるだろ!?」


 一体、魔術学校で何を学んでいたのか。まあ、詩なんてアニスにとっては興味が無いものなんだろう……。


 「そうか、あの紙切れにか、なら無名ではないな」


 「あはは……」


 あははってペロパリさん、あなたのプライドはそれで良いのだろうか。芸術に携わる人はプライドが高く、こんなに言われ放題では怒り狂いそうなものだが。


 「ペロパリさん、怒りたかったかったら怒っていいんですからね?」


 「い、いえ、魔術学校の本に載っているのはたった三個の短編だけですので、有名とは言い難いのかもしれません」


 「あの教養の魔導書はペロパリ以外の詩人さんの作品は一つずつなんで破格の待遇だと思いますよ〜」


 ネガティブな発言を繰り出すペロパリさんにフォローを出したのはアモンさんだ。フォローを出したつもりではなく、自身の知識を話しただけの可能性が高いが。


 「そ、そうなんですかね?」


 「はい~! 私の働く図書館でもこの前、表紙を全体的に見せる場所に置いてありました〜!」


 「そ、それは嬉しいです……」


 俺が根負けした結果がここで良い結果につながるとは。確かクロエがしつこくこれを目立たせたいとダダをこねるから先輩として根負けしてやったのだ。


 「それに私もペロパリさんの作品は好きですよ〜」


 「ほ、本当れすか!?」


 この人、興奮しすぎると舌が絡まるのだろうか。変な感じに噛んでしまったペロパリさん。


 「はい~! その人の孤独をまるで自分の事のように感じさせる共感型の素晴らしい詩でした〜!ただ……」


 「は、はい」


 「あんなに寂しい思いをペロパリさんがしてると思うと悲しいです」


 あ、語尾が伸びてない。真剣ということなのだろうか。だが、確かにあの詩ではそう思われても仕方ない。彼の詩は物が擬人化される。


 詩集のタイトルにもなっている短編。

 【私物】ではこう書かれていた。


 ――――


 私の家にある物には一つ一つ魂がある。

 それが一つ一つ笑いながら私を見る。

 全てが私を出迎える。

 私は寂しくない。

 たまに新しい物を家へ招く度に私を出迎える人が増える。

 人生においての最大の幸福だ。


 ――――


 彼が家に招かなかった理由なのかもしれない。彼にとっては家の全てが彼の恋人、友、親。だから初対面の俺らや、好きな人であるアモンさんでもなかなか入れようとは思えないのかもしれない。


 「わ、私は寂しいのかもしれません、だか、アモンさんにあの紙を送らせてもらいました!」


 なるほど。私物だけでは寂しさは消えなくなってしまったのか。精神がおかしくなる前の自制の心が働いたのかもしれない。


 「実はその件で〜!来まして〜!」


 そう。その件で来たのだ。すっかり話し込んでしまった。アニスなんて飽きたのか、俺の顔をずっと見続けているぞ。


 「あの~!明日は来ないで欲しいんですよ〜!」


 え!? 言い方が悪くないですか!? 

 ペロパリさんの表情がどんどん暗くなっていく。


 「あ、アモンさん!? それは言い方が――」


 「い、いえ、分かりました……ご迷惑をかけまさた……」


 また噛んでる……。じゃない。さすがに可哀想だとアモンさんを見るが首をかしげていた。


 「あ、あの! ペロパリさん! アモンさんが言いたかったのは――」


 「いいんれす! か、かえります!」


 「騒がしい男だな」


 ペロパリさんは高ぶったように叫ぶと店から出ていってしまった。

 そんなペロパリさんを見てアニスは他人事のように呟いたが、そりゃ騒がしくもなると思うぞ……。


 「騒がしいようですがどうかしましたか?」


 「あ、いえ……」


 ペロパリさんの叫ぶ声で気になったのだろう。老紳士が心配そうに席までやってきた。


 「あ、だ、大丈夫ですよ!」


 俺はなんとか老紳士を心配させないように誤魔化すと穏やかに笑う老紳士はもう出来ましたよとご飯を持ってきてくれた。どれも美味しそうだ。

 それぞれが頼んだ美味しそうな食事が並ぶ中、ペロパリさんが頼んだいつものは――二つの黄身が乗っかったいわゆる双子の目玉焼きだった。

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