第85話 初めてのキス

 

 縄で縛られ、天井に吊るされ、猿ぐつわをはめられた俺。下にはでかいベッドの白いシーツが見え、俺は息をのんだ。これからどうなるのかを考えただけで冷や汗が止まらない。目の前に居るアニスは目が笑ってはいないが表情は笑っていた。

 大体、ガリレスさんが無駄に有能な能力を持っているせいだ。俺の部屋に居たアニスが不意に何かの紙を差し出して。


 「そういえば、ガリレスが僕に教えくれ点だけど、君、里帰りでもしてたの? 早いね、誰と会ってたの? あ、いいや、分かってるから、ねえ、楽しかった?」


 その紙は俺の前世世界にあったGPS並みの精度で俺の居場所をバラしていたようで、俺が村からここに帰るまでをずっと見ていたらしい。

 こう言って俺を吊り下げた時は処刑される一歩手前みたいな緊張感が生まれていた。ガリレスさんめ、帰った俺に対する復讐か!?


 「んんんんん!!!」


 「だぁめ、ねえ、アービス、そんなにエッチな事をしたかったの?」


 「んんん!!」


 俺は目を泳がせながら首を横に振る。エッチな事をしたかったわけじゃないんだ! ただ二人のノリと興味が湧いてしまっただけなんだ。早くこの口に押し込めた布を取ってほしい。

 するとアニスは俺の顔に至近距離まで顔を近づけ、耳元に口を付けた。くすぐったい。


 「僕としよっか」


 「んんんんんん!!!!!!!!!!!?????????」


 な、何を言ってるんだこいつは! 俺は思わず、暴れてしまう。するとアニスは俺の口に入っている布を引っ張り出し、吐き出させた。


 「げほっ! ごほっ! お、おい、アニス、ゆるし――――!?」


 文句を出そうとした口に柔らかいものが触れた。目の前にアニスの瞳が広がる。アニスは寂しそうな、今にも涙を流しそうな顔でこちらを見ていた。俺は唇に触れているものを一瞬、理解できなかった。だが、理解した。それは――――アニスの唇だった。


 「ア、アニス!?」


 一度離れて、アニスは俺の顔を見て涙目になる。そして。


 「もう一回だ!」


 アニスはそう叫び、再度、俺に唇を押し付けた。そして、俺の後頭部を押さえつけた。俺は初めてのキスがこんな状態なのにもショックだが、アニスも初めてのはず。こんな吊るされている男と初めてで良いのだろうか。


 「ふぁ、ふぁにす」


 俺は唇と唇の間で息を漏らしてアニスを呼ぶとアニスは唇を離し、紅潮した顔で俺を見つめた。


 「アニス、縄外して降ろしてくれ」


 「……分かった」


 指を横に一閃するアニス。すると縄は切れ、俺は解放された。そして、俺はアニスの肩を抱き寄せた。


 「アニス、初キスこれで良かったのか?」


 「ああ、僕にしては我慢した方だ、今日はこれで許してやる」


 俺の胸に顔を押し付けて声を震わせて言うアニス。俺は頭を撫でながらアニスを抱きしめた。


 「アニス、俺の事……」


 「好きだよ、君の事が」


 ストレートすぎてこっちが恥ずかしくなる。だが、キスをしたと言う事はそういうことだ。俺は目を逸らした。俺もアニスの事を好きなのかもしれない。


 「どうして今日、途中で帰ったんだい?」


 俺は熱された頭を覚ますように目を縦横無尽に動かしていると不意にアニスが聞いてきた。


 「え? 知ってたの?」


 「ああ、クライシスが途中で帰ったって」


 クライシスさんとガリレスさんがアニスに会って俺の居場所をバラした。つまり、俺はクライシスさんにも恨まれている可能性がある。それは嫌だ。なんとかして謝らなければ。


 「いたっ!?」


 顔を青ざめさせた俺の首に噛みついてきたアニス。アニスは俺を睨んでいた。


 「僕以外の事を考えるな」


 「わ、悪い」


 「それで? どうして遊ばなかったの? ナチと会ったから?」


 「いや、ナチと会う前には帰ろうって決め――――なんでそんな怖い顔をする」


 「やっぱりナチと会ってたんだなぁって思って」


 「う、うん」


 「それ以外にも居たかい?」


 「いや、ナチとたまたま会って送っただけだよ」


 咄嗟に嘘を付いてしまったが俺が村に帰るまでしか見ていなかったらしいのでそれ以上、墓穴を掘る行為をする必要は無い。

 というより、そろそろ遊ばなかった理由を言ってしまおう。


 「お前が浮かびすぎて遊べなくなった」


 そう言えばアニスは顔を真っ赤にさせた。


 「ほ、本当に?」


 「ああ、お前に申し訳ないと感じて無理だった」


 「それって僕の事……」


 「ああ、こんなに可愛い幼馴染が居てそんな場所で遊べるかよ、ただでさえ、お前の相手で精一杯なのによ」


 「アービス! そうだ! 君は僕の相手だけをしていればいいのさ!」


 「それはどうかと思うがまぁ、いつも通りな、お前を甘やかしてやる、そうしてほしいだろ?」


 「アービスは?」


 「俺もお前を甘やかしたいな、甘やかされているアニス可愛いしな」


 「そ、そうか! アービスも甘やかしている時、かっこいいぞ!」


 「まじか、それは嬉しいな」


 「ああ、アービスはかっこいいよ……」


 そう呟き、俺の胸に頭を押し付け、上下左右に動かすアニス。まるで動物だ。可愛い可愛い小動物。アニスはナチを小動物系と言うが、お前も充分、小動物だ。小さくてかわいくてかっこいい。俺の大事な幼馴染で勇者だ。

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