第82話 素晴らしい笑顔だ


 「お姫様ぁに王子様ぁ、はっははは、ならば俺はぁ、悪の親玉かぁ?」


 私が荷台の壁を破壊しようとした瞬間、馬車の向こう側から溜めに溜めた声が聞こえてくる。私は一度、ヤグ君の手を取り、荷台から離れると、荷台の前にが飛んできた。馬車一台分を跳躍したのか。


 「貴様の悪事は許せん!」


 「俺がぁ、したことじゃあなぁい、ジルドというぅ大間抜けがしたことだぁ」


 「貴様がそれを継ぐなら同じことだ!!」


 「元英雄ぅはさすがだなぁ、お前ぇのようなやつは嫌いじゃぁないぃ。だが、俺には勝てん」


 「炎壁突破!」


 「がははっ!」


 炎を纏わせた風がロビウルスを襲う。ロビウルスはそれでも笑いながら左手を向けてきた。放たれたのは私と同じ風魔法。


 「くうっ!!」


 「んんっ!?」


 炎風と風がぶつかるがロビウルスは少し苦い表情を浮かべた。火の粉が風から漏れ、ロビウルスにかかっていたのだ。私は消耗戦だと判断し、炎風をもっと激しい物へと変える。轟音と共にロビウルスの風を押し退ける。


 「ぐぅうう!!」


 ロビウルスはとっさに右手を差し出し、あの白い膜を出した。そのため、ロビウルスの風を押し退けたまでは良かったが炎風は白い膜に当たり消し飛んでいった。


 「この盾がぁ、ある限りぃ、俺は最強だぁ」


 「突風撃滅!」


 「効かん!効かん!」

 

 風の塊が白い膜に直撃していく。何度も何度も。私は信じたのだ。奇跡を。


 「突風……撃滅……!!」


 連続の魔法使用による負担。病み上がりの身体での使用は普段よりそれを早めた。そんな私を見てロビウルスは私を嘲笑う。


 「どうしたぁ?息が切れてきたかぁ?」


 「はぁはぁ、なんの!これくらい私にとっては余裕だ!」


 「クライシス!」


 「心配するな!ヤグくん!君は離れていたまえ!」


 ヤグ君が近づいてきたが私は叱咤し、その場に縫い止める。


 「さあ、来い!悪党!」


 「そうかぁ、ならこちらも反撃をさせてもらおうぅ」


 再度左手を向けてくるロビウルス。ロビウルスの左手の指輪から放たれた突風が私を貫こうとした。


 「突風……ぐっ!?」


 「がはっははは!終わりかぁ!英雄ぅ!」


 「クライシス!!何をしている!逃げろ!」


 不意にロビウルスの背後の馬車から聞こえた。セイラの声。それは逃げろと言う言葉。


 「私は……もう英雄では……ない! だが……お前にも負けない……!! 誰も……セイラを見捨てない!!」


 「クライシス……!」


 そう、この戦いだけは英雄とは関係なく、私を待っている人のために戦い、勝てねばならない!


 「炎風剣!! 切り裂けぇぇぇぇ!!!」


 腕を交差させ、炎風の柱を纏わせた腕を払い、ロビウルスの風を払い除け、足を踏み込んだ。


 「無駄ぁ! 無駄ぁ!」


 無駄かもしれない。だが、私はそれでも両腕を振るう。切り裂いてくれ。英雄と呼ばれていた時の気合を見せてみろ! 私!


 「あああああ!!!!!」


 膜に炎風の剣が届く。

 膜にぶつかり一瞬、まるで引っかかったようなつっかりにハマり剣が止まるが私はそれでも腕に私の全重量をかけ強引に動かした。


 「なんだとっ!?」


 私の想いが届いたのか、何か魔力的効果で破れたのかは定かでは無いが、ロビウルスの膜はだんだん切り裂かれていった。炎が膜を溶かし、風が溶かされた膜を吹き飛ばす。


 「私はエア・バーニング!! 英雄と呼ばれた男だ!!」


 「ぐううううおおおお!!!?」


 膜は切り裂かれ、ロビウルスの指輪が破裂した。膜は完全に消え去り、私は最後の一撃を食らわそうともう一歩踏み出したが腕から炎風剣が消えた。


 「しまっ……た……!」


 「ばぁかぁめ!!」


 「ぐあは!?」


 「クライシス!!」


 隙を見つけたロビウルスは私を蹴り上げる。私は背中から地面に打ちのめされ転がる。

 ヤグ君が私の元へ走り寄ってきた。


 「クライシス!大丈夫か!」


 「あ、あ……」


 だが、私の身体は動かない。ロビウルスはこちらへにじり寄ってくる。


 「この野郎ぉ!貴重な魔法指輪をぉ!」


 「や、やめろ!」


 私の前にヤグ君がかばい立つ。私はなんとか腕を動かそうとするが私の腕は微動だにしなかった。


 「ヤグ……」


 「邪魔だぁ!!クソガキぃ!!」


 「くっ!」


 ヤグ君に向かってその拳を振りおろしたロビウルス。私は自分の不甲斐なさに目を見開く。すると私の耳に何かが走ってくる足音が聞こえてきた。


 「んにゃろおおおおお!! 俺は非戦闘員だぞ!!」


 「んんん!!?」


 ロビウルスは背後からの声に驚き、振り返るがその瞬間、ガリレスがロビウルスの身体にタックルしていた。


 「う、うぐぅ……!」


 「俺は殺生しないなんて甘っちょろい事言わねえぞ」


 その言葉を聞いたロビウルスは自身の腹部を押さえ、こちらを振り向いた。


 「ロビウルス……」


 「こ、こんなやつらに……!!」


 ロビウルスの腹部にはナイフが刺さっており、ロビウルスは最後の足掻きに私を守るヤグくんに手を伸ばすがそのまま横に横転した。


 「しぶとい野郎だったな」


 「ガリレス……悪かった」


 「気にすんな、最上級魔術士になる前は金が無かったからな、こんな事経験済みだ」


 ガリレスの言葉にそれ以上の謝罪の言葉は出なかったが、それでも私はガリレスに感謝をし、手を汚させる罪を被せたことを悔やんだ。


 「クライシス!!」


 ガリレスが出したのだろう。囚われていたはずのセイラの声が近くで聞こえる。なんとか顔を上げると私の元へ走り寄ってきていた。不安そうな彼女の表情。私は笑う。そうすれば彼女はぎこちなさそうに笑みを浮かべる。


 「素晴らしい笑顔だ」

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